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番外編;勇者一行と呼ばれるにはそれなりに理由があります

ワイルディ達が少し成長(?)してからのお話。

「なぁグラス。コリウスって昔っから強かったのか?」

 

 ニールのローブの裾を摘まみながら後をついて回るワイルディに、門下生達もくすりと笑う。

 ワイルディ達が勉強した神殿の部屋は、今は倍以上の広さになり、ニールは毎日その部屋で門下生達に魔法の基礎と法陣の描き方を指南している。

 今も、机の間を縫って歩き、全員のノートを見て回っていた。

 

「そうだなぁ……腕っ節は強かったかもな。単純に力が強いってのもあるけど、毎日飛んでくるちっちぇ魔物を棒で叩き落としてれば、そりゃ剣の腕も上がるって」

 

 ローブを引っ張られ些か動きにくそうにしているものの、ニールは足を止めること無く見て回る。

 

「えー! じゃあ俺いつまで経っても勝てないって事かよ!」

「自分の親父に何すんつもりだ。――あ、そこははみ出すな。ここをはみ出すと無駄に魔力を使うんだよ。あとここも。こういう形は全部そうだって覚えておけば良い」

 

 呆れたようにワイルディをちらりと横目で見るも、ニールはすぐにノートに戻り丁寧に教え出す。

 ようようワイルディが不満げに顔を膨らませはじめると、気を使った門下生がニールに合図を送る。

 笑うまいと堪えながら合図を送る門下生に、ニールは深々とため息をついた。

 

「ヤクルと喧嘩でもしたのか?」

 

 どかっと机に腰を降ろしたニールは、腕を組みワイルディに向き合う。

 

「違うよ。ただ男なら、いつか親父を越えるもんなんだろ?」

「早ぇよ、まだ十四だろうが。しかもそれ誰から聞いたんだよ」

 

 この集落でヤクル達と対等に会話をするのは、その子ども達だけ。

 そしてヤクル達もまた、子ども達とだけはいつも通りの口調で話をする。

 王都にいた時ほど猫を被っている訳でも無いが、一応教える立場として、ニールは努めて丁寧な言葉を使っていた。

 しかし、目の前で繰り広げられる会話に、門下生達は珍しい物を見たと、くすくすと笑い声をもらす。

 

「誰にって、リリック神官」

「はぁ!? あいつ、自分の信仰の対象に喧嘩売れって言ったのか!? ちょっと待ってろ」

 

 勇者一行を信仰の対象とした、新しい組織を作った張本人の言葉と聞き、ニールは前のめりになり声を張り上げる。

 腰を上げ真ん中の広い通路に出ると、ニールは目の前に指で法陣を描いていく。

 他の魔法使い達は、紙や地面などに実際に法陣を書き込むが、ニールは魔力で直接何も無い空間に刻み込んでしまう。

 賢者が法陣を描くまたとない光景に、門下生達が腰を浮かす。

 

「あー……面倒くせぇ……」

 

 しかし、連なった法陣の二個目を描き出した時、ニールは我慢の限界に来た。

 そのまま法陣に腕を突っ込むと、何も無い空間からリリックを引きずり出してしまった。

 

「うわっ! え、ニール様」

「え、じゃねぇよ」

 

 ニールの力業に、ワイルディ以外の全員が言葉を失った。

 

 召喚した理由を説明すると、リリックは驚いたように目を丸くした。

 

「まさか! 教えたのはもう何年も前。レイ司教様の所に居た時ですよ」

「いや、それはそれでヤバいだろ」

 

 教会に居た時となると、五年以上前だが、その時父親代わりだったのはレイだ。

 また話は変わってくるだろうが、それはそれで問題であった。

 

「私もよく、バジルとチコリに叩かれました」

「あぁ、だからあいつら俺にバカスカ魔法ぶちまけて来んのか」

 

 懐かしそうに語るリリックの隣で、ニールも身に覚えがあると頷く。

 

「ほらぁ!」

「ほらじゃねぇよ。まぁでもなぁ、マジの喧嘩とかだったらさすがに止めるけど……別に良っか」

 

 たまたま側に座っていた門下生に同意を求めるも、聞いてくれるなと眉を下げるのみ。

 

「けど真剣は駄目だからどうしたもんかな」

「でしたら、布と綿を巻き付けた棒はどうでしょう? そして私達が判定すると言うのは?」

 

 何故か浮き浮きと声を弾ませるリリックに、ニールはじっとりと睨み付ける。

 しかし、その案には賛成らしく、しばらく悩んだ末、にやりと口角を上げた。

 

「待って。いきなり全力で結界を張れなんて言うから何事かと思ったら、まさかの親子喧嘩?」

 

 ニールは時間通り魔法の基礎勉強を終わらせると、リリックとワイルディを連れエスカに頼み込んだ。

 そして、無事にエスカを巻き込み、今は集落の道の真ん中でヤクルとワイルディが対峙している。

 

「え、親子喧嘩? 何か不安があるなら言ってくれれば良いのに……」

 

 エスカの言葉に、ヤクルは思い切り落ち込み座り込んでしまった。

 

「違ぇよ! コリウスより強くなるんだ!」

「まだ良いよぉ。俺がジジイになってからで良いよぉ……」

 

 落ち込みいじけだしたヤクルに、たまらずニールが蹴りを入れる。

 

「言い分は分かった。分かったけど、なんでバジルとチコリもいるんだ?」

「合体技に必要だから。補助要員」

 

 ワイルディの後ろからひょっこりと顔を出すバジルとチコリは、嬉しそうに大きなノートを抱えている。

 

「補助二人ってズルくね?」

「自分の補助は賢者のくせに」

「え? 俺も数に入ってんの?」

 

 いつの間にか参戦させられていたニールは、自分を指差し声を上ずらせた。

 

「さて、どうなりますかね」

 

 楽しそうなリリックは、隣に座るエスカに浮き浮き話し掛ける。

 

「んー。剣ならヤクルで体力はどうだろう……まだヤクルのがありそうね。同時に別の魔法が使えるから二人居るバジルとチコリは有利だけど、そんな些細な魔法はニールには効かないし、でもニールってあんまり補助魔法やらないから……うーん」

 

 本気で悩むエスカの答えに、リリックは更に浮き足立っていく。

 周りの話を無視するようにワイルディが構えると、バジルとチコリもノートを広げ準備をする。

 目を輝かせたリリックが始まりの合図を出すと、ワイルディが駆け出した。

 

「行くぞ! ファイアーブレード!」

 

 ワイルディの声に、バジルとチコリは即座に魔法を発動させる。

 ひらりと避けたヤクルだが、その炎の熱さに顔を反らす。

 

「ずるい! おいニール! 俺達も何かすっごいやつー!」

「はぁ!?」

 

 剣を構え走り出したヤクルは、曖昧な言葉を叫びながらワイルディに突っ込んで行く。

 ヤクルの言うすっごいやつとは魔法と剣の融合技だろうが、ワイルディ達と違い二人はそんな事は試したことは無い。

 予め打ち合わせをし、ノートに法陣まで準備してきたであろうワイルディ達に比べ、明らかに行き当たりばったりすぎる発言だ。

 

「えーと補助レベルの火力で――」

「メガトンインパクトォオ!」

「クソだせぇな!?」

 

 技を展開しようと魔力を込めた瞬間、ヤクルの叫んだ技名にたまらずニールは突っ込み動きを止める。

 

「メガトンインパクト……? こうか?」

 

 予め法陣も組まず打ち合わせも無い中、ヤクルの言葉だけで瞬時に魔法を発動できるのは、やはり賢者のなせる技。

 ニールの体から飛び出した魔力は、ヤクルの剣に絡みつくと、丸太ほどの大きさへと変貌しワイルディ達を襲う。

 

「それ良いなー! 父さん後で教えて!」

「おー分かった。多分法陣三つくらいで出来るぞー」


 お互いの剣を避け、一進一退の攻防を繰り広げるヤクル親子を前に、なんとも暢気なニール親子の会話に、見守っていた門下生達から笑い声が上がる。

 しかし、そんなニールの背後から突如巨大な蔦が地面を割って現れるや、ニールに絡みつき身動きを封じていく。

 

「バジル! それ、コリウスにやる技じゃ無かったのかよ!?」

「何か分かんないけど違うところに出ちゃった!」

 

 ニールを締め上げ更に成長する蔦に、ワイルディは慌てたように声を上げる。

 必死にノートを捲り何が違ったのかと確認するバジルの横を、ワイルディが吹き飛ばされていった。

 どうにか踏ん張り押し留まったが、ヤクルは攻撃の手を休めない。

 

「っ……! グラスほっといて良いのかよ!」

「どうせやられたフリしてサボってんだけだ!」

 

 ヤクルの剣を受け流しながら、ワイルディは尚も食い付いていく。

 

「サボってるってバラすなよ」

 

 不満そうな声が響くと、蔦の一部が吹き飛びニールが顔を覗かせた。

 

「ニール! 剣が弾け飛ぶ魔法!」

「ねぇよ。てめぇが弾けろ」

「ずるい! それも教えて!」

「ねぇって。ちょっと待て作っから」

 

 ニールの心配をしないどころか、ヤクル達はわいわいと暴れ回り注文をつけてくる。

 剣が弾け飛んで何になるのか。敵に当たる前に自分に当たるだろうと、ニールは舌打ちをする。

 

「じゃあ何か飛び出すやつ!」

「何かって何だよてめぇが飛び出せ」

「おとーさん! 何でこれ発動しないの!?」

「単なる魔力ぶそ――」

「グラス! 雷の剣作って!」

「はぁ!? ずるいぞニール! 俺にもそれ!」

「何々なにそれ! お父さんそれも教えて!」

「ねえ! 何でこれ発動しないの!?」

「……」

 

 ついに黙り込んだニールは、深々とため息をついた。

 ヤクルまでもが童心に返り、子ども四人を相手にしている気がしてきたニールだったが、ワイルディが補助を求めた辺りから苛々と我慢の限界に来ていた。

 

「グラス!」

「ニール!」

「おとーさん!」

「よーーし、分かった。折角だし、久し振りに俺もちょーっと強めにぶちかましちゃおっかなぁ。一生見れねぇもん見せてやるぜぇ。エスカ、結界は完璧かぁ?」

 

 ついにニールはブチ切れた。

 ゆらりと一歩踏み出すと、なにも無い空を階段を歩くように一歩ずつ降り、にっこりとエスカに微笑む。

 ニールの額から血が流れているのを見たエスカは大きく身震いすると、本気で祈りの体勢に入り、ぴくりとも動かなくなってしまった。

 ニールの足元から水が染み出すように黒い法陣が広がり、集落中を覆い尽くす。

 足元に広がった法陣とその色をみたヤクルは、はっと振り返った。

 ニールの体の周りには黒い稲妻が走り、頬にまで法陣が現れた。

 ニールの純白のローブと相まって、更に不気味さに拍車がかかる。

 

「仲良くピクニックに行こうぜぇ」

 

 ニールの後ろに巨大な扉が現れ、ゆっくりと開いていく。

 

「だぁあ!! やめろクソ馬鹿味噌っかすー!!」

 

 途端、思い切り駆け出したヤクルが一足で飛び上がると、ニールの後頭部に回し蹴りを入れる。


「ぎゃぁあ! 馬鹿はあんたよぉ!」

 

 倒れ込むニールの首が一瞬変な角度に折れていたように見えたが、ヤクルを蹴り飛ばしたエスカがすかさず回復魔法をかける。

 どさりとニールが地面に倒れ込むと、がらがらと扉が崩れ、法陣も溶けるように無くなった。

 静まりかえる中、ヤクルとエスカは気まずそうに顔を見合わせると、ニールを抱えそっと立ち上がる。

 

「あのぉ、ヤクル様。よろしければ先程のは何だったのか説明して頂けると……」

「ニールの首を物理的にへし折っただけです! 以上、他に何も無かったです!」

 

 駆け寄って来たメリッサにニールを引き渡しながら、ヤクルは明後日の方を見ながら上ずった声を上げる。

 さすがに言い訳がましく、集まってきたワイルディ達もじとりと睨んでくる。

 ヤクルとエスカは参ったとばかりにため息をつくと、順を追って説明をはじめた。

 

「転移魔法ってあるでしょ。簡単な法陣なのにすっごい魔力使う上級魔法」

 

 エスカの言葉に、ヤクルが続く。

 

「あれ瞬間的に消えてるんじゃなくて、一回異界に行ってまた現れてるんだと。使ってる本人すら気付かないくらい一瞬で行って帰って。その帰ってくる場所を調整して転移してるらしい」

 

 二人の話に、何が始まったのかと全員が首を傾げる中、リリックと門下生達だけはメモを取っていた。

 

「そして聖典に『闇を見つめず』って一節があるわよね」

 

 転移魔法の話から聖典の話へ。

 全く繫がっていない様に感じ皆が首を傾げる中、レイが驚いたようにニールから一歩距離をとった。

 

「魔族との戦いね、すっっっごいストレスだったのよ」

「んで、誰とは言わねぇがストレスと魔力と好奇心と実力と才能を持て余したとある魔法使いが、突然『闇を見つめすぎたらどうなんだろな』って研究したのがコレよ」

 

 そこまで説明すると、全員がじりじりとニールから距離をとる。

 必死にニールの首と額の傷を介抱していたメリッサさえ、どうしようかと悩みはじめている。

 

「いや違うぞ!? 魔族になったとか取り憑かれたとかじゃ無いからな!?」

 

 庇うようにヤクルが声を上げ皆肩から力を抜くが、それでも警戒したままだ。

 

「ニールの作った魔法の中で、一番厄介で作るのに時間がかかったやつなのよね。でも、まだ完璧じゃないらしいけどそのぉ……『闇』と言うか『異界』への道をこじ開けることに成功しちゃって」

「知らないうちにちょーっと通り過ぎる転移魔法程度なら良かったんだけど、あっちの世界を覗くのはなぁ……」

 

 扉の先を見たことがあるらしく、ヤクルとエスカはそれ以上口を開かなかった。

 

「僕、父さんを越えれなくていい。異界ピクニック行きたくない」

「俺も。あんな簡単に首折られたくない」

 

 バジルがぽつりと呟くとワイルディが続き、チコリが静かに頷く。

 普段はポンコツな面々だが、一応英雄と呼ばれるだけあり、その気にさせたら怖いのだと子ども達は改めて理解した。

 その後しばらくは、悪さをする子ども達への常套句として『賢者様にお願いしてピクニックに行くよ!』と『勇者様と決闘する!?』という言葉が生まれ、シャレにならないとレイとリリックが慌てふためく騒ぎとなった。

こんな事があったのにワイルディさんは…

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