8話:正義を実行して村の平和を守りましょう。
鑑定の魔術書を発動して、俺は蜘蛛魔人のステータスを確認する。
名前:蜘蛛魔人
レベル:44
職業:魔人
体力:840
魔力:177
攻撃力:420
防御力:290
素早さ:444
魔法抵抗力:283
主技能1:糸加工(糸を吐き出して人形を作り出す)
主技能2:痺れ針(行動を封じる針。重篤麻痺状態にする)
主技能3:罠設置(糸の罠を吐き出す。感知。捕縛が可能)
なるほど、Level44か。
確かに強い魔人だ。
俺本来のLevelは12であるし、サラもLevel19だ。
普通の学生や冒険者、あるいは一兵卒程度であれば歯も立たないだろう。
名ある戦士であろうとも、苦戦を強いられるのは間違いない。
自在に操作可能な糸を用いての攻撃は激しく、強力だ。おそらく常人であれば一瞬で蜘蛛の糸に捕らわれて繭にされてしまうだろう。
「だが、今の俺には関係ない」
蜘蛛の魔人と対峙する。
ヒーローとして変身できる時間は少ない。この力のこともまだ分かっていない。
だが、不思議と不安はなかった。
「……な、なんだてめぇ!」
蜘蛛魔人が糸を放つ。
先ほどまでの繭が放っていたものと違う。
魔人本体からの巨大な太い糸。速度も早い。途中ぶつかった木々の枝が一瞬で粉砕されていく。
「だが、今の俺には関係ない」
俺はその糸を受け止めた。
片手でキャッチボールのボールを掴むように握り、そのまま一気に引っ張った。
「はぁ!?」
引き寄せられる蜘蛛魔人。
こんなやつ、わざわざこちらから攻めるまでもない。
「こい、化物、潰してやる」
自分の間合いまで入ってくる蜘蛛魔人。
為す術もなくなっている敵。
こいつを、拳を握り、
「叩き、つけるっ!」
大地がひび割れた。
地面に垂直に叩きつけられた蜘蛛魔人を、さらに踏みつける。
「ぐじゅッ!?」
白目を向きかけているのが視認できる。
よし、ならばサラを助けよう。
引っ張ったその瞬間、蜘蛛魔人はサラを手放した。
彼女は今、木の上から落ちようとしている。
「んーーーーー!?」
目を隠され、口を閉ざされ、動きも封じられた彼女は地面へと落下する。
「させるかよ」
俺は大地を蹴り、彼女を抱きしめる。
空中でキャッチした俺はそのまま着地し、
「ハッ!」
片手を素早く一閃し、糸を両断する。
ハラハラと糸が解けて、美しいサファイヤーブルーの瞳があらわになる。
「おにい、ちゃん……?」
「サラ、風魔法を頼む。アイツの動きを封じるんだ」
変わり果てた俺の姿に驚いているだろうか。
怖がっていないと良いが、どうだろうか。
だが、サラはつとめて冷静に、
「う、うんっ」
と頷き詠唱を唱える。
目の前は白目を向いていた蜘蛛魔人が起き上がろうとしていた。
「ぐ、ぐぐぅう、なんだてめぇ、どうして、どうしてそのスキルを持ってやがる……!」
苦しげに喚く蜘蛛魔人。
だが、立ち上がるところを見ると、まだ元気はあるようだ。
次で決めよう。
「サラ頼む」
「わ、わかった! は、――――"HyperHurricane"ッッッ!」
強烈な突風が蜘蛛魔人を四方八方から襲う。
「こ、小癪な、て、てめぇの雑魚魔法なんかに、この俺が……」
ダメージは通らないが、それでも魔人の動きは制限される。
動きが制限される。
それだけあれば十分だ。
「――――――必殺……っ!」
俺は全身に力がみなぎっていくのを感じる。
――――【疾風の戦士】の条件が解放されました。
脳内から固有スキルの解放が確認される。俺の強き力が、さらにさらに跳ね上がるのを感じる。
「いくぞ」
俺は、大地を、蹴った。
跳ぶ。
跳んだ。
「うぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
空。
俺は空にいた。
村中が一望できた。
だが、狙うべきはただ一人であった。
俺の妹をいじめたやつ。
俺の先生を倒したやつ。
俺のクラスメイトを悲しませたやつ。
この村で暴れたことを、後悔、させて、やるっ!
「――――【ヒーローキック】」
右脚が燃え上がった。
凄まじい力をおびて俺は落下した。
疾風のごとき速度で空から森へ、森から地上へ、俺は蜘蛛魔人に直撃する。
「風と共に消えろ」
爆発が起きて、俺たちの世界は白く塗り替わっていった。
☆
サラ=ウィンフィールドは白いベッドの上でお姫様のように眠っていた。
幾百年の時を経ても眠り続ける眠り姫。
御伽噺にはそんな話しがあったりするものだが――
「ん……」
起きた。
目をこすり小さな欠伸をしたかと思うと――飛び起きた!
「魔人は?」
そう言った。
第一声に合わせて俺は登場する。
近くの椅子に座って彼女の目覚めを待っていた俺は――応える。
「大丈夫。やっつけた」
サラはアホっぽい顔でこちらを見ていた。
それから数秒、沈黙が流れて、安堵し、全てを理解したかのように、嘆息し、
「……お兄ちゃん」
「はい」
「全部説明して」
切り替えの早い妹さんであった。
まず簡単に言うと、蜘蛛魔人の一件から一夜が過ぎていた。
被害者は4人。
初等科の生徒2人と、カズヤ先生、それからサラの4人だ。
蜘蛛魔人を倒した俺はカズヤ先生とサラをどうにか村まで持って帰ろうと思案していた。
変身ベルトの効果は既に終わっており、そこまでの筋力のない俺は困っていたところ――ヴァルゴ先生に出会った。
彼に話を聞くと、ヴァルゴ先生は蜘蛛魔人を追い詰めて倒す寸前にまでいったらしい。
だが途中で逃亡された。
魔人は彼の恐ろしい実力にビビったのかマトモに戦おうとせず、逃げていったらしい。
蜘蛛魔人が執拗に人質をとろうとしていたのは、既に手負いだったからだ。
ヴァルゴ先生に出会った俺は、これまでの状況を説明し、自分のスキルの話もして、一緒に山を下った。
「ちなみにお兄ちゃん、あの力どこで身に付けたの?」
「おととい偶然に」
「最近だね!?」
村へと帰還した俺らはサラとカズヤ先生を病院に送り、俺はその後いろんな人から質問攻めにあった。
・どうやってあんな力を手に入れたのか?
・魔人はどんな姿だったのか?
などなど。
で、ようやく解放されて病院についた俺は、サラが目覚めるのをこうして待っていたわけだ。
「だからもう大丈夫。魔人はいない」
「うん、よかった……」
サラはそうとだけつぶやくと、じっとベッドの一点を見つめていた。
ぎゅっ、と布団を握りしめる。
……怖かったのだろうか?
無理もあるまい。あれほど嫌いだった蜘蛛に襲われて、あまつさえ拘束されてしまった。
トラウマになってもおかしくない。
「お兄ちゃん」
「うん」
だが、サラの口から出たのは意外な一言だった。
「私、もっと強くなりたい」
「うん……うん?」
サラは布団をさらに強く握って言った。
「私、正直言うと、ちょっと得意げになってた」
「得意げ?」
「この村で一番魔法を使えるのは私って思ってた」
そりゃそうだろ、と俺は言いかけたが、黙った。
「でも違った。ううん、本当にそうなのかもしれないけど、それだけだった」
「……」
サラは俺を見ていた。真っ直ぐな汚れ一つない星空のような瞳だった。
「私、強くなりたい」
「……」
「私、何となく都会に行って遊んで勉強できればいいやと思ってた。でも違うの。私まだまだ全然ダメだ。もっと凄くて、強い人が世界にはたくさんいる。怖くて、危ない人もたくさんいる。私悔しいんだ」
世の中には才能に溢れた人間と、そうじゃない凡人の二種類がいる。
俺はサラは才能に恵まれた特別な人間だと思っていた。
だから、俺にみたいな凡人の苦悩はしないし、何でも簡単にこなしてしまうって、悩みもせず、葛藤もせず、華麗に如才なく物事をこなしていくと思っていた。
だが、違う。
違うんだ。
どんな人間だって、たとえ優れた才能を持っている、持っているように見える人間だって、誰しも迷ったり悩んだり苦しんだり悔しがったりするんだ。
「魔人を倒せなかったのが悔しい。無言詠唱だって全然ダメ、すぐ避けられちゃった。……ねぇ、お兄ちゃん、すっごく嫌なこと言うけどいい」
「……ああいいぞ」
「私ね。魔人がこの村に出た時、ちょっとだけ『やった』って気持ちになったの」
「……」
サラは何もない壁を見つめていった。
「夢見てたの。いつか悪い人がこの村にもやってきて、私はそれを倒してみんなの勇者様になるんだって。そんな風に思ってたの。勝てる。って思ってたの。本気を出せば、本気の私なら勝てるって思ってた……」
「……俺だって、似た妄想はするさ」
「でも私勝てなかった。私には夢を現実にするだけの力が足りないんだ」
だから、強くなりたい……。
サラは真剣に言っていた。
対する俺には彼女に答える言葉を持ち合わせていなかった。
俺が今回勝てたのは変身ベルトの力によるものだ。
それは俺自身の実力ではない。
あくまでのアイテムの恩恵による力であった。
だから、俺にはサラが――眩しい。
本気で、自分の実力で強くなろうとしているサラが輝いてみえた。
「俺も……強くなりたい」
「……お兄ちゃん?」
「ダンジョンに潜ってペロゴン狩りみたいな一発逆転を狙うんじゃない。きちんと地の足ついた強さが欲しい。変身して生まれ変わるヒーローじゃない。変身しないでも強くて格好いい俺でいたい」
俺は勝ちたい。
誰でもない自分自身に。
あの変身して格好良く魔人を倒したレベル72のあのヒーロー。
彼に勝つことこそが俺が自分の人生で追求すべき目標の値するものであった。
それは険しくも困難な道かもしれない。
王都の闘技場で活躍する方がもっと簡単かもしれない。
でも――。
「俺も強くなりたい」
そう言い切った次の瞬間であった。
「ふふっ、失礼ながら――お話を聞かせていただきましたわ」
俺らの会話に割って入るように、女性の声が聞こえた。
振り返ると、病室のドアがゆっくりと開かれた。
「やはりこの村は素晴らしいですわ。サラさん、ルークさん」
声の主は……。
「スクルド=エルルーンさん……」
ラスティーン勇者育成学園の女性教師。スクルド先生がそこには立っていた。
彼女は銀色の髪をたなびかせて、コツコツコツと響く靴音を鳴らして、
「通り過ぎようと思ったのですが」
俺たちの前に立った。
「ごめんなさい。私にはできませんでしたわ。見過ごせない。見過ごせませんでしたわ。旅行の道中で素晴らしいお宝に巡り会えた。私はそれを見過ごせるほど耄碌しておりませんし、無欲でもありませんの。特に、それがとびきりの原石である場合は……」
「原石……?」
首を傾げると俺は――気づいた。
「お兄ちゃん」
サラも気づいたみたいだ。
スクルド先生の様子がおかしい。
前よりも何というのだろう――
「エロい」
エロかった。
サラは俺の頭を叩いてきたが、でもその表現は間違っていなかった。
瞳はとろんと溶けており、頬は色っぽく湯上がりのように火照っている。
口元は、はぁ、はぁ、と艶っぽく苦しそうだし、何だか存在自体がR-18みたいになってきている。
「あ、あのスクルド先生いったい?」
「サラさん! ルークさん!」
「「は、はい!」」
思わず大きな声で呼ばれて返事を返す俺とサラ。
そして次の瞬間、
「むぎゅ」
「ぎゅぅ」
俺たちは抱きしめられていた。
「むぎゅ、ぎゅ、あ、あのスクルド先生これは」
「ふ、二人とも素晴らしいわ。美しい。強さを求め、限りある才能に溢れた少年少女。あ、ああ、綺麗、綺麗綺麗綺麗……とても素敵、とても大好き。私は、私は貴方たちのような教えがいのある生徒たちを待っていたのよ」
スクルドさんは愛すべき子供を抱きしめる母親のように、俺とサラをふんわりと優しく抱きしめていた。
「あ、ああわ、あわ」
や、やばい。
これはヤッバイ。
「二人とも合格よ。とてもとても合格よ。ぜひとも我が校に来て欲しいわ。二人でよ。星は一つでも眩い光を放つけど、二つならもっともっと眩い輝きを生むことになるわ!」
あ、ああ……やばいこれ。
ふわふわが顔全体に行き渡り、右に動いても左に動いても柔らかくて、あ、あ、やばい、マズい。
「お、お兄ちゃん! せ、先生、兄が、お兄ちゃんが、大変なことに」
「はふぅ……」
サラの声が聞こえるが俺はもうそれは遠い遥か果て宇宙のその向こうのようにいる声のように聞こえて、俺は今この大宇宙の意志とでも呼んで良いであろう母なる抱擁に――。
「お、お兄ちゃん、お兄ちゃん帰ってきてお兄ちゃぁぁぁぁぁあぁぁぁん!」
☆
5分後。
俺は鬼の形相のサラと、申し訳なさそうに頬を赤らめるスクルド先生に起された。
「魔人より怖い」
「は?」
真のラスボスは魔人でも自分自身でもなくて妹であった。
そう思いながら俺は病院の外へと風魔法で吹き飛ばされていった。
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