19:怪我人がいっぱい
しばらくすると、外が賑やかになった。
ヤクルとワイルディが窓にしがみつき外を確認してみると、集落の大人達が山を見上げたかと思うと、リリックとレイが向かった方に走り出す。
二人の部屋からは丁度指差す先が隠れて見えず、二人は苛立ちを隠せない。
走って行ったのは男ばかり。
残った女達は山を確認し一度家へ戻ると、何故か布を抱え教会の入り口へと詰めかける。
対応したメリッサが適宜食堂へと誘導しているようだが、部屋から離れているせいか、会話は聞き取れず、慌ただしく大人達が走り回っている事しか分からない。
外に出るのは駄目だが、教会の中ならば良いのではないか。
ふと、そんな考えが頭を過ぎり、ヤクルはドアノブに手をかける。
しかし、ニールの言葉を思い出し、すぐにその手を引っ込めた。
振り返り未だ目覚めぬニールを確認し、ワイルディを見やる。
ワイルディも、今すぐにでも部屋を飛び出しかねない程に、そわそわと忙しなく窓とニール、扉を行ったり来たりしている。
窓に飛び付き上へ下へと視線を巡らせ、ニールの顔色を確かめ、今度は扉に貼り付き聞き耳を立てる。
何度も何度もそれを繰り返したワイルディは、苛立たしく頭を掻きむしると、床にどっかりと座り込んでしまった。
ヤクルも扉を離れワイルディの側に腰を降ろす。
廊下から聞こえる人の声と、時折窓から見える人の姿。
全てが気になるも、今はどうする事も出来ない。
リリックとレイが山に向かってどれくらい経っただろう。
教会の中も静けさを取り戻した頃、ぽつりぽつりと跳び出して行った男達が戻って来た。
教会の入り口が開け放たれ、何かを叫ぶメリッサの声が響く。
再び立ち上がった二人が窓に貼り付くと、集落の男達が見知らぬ男達の肩を支え、ゆっくりと教会の入り口へと姿を消していくのが見えた。
見知らぬ男達は全員怪我をしているらしく、自力で歩ける者も居れば、二人に支えられてどうにか立っているような者もいる。
続々と運び込まれる男達をワイルディが一人二人と指折り数えていくと、全員で十五人ほどもいた。
最後にリリックとレイが一人ずつ支え教会に戻ったが、二人の真っ白な装束は土と血で汚れていた。
教会の中が一際賑やかになり、廊下を駆け回る音も聞いたことが無いほど騒がしくなった。
ここまで来ると怖いのか、ワイルディは扉に近付かなくなり、ずっとニールの側に座っている。
何個かの足音が部屋の前を通り過ぎていく中、扉がノックされ鍵が開けられた。
「ちょっとだけお手伝いし……あら? レモングラス、どうかしたの?」
扉から顔を覗かせたメリッサが、三人に手伝って貰おうと口を開くも、すぐに寝込むニールに気付き眉をしかめる。
「暇だって、寝ちゃった」
ニールが言いそうなセリフをさらりと言ってのけたワイルディに、ヤクルは思わず口元が緩む。
眉をしかめたままメリッサは『そう……』とだけ言うと、二人を手招きする。
同じようにエスカとクローバーも呼んだが、クローバーはベッドにしがみついたまま出て来ようとしなかった。
ヤクルとエスカ、それとワイルディの三人を連れたメリッサは、二、三回深呼吸をすると、改めて三人に向き直った。
「驚かせてごめんなさい。でも、どうしても手が回らなくて、あなた達にも手伝って貰いたいの」
メリッサはほとほと申し訳なさそうに顔を歪めると、そこで一度言葉を区切った。
「今ね、怪我をした男の人がいっぱい教会に来てるの。その人達の治療を……包帯を運んだり薬を運んだりして欲しいの」
努めて優しく分かり易く説明するメリッサに、三人は神妙な面持ちで頷く。
ただ事では無い雰囲気に、ワイルディも真剣にメリッサの話を聞いている。
メリッサは三人の様子を確認し、一度ほっとしたように微笑むと、食堂へ向け歩き出した。
食堂は思ったより酷い状態だった。
あちらこちらに布が引かれ、その上に怪我人が寝かされているのだが、怪我が深いのか、何人かは呻き声を上げている。
その上、食堂に入りきれなかった人は、入り口近くの廊下に寝かされていたりと、ヤクルが魔族との抗争中に見た、野戦病院を思い出させる光景だった。
それはやはり刺激が強すぎたのか、ワイルディは食堂の入り口で怪我人を前に呆然と立ちつくす。
慌ただしく駆け回る集落の女達や神殿の者を前に、完全に腰がひけてしまっている。
そんなワイルディのすぐ脇を、エスカが通り抜ける。
エスカはすぐにテーブルの上に置かれた包帯を掴むと、呻き声を上げる人に駆け寄る。
そのまま服の一部を引き裂き患部を濡らした布で拭き、薬を塗っていく。
流れるような無駄の無い動きにワイルディが呆気にとられていると、今度はヤクルが走り出す。
ヤクルも同じように包帯を手に一人の男に駆け寄るや、足に添え木をしぎゅっと縛る。
あちらこちらから『包帯が足りない』『薬は何処』『誰か水を汲んで来て』と声が上がる中、ワイルディはようやく我にかえった。
ワイルディも包帯を抱えると『包帯! ここ!』と声を上げ、足りないところへ配ってまわる。
運んでも運んでも足りない水と布に、全員の顔に疲労が浮かぶ。
すると、食堂の入り口にふらりとニールが顔を出した。
ニールは目を擦りながら怪我人に視線を彷徨わせ、ふとある一点を見つめ動きを止めた。
「もう起きて大丈夫なのか? まぁいい、ちょっとそこの布取ってくれ!」
消毒を痛がる怪我人を押さえながら、ニールに気付いたヤクルが声をかける。
すると、ニールは視線を動かさないまま、ポイッとヤクルに布を投げ渡した。
「何だよ、知り合いでも居たか?」
異変に気付き駆け寄って来たヤクルが、ニールの額に出来たたんこぶを擦りながら、ニールの視線を追う。
ニールは忌々しそうにヤクルの手を指で弾くと、額を擦った。
「いや、昨日法陣の上に居たのはこいつらかーって思ってな。安物の魔道具でズカズカと」
「魔道具?」
舌打ちをするニールに、ヤクルの顔は曇る。
「アレだよアレ、見覚え無いか?」
ニールが指差す先は、置き場の無い怪我人達の衣類や持ち物が山と積まれた部屋の隅。
その中の一つ、泥まみれのブーツのくるぶしの辺りに、割れて光を失った魔道具の欠片が貼り付いていた。