私鉄沿線恋愛専科・相互的一方通行は傍目から見りゃ両想い
本作品は『私鉄沿線恋愛専科・いじっぱりな片想いもナンダカンダでアニバーサリー』の続篇かつ前日譚になってます。
お時間がございましたら、ぜひともそちらを先にご覧になっていただけると幸いです。
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「じゃあ、残りの部分よろしくー」
「へーい」
俺のずぼらな返事に、学級委員長は背を向けてひらひらと手を振るだけだった。
他のクラスメイトは校内にある道具を取りに行ったり、近所のスーパーに確保してもらっている廃棄寸前の段ボール箱を受け取りに行ったりということで、教室はスカスカ状態だ。
机も椅子も、作業に使うモノ以外は別の教室に搬出し終わっているので、かなり殺風景。
普段は狭苦しくも感じる教室が本当に広く感じる。
だが、これこそ学校祭直前、と言う感じがするのだ。
小学校のときから思っていた。
何かしらの校内行事で机や椅子を出し終わった後の教室の風景。
――なんか、イイ。
装飾を完了した教室で、明日の朝ショートホームルームをやるのだ。
そういうのが、なんか、こう……、イイんだよ。
あ、そうだ。
――――日常に侵食してきた非日常感、的な。
そう。そういう表現があった。イイじゃないか。採用。
窓からは、これまたイイ感じに夕陽が差し込んでいる。
その光を受けるようにしながら、友人ふたりがその窓に装飾を施す作業をしている。
壁の方をシュウスケが、窓の方をエリカちゃんが担当している。
窓の上の方まで装飾すると、見栄えは良いが終わってからの片付けのときにうまく処理出来なくなる可能性があるから、という理由で天井近くの飾り付けは回避するように通達が来ている。
とはいえ、エリカちゃんは背が低い方ではないので、見栄えと片付け難易度の釣り合いが取れそうだ。
評価点を稼ぐのはこういう細かいところも怠ってはいけない。
それにしても。
わりと頻繁に口喧嘩――というか、痴話喧嘩と言うか、いっそのこと夫婦喧嘩と言いたいところだが――の多いシュウスケとエリカちゃんだが、今のところは、とくに騒ぐことも無く作業に集中できているらしい。
こちらも、廊下側の壁と掲示板部分の装飾を仕上げているところだ。
会話は最小限のものになる。
隣の教室や階下はわりと騒がしい。
ワイワイと楽しそうな喚声が上がっているのは、恐らくお化け屋敷をやるクラスだろう。
ヒステリックな声が聞こえてくるのは、きっと準備をサボっているヤツがいるのだろう。
声の主は大概、男子諸氏に煙たがられる女子の学級委員長だ。相場は決まっている。
「その辺終わったか?」
「うん、だいたい。次、そっちの方やりたいんだけど」
「おお。……いや、1回降りろ。横着すんな」
「はいはい。……よいしょー! っと」
「ぉわ!」
背後での準備も着々と進行しているらしい。
「……危ねえなぁ」
「何がよ」
が、ちょっとだけふたりのトーンが変わる。
一瞬だけ気になって、振り向こうかと思った。
――その瞬間だった。
「おお! おめでとう!」
「あ、やっと?」
がらりっ! と教室前方の引き戸が開くが早いか。
そちらに視線を向ければ、我らが学級委員長と副委員長。
……そういえば、委員長が行く10分くらい前に出て行ってたな、副委員長。
それにしても。
何が『おめでとう』なのかと彼らの視線を追いかけると。
「ああ、なるほど」
「へー……」
後ろから聞こえてきていた流れから察するに――――。
重ねた机の上に乗って装飾をしていたエリカちゃんがそこから飛び降りたら、ちょうど降りた近くにシュウスケが居た、というような構図なのだろう。
その顛末を、同じ空間に居て感じ取ることができていれば、理解は容易いのだろうけど。
その場に居なければ、そうなるだろう。
窓際で、夕陽を浴びながら抱き合うふたり。
というか、抱き合っているように見えるふたり。
正確には、抱き合おうとしているように見えるふたり。
そして、いつも夫婦喧嘩とも称される小競り合いをTPOもお構いなしに展開するふたりだ。
状況証拠は充分に揃っていた。
「は?」「え?」
ふたり同時に、頭上に疑問符を浮かべた。
――離れりゃいいのに。
あまりにも自然すぎるから気付いてないな、コイツら。
「いやいや御両人。何だよ、その白々しい反応は」
「誰もいない教室でスキを見て抱き合うとか、……そういうことじゃなかったの?」
「!!?」「!!?」
瞬間沸騰。
そして声にならない叫びとともに、風切り音がするような勢いで離れ合うふたり。
――んー。遅い遅い。
10秒くらい遅いか。
「……あ、誰も居なくなかった」
副委員長がこっちに気づいた。
めっちゃ死角だもんなぁ、ここ。
「……ん? こっちはこっちでまた」
「そんなわけねえーーーーー!?」「そんなわけあるかーーーーー!?」
何かを言いかけた副委員長のつぶやきをかき消す轟音。
示し合わせたわけでもないのに、まったく同時に、猛然と駆け出すふたり。
ターゲットは言うまでもなく、教室の入り口。
「うわ!?」「え!? ちょ!」
その勢いに圧されて思わず(恐らくは生存本能に依るものだろう)入りかけていた教室に荷物を投げ捨て逃亡する学級委員コンビ。
「待てやコラーーー!」「待ちなさーーーい!」
『今の発言、取り消せーーーーーー!!』
廊下に轟く混声合唱。……いや、混声絶叫。
他のクラスにまで迷惑をかけるな、というのに。
……いや、通常営業か。だいぶ有名だからな。
「あーあ。不用意に触れるから」
「めんどくさいことになるのになぁ」
再び静寂で満たされた教室の壁際。
横で同じく壁の装飾をしていたルミちゃんと共にボヤく。
「素人さんは分かってないよねー」
「あのふたりは煽ってもロクなことにならないのになぁ」
「ふたりの痴話喧嘩がヒートアップするだけならいいけどね」
「大抵、飛び火するっつーか」
「ふたりに急襲されるもんね」
どれだけ痴話喧嘩が展開されていても、茶化されると一瞬だけオートマチックに休戦協定が結ばれ、そのままの流れで共闘の同盟が組まれ、即刻宣戦布告。
この流れが面白いので、俺とルミちゃんは中立国を装うのだ。
距離を置いて見れば、打ち上げ花火のような極上のエンターテインメント。
近くに寄って見れば、明らかに埋められておらず、目に見えている地雷原のような。
不意に苦笑いが浮かんでくるが、黒板前に置かれた袋が視界に入る。
委員長達に放置された荷物か。
少し検分したところ、どうやら外出してた奴らからの荷物を受け取りに行っていたようだ。
――あ、昨日で足りなくなってしまっていたマステがある。
助かる。早速使わせてもらおう。
「窓の方はどうしよっか?」
「あー……、アイツら、多分しばらく帰ってこないよな」
「私たちでやっとく?」
「……そうするか」
と言っても、あと2枚分か。大した時間も掛からずに終われそうだ。
それが終わればほぼ準備は完了。後は開幕を待つばかり。
「……楽しみだなぁ」
「そうだねー」
思わず口を突いて出てきた拙い感想に、何のことかも訊かずに寄り添う。
「それにしても、『おめでとう』か」
「間髪入れずに言ったもんね、噴き出すかと思った」
あの光景を見た瞬間の、端的な表現。実に巧みだった。
「……俺たちにも言わせて欲しいもんだ」
「そうだねー」
遠くの方から喚声が響く。
祭りはもうすぐだ。
さらに連作になるか、長篇小説化されるか。
それは、まだ誰も知らない……。
なんて。