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13:遠くて見えない

「お腹痛い~」

 

 勉強が終わっても、全員笑いすぎでしばらくその場にへたり込んだまま動けないでいた。

 やりきったと清々しい表情で部屋を後にするリリックを見送ると、エスカはまた思い出したように笑いはじめた。

 

「腹痛の薬なら、クローバーが作ったやつがあるだろ」

 

 ヤクルがくいっとクローバーの方を顎でさすと、クローバーは思い切り首を振る。

 

「あれは駄目よ。すり傷と腹痛だもん」

 

 真面目に受け答えつつ、薬を頼って貰えて嬉しかったのか、クローバーはにこにことエスカにくっつく。

 

「これから何する?」

「それなんだけどさ。今日は村の中で遊ばない?」

 

 てっきりワイルディが声を上げるものと口を開いたヤクルだったが、意外にも返事をしたのはゼラニウムだった。

 それにはワイルディも驚いたのか、席を立つとゼラニウムの前の席へと移動する。

 

「昨日の噂。母ちゃんが心配だからって……」

 

 昨日メリッサが言ってた事かと、皆が納得し頷くと、眠っていてその話を聞いていなかったバジルとチコリが説明を求めてきた。

 ゼラニウムが端的に説明すると、バジルとチコリは身を震わせお互いにしがみつく。

 その事に関しては教会でも、寝る前にレイが改めて全員に話した。

 ただの噂で王都での話だが、勇者を攫えるほど強力な魔族が本当に居たらと、大人達は身構えはじめているようだ。

 勇者を攫ったの部分が間違いだと知っているヤクル達だが、魔族の部分は否定しきれない。

 ゼラニウムの養母の言う通りにするのが一番だろう。

 全員が神妙な顔で見渡し、最終的にワイルディを見つめる。

 やはり、最終的に決めるのはリーダーであるワイルディなのか、はたまた何と言ったら良いのか分からず助けを求めたのか。

 ワイルディはしばらくウンウン唸った後、机に手をつき勢い良く立ち上がった。

 

「来たるべき敵に備え、特訓をする! この上で!」

 

 天高く指を突き上げられたワイルディの指先を、全員がぼんやりと見上げた。

 

 昼食後、全員神殿の屋上に集合した。

 神殿は石造りの平屋根。

 子ども達が遊ぶには丁度良い広さがあり、かつ集落の中に居てもこっそり隠れることが出来る、第二の秘密基地だ。

 

「バジルとチコリが魔法をえとくした今、必殺のふぁいあーぶれーどを完成させる時が来た」

 

 遅れて到着したワイルディの腕には、木刀が何本も抱えられていた。

 盛大な音をたて木刀を転がしたワイルディは、いつも通り三班に分かれるよう指示を出す。

 

「えー。ふぁいあーぶれーどより、空飛ぶ豚小屋の研究がしたいー」

「僕達の必殺魔法の研究ー」

 

 颯爽と素振り千回と、薬の研究を始めた二班の隣で、バジルとチコリは面白くないとばかりに床に転がると、どたどたと階段を下って行ってしまった。

 慌ててクローバーとゼラニウムが薬草と木刀を放り出し後を追って行ったが、戻って来る気配がない。

 しばらくすると、下は下で特訓をしてるらしく、賑やかな笑い声が聞こえてきた。

 屋上に残されたヤクル達三人とワイルディとローリエは、笑い声を聞くとほっと胸を撫で下ろし、それぞれの作業に戻った。

 戻ったと言っても、クローバーとバジルとチコリが居なくなったせいで、ニールとエスカは手持ち無沙汰。

 暇だからと言って木刀を振り回す気にもなれず、各々適当な研究を進めることにした。

 ポケットからノートを取り出したニールが法陣の下書きをし始める隣で、エスカは水を運び込み薬草を漬け込みはじめる。

 ヤクルとワイルディ、それとローリエの三人は、いつも通り元気に素振りをしていく。

 しばらくし、ワイルディの息が上がった頃、エスカは薬草を漬けていた水を、昨日作ったすり傷でいっぱいのワイルディの足に塗っていく。

 何かと気にするワイルディに、エスカは『秘密の薬の実験だよ』と可愛く言うと、更に『出来上がるまで見ちゃ駄目』と説き伏せる。

 変に真面目なワイルディが二つ返事で素振りを再開すると、ワイルディの足の傷口からシュワシュワと小さな泡が吹き始める。

 カニを思わせるその光景を目の当たりにしてるのはニールとエスカだけだが、きっと子どもが見れば悲鳴を上げるだろう。

 見慣れたヤクルでさえ、小さくうわっと声を上げるほどだ。

 しばらくし泡が落ち着いた頃、軽く拭き取ってやれば、あれだけ生々しかった傷がほぼ治りかけている。

 しかし、思ったより効力が弱かったのか、作ったエスカ本人はおかしいと首を傾げ、再び薬草を水に浸しはじめた。

 

「ん? 誰か来たぞ?」

 

 素振りをしていたヤクルがそう呟くと、全員一斉に屋上の端に集まる。

 集落への一本道に、男が数人こちらに向け歩いてくるのが見える。

 

「ん~……遠くて見えない」

 

 体を乗りだし目を細めるワイルディは、ウンウンと唸り更に体を前へと乗り出す。

 ワイルディが落ちないよう押さえるローリエとエスカの後ろで、ヤクルもまた見えないと目を細めていた。

 

「そーんな時はこーやると少しは見えるぞー」

 

 軽快な口調で、ニールが指で作った輪をヤクルとエスカの目にあてがう。

 ワイルディとローリエも真似をし、『ホントだ見える!』と喜ぶすぐ側で、ニールは魔法を展開する。

 覗き魔法と同じ要領で、輪にした指を覗けば遠くが見渡せる魔法。

 そう言われたら良く見えるかも程度のワイルディ達と違って、ヤクルとエスカは本当にすぐそこに見えている。

 

「見た事無い人だけど、街の人かな。あ、シスターだ」

 

 ニールの腕を掴みぐいっと視線をずらせば、メリッサが慌てて男達に駆け寄って行く姿が見えた。

 すると異変に気付いたのか、下に降りていったゼラニウム達が一斉に戻って来た。

 全員で屋上からメリッサの様子を伺う。

 男達はしつこくメリッサに食い付いているらしく、メリッサは何度も頭を振っている。

 ようようメリッサだけでは辛くなって来た時、レイとリリックが合流し、再び話し込みはじめた。

 

「また子どもが増えるのかな」


 ぽつりと呟いたゼラニウムの言葉に、誰も返事を返せなかった。

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