酷い病を持った男の話
これは酷い病を持った男の話。
とある病院
そこに一人の高校生が運び込まれた。外傷は一切無し、精神状態も異常なし。ただおかしいのは…
「記憶が無くなっている?」
そう、その男はいきなり突如として物心ついた時から小6までの記憶を失っていた。
原因は不明。医者もただの精神的なダメージによる一時的な記憶喪失と断定した。
だが、それはおかしいのだ。
何しろ彼は今の生活に不平不満などなく、むしろ充実した日常生活を送っていたはずなのだ。
その男の両親は色々な脳外科医を尋ねた。
だけど、帰ってくる答えはいつも同じだった。
そして、色々な脳外科医を回って一ヶ月が立つ頃、家に帰ると1通の留守番電話が残されていた。
「私なら息子さんの症状が分かるかもしれない」
両親にはそれが希望の光に思えた。
早速言われた住所に尋ねた。そこはあまり規模は大きくないものの立派な外科医院があった。
「息子さんの症状はただの記憶喪失ではありません。記憶喪失は記憶喪失でもウイルス性の記憶喪失で、日々を追うごとに少量ではありますが記憶を失ってしまいます」
両親は聞いた。
「うつるのですか?」
答えはこうだ
「うつる可能性は有り得ますがまだ調べてみないとわかりませんので時々受診してください。とりあえず日常生活に支障はありません」
両親はその言葉を聞くとホッと胸をなで下ろした。幸い男が失っていた記憶はその期間に何があったか、友達が誰だったかなど今はあまり必要ないものだった。勉強など日常生活に関わる記憶は無くしていなかったのだ。
そうして男の日常生活は段々落ち着きを取り戻していった。
そして、数年後
記憶を現在進行形で失っている少年、工藤陸斗は21歳になった。
そして……
「ただいまー」
「おかえりー!」
陸斗の胸に飛び込んでくる女性。今は20歳の工藤優希。いまの俺の妻だ。
(うん、ちゃんと覚えてる)
「今日も遅かったですね」
「ちょっと、仕事が長びいてな」
いまの俺の職場は超一流企業の○○○という、IT企業だ。俺はそこの部長をしている。最近空席になった副社長の席に勧誘されてるがあまり乗り気ではないので断っている。
まぁまぁ充実している生活だ。
「とりあえずお風呂に入ってきたらどうですか?」
「そうだな」
俺は彼女にカバンを預けて、長い仕事で疲れた体の洗い流す。
そして、風呂から上がり、着替えてリビングにいくと優希が何かをジーと見つめている。
「どうかしたか?」
「陸斗さん、これは誰ですか?」
そこには明日香という人からLINEが来たという通知が鳴っていた。
「私が知らないところで浮気してたんですね」
「いやいやしてないから!高校の同級生だから」
「同級生、ふ〜ん、そうなんだ。……本当は?」
「いや、本当に同級生だから!」
「でも私こんな名前の先輩知らないですけど」
俺の妻、優希は高校の時の後輩だ。
とある事情で彼女に俺の病気の事が知られてしまって以来、俺の事を気遣ったのか、優希は俺の事を色々と助けてくれた。
そんな色々と助けてくれる優しさに惹かれ優希の事を好きになり、つい最近結婚したのだ。
「まぁそれはそれとして、どうなんです。浮気してるんですか」
「だからしてないって」
「じゃあどういう事です?」
「今度高校の仲間で同窓会をすることになってそこの幹事をする事になったから色々と打合せしてるんだよ。そんなに疑うならトーク履歴見れば?」
そうして、俺がiPhoneのロックを外してLINEを開く。ついでに言うとLINEはロックをしてない。
それを険しい顔で見る。
そして、段々泣き目で俺を見てきた。
「やっぱり浮気してる!」
「何でだよ!」
「ほら、昨日!この人と会ってる!」
「打ち合わせのためな。同窓会が明日なんだよ。それにな俺そいつとあまり仲良くないんだよ」
「そうなの?」
「そうそう、体育祭とかでも何でもいつも対立するし、あいつも俺もどっちも嫌いなんだよ」
「本当にそうかな?」
「そうだよ。だからもう飯食って寝るぞ」
「は〜い」
…………翌日
「で、なんでお前まで来てんだよ!」
「えー、だって久しぶりの先輩の友達に会いたいですし、それに泥棒猫に先輩を奪われないか心配でー」
「とりあえず先輩はやめろ。恥ずかしいから」
「嫌です。セーンパイ♡」
そんなくだらない会話をしていると、
「いつもながら見せつけてくれるわね。」
「よっ、明日香。久しぶりだな」
「久しぶりね、工藤くん」
「来ましたね。泥棒猫が……」
「とりあえず会場に向かいましょうか?」
「ああ、そうだな」
「私無視ですか!!」
〜同窓会会場〜
俺は今、会場の入口にたっている。
「やべー、緊張で震えてきた」
「あはは、何を緊張することがあるんですか」
「そうよ、別に昔の友達に合うだけじゃない」
そう言うとあすかは一足先に会場の中へ入っていった。それを俺達が見ていると、優希が耳元で言った。
「先輩、大丈夫ですよね?」
「ああ、大丈夫」
そして、俺達は昔馴染みがいる会場の中へと入った。
「よー久しぶり!陸斗元気にしてたか?」
「あー、うん。スゲー元気にしてた」
「それはそうと、結婚したんだよな。それも優希ちゃんと。イイな〜、俺もあんな可愛いこと結婚したいぜ」
「お前もその内結婚ぐらいできるさ」
「そうかな〜?所で優希ちゃんって何歳年下だっけ?」
「えーと、「遠藤先輩ったらそんな事も忘れちゃったんですか?」。」
俺が答えようとしたところで勝手に返事を返されてしまった。
「...........」
「明日香ちゃんどうしたの?何を見てるの?」
「いえ、何でもないわ。少し考え事をね」
「ふーん、で!それでね.......」
そして、楽しい時間はあっという間流れ、みんなの解散の時間になった。
「では、幹事の陸斗から最後の言葉を」
「えーと、みんなと会えてすごく嬉しかった。またいつかこの会をやりましょう!では解散」
〜工藤邸〜
「いやー、楽しかったですね。久しぶりに先輩の友達と喋れました!」
「だから先輩って言うなって」
「いいじゃないですか!先輩は先輩ですし」
「分かった、分かった。じゃあ俺疲れたから寝るな」
「はい、分かりました。おやすみなさい」
「おやすみ。.........それと愛してる」
「どうしたんですか?いきなり。嬉しいですけど」
「どうしたんだろうな、俺も分からん」
そう言って先輩は自分の寝室に入っていった。
先輩の最後の言葉に嬉しさを感じながらどこか違和感を感じていた時、私の携帯がなった。
そこには明日香先輩とあった。
「そう言えば、先輩を取られないように明日香さんの電話番号貰ってたんだった」
そして、私は電話に出た。
「はいもしもし?先輩どうしたんですか?」
「今日おかしな所はなかった?」
「私ですか?私は大丈夫ですけど」
「貴方じゃないわ、陸斗君の方よ」
「え?もしかして、狙ってるんですか?それは先輩でも許しませんよ」
「そんな冗談に付き合っている暇はないの。早く答えて」
明日香先輩はなぜか少し焦っているように感じられた。
「おかしな所ですか?特に無いと思いますけど」
「どんなに些細なことでもいいの」
「それでしたら、何故か普段は言わないのに愛してるって言ってきた事ですね」
「.............」
そう言うと明日香先輩は急に黙り込んだ。
「どうしたんですか?」
「優希さんは、陸斗君の病気の事知ってるんでしょ?」
「!?」
確か病気の事は先輩の両親と私しか知らないはず。
「黙るという事は知っているのね。それはそうよね。夫婦ですものね」
「何故、先輩が陸斗さんの病気を知ってるのですか」
「実はね陸斗君が時々通っている〇〇外科医院というのはね私の父が経営しているの。そして、父は陸斗君の主治医でもあった」
「そうなんですか!?ていう事は.......」
「そう、高校時代から病気の事を知っていたわ」
私はそれを聞くと何故か怒りが込み上げてきた。
「それなら何で陸斗さんを支えてあげなかったんですか!陸斗さんは日々薄れゆく記憶にすごく悩んでいたんですよ!それなのに.....」
「別に私が何にもしなかった訳じゃないのよ。私なりに考えて、今という記憶を鮮明に残して置こうと思って、やたらと陸斗君に絡んでいたしね」
つまり陸斗先輩が言っていた、明日香先輩とは反りが合わないと言っていたのは意図的に明日香先輩がやっていた事なのか。
「貴方には感謝しているの」
突然、明日香先輩がそんな事を言い出した。
「私は陸斗君に反抗する形でしか記憶を残せなかったけど、貴方は違った。病気を知った後でも陸斗君を支えてくれて、しかも結婚までしてくれた。何も出来なかった私と違ってね」
「いえ、そんな事ないですよ。結婚は私が陸斗さんを好きになったからしたのであって、病気とか関係ないです」
「ありがとう.....。話が逸れちゃったわ。戻すわね」
「結論から言うと.......」
「貴方、陸斗君とわかれた方がいいわ」
私は想像もしてない先輩の言葉に唯々唖然するしかなかった。
「理由を聞いてもいいですか?」
「いいわ、貴方にはその義務があるもの」
「まず確認なのだけど、今日の同窓会の時に貴方は陸斗君に何か違和感を覚えなかった?」
「いえ、特に何も」
「そう。でも私は思っていたわ。どこかおかしいって」
「そんな所ありましたか?」
「思い返してみて、貴方、今日同窓会で一度でも陸斗君に名前を呼ばれたかしら?」
そう言えば、呼ばれていない。でも.....
「それだけじゃないわ。最初に陸斗君に話しかけていた人を陸斗君は覚えていたのかしら」
「そんな感じはしなかったような気がしますけど、ただ忘れているだけでは?」
「高校時代、貴方なら分かるでしょ?工藤君と一番付き合っていたのは誰?」
「あの、遠藤って人です」
「そう、そんな親友の顔をそう簡単に忘れるかしら?」
「しょうがないですよ。そういう病気なんですから」
「でもその時、遠藤君は聞いていたわ。貴方の歳は私たちと何歳差か。それに工藤君は答えられたかしら?」
「いえ、私が答えました」
「そうつまり、工藤君は"もう最近の記憶まで無い"ということ。それは貴方の名前を思い出せない時点で明らかだわ」
「嘘.......嘘よ!そんなの嘘に決まってんじゃん!」
「落ち着きなさい。ちゃんと現実を見て」
「嘘、嘘だって言ってよ!私と先輩の思い出が全部消えちゃうなんて嘘よ!「大丈夫?優希さん?」先輩?先輩って誰?記憶?思い出?何なのよそれ!「優希さん!大丈夫!落ち着いて!今からそっちに向かうわ!」わかんない、わかんない、わかんない」
その日の深夜に、二人の男女が外科医院に運び込まれた。
男の方は、記憶の喪失による昏睡状態。女の方は、これも記憶喪失による精神崩壊と診断された。
「全く、人の忠告を聞かないで同窓会になんて行くからよ」
私が陸斗君と会っていたのは打ち合わせが目的ではない。陸斗君を同窓会に行かせないために説得していたのだ。
陸斗君の記憶はウイルス性で沢山の記憶に当てられるとウイルスが活性化して、記憶が完全に無くなってしまう可能性があると、親から聞いていたからだ。
それでもあの人は、最後にみんなの会いたいと、同窓会に来てしまった。
「あれが本当に最後の言葉になっちゃったじゃない」
「.......所でここで私何してるんだろう」
Fin