11:皆の成果は?
「孤児ってやっぱりワケありなものか。俺はどんな訳ありにする? ニールは虚弱な」
昨日と同じように神殿前に集合し、昨日と同じように秘密基地を目指し歩いていると、ふとヤクルがそんな事を口走る。
「てめぇ、何自分がまともみたいな事言ってんだよ。エスカは薬草狂いな」
「魔物倒して酒飲んでまた魔物倒して酒飲んでーって人が、まともな訳ないじゃない脳まで筋肉。待って薬草狂いの何処が駄目なのよ」
虚弱と呼ばれたニールは、その名に恥じぬ体力の無さで、背中をエスカに押される始末。
二人につっこみを入れられるも、ヤクルは全く話を聞いていないのか、一人でどうしようかとブツブツ話している。
「今の俺等はまぁ、精々九歳かそこらだろ? 俺等が九歳ならお前は八歳って事だ。それで薬草狂いはなぁ」
「九歳って設定だったのか。ならもっと馬鹿みたいな話し方にしないとマズいな……」
背を押されながらぐにゃりぐにゃりと首を揺らし歩くニールの隣で、ヤクルは子どもらしい口調の研究に励む。
子どもらしい口調と言っても、元々辛い環境で生きてきた子達だからか、それとも教会や神殿に引き取られたからか、そこまで三人の口調は浮いていない。
むしろスイッチが入れば、誰よりも子どもらしく叫び遊び回ると言って良い。
「今日は勇者の実を採りに行く!」
三人でぐにゃりぐにゃりと坂を登っていると、秘密基地の木の下でワイルディが天高らかに宣言する。
つい勇者という単語に大きく反応したものの、三人はどうにか『おー!』と返事を返すことが出来た。
深呼吸をし、未だ落ち着かない鼓動を抑え込むと、エスカはワイルディの所へ駆けて行く。
「勇者の実!? 何それ何それー!」
「おお、薬草狂い」
ワイルディの周りを飛び跳ねながら、エスカは役者顔負けの演技で聞きまくる。
半分は本気なのでは無いかとさえ思うその自然な演技に、思わずヤクルは小さく唸る。
「来たるべきたたかいに備えひょうろうを準備するんだ!」
盛り上がるワイルディと子ども達を前に、ヤクルはうんうんと深く頷く。
「保存食か。重要だよなー保存食。いやー辛かったー」
「ああ、『おまえならいつでも転移出来んだろ?』ってタカをくくって、おまえ一人だけはぐれた時の話か」
へへっと笑うと、ニールはさっとバジルとチコリの方へ走っていく。
振り上げた手も虚しく、そっと降ろすヤクルは、それぞれ別れ行動しはじめた子ども達を微笑ましく見守る――つもりだったが、遠くで猛烈に睨むエスカの姿を見付けるや、急いでワイルディの元へと走って行く。
「ひょうろう集めは、ローリエが上手なんだ」
秘密基地の裏の林へ分け入ると、にかっと笑ったワイルディがローリエの肩をつつく。
照れ臭そうに鼻の頭をかくローリエは、林の奥を指差すと先人をきり進んで行く。
「私達薬作りしてるねー!」
「俺達は魔法の研究ー!」
秘密基地からエスカとニールの声が響き、その直後笑い声上がる。
あいつら楽しやがってと、恨めしそうに二人の方を睨むも、ヤクルは意外にも兵糧集めが嫌いじゃ無い自分に笑いがこみ上げてくる。
林を抜けると竹藪が現れ、更に進むと何処に体をねじ込ませれば良いか分からない程、鬱蒼とした雑木林に出た。
不思議な地形だとぐるぐる見渡していると、ローリエは更に雑木林へと分け入っていく。
小枝が服に引っかかり肌を刺す。
バキバキと枝葉が折れる音と共に、あちこちから痛い痛いと笑いながら言うワイルディの声が聞こえる。
木々の間から見えるローリエの背を必死に追っていると、ふとその背中が見えなくなった。
ローリエに呼びかけようと口を開いたヤクルは、はっとある事を思いだした。
ローリエは声が出せない。
はぐれでもしたら探し出せない。
ヤクルは思い切り小枝を蹴散らすと、ローリエが消えた位置に飛び出した。
「お、おわぁ!」
飛び出した瞬間、少し開けた場所にしゃがみ込んでいたローリエと盛大にぶつかり、二人は仲良く斜面を転がり落ちる。
二、三回転程転がり落ちた頃、ようやく木に引っかかり二人は止まった。
「いってー……。ごめんローリエ。急に姿が見えなくなってビックリした」
ローリエの頭についた土や葉や小枝を払いながら、ヤクルは怪我は無いか? と訪ねる。
ローリエは何度か目を瞬かせると、腕や足のすり傷を見せ指を指す。
「それ位なら俺もたっくさん!」
「もうちょっと歩きやすい所が良いよぉ」
遅れて到着したワイルディとゼラニウムが、笑いながらローリエの背を叩く。
ローリエも一緒に笑い出した所を見れば、酷い怪我は無いようだ。
ローリエがヤクルの腕を引き先程しゃがんでいた場所に戻ると、青々とした新芽が顔を出していた。
「これ何、勇者の実……山菜?」
ワイルディとローリエが嬉々として勇者の実と呼ばれた山菜を摘み始めるも、山菜だろうという事しか分からないヤクルは、隣に座るゼラニウムに訪ねてみる。
一本地面から引き抜いたゼラニウムは、ヤクルの目の前につきだした。
「勇者の実そのいち」
「違う、ボウナ」
「渋いな!?」
割って入ったワイルディをさらりと流すゼラニウム。
山菜だとは分かっていたが、子どもが喜んで採る物なのかとヤクルはド肝を抜いたが、採取なら何でも喜ぶのかと、ひとり唸り声を上げる。
山菜を追ってしゃがんだまま横に横にと移動していくローリエとワイルディだが、二人とも別の方向へじりじりと進んでいく。
慌ててワイルディの後をゼラニウムが追うのを確認したヤクルは、ゆっくりとローリエの後をついて回る。
しばらく無心でボウナを摘んでいた二人だったが、ヤクルは視界の端に映った見た事のある草を指差し、ローリエの腕をひく。
ふと顔をあげヤクルの指差す方を確認すると、ローリエは満面の笑みで頷いた。
ヤクルとローリエの視線の先にあったのは、新たな山菜ワラビだった。
「よっし、ワラビみーっけ……って、俺が先に見付けたんだぞ!」
「名前でも書いとけー!」
ヤクルが手を伸ばした瞬間、どこからともなくワイルディが飛び掛かってきて二人もみくちゃになる。
同等な言い争いを繰り広げる二人を尻目に、ゼラニウムは葉と小枝で即席のカゴを作り、ローリエは着々と成果を上げていった。
四人が秘密基地に戻ると、法陣だらけの地面と鼻をつく青臭さが出迎えてくれた。
「あ、おかえりー! って勇者の実ってそれなの!?」
元気良く四人を迎えに小走りで近寄ってきたエスカは、ゼラニウムの持つカゴの中を覗き込み驚きの声を上げる。
「甘いベリーとかだったら薬の味を変えれたのに」
「だからか。すっごい臭いな、ここ」
採取から帰ってきた四人は鼻を摘まみうえーっと舌を出す。
もう感覚がおかしくなったのか、エスカとクローバーが『そこまでじゃないよ~』と笑う後ろで、ニールとバジル、チコリの三人はハンカチを鼻に詰め込み座り込んでいた。
木のうろから麻布を取り出したワイルディは、今日の成果を並べていく。
ローリエにあちこち先導され四人で集めまわった山菜は、大人も驚くほどの大収穫であった。
秋の名残のどんぐりなど遊び心も至る所に見受けられるが、秘密基地で待っていた五人も『おー!』と大きく感嘆の声を上げる程だ。
「魔法班と薬班のせいかは?」
浮き浮きと身を乗り出し、ワイルディは待ちきれないと五人の顔を覗き込む。
「丁度良かった。今すっごく疲れててすり傷いっぱいの人!」
ワイルディの言葉に顔を輝かせたクローバーが、元気に手を上げ叫ぶと、全員一斉にワイルディを見やった。
すり傷のある人は今のところ四人。
その中で疲れている人と言われたらゼラニウムかローリエが真っ先に思い浮かぶが、その二人を実験体にするには気がひけた。
ヤクルはエスカがついていたし元は薬草だからと、体に害は無いだろうと信じ、大いなる名誉をワイルディへと与える為立ち上がる。
クローバーから受け取った竹筒のコップの中には、すり潰した薬草と水を混ぜただけであろう物がどろりと溜まっている。
ヤクルは重々しくそれをワイルディに手渡すと、ゆっくりと一つ頷いた。
ヤクルに合わせ頷いたワイルディは、皆の顔を一度見渡すと、仰々しく両手で竹筒を持ち、口へ運ぶ。
「ぶっ、ぐぇぇええぇ!」
その直後、ワイルディは竹筒を放り出し地面を転げはじめた。
「やっぱりそのままじゃ駄目かー」
「み、みずぅ!」
暢気な声を上げるクローバーの足元を這い、ワイルディはゼラニウムに助けを求めに行った。
「僕たちのも見て!」
「見て! 早く!」
ゼラニウムにすがりつき水を飲むワイルディの背をぐいぐいと引きながら、バジルとチコリは待ちきれないと地団駄を踏む。
ゼラニウムとヤクルの二人で落ち着けようとするが、バジルとチコリはたくさんある法陣のうちの一つの上に立つや、意気揚々と小枝を手に天を指す。
「ふぁいあー、ぼーーーるっ!」
綺麗に揃ったバジルとチコリの声が響いた瞬間、一瞬だけ法陣が光ると、二人の持つ小枝の先から小さな火の粉が舞った。
ヤクルは今日一番の歓声を上げる子ども達の隣で、ニールに視線を送ると、ニールは地面に胡座をかいて座ったままただニヤニヤと笑っていた。
感動が勝ったのか、先程まで苦味に苦しんでいたワイルディは、思い切り走り出すとバジルとチコリにがばっと抱き付いた。
「凄いぞ! 魔法使いだ!」
「バジル凄いでしょ!」
「チコリも凄いよね!」
三人の喜びの輪にゼラニウムとローリエも加わり、皆で叫ぶ。
「凄いよねぇ。法陣はニールが少しずつ誘導して書き上げたけど、アレ、本当にあの子達だけでやったのよ」
「マジかよ」
「凄いだろ? そうそう出来やしねぇよ」
少し離れた場所で、三人は感心する。
ほんの少し火の粉が散った程度だが、二人には魔力がありそれを魔法として使う素質があると言う事だ。
もう一回もう一回と囃し立てられ、バジルとチコリは皆の気が済むまで火の粉を散らした。
魔力切れですっかり眠ってしまったバジルとチコリを抱え、全員帰路につく。
思いの外遅くまで遊びすぎた為急いで帰ったのだが、教会の前にはメリッサと集落の大人数人の姿があった。
「あ、あなた達――」
「こらローリエ! あんたまた山菜摘みに夢中だったんでしょ! 今何時だと思ってんの!」
子ども達に気付いたメリッサが口を開きかけると、一番手前に居た女性、ローリエの養母が肩を上げ向かって来た。
身を竦ますローリエの頭を優しく叩くと、『あんた達も!』と、全員の頭を順番に軽く叩いていく。
ぺこぺこと頭を下げ帰ろうとする養母に、ローリエは皆で分けた山菜を手渡し、その腕にぎゅっと抱き付いた。
機嫌を取ろうとくっついたのでは無く、純粋に養母が好きらしく、ローリエは終始にこにこと腕にくっつき、元気に帰って行った。
ゼラニウムも山菜を抱えると、頭を下げ慌てて走って行ってしまった。
「全く。あんまり心配かけないで。昨日勇者様を攫った魔族が、今この辺に来てるかも知れないのに……」
「え?」
余程心配したのか、メリッサは眠るバジルとチコリの頭を順に撫でると、ほとほと呆れた様にため息をつく。
メリッサの言葉に素っ頓狂な声を上げたヤクルの頬の汚れを落としながら、メリッサは『今日、街で聞いた話なんだけどね』と、言葉を続ける。
「昨日の早朝、お城から勇者様を連れ去る魔族の姿を、ローズ姫が見たんですって」
「はぁ!?」
前のめりで聞き返すニールの口を押さえ、エスカは深刻そうな表情を作るも、眉がぴくぴくと動いている。
『怖いわねぇ……』と、神殿の使いにバジルとチコリを渡しながら、メリッサはぶるりと身震いをした。
「勇者を攫った魔族……転じてニールは魔族」
「百万歩譲って魔族だったとしても、姫に見付かるようなヘマなんかしねぇよ」
ワイルディとクローバーの背中を押し先を歩くメリッサに聞こえないよう、エスカとニールはぼそぼそと話す。
「噂が変にひん曲がって街まで届いたって考えるのが妥当、か? それとも本当に姫の妄想?」
「そうねぇ……。そこまで重大な事? じゃ無いし、今は様子見かしら。って、おーいヤクル、聞いてるー?」
ふと、ヤクルの姿が見えないと振り返ると、ヤクルは寝耳に水な話に放心状態のまま棒立ちになっていた。