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10:耳タコですけど

「今日は山に探検だ! 勉強して昼を食べたらまた神殿前な」

 

 食堂で朝食を取っていると、またパンくずを大量につけたワイルディが三人の元へやって来た。

 すでに朝食は済ませたのは一目で分かる。

 どうやらそれだけを言いにわざわざ食堂まで来てくれたようだ。

 

「おはようワイルディ。食堂で食べないの?」

「お祈りとかめんどうくさい!」

 

 ちらりとメリッサの方を確認しそう言い放つと、ワイルディはどたどたと走って行ってしまった。

 腰に手を当て怒ったように頬を膨らますメリッサは、腕まくりをするとズンズンと音を立てワイルディの後を追って行った。

 

「確かに、気にした事無かったけど、平和になった世界でこのお祈りはおかしいかな?」

 

 お祈りが当たり前となっている大人達は、魔族の脅威を逃れ無事食事にありつけた事を感謝し、食事をはじめる。

 しかし、魔族との争いも終わった今、その文言は些か時代遅れで意味の無い事だ。

 食器を重ね端に寄せ、エスカはワイルディの言葉に深く頷く。

 

「と言っても、信仰は周りがとやかく言ってどうにかなる物でも無いし『はい、今日からはこのお祈りで!』って訳にもな」

「無事食事にありつけてるのには変わりないからな」

 

 ヤクルのスープマグに肉をごろごろと移動させながらニールが言えば、フォークでその肉を突き刺しニールの口に詰め込みながらヤクルが続く。

 世界を救った張本人達がこの有様。

 例え教会や神殿の本山、王家が勇者一行に感謝を捧げる祈りに変更したとて、本人達は昔と同じ祈りを捧げるだろう。

 あまり食べないニールに少しでも食わせようとするヤクルと、嫌がりながらも黙々と食べるニールに、エスカは呆れたように小さく笑う。

 

「今日は教会で勉強よね」

 

 先に食べ終わったエスカが皿を持って立ち上がると、ヤクルとニールが急いで口に放り込み続けて立ち上がる。

 ゆっくり食べれば良いのにと思いつつ、頬を膨らまし咀嚼するニールがおかしく、明日も急かしてやろうとにやりと笑う。

 一度部屋に戻ると、三人のベッド脇に新しい服が置かれていた。

 昨日一日ワンピースとサンダル履きで過ごしたが、正直その服装で山遊びは辛い物があった。

 服を広げてみれば、至ってシンプルな白シャツとズボン。それと昔懐かしい木の靴。

 ごわごわと肌を刺す硬い生地のシャツに袖を通し、前も後ろも良く分からないズボンに足をつっこむ。

 靴を履き二、三歩歩けば、小気味よい音が後をついてくるが、簡単に言えば少し平地を歩く用の靴といった所で、昨日のサンダルのがまだ踏ん張りも効き走りやすい。

 新しい服に着替えノートを準備しはじめると、丁度教会の鐘が鳴った。

 ヤクルとニールが部屋を出ると、同じく部屋から顔を出したエスカとクローバーと鉢合わせし、仲良く四人で移動する。

 四人が席に着けば、バジルとチコリが到着し、ゼラニウムとローリエが仲良く席に着き、メリッサに首根っこを掴まれたワイルディが遅れて席に着く。

 まだ朝だというのにすでにふて腐れているワイルディを皆で笑いながら、和やかに勉強が始まった。

 

「神は光りから人間を作り、闇から魔族を作りました」

 

 教壇に立つレイが、聖典を片手に柔らかい言葉で世界の成り立ちを話している。

 しかし、レイが口を開いてすぐ、エスカが明らかにやる気を失いペンすら置いてしまった。

 形だけペンを握ったままのヤクルも、そんなエスカの気持ちが分かるのか、周りに気付かれないように小さく肩を揺らして笑う。

 

「まーいにち耳にタコだわなぁ、聖女サマ」

 

 ペンをくるくると回しながら、ニールはにやにやと笑いながらエスカの顔を覗き込む。

 

「あの聖典なら寝言でも暗唱出来る」

 

 無表情で真っ直ぐ前を向いたまま、エスカは端的に答えた。

 真顔のお面でもつけてるのかと思う程、表情筋が仕事をせず声を出しても口すら動かない。

 その姿に二人は小さく吹き出すと、メリッサに見付からないように必死で落ち着きを取り戻そうと浅く呼吸を繰り返す。

 

「よーーく考えたら、いきなり現れた子どもに、親を探すでなくどこから来たか聞くでなく『まぁ良くいらっしゃいましたここがあなたのお家ですよ』って受け入れちゃうの、修道院うちでよく見る光景だった」

 

 未だ何処か遠くを眺めながらぼそぼそと話すエスカに、ようようヤクルは顔を伏せてしまった。

 

「常に光を目指し、暗き場所に居る人に手を差し伸べ――」

「自らが立ち止まりし時は、闇を見つめず光りを探せ。そなたに差し伸べられし手は一つでは無い」

 

 エスカが真顔でレイの言葉の続きを暗唱しはじめた辺りで、ヤクルとニールは溜まらず吹き出し、めでたくメリッサに耳を摘ままれた。

 

 無心なエスカに反し、終始メリッサに叱咤され続けた二人は、勉強が終わる頃にはヘトヘトになっていた。

 「有り難いお話の何処がそんなにおかしいの」と、メリッサが怒り半分心底不思議な様子で二人の耳を引っ張っていたのには、教壇のレイからも良く見えたらしい。

 勉強が終わり、一目散に外へ走り出た子ども達の間を縫いレイは三人の前に来るや、無言で頭をひと撫でしていった。

 

 息も絶え絶えに食堂に行けば、やはりワイルディとクローバーの姿は無かった。

 

「食堂はお祈りがって言ってたけど、部屋で食ってんのかな」

「折角だし合流するか。エスカはクローバーの方な」

「分かった。じゃあ神殿前で」

 

 三人は自分の食器を持つと、そのまま自室へと戻っていった。

 ヤクルとニールが部屋に戻ると、ベッドの上であぐらをかいたワイルディが、マナーも何もあった物では無く、両手に食事を鷲掴みに口に詰め込んでいた。

 

「すげぇ食い方だなー。そんな腹減ってたのかよ」

 

 さっと自分のベッドにトレイを置くヤクルの後ろで、ニールはあまりのワイルディの勢いに棒立ちになる。

 ワイルディも何か言っているのだが、めいっぱい口に詰めたせいでもごもごとしか聞こえず、話せば話すほどボロボロと口から零れていく。

 ヤクルはさっとテーブルクロスを抜き、ワイルディの膝にかけるも、今さら手遅れかと眉を下げた。

 

「コリウスー、グラスー……」

 

 控えめなノックの後、扉からひょっこりとエスカが顔を出す。

 呼び名になれず呼んだ方も呼ばれた方も半笑いになりつつ、ヤクルとニールは不思議そうに首を傾げた。

 

「もう食ったのか? そんなわけねぇよな」

 

 駆け寄って来たエスカの持つ皿を覗き込みながら、ニールは更に不思議そうに首を傾げる。

 

「クローバーと一緒に食べようと思ったんだけど……」

「むりだ。クローバーは一人じゃないと食べれない」

 

 言いにくそうに眉を下げ、言葉を探るエスカだったが、口の中の物を飲み込んだワイルディが端的に代弁した。

 何かありそうだと、三人は顔を見合わせ頷くと、トレイを片手にワイルディのベッドに上がり込む。

 

「クローバーね、私が部屋に入ったら急いで食べ物隠して、私を部屋から追い出したのよ」

 

 理由も分からず追い出されたエスカは、その時の事を思い出しながら小さく唸り、パンを口に放り込む。

 ニールが差し出したパンを口に詰め込んだワイルディは、二、三回咀嚼し飲み込むと、前屈みになり三人に手招きをする。

 四人がベッドの上で顔を付き合わせる形になると、ワイルディは扉を気にしながら、重大な秘密を打ち明けるようにゆっくりと口を開く。

 

「クローバーは隠れてじゃないと食べれないって、昔シスターが言ってた。かていのじじょうってヤツらしい」

「教会に来る前のかていのじじょう?」

「食べ物取られたり叩かれたりしてたらしい」

 

 声を落として話すワイルディは、ちらちらと扉を気にすると、それだけを言い皿に顔を埋め食べ始める。

 言ってはいけない事を言ってしまった焦りか、無理矢理動揺を隠すように、ワイルディは皿から顔を上げようとしない。


「あぁ、だから昨日シスターが一緒に寝て……」

 

 覗き魔法でニールが見た通り、昨日は三人でくっついて寝たらしい。

 しかも、クローバーはメリッサが来るまで横にもならず、待っていたらしい。

 

「先に寝たら叩かれるって言うんだ。叩かないからって一人で寝かせても、寝ながら泣いちゃうんだ」

 

 日中の人懐っこいクローバーの姿からは想像出来ない一面に、三人は言葉が出ない。

 ヤクル達以外の子どもは本当の孤児だ。

 ゼラニウムとローリエは集落の家に引き取られたと、クローバーが昨日言っていたが、それはほんの希な事のようだ。

 

「ゼラニウムは俺より兄ちゃんなのにおねしょが治らないし、ローリエは喋れない。バジルとチコリはずっと二人でいる。みんなどっかへんてこなんだ」

「へんてこって言い方は……まぁいいや。『かていのじじょう』で『へんてこ』なら、すぐにその『へんてこ』はどうにかなるものじゃないな」

 

 語彙力が少ないワイルディが必死に伝えたであろう言葉に、ヤクルは変に訂正するのはやめた。

 孤児になるまでにはやはり相当な事があったらしく、それは子どもには大き過ぎる事かも知れない。

 

「ワイルディはどこがへんてこなんだ?」

 

 俯き食欲が無くなったヤクルとエスカの間で、ニールはさらりと本人に質問をぶつけた。

 その質問は本当に悩んでいる子どもには絶対してはならないし、子どもの傷をえぐる言葉だった。

 ヤクルとエスカが同時にニールの口を塞ぐと、ワイルディは鼻で笑い大きく胸を張る。

 

「俺様はへんてこじゃない。まだ無理だけど、ここで待ってれば迎えに来るって母ちゃんが言ってたからな!」

 

 ベッドに立ち上がり胸を叩くと、ワイルディはトレイを片手にベッドを飛び降りる。

 

「秘密の話はドキドキするな! 楽しかった! またやるぞ!」

 

 ワイルディは元気にそう言い残すと、どたどたと走って行ってしまった。

 ワイルディの言葉を反芻し、三人は顔を見合わせ匙を置く。

 どうか、ワイルディだけはへんてこじゃありませんように。

 ニールが食事前の祈りのポーズをとりそう呟けば、二人もそれに習い復唱する。

 一見どうとでもとれる祈りの言葉だが、三人の中では同じ意味合いだろう。

 ゆっくりとお祈りを済ませると、三人は静かに匙を動かしはじめた。 

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