17:明日も明後日も来年も再来年も
まだまだ不調ながら、翌日ニールもワイルディもクローバーも、元気に神殿へ出掛けていった。
神殿と言う事もあり、今日はバジルとチコリも勉強に参加し、いつも通りとは言えないが徐々に賑やかさも戻って来ていた。
ゼラニウムとローリエは途中から顔を出した。
二人に話を聞いてみた所、どうやら家を抜け出して来たらしい。
「怒られるよ……」
クローバーが眉をしかめ、声を落とす。
大事を取り昨日一日外出させなかった二人の養母が、突然二人が居なくなって慌てないわけが無い。
そっと伺うようにリリックを見上げると、リリックは誰かに指示を出したらしく、すぐに廊下を駆けていく足音が響いた。
どうやら二人の家に使いを出したらしく、リリックは朗らかに笑って見せた。
「外で遊んでも良いですが、今日は村の中で遊びなさい。それと、かくれんぼは無しです」
神殿でリリックに言われ、教会に戻ればメリッサが同じ事を口にする。
元気に返事をした子ども達に、メリッサはどうにも満足そうに頷いた。
「ここに居ましたか。今日は外であそ――」
「かくれんぼはしません!」
そんな会話がされた直後、ひよっこりと顔を出したレイが口を開きかけると、被せるようにクローバーが声を上げ笑い出す。
先を越されたと悶絶するワイルディも一緒に笑い出し、子ども達をはじめメリッサとレイも笑ってしまった。
「村の中で、かくれんぼはダメ……」
昼食後神殿前に集まったのは、神殿と教会の七人だった。
ゼラニウムとローリエはきっと抜け出したのを怒られたのか、せっせと養母と一緒に洗濯物を干す姿が遠くに見える。
手伝いが終わったら合流するか、今日は一日手伝いをするのか分からないが、ワイルディは一先ずこの七人で遊べることを考えていた。
「普段村の中では何して遊んでるの?」
「かくれんぼと追いかけっこ」
駄目と言われたかくれんぼを除外すると、追いかけっこしか無い。
しかし、ワイルディは病み上がりのニールを気にしているらしく、追いかけっこも無しだと考えているらしい。
うんうん悩むワイルディを尻目に、他の六人は適当に時間を潰しだす。
クローバーが地面に絵を描き始めると、バジルとチコリも一緒になって描き始める。
花の絵の隣に豚を描いたと思えば、すぐ隣になんちゃって法陣を描く。
階段に腰掛けたニールが微笑ましそうに見つめていたと思えば、おっ、と眉を上げニヤニヤし始めた辺り、バジルとチコリの法陣は段々正解に近付いてきたらしい。
「ばあちゃん、何してるんだろ」
先程まで唸っていたワイルディがぽつりと呟くと、全員一斉に顔を上げる。
ワイルディの視線の先には、ヤクル達を教会へ連れて来てくれた老婆の姿があった。
老婆は木の樽を転がして来たのだろうが、樽を前に腰をさすりゆっくりと反ると顔を顰める。
そして再び樽を転がしはじめたと思った矢先、帯鉄が外れバラバラと横板が散らばり崩れてしまった。
「ばあちゃん!」
ワイルディに続き全員で老婆の元に駆け付けるや、老婆は照れ臭そうに顔を上げた。
「これ、何するの?」
横板を拾い集めながらクローバーが問えば、老婆しーっと人差し指を立てる。
「人数も増えたし、久し振りにベリージュースでも作ろうかと思ってね。折角ならベリー酒もって思ったんだけどね」
ジュースという言葉に、子ども達は目の色を変え必死に横板を拾い集め、どうにか組み立てようとする。
ベリー酒と目を輝かせるエスカの隣で、甘い果実酒はなぁとヤクルは呟くも、しっかり顔は緩みきっている。
「ああ、それは後で直して貰うから良いんだよ。新しい樽を使おうね」
老婆は作業する子ども達の手から横板を受け取ると、ゆっくりと立ち上がり手招きをする。
老婆について家の裏にまわると、綺麗に手入れされた樽が幾つも積み上がっていた。
老婆の指示に従い一番手前の小樽を二つ転がし、家の表までもっていく。
「こっちがジュース、こっちがお酒用さ。さあみんな、ちょっとだけ手伝っておくれ」
老婆の言葉に、子ども達は大きな返事をする。
まずは、言われた通り念入りに樽を洗う。
家の裏の井戸からワイルディとヤクルが水をくみ上げ、老婆とニールがたわし代わりに藁を編む。
そして一つをバジルとチコリ、もう一つの樽をクローバーとエスカが水洗いしていく。
綺麗に洗って置いておいても、やはり風雨にさらされていた為か、隙間に砂埃が溜まっていた。
何度も何度も水を替え、ようやく樽を洗い終わると、全員地面に足を投げ出し座り込んでしまった。
「さあ、まだまだこれからよ。次はベリーと氷砂糖を交互に詰めて」
老婆は嬉しそうに一つ手を叩くと、家の中からカゴいっぱいのベリーと、氷砂糖の袋を引っ張り出してきた。
「あ! 駄目よ食べちゃ!」
ベリーと氷砂糖をつまみ食いするワイルディに、クローバーがムキになって怒る。
えへへと舌を出すワイルディは、そそくさとベリーを鷲掴みにすると、樽の底へと敷き詰めていく。
氷砂糖の袋をバジルとチコリが樽の中で逆さにし、クローバーが平らにしていく。
終わるとまたワイルディがベリーを詰めていくのを繰り返し、ようやく二つの樽は満杯になった。
最後に老婆がベリー酒の方に酒を注ぎ、蓋をする。
子樽二つだけとは言え、量はそれなりにある。
全てが終わると、老婆も子ども達と一緒に道に座り込んでいた。
「いつ飲めるようになるの?」
「毎日一回樽を揺すって、氷砂糖が全部溶けたら飲み頃だよ。お酒はもう少しかかるけどねぇ」
待ちきれないと早速樽を揺するワイルディだが、ベリーと氷砂糖が詰まった樽は重く、ヤクルに手招きする。
ヤクルが腰を上げるより早く、クローバーとバジルとチコリが樽に駆け寄り、四人でガタガタと樽を揺する。
「他には何か作らないの?」
期待の眼差しでバジルが問うと、老婆は嬉しそうに目尻をしわくちゃにする。
「少し前までは色々作ってたんだよ。毎年、裏の樽をぜーんぶ使ってね」
そう言うと、老婆は山椒酒にワイン、魚の塩漬けと指折り数えていき、そうそう忘れちゃいけないと各季節のジュースを上げていき、『もう歳だからねぇ』と締めくくった。
「塩抜きした魚、焼くと美味いんだよなぁ」
「花弁の塩漬け、好き」
ヤクルがぽつりと呟くと、そばに居たエスカも呟く。
地面に寝そべっていたニールが体を起こし、うーんと一つ唸ると、ぱっとエスカを見上げて口を開く。
「梅の甘漬けは?」
「最高!」
「ああ、それは良いねぇ。うふふ。今年は作ろうかしら」
立ち上がり声を上げるエスカの隣で、老婆は小さく笑う。
今年は作ると聞いた子ども達は、ずいずいと老婆の足元へ這い寄ってきた。
「ババ一人じゃ山で集めるのも作るのも食べるのも億劫だったんだけど、皆にお願いすれば良いのよね」
老婆の言葉に、子ども達はわっと叫び飛び上がる。
「俺、毎日揺らしにくる! 実もいっぱい持ってくる!」
「私も!」
「僕もー!」
盛り上がる子ども達は、誰がいつ樽を揺らしに来るか順番を決めはじめる。
重いから二人で、いつ、どの組み合わせでと、顔を突き合わせる姿を、老婆は微笑ましそうに見守っていた。