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23:結論、悪いのはどう見ても勇者一行

 魔物の処理も終わり地割れは残るものの、結界のお陰で家屋には一切の被害はなかった。

 討伐隊の面々と集落の者が口々に無事を喜ぶ中、ヤクル達は神殿前で伏せるリリックを冷ややかな目で見下ろしていた。

 

「勇者様の太もも、眼福! 是非とも聖典に加えなければ……!」

「え、本当にやめて下さい」

 

 つい素の声が出てしまうヤクルの隣で、ニールは思いきり吹き出し蹲ってしまった。

 

「何故早くおっしゃって下さらなかったのですか、我が主よ……! 我が主が魔族に攫われたと聞き、私はこの身が裂ける思いで……! はっ! 申し遅れましたが、私は正式な神官ではありません。新たな教えを各地に広めている者です。『YNE教団』。そう、勇者様方の頭文字を取り『YNE教団』!」

「クソだせぇな!?」

 

 吐くほど笑い転げるニールと、ついにエスカまでも蹲り笑い出す。

 呆れるほど単純な教団の名に、ヤクルじゃなくとも突っ込みたくもなる。

 事の発端は、戦闘が終わり外に出てみれば、地面に頭を擦り付け三人にひれ伏すリリックの姿があった。

 話を聞いてみれば、こんな調子である。

 

「賢者様の新たな魔法の発動の瞬間に立ち会え、私はこのまま死んでも悔いはありません……」

「えー。俺の事も良い感じに聖典に書いてくれなきゃ、蘇生さすぞー。……ブフッ!」

「勿論書かせて頂きます!」

 

 リリックに話を合わせたニールだが、たまらず吹き出し再び地面に突っ伏し、リリックは目を輝かせ膝を揃え座る。

 

「神殿らしくなかったのはそう言う事だったのね。そして集落のみんなと何となーく距離があったのも……」

 

 はじめて集落を訪れた時の、あの違和感の正体はこれだったらしい。

 表面上は仲が良いが、そのそのも信仰するものが大きく違う為、妙なギスギス感が生まれていたらしい。

 地面に座ったまま恍惚の表情のリリックを前に、どうしたものかとヤクルが振り返ると、メリッサとレイは綺麗に眉を下げ同じ笑みを浮かべていた。

 

「憧れの勇者様ご一行に会え感無量なんですよ」


 取りなすようにレイが言うも、本人達はむず痒い。

 

「やけに落ち着いてますね?」

 

 勇者だと知って、メリッサもリリックもそれはそれは驚き、落ち着くまで時間がかかった。

 しかし、レイだけはいつも通りニコニコと微笑んだまま頷くのみだった。

 

「ええ、初日にベッドを抜け出すお二人を見ましたので」

 

 にっこりと微笑むレイに、ヤクルとニールは息を詰める。

 夜な夜な抜け出していた事を知らなかったエスカは、説明を聞くと呆れたように座り込んでしまった。

 

「最初は驚きましたよ? ですが、もし魔族だったらと思うと、すぐにどうこう出来るものでも無いですし、どちらが本当の姿かも分かりませんでしたから」

 

 話を一度区切ると、レイは一度小さく笑い、ですがと話を続ける。

 

「街へ行った際、伝達の鏡で勇者様方の肖像画を見せて頂き、全て納得し、安心して過ごして参りました」

 

 決定的な物を見られ、早々にバレていたと知った三人は膝から崩れ落ちた。

 そして噂は一人歩きし変に伝わったものと思っていたが、どうやら麓の街に伝達の鏡があり、伝わったも何も直接聞いた話らしかった。

 

「いや、まぁその……この襲撃は俺達せいでもある訳で……うん」

「ブチ切れてもらった方が気が楽です……」

「味噌っかす……酒狂い……」

 

 ぶつぶつと独り言ちながら、三人はがっくりと肩を下げる。

 ころころと笑うレイとメリッサの後ろから子ども達がわっと飛び出すや、三人の背中に纏わり付き乗っかっていく。

 

「あれ、結界が……」

 

 ふと、エスカが空を見上げぽつりと呟く。

 そしてそのまま背中のクローバーをそっと脇に降ろし振り返り絶句する。

 エスカに習うようにヤクルとニールも振り返るも、反応はエスカと同じだった。

 

「あれ、魔王……の、娘?」

「魔王!?」 

 

 ヤクルがぽつりと呟くと、集落に緊張が走る。

 しかし、魔王の娘の登場にメリッサ達集落の人間が怯えるのは分かるが、呼ばれた本人もびくりと体を震わせた。

 十四、五歳くらいの人間の少女に見えるが、その重厚な真っ黒なドレスと頭から生える角は紛れもない魔族の物。

 ツインテールにしたドレスと同じく真っ黒な髪を必死で握り締めながら、魔王の娘は一歩二歩とヤクル達の元へと近付いてくる。

 

「わた、私は悪くないよ!?」

 

 開口一番ヤクルに言い放った言葉に、集落中が沈黙する。

 

「こっ今回はそっちが悪いんだから! この前お父様から魔王を継承して、やっと平和に暮らせるって思ってたのに……もう、こっち来ないでよー!」

 

 絶叫しヤクルの胸を二、三発叩いた魔王は、はっと顔を上げるとヤクルの側を離れる。

 そのまま警戒するようにじりじりと下がっていき、道の真ん中に立ちつくしてしまった。

 動揺するメリッサ達は、お互い顔を見合わせると一斉にヤクルを見上げる。

 気まずそうに頭をかくヤクルは、深くため息をつくと、曖昧に笑って見せた。

 

「ああ、ゴメン。今回はこっちが悪いわ」

「そうよね! 良かったー! うちの子達が国境を越えたって聞いたから、急いで飛んで来たのよ!」

 

 和気あいあいとした二人の雰囲気に、メリッサ達は信じられないと開いた口が塞がらない。

 

「すっげぇ! 魔王だ!」

 

 動揺する大人をよそに、感極まったワイルディが魔王に駆け寄るや、周りをぐるぐると周り歓声を上げる。

 すぐさま駆け出したメリッサがワイルディを抱きかかえると、地面にへたり込みガタガタと震え出す。

 

「どうかこの子達だけは……生贄ならこの私を――」

「生贄!? 要らないわよそんなのっ! 貰っても困るし……と言うか、子どもは大事に育てなさいよ」

「ごめん魔王、ごめん。後片付けとかこっちでやっておくから、説明は後日させてくれ」

 

 メリッサの言葉に声を裏返す魔王をなだめる為ヤクルは話に割って入る。

 ヤクルと二言三言会話をした魔王は、分かったと満面の笑みで転移し戻って行った。

 

「さ、さ~て、王都に無事だーって連絡しないとね~」

 

 明らかに混乱した状況に、エスカは無理矢理話題を変えようとニールをつつく。

 突如話を振られ動揺するニールに、バジルとチコリもエスカを真似てつつき出す。

 

「お、おおそうだな。えーと伝達の鏡……は、ねぇか。じゃあここで良いや」

 

 立ち上がり膝をはらったニールは、辺りを見渡すと、神殿の入り口に立ちふさがる。

 ぞろぞろとニールの後をついて来たメリッサや子ども達、リリックとレイとヤクル達の前で、ニールは一度だけ床を蹴り音をならす。

 すると、神殿の入り口いっぱいに、どこか別の場所が映し出された。

 入り口の向こうに居た何人かは、突如現れたニール達に驚き、お待ち下さいと何処かへ走って行ってしまった。

 しばらくすると、王と姫、それと神殿と修道院の関係者が、わっと入り口に詰め寄り、口々に歓喜の声を上げる。

 ニールに代わりヤクルが姿を見せると、姫は一瞬顔を輝かせたものの、すぐに俯く。

 ヤクルは露骨に姫から視線を外すと、この集落の事と今回の襲撃について説明していく。

 その中で、自分達が王都を抜け出した本当の理由は語らなかったのは言うまでも無い。

 むしろ、一年経ち世界に変わりが無いか見て回りたかった。伝えたら大人数になり身動きが取れないと思ったなど、適当すぎる嘘で塗り固め、エスカの顔を引きつらせた。

 話を聞き終わった修道院長が、恐れながらと一礼し口を開く。

 

「左様で御座いましたか。そちらの村の事情は大体分かりました。今までお辛かった事でしょう。こちらで住む場所をもうけますので、是非王都までお越し下さい」 

 

 集落の成り立ちと今の状況に、修道院が手を差し伸べるという。

 知らなかった罪滅ぼしでは無いが、希望者には王都で暮らしてもらいたいとの申し出に、集落の一部が歓喜の声を上げた。

 

「では少しお待ち下さい、何度か転移を繰り返してですが、今からそちらに――」

「なんでそこにいるのに触れないんだ?」

 

 修道院と神殿関係者が話す足元で、ワイルディは伝達の鏡をペタペタと触りながらニールの顔を見上げる。

 

「ほんとだー。壁だー」

「触れそうで触れないー」

 

 ワイルディに続き、バジルとチコリもペタペタと触り、不思議そうにニールを仰ぎ見る。

 微笑ましい子どもの行いに、王都側の人間はしゃがみ込みニコニコと子どもの手に自身の手を合わせる。

 

「そうだなぁ……引っこ抜けっかもなぁ」

「え?」

 

 腕を組み顎を擦りながら、ニールはぼそりと独り言ちる。

 その場に居た全員が素っ頓狂な声を上げニールに視線を移すと、ニールはぶつぶつひとり言を言いながら王都と集落の境目に法陣を書き始めた。

 あちら側とこちら側で、全員揃ってニールの指先を目で追う。

 こんな猫見た事あるなと、ニールは歯を見せ笑うと、よしっと指を放した。

 

「エスカ、ちょっと魔力分けてくれ」

「えー何するの? 私ので足りる?」

「余裕余裕」

 

 渋るエスカを呼びつけ肩に手を乗せたニールは、法陣に向け手を伸ばす。

 赤々と法陣が光り輝いたかと思うと、先程までただの壁だった場所にニールは腕を突っ込み、一番手前に居た神殿関係者の腕を掴み引きずり出してしまった。

 

「おお、出来るもんだな一本釣り」

「ちょっと効率悪いけどな」

 

 変に感心するヤクルの隣で、続いて修道院長を引きずり出したニールは、疲れたとエスカから手を放し、その場に座り込む。

 いきなり引きずり出された二人もだが、他の者も何が起こったのかと理解が追い付かない。

 ヤクルはニールを掴み起こすと、後はよろしくとメリッサの腕を引き修道院長の前に押し出す。

 完全に挙動不審となってしまったメリッサに代わり、レイが修道院長達と話をし始める。

 

「勇者様」

 

 ふと呼ばれて振り返ると、ゼラニウムとローリエと二人の養母が並んで立っていた。

 養母は頭を深々と下げると、ゼラニウムとローリエの頭を撫で目尻を下げる。

 

「本当にありがとうございました。私らはこの子達とこの村を出ようと思います。この子達に、もっと広い世界があるんだと、見せてやろうと思います」

 

 涙を浮かべる養母は、それぞれ我が子を抱き締めると、声を殺して泣き始める。

 今までは生贄だと街を追い出され、街にも戻れずかといって魔族がいる外を歩ける訳も無く、この集落に押し込められていた。

 平和になったからとて、すぐ集落を出る気も起きず、行く場所も無かった。

 この一件で、行く場所も出来、ようやく胸を張って外を歩けるようになったのだ。

 

 村を出ると聞き、ワイルディ達が駆け寄ってくると、ゼラニウムとローリエも納得しての事なのか、涙を堪え力強く頷いた。

 

「そうか。王都までは長いので、十分にお気をつけて。ゼラニウムにローリエ、ちゃんとお母さんの言う事聞くんだぞ?」

 

 ヤクルがゼラニウムとローリエの頭を順番に撫でると、二人はもう一度大きくうなづき、養母の手を引くと走って行ってしまった。

 やはり別れは辛い。

 これ以上みんなと話していたら、決意が揺らいでしまうのだろう。

 四人の後ろ姿を見送ったヤクルは、小さくため息をつきぐずぐずと無くワイルディの頭を撫で回す。

 

「他の子ども達の新しい家族も、私達が責任をもって探しますので」

 

 修道院長の言葉に振り返ると、メリッサは目に涙を溜め何度も頷く。

 どうやらそういう話になったらしく、レイとリリックも目を赤くし微笑んでいた。

 

「みんなバラバラ?」

「僕たちもバラバラ?」

 

 バジルとチコリはふとした疑問を口にすると、お互いにぎゅっとしがみつく。

 クローバーもワイルディもメリッサの足にしがみついてしまい、たまらずメリッサはしゃがみ込み泣き出してしまった。

 眉を下げ顔を合わせる大人達は、なんと言って良いか分からず言葉が出ない。

 新しい家族に引き取られるとなると、みんなバラバラだろう。

 バジルとチコリでさえ、二人まとめて引き取ると言ってくれる人が居るか分からない今、せめて全員近くでと言う事も難しい。

 しがみついたまま離れないクローバーとワイルディを抱き締め、メリッサは途方に暮れたように修道院長を見上げる。

 しかし、修道院長とて、曖昧に笑って見せることしか出来ない。

 すると、それまで魔力ギレ寸前で座り込んでいたニールが小さく唸ると、バジルとチコリの首根っこを掴み引き寄せると、二人まとめて抱え立ち上がる。

 

「よーし二人とも、俺と行こうぜ」

 

 ふらふらと覚束ない足取りで二、三歩後退するも、ニールはにっと歯を見せて笑う。

 

「まぁ俺と来ても変わらず神殿暮らしになっちまうけど、いつか家買ってやるからさ。……いつか、な」

「えーずるい! クローバー、私と一緒に来て!」

 

 何とも頼りないニールの言葉を遮るように、今度はエスカがクローバーを抱え上げる。

 

「と言っても、私も修道院暮らし何だけどね……あはは」

 

 目を見張る子ども三人を前に、ニールとエスカは頼りなく薄ら笑いを浮かべる。

 驚きを隠せない周囲を無視し、ヤクルは一歩踏み出すと、ワイルディの隣にかがみ込む。

 

「じゃあワイルディは俺と――」

「嫌だ!」

 

 ヤクルの言葉を最後まで聞かず、ワイルディは元気に拒絶する。

 そっと地面に突っ伏し信じられない位落ち込むヤクルに、周りの大人は完全に同情の眼差しを送る。

 

「俺は母ちゃんが迎えに来るまで、ここにいるんだ!」

 

 ワイルディの言葉に、メリッサが顔を背けた。

 未だ母親が迎えに来ると言って聞かないワイルディ。

 本人ももう母親は来ないと知っているのだろうが、それでも認めたくないのだろう。

 

「……じゃあ、かあちゃんが迎えに来るまで、俺とここに住むか?」

 

 どうにか残ったなけなしの気力で顔を上げたヤクルは、何故か教会を指差す。

 絶望するリリックの隣で、伝達の鏡の向こうの王都の人間含むその場の全員が、ヤクルの言葉に耳を疑う。

 

「俺とここで? コリウ……勇者さまは、あっちに帰らないの?」

 

 伝達の鏡を指差し口ごもるワイルディを、ヤクルは思い切り抱え上げる。

 

「コリウスでもヤクルでも何でも良い。お前がここに居たいなら、俺もここに住むよ。一人で縄張りを見てまわるのかよ」


 ヤクルの言葉に、じわじわとワイルディの目に涙が溜まっていく。

 

「マジかよ。じゃあ俺達もここに住むか」

「私達もー!」

 

 ヤクルに続き、ニールとエスカまで王都に戻らないと言い切り、ついに王は倒れてしまった。

 

「待って下さい勇者様! こちらに戻られないと……どうか考え直して下さい!」

「え、その都度すぐ決断してかないと、世界が変わっちゃうだろ?」

 

 まさに今王都の人間の世界を変える発言をした張本人が、あっけらかんと言うと、同意を求めるようにニールに顔を向ける。

 

「まぁな、人生何があるかわからんしなー」

「ね。酒場のウエイトレスだった私が聖女になるくらいだもの」


 世間話感覚でそう語ると、三人はゲラゲラと笑い声を上げた。 

 伝達の鏡の向こうで口々に悲嘆の声が上がる中、ローズ姫がすっと鏡の前に立った。

 ヤクルはワイルディを抱えたままローズ姫の前に立つと、大きく深呼吸をし、口を開いた。

 

「今さらごめん! 結婚出来ません! じゃあ、元気で!」

「そんな、勇者さ――」

「おーっと魔力切れでーす」

 

 清々しいほどに最低なフリ方をしたヤクルにローズ姫が詰め寄ろうとした途端、わざとらしくニールが魔法を解除した。

 驚くほど冷ややかな視線が注がれる中、ヤクルは頭をかきながら、だってぇと言い訳をはじめる。

 

「必死に一年好きになろうとして無理だったんだもん」

「だもーん」

 

 更に冷ややかな視線が集まる中、バジルとチコリが元気に復唱する。

 ヤクルの株が急降下する中、リリックだけは熱心にメモをとり続けていた。

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