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2:決断は早い

 その晩、ヤクルは城内で行われている夜会を眺めながら、一人別室で食事を取っていた。

 城の中央部の吹き抜けとなっている王広間にて、街有数の大貴族の令嬢の誕生会を行っているのだが、一貴族に城の大広間を貸し出す王族は、心が広いのか平和ボケをしているのか、ヤクルは毎度の事ながら笑いが零れてくる。

 磨き上げられた真っ白な床は、それだけで光を反射し目が眩む物だと言うのに、そこに宝石をあしらった貴族が何人も音楽に乗りくるくると踊る様子は、上から眺めれば綺麗を通り越して光に酔ってしまう程だ。

 食事を終え城の三階、最上階から階下を眺めていたヤクルだが、ふと、すぐ側に人の気配を察知し振り向く。

 すると、そこには先程まで階下で夜会に参加している男性全員からダンスの申し込みがありエスコートを受けていた姫が、ワインの入ったグラスを二つ持ち、少し俯きながら立っていた。

 

「ローズ姫、こんな所に居て良いのですか?」

「勇者様が会場に居ないのですもの」

 

 ローズはグラスを一つヤクルに手渡すと、少しはにかんだ様に笑いまたすぐに俯いてしまった。

 ヤクルも以前は夜会に借り出され愛想笑いを振りまいていたが、元々そんな物に馴染みも無かった為、ここ何ヶ月かは面倒になり遠慮している。

 正式に魔王討伐を王家が掲げてから何世代か経ったが、ローズは幼い頃より勇者と結婚すると教えられ育った。

 夜会では誘われたら踊るが、ヤクルとの結婚はもう時間の問題とローズも周囲も思っている為、最近はローズが夜会に姿を現さなくとも何も言われなくなった。

 ヤクルは素直にグラスに口をつける。

 普段ニール達と飲んでいる安酒の様な、すぐに酔えるただキツイだけのアルコールではなく、さすが王家が口にするだけあって香りや味・品質に拘っているのが分かる。

 どこと無く物足りない酒を口に運びながら、ふとヤクルは未だに隣でもじもじと落ち着かない様子のローズに視線を落とす。

 するとそれに気付いたのか、ローズはぱっと顔を上げると、気恥ずかしそうに顔を真っ赤に染め上げた。

 

「来月は……私の十六の誕生日ですね」


 辛うじて聞き取れる程度の声色で囁かれた言葉に、一瞬ヤクルは空耳かと聞き流しそうになった。

 正確な日付までは知らないが、街中の噂でローズの誕生日が来月だと小耳に挟んではいたが、かと言って自分からそう切り出されると、ヤクルとしては何と返事を返したらよいのやら。

 答えあぐねるヤクルをよそに、ローズは再び顔を伏せると、またもごもごと小さな声で何か話し始めた。

 

「その、来月十六になるのです」

「えぇ、大変喜ばしい事ですね……?」


 二度同じ事を言われ、つい語尾が上がってしまったヤクルは、誤魔化すようにグラスに口をつける。

 

「これでようやく成人です。子どもではなく、一人の女性として見ていただけます」

 

 口に含んだ酒を吹き出しそうになるも、どうにか堪えたヤクルは微笑んだまま表情を崩さずグラスを飲み干す。

 この一年、ローズは事ある毎に遠巻きに婚姻を迫るような言動を繰り返している。

 立場的なものもあるし周囲の目もある。そしてローズ自身そうなるものだと信じ疑った事は無く、ヤクルに想いを寄せている状態。

 そう考えればローズの言動は全く間違った事では無いが、ヤクル本人は全くその気が無い。

 元々は溜まったツケ代を稼ぐ為その辺の魔物退治をしていただけで、姫と結婚したいや国王になりたい等の出世欲は全くもって持ち合わせていない。

 それはヤクルに限らず他の二人も同じ事。その為ニールは余計に街から抜け出したがっているのだ。

 昼間のニールの話が頭を過ぎるも、ヤクルはローズに返事を返す事無くただいつも通りに曖昧に微笑む。

 ヤクルが微笑みかければ、例え返事が無くともローズは一人で楽しそうに話し続ける。

 夜会もどうやら終わりのようで、先程まで賑やかだった階下も人がまた一人と外に出て行く。

 グラスを持ち直したヤクルは、ようやく部屋に戻れると顔を上げると、未だ一人で話し続けるローズの顔を覗き込む。

 

「終わってしまいましたね」

「そ、そうですわね……」


 一瞬、ローズは話しかけられて顔を綻ばせたものの、すぐに俯く。

 もう夜も遅い。夜会が終われば部屋に戻らなくてはならない。それ以前にローズに挨拶をしようと残っている貴族もいるだろう。

 どちらにせよ、夜会が終わればローズはここを離れなければならない。

 ローズの分のグラスも回収したヤクルは、落ち込んだように俯いているローズの肩をぽんっと叩く。

 

「ここもこの一年で、随分穏やかな光景になりましたね」


 魔族と争っている時からすると到底考えられない程の変貌振り。ヤクルはもう一度ローズの肩を叩くと、一礼し自室の方へと歩き出す。

 すると、ローズはヤクルの方に一歩踏み出すも、すぐにまた俯き立ち止まる。

 そんなローズの様子を何となく背中で感じながらも、いつも通り気付かないふりをし歩き続けていると、今日はいつもと違いローズがヤクルを呼び止めた。

 

「本当に穏やかな良い世界になりました、勇者様のお陰で。これからは勇者様のいらない平和な国になっていきます……だから――」

「勇者の出番の無い、争いの無い世界……ローズ姫が治める頃は、きっと今以上に平和になるでしょう」

 

 もじもじと徐々に俯き、一度言葉を飲み込んだローズが、再び顔を上げ口を開こうとすると、振り返ったヤクルがそれを制する様に先に口を開く。

 そしてヤクルはぽかんと口を開けたまま立ち尽くすローズに再び微笑みかけると、丁寧に一礼し部屋へと戻って行った。

 

 翌日、まだ暗いうちに起き出したヤクルは、そのまま窓から抜け出しそのまま神殿を目指す。

 城と神殿は隣同士と言ってしまえば近い気もするが、お互いの敷地面積が街の一区画程はある。

 ヤクルは城の壁伝いに歩き、そのまま植木に飛び移ると、するすると垣根の間と池の縁を抜け、神殿と城を隔てる壁まであっという間にすり抜ける。

 まだ薄暗いと言ってもこの時間から動き出している侍女や下働きは多い。

 確かに魔王を討伐したとは言えない事実だが、問題無く生活していけるだけの稼ぎ、それなりの数の魔物を倒して来ただけあって、ヤクルは気配を消すのは造作も無い。

 そのまま二階に届く程の壁を上り、見張りに気付かれる事無く神殿の敷地に降り立ったヤクルは、勝手知ったる道と言わんばかりに真っ直ぐに目的に向け忍び込んでいく。

 しかし、ヤクルの目的地――ニールはヤクルが神殿の敷地に入った時、神殿に張り巡らせていた魔法で気付いたらしく、ヤクルが庭を抜け神殿の壁に凭れかかるとほぼ同時に、転位魔法でひょっこり現われた。

 

「眠ぃ……城の警備ザル……」

「今日は珍しく早起きだな」


 早起きには早起きだが、どうにも眠そうに目を擦りながらふらふらと立つニールの姿に、ヤクルはくしゃりと笑うと腕を引き強制的に座らせる。

 

「朝のお勤めが終わってから抜け出すか? それとも夜?」

 

 神殿の壁に持たれて座り込んだ瞬間、こくこくと船を漕ぎ出したニールの肩を揺すりながら、ヤクルは端的に質問する。

 しばらく揺すり続けると、ようやくニールは渋々と言った具合に目を覚ました。

 

「何だよ、『抜け出す』って事は許可は取って無いって事だな? 気が変わるの早過ぎだろ。ついに姫さんの愛が重くなったか」

「姫はー……今更だけど断りにくくてどうしたものか。いや、気が変わったと言うか、単純に『勇者様の要らない世界になった』って言われたから」

 

 あまり要領を得ないヤクルの返答に、ニールが眉を顰めると、ヤクルは昨日の夜会中にした会話をそのまま伝える。

 

「それは……お前が必要無くなったって事じゃ無いぞ?」

「それ位分かるわ! ……一年経っても勇者だなんだって持てはやされて、公務だって子どもと触れ合ったり授業したり、外交に付き合ったり色々してたんだけど、もう勇者が必要無い世界なら俺も普通の生活に戻っても良いんじゃないかって思ってさ。一応世間的には勇者だからって思って我慢してたが、一気にやる気が無くなった」

 

 ため息をつきだらりと壁に凭れるヤクルに、ニールはふぅんと気の無い返事を返し大あくびをする。

 

「そう考えたら俺も要らないな。魔族と戦う事も無いのに爆裂魔法なんか習得しなくても良いだろ? 人間相手に使う気になんかなれない代物だし、そもそも俺って独学だったからどう教えて良いかわかんねぇし」

 

 思い切り伸びをしたニールはため息をつきそう溢すと、ヤクルと同じ様にぼうっと城を眺める。

 何の為にここ縫い止められ、何の為に働くのか。

 平和になったと言ってもすぐに決まりや考えを変えれる訳も無く、習慣化されている神殿や修道院の朝晩の祈りの起源を思い出す者はいない。

 最早必要とされなくなったのに、一体何をやっているのか。

 二人はぼんやりとそんな事を考えながら無言で座り込んでいると、城の奥に見える空が先程より白んで来たのが見えた。

 また意味の無い一日が始まる。

 ヤクルがため息をつき立ち上がろうと地面に手を着くと、何故かニールがその手に自身の手を添える。

 突然の幼馴染の気持ち悪い行動に眉を顰めると、ぼんやりと空を眺めていたニールの口元がにやりと怪しく歪む。

 

「じゃ、エスカ拾って抜け出すか」

 

 口と目を弓なりに曲げ笑うニールに、ヤクルは何も言う事が出来ない。そうこうしている内にニールは転位魔法を紡ぐと、そのままエスカの所まで飛んでしまった。

 

  二人でエスカの所に押しかけ絶句するエスカを攫い、いつもの酒場に転位すると、さすがに三人の奇想天外な行動には慣れっこだと自負していた酒場のマスターも開いた口が塞がらない。

 

「おーやじぃー。酒瓶一本くれー。開いて無いやつー」

「おいニール……これから抜け出すってのに、目撃者作ってどうするんだよ」

 

 神殿の紋章入りのローブやロザリオ、賢者の証でもある聖刻の入った杖などを無造作にカウンターの上に放り出したニールは、ヤクルの話しも聞かず楽しそうに未開封の酒瓶を選んでいる。

 そのまま気に入った一本を選ぶと、ポケットに直に入れていたお金を取り出しぽいっとマスターに投げ渡す。

 するとしばし硬直していたマスターだったが、何かを思い出したかのように一度目を見開くと、呆れたような笑みを浮かべ店の奥へ姿を消し、再び戻ってきた時はなにやら大きな包みを三つ抱えていた。

 

「目撃者じゃねぇよ、共犯者だ」


 ニールはマスターから荷物を受け取ると、ヤクルとエスカに一つずつ投げて寄越す。

 反射的に包みを開けてみると、中には三人が魔物退治をしていた時の服がそのまま保管されていた。

 

「今持ってる服なんて全部お上品なやつしかないだろ? 〝勇者一行の服〟って城に飾られる前におやじに預けておいて正解だったぜ」

「でも……今この服は逆に目立ちそうよ?」

 

 嬉しそうに冒険者時代の服を取り出すニールだったが、エスカのその言葉に動きを止める。

 魔物との戦いが終わり、日常から血生臭い争いは全て消えうせた。それに伴い冒険者家業も無くなり、残っていても人間の盗賊相手の護衛・傭兵・用心棒位なもの。

 単純に実入りの良い仕事ばかりと受けていた事もあり、三人の向かう先は基本的に難易度の高い現場ばかり。自ずと装備も傭兵と言って誤魔化せるレベルの物ではない。

 服の素材一つとっても魔物の攻撃に耐えられる頑丈な物、ヤクルの使っていた剣は人間を相手にするにはあまりにも多き過ぎ、ニールの杖や魔力を込めた宝石も人間相手には到底使えない。ただの監視役元酒場の給仕のエスカにしても、その素早さを活かし短剣で戦っていたのだが、その短剣でぎりぎりと言った程だ。

 完全にその事を失念していたニールは、荷物に顔を突っ伏し轟くような呻き声を上げる。

 

「魔法で顔だけ変えて、服はこのままいけるって寸法が……」

「目測が甘過ぎだろ。さすが魔法以外味噌っかす賢者」

「この店の給仕の服借りて二人の服買いに行っても良いけど、お金どれ位持って来てる? ちなみに修道院暮らしの私は無一文」


 完全に落ち込むニールにヤクルが止めを刺すも、エスカの言葉に二人共ポケットを漁る。

 出て来たのは何かの書類の切れ端にパンの屑、瓶のコルクになけなしの硬貨が一枚。

 踏み倒していたツケの回収で魔物退治を始めただけあり、二人共見事に金銭感覚は味噌っかすだった。

 

「おやじに借りて買って来れば良いだろ」

「街から逃げ出してやる事が結局労働? そもそも、魔物も居ないのに二人はどうやって稼ぐのかしら?」

 

 しっかりとした労働経験のあるエスカからの圧力に、完全にヤクルは荷物に突っ伏し沈黙してしまった。

 

「じゃあ、魔法で程よく服を今風に見える様に錯覚させる! んで何処か遠くの『え? 勇者? 何それ美味いの?』位のド田舎に行く! それが駄目ならぱぱっと追い剥ぎして来てやるわっ!」

「誰よこいつを賢者にしたやつ……」


 街を抜け出し最初にやる事が追い剥ぎ。それだけの実力はあるだろうが、そう言う次元の話ではない。

 ついにはエスカまでも荷物に突っ伏しため息をついてしまう。

 しかし、そんな二人の様子など意に介さないのがニール。

 うるさいやつが黙った位にしか思っておらず、一先ず三人分の荷物を包みなおし再びマスターに預けると、酒瓶片手に二人の腕をとる。

 

「えっ、まさか本気で? 本気でその予定で転位する気なのか!?」

「この味噌っかす野郎! いや、味噌っかすに失礼ね。ゴミ屑塵野郎っ! 芋虫の方がまだ迷惑もかけないし世界の役にたってるわ!」

「うっせーなー。行ってみて駄目だったら帰ってくれば良いだろ。目撃者の記憶消せば良いんだろ? そんな魔法知らねぇけどその時になったら多分出来るわ。じゃあ心残りは無ぇな野郎共」


 散々な言われようのニールに、普段は無愛想なマスターも溜まらず笑いが込み上げてくる。

 ニールは終始賢者とは思えない口調のまま、二人の腕を掴みなおすと、マスターに軽く挨拶をし、転位出来る一番遠い所目掛け術を展開した。

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