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14:ワイルディはかっこいい

 屋上から見渡せば、家の中から外の様子を伺っている人影が丸見えだ。

 集落の大人達も、突然訪れた男達に警戒しているのが分かる。

 しばらくすると、神殿の人間が屋上に顔を出すと、静かに付いて来なさいと子ども達を近くの部屋に押し込み、そのまま外から鍵をかけ慌ただしく廊下を走って行った。

 部屋はバジルとチコリが普段寝起きする部屋らしく、二人はいそいそとベッドによじ登ると、不安そうに身を寄せ合い頭から布団を被ってしまった。

 どれ位そうしていただろうか。

 バジルとチコリに続き、ローリエも寝てしまい、ゼラニウムもこくこくと船を漕ぎ出した頃、控えめなノックの後、メリッサが扉から顔を出した。

 不安そうな表情を取り繕うと、不格好に笑うメリッサの後ろから、ゼラニウムとローリエの養母も同じ様な表情を作り顔を出す。


「シスター……」

 

 不安そうにメリッサに駆け寄り、その足にしがみついたクローバーは、それ以上何も言わずただただしがみつく。

 ゼラニウムとローリエの養母が、それぞれ我が子の元に駆け寄る中、ワイルディだけは変わらず腕を組み仁王立ちをしていた。

 

「知ってるぞ。また村に子どもが増えるんだ」

 

 ゼラニウムとローリエの養母が二人を連れ、そそくさと部屋を後にするのを確認したかのように、ワイルディは突如声を上げる。

 目を見開いたメリッサは、一度足元のクローバーを見つめた後、不自然に視線を彷徨わせ、もごもごと口ごもる。

 

「……まさか、逆に減る?」

 

 暇を持て余しノートに法陣をあれこれ書き込んでいたニールが、ヤクルの声に顔を上げる。

 ニールと同じくそれまで静かに座り込んでいたエスカも、ヤクルの腕を引き首を振る。

 ヤクルの言葉にあからさまにメリッサが動揺すると、ワイルディはエスカを抱え込むと、ヤクルとニールを引き寄せ、腕をぎゅっと掴む。

 誰も渡すまいと小さく踏ん張るワイルディに、メリッサは目を見張ったまま足元のクローバーに視線をやる。

 すると、クローバーはぱっとメリッサの足から離れるや、ワイルディの背中に隠れるようにしがみつく。

 ワイルディは全員の顔を見渡し一つ頷くや、そのままメリッサの横をすり抜け、廊下へと出た。

 

「カッコいいじゃん」


 腕をひかれ歩くニールが小声で言えば、ワイルディは胸を張り鼻息を荒くする。

 

「ワイルディ最高」

 

 今度はエスカが顔を上げニヤリと笑うと、更に鼻息の荒くなったワイルディの目に涙が溜まっていく。

 

「勇者様みたい」

 

 クローバーの言葉に涙を堪え小刻みに震えだす。

 勇者様という言葉に三人は小さく吹き出すも、クローバーにとってワイルディの逞しい背中は、まさに勇者なのだろう。

 

「頼りにしてるぜ。勇者ワイルディ」

 

 ヤクルの言葉についにボロボロと涙をこぼしはじめたワイルディだったが、教会に着き全員から手を放す瞬間まで、一切泣き声をもらす事は無かった。

 

 しばらくし、泣き疲れたワイルディが泥のように眠った頃、レイが起きていた四人を集めた。

 

「この辺りの古い習慣、生贄の事は知っていますね」

 

 開口一番、単刀直入にそう言い放ったレイに、四人は顔を見合わせる。

 ヤクル達三人は勿論何の事か知らないが、様子を見る限りクローバーもあまりよく分かっていないようだ。

 しばらく子ども達の様子を伺っていたレイは、小さくため息をもらし、椅子にもたれ掛かる。

 

「魔族と人間との国境に位置するこの村は、地図にのる正式な村ではないことは知っていますね?」

 

 おずおずと頷くクローバーの隣で、初耳だと息を詰めたヤクル達は、どうにかクローバーに合わせ何度も頷いてみせる。

 ほんのり笑顔を見せたレイに見えないよう、エスカが机の下でニールの横腹をつねる。

 しかし、ニールはどうにも不思議そうに小首を傾げると、うんうんと考え込んでしまった。

 ニールもまさか国境まで転移していたとは予想外だったらしい。

 国境と一言に言っても、世界を単純に真っ二つにしただけという事もあり広大過ぎる。正確な位置は分からない。

 世界を二分した時、ヤクル達は国境に近い街をまわったのだが、地図にのっていないここは見落としたらしい。

 神妙な顔でレイの話に相槌を打つヤクル達に、レイは更に言葉を続ける。

 

「長きにわたる魔族との抗争で甚大な被害を受け続けた麓の街が、街を守るための苦肉の策として子どもを差し出したのが、この習慣の始まりだったそうです」

 

 生贄とはその言葉通り、街を襲わない代わりに子どもを差し出す事にしたと、レイは端的に語った。

 当時この辺りを根城にしていた魔族との契約だったや、山の神にすがったなど諸説あるが、街の人間は特に期間も決めず、被害が出始めたら子どもを山に送り込んだ。

 

「その子どもの数人がここに身を潜め、次第に人数も増え村になったのが始まりです」

 

 元は生き延びた生贄の子ども達が隠れ住んだ場所が集落へとなった。

 相槌も打てないほどショックを受けたのか、クローバーは無言でエスカの腕にしがみつく。

 何やら訳ありだと思っていた集落だったが、ヤクル達は自分達が思っていた以上の深い事情だったと言葉を失う。

 しかし、ふとある疑問が浮かんだエスカは、恐る恐るレイの顔を見上げ口を開いた。

 

「じゃあ、さっきの人達は麓の街の人で、ここに来たって事は、子ども達が生きてるって知ってる……?」

 

 クローバーの頭を撫でながら問えば、レイは重々しく一つ頷いた。

 自分達が送り込んだ生贄が、その役目を果たさず生き延びている。

 本来ならば死に物狂いで連れ帰り、どうにかして生贄として機能させようとするだろう。

 しかし、レイは腹を括ったのか、深く息を吸い込むと端的に言葉を続ける。

 

「もう何十年も前から知られていますよ。ですが、子ども達が生きている方が都合が良くなったのです。自分達の街より魔族側に人が住んでいれば、自分達の住み家が襲われる確率が低くなりますからね」

 

 ガタンと椅子を倒し勢い良く立ち上がったヤクルを手で制し、レイは片手で顔を覆い一度大きなため息をつく。


「この村から人が居なくならないよう、街の人達は定期的に子どもを送ってくるのです。老い先が長い子どもを。わざわざ教会を作って子どもの家も作って」

「今日、あれは子どもがいるか見に来たって事?」

 

 エスカの言葉に、レイは悲しそうに目を反らすのみ。

 メリッサもレイも隠し事が下手だ。

 クローバーは一人部屋に逃げ帰るのも、エスカを連れ逃げるのも怖いらしく、途中から耳を塞ぎ話を拒絶していた。

 その話が本当なら、大人達の警戒も、集落に街の人間を近付けようとしなかったメリッサ達の事も理解出来る。

 集落に子どもが居ないと分かれば街の人間は新たな子どもを山に捨てるだろう。

 しかし、そんな街の人間に今子ども達はこれだけ居ますと馬鹿正直にお披露目するのも、子ども達には辛い。

 現に、ヤクル達を除けば子どもは男児が五人に女児が一人。

 決して多いとは言えない。

 

「来たるべき敵、か」

 

 ぽつりと溢したニールの言葉に、ヤクルとエスカの頭にワイルディの顔が浮かぶ。

 初日、崖の上でワイルディが言った敵国とは、魔族の国を指す言葉だった。

 しかし、ワイルディが何処までこの集落の成り立ちを知っているか分からないが、この『敵』と言う言葉は本当に魔族の事だけを指す言葉なのだろうか。

 実際、昔この集落は何度も魔族と戦いの場になったのだろう。

 その時の名残か、ワイルディが実際にそれを経験しているかは分からない。

 しかし、以前ワイルディが口にした『待っていれば母親が迎えに来る』という言葉は、やはりヤクル達の思った通り残酷過ぎるものであった。

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