7話:ちょっと悪いやつを成敗してこよう。
風を切るように走っている二つの影。
俺と妹のサラだ。
「なあ、妹よ。まずはランラン花畑に行くということでいいか」
「オーケー、お兄ちゃん」
俺たちは復讐を決意していた。
レンちゃんを泣かしたやつ。そして俺たちの大切なクラスメイトを攻撃したやつ。
そして俺の冒険学での活躍を邪魔したやつを許してはおけなかった。
「魔人について情報も把握しておきたいな。サラは魔人について何か知ってるか?」
「人間の言葉を解する魔物ってことくらいかな。姿は多種多様で二足歩行である以外は人の姿をしてないことも多いらしいよ」
「なるほど情報はほとんどないと」
「お、お兄ちゃんも知らないでしょ! 魔人はいろんなのがいるから一概に定義できないのっ!」
プリプリ怒っているサラを無視して俺たちは現場に到着する。
ランラン花畑はその名の通り、草花が生い茂る綺麗なダンジョンだ。
天気のいい日は子どもたちが遊びに来たりもする。
「人通りの多いエリアだから普通、隠れてたら見つかると思うんだけどね」
「長く生活してたってわけじゃないよな、たぶん。どこかから流れ着いたんだろうか」
ランラン花畑には村のおじさんが何名かいた。
きっと事件の起きた場所を確認しにきたのだろう。
「話を聞く? 怒られちゃうかな?」
「……いや、聞こう。情報はあるに越したことはない」
俺たちは男の人たちから魔人についての話をうかがった。
狭い田舎だ。
一人はタマちゃんのお父さんだった。
「おや、ルークくんにサラちゃん、もしかしてデートかい? 悪いんだけど、この先の山奥に魔人が出たんだよ、今日は早く家に帰ったほうがいいよ」
「えっ、魔人が出たんですか!?」
俺はわざと初見の振りをした。
サラも俺の演技を理解して驚いた振りをしている。
「ああ、どうやら毒蜘蛛の魔人らしい。恐ろしい蜘蛛の糸のトラップをあちこちに仕掛けてるみたいでね。今はこうして罠が残ってないか確認しているんだよ」
「蜘蛛の魔人ですか」
「く、くもっ……!」
サラが悲鳴に似た声をあげる。
サラは昆虫――とりわけ蜘蛛が苦手なんだ。
どうしてこんな時に限って蜘蛛の魔人なんだ。
「ああ、怖がらせてしまったね。でも大丈夫。どうやら偶然、王都から軍人さんが来てたようでね。うちらじゃ退治に手間取るだろうが、軍人さんに任せておけば大丈夫だろう」
おじさんはそう言って笑う。
ヴァルゴ=ヴィンゴーン大尉とカズヤ先生は言っていた。
確かにあのヒトに任せておけば魔人は退治されるかもしれない。
でも。
「ありがとうございます。タマちゃんのお父さん。今日はおとなしく家に帰って7並べでもしています」
大人しく家で待ってるなんてできやしない。
☆
「ね、ねぇ……お兄ちゃん」
「なんだ、怖くなったか?」
ランラン花畑から離れて、迂回。
おそらく魔人が逃げたであろうルートを推測しながら進んでいると、妹がこわばった声で話しかけてきた。
「そ、そりゃ、怖いよ。で、でも逃げたくないよ」
「大丈夫、いざとなったらお兄ちゃんが手を握っててやるから」
「う、うんっ」
妹の小さい手を握りしめて俺たちは走る。
田舎だからきっと俺たちが教室を抜け出したことがバレるのも時間の問題だ。
タマちゃんのお父さんも俺たちが魔人を倒すため動いてるとそのうち知るだろう。
その前に決着をつけねばならない。
もちろん、カズヤ先生やヴァルゴさんが魔人を倒すより前に。
「……っ、お、お兄ちゃん。あれを見て」
「ん?」
妹が指差す方向を見つめる。
そこには巨大な木の実がなっていた。
「違う。よく見て真っ白だよ。あんな木の実ないよ」
「こいつは……糸か」
蚕の繭を彷彿とさせる。それを何十倍にも巨大にさせた繭が木にぶら下がっていた。
「お兄ちゃん……」
サラの握る手が強くなる。
彼女は幼少期、蜘蛛の魔物の攻撃を浴びて、糸でグルグル巻きにされた経験がある。
その時の思い出がフラッシュバックしているのだろう。
「中身は……見ないほうがいいか」
もしかしたらグロ画像の可能性もある。
そのまま放っておいて先に進もうとしたら――繭が動いた。
「う、うわっ!」
「ど、どうするお兄ちゃん。撃つ? ねぇ、撃つ?」
ガサガサと蠢く繭に、サラが震えて魔法の杖を構える。
目が正気を失っており、今にも周囲を火の海に変えてしまいそうだ。
「お、落ち着けサラ。魔物が捕らえられてるだけだ」
「ね、ねねね、お兄ちゃん、撃っちゃダメ? 撃っちゃ、撃っちゃダメ? 撃ちたい撃ちたい撃ちたいいいい……」
よっぽど蜘蛛の糸が嫌いなのだろう。もはや我慢の限界といった感じだった。
「お、オーケー、う、撃っていいぞ。だけど、炎魔法はダメだ。風魔法にしよう」
「か、風……?」
「風で刃を作れる魔法があったろ? アレで切断すれば十分だ。そうしよう」
するとサラはすぐさま詠唱を唱えた。
早すぎて何を言ってるか聞き取れなかったが、次の瞬間には繭の周りに風の渦が発生し、繭がバラバラに両断された。
「お、おお……飛ばすんじゃなくてその場に発生させるんだ」
「こ、こっち方が確実に当たる……」
日々洗練されてきてるなサラの魔法は。
で、肝心の繭の中身だがどうせ魔物だから見ないでこの場を逃げ去るのがいいだろう。
そう思っていたのだが――。
「せんせい」
「へ?」
繭の中から出てきたのは見覚えのあるカズヤ先生だった。
☆
「これって」
「完全に倒されてるな……」
うめいてることから生きてはいるが、蜘蛛魔人との戦いに敗れたのは明らかだった。
「どうしよう、起こしたら……怒られるよね」
「そりゃそうだが、助けないと」
俺はカズヤ先生の腹部に手を当てて力を込める。
「……はっ【内功の構え】!」
俺はカズヤ先生の体力を回復させる。
拳闘士である俺は本職の回復術師ほど回復量は多くないが、こうしてHPを回復させるスキルを覚える。
カズヤ先生はガハッ!と大きく咳き込むと、ゆっくりと目を開けて、そして驚きの表情を見せた。
「お、お前ら!? どうして! ここは……そうか、教室を抜け出してきたな! 危険だ帰れ!」
速攻で理解して俺らを叱りだした。
そ、そりゃそうだよな。
分かっちゃいたが、それでも見捨てるわけにはいかなかった。
「先生、私たち皆の仇を取りたいんです」
「バカ言え誰も死んじゃいねーだろうが、そんな偉そうな台詞は後10年経ってから言えってんだ!」
「先生は蜘蛛の魔人にやられたんですか?」
そこまで知ってるのか、とカズヤ先生は俺を睨んだ。
優しい、教師としての怒りが彼の中にあった。
「…………知らん。お前たちは帰れ。俺は……どうにかする」
「でも先生。先生も麻痺で動けなくなってますよね」
「……ああ、そうだ。だが心配するな。俺だって冒険者の端くれだ。この程度の麻痺なら、……寝てりゃ、直る……」
だがそう漏らすカズヤ先生の呼吸は苦しそうだ。
もしかしたら呼吸する器官も麻痺でやられているのかもしれない。
「お、お兄ちゃん、どうしよう……っ?」
「あ、ああ、そうだな」
よかった。
サラも同じ迷いに直面しているようだった。
先生をどうするか?
魔人を探すため森を散策していたわけだが、先生を放っておくわけにはいけなかった。
「……先生を連れて一旦村に戻ろう。ここで無視したらレイちゃんに怒られちまう」
「お兄ちゃん」
「……はぁ、はぁ、無理はすんな……」
カズヤ先生はそう言ったが、舌がうまく回らないのかそれ以上喋ることはなかった。
さて、運ぶとしたらどうするか。
先生はそれなりにデカイから背負って帰るのはなかなか骨だが。
「それなら私の風魔法で……」
とサラが詠唱しようとしたその時だった。
切り刻んだはずの蜘蛛の糸が生き物のように動き出した。
「え」
一瞬の出来事だった。
俺は自分でも驚異的な速度でサラに突撃し、彼女を吹き飛ばした。
「きゃッ!」
二人して倒れ込む身体。
サラの甘い香りがするが今はそんなことどうでもいい。
振り返ると、蜘蛛の糸が自律した意志を持ったかのようにウネウネと動いていた。
「……下がれ、サラ。どうやら理由は分からないが――"アレ"は生きている」
糸は素早く俺たちに迫りくる。
直線上の動き。早いが、間一髪のところで回避する。
「くっ! "旋風連脚"ッ!」
風を切るような蹴りで、糸を両断する。
「ふぅ……」
だが、糸は一本だけではなかった。
繭だったものがほどけ、いくつにも枝分かれする。
「……これは、こいつは避けきれねえなぁ」
「お兄ちゃん、頭を下げて!」
サラの叫びに俺は地に伏せる。
「――――"FireBall"ッッ!」
火球が俺の頭上を飛んで糸へと迫りくる。
だが、サラの魔法を見切ってか、糸たちは軽やかにその攻撃を避ける。
「くそ、避けるのか!」
「大丈夫……"FireBurst"ッッ!」
と、次の瞬間、通過したはずの火球が突如、爆発した。
火炎が飛び散り、糸たちに被弾する。
声なき絶叫をあげて糸たちが消滅する。
「あ、危なかったぁ……」
サラが安心してへたり込む。
俺も一息ついた時、――――サラの身体がふわりと浮いた。
「なっ!」
「ヒャッッハハハハハハハハッッ! 人質ゲットゥゥォォォォッッッ!」
声が高らかに聞こえた。俺は浮いたサラの背中に極太の糸がついているのが視認できる。
「こんの、"旋風連脚"ッッ!」
竜巻のような回転蹴りを加えるが、攻撃は素早くかわされサラの身体はグングン遠ざかっていく。
「このっ、ウィ……むぐっ!」
サラは詠唱をしようとするが、口が糸で塞がれる。
杖も身体に巻き付けられる。
この動き、まるでこちらを見てるかのような!?
俺は声の方向から、ある一点に視線を向ける。
そこには、木の上からこちらを嘲笑う蜘蛛の化物がいた。
「ヒャッハハハハァッ! なーんだ、その弱っちい蹴りは、お前も人質にしてやろうか!」
そう笑う蜘蛛は精密機械のように蠢く口から大量の糸を吐き出した。
糸はぼとりぼとりと落下し、繭となって、ウネウネと形を変える。
――人型だ。
人間の形に変わった糸の化物たちは、俺に向かって迫りくる。
「ぐっ!? ――"地龍低脚"ッ!」
出の早い足払い。
だが、糸の人間たちは俺の攻撃を余裕をもって回避し、捕縛してくる。
「ぐぁッ!?」
「んーんーーんーーーーッッ!」
口を糸でグルグル巻きにされたサラが大きな唸り声をあげる。
俺は糸人間たちによって地面に叩きつけられた。
身体に糸が巻き付いていくのが分かる。
これは……カズヤ先生がやられたのと同じ攻撃か。
「ヒャヒャヒャ、まさか人質が三人に増えてくれるとは嬉しい誤算だぜ。これならあの化物みてーな剣技闘士からも逃げられる。ったく、何でこんな田舎街にあんな化物がいんだよ……」
蜘蛛の魔人は何やらわけの分からない独り言を言っている。
くそ……こいつが、村に現れた魔人か。
人型の巨大蜘蛛。
人語を解して、頭もまわる。
俺は鑑定スキル持ちではないため実力は分からないが、明らかに――強い。
Level30……いや40は下らないだろう。
魔王現存時代の生き残り。
人の頭脳を持ちながらにして、魔物の力を得ている異形の存在。
それが魔人。
「んー、んーッ、んーーッ!」
「はぁ? うるせえな、魔法使いが暴れてんじゃねぇよ……ん、てめぇ変な魔力回路持ってるな、ま、いいか」
そう言って蜘蛛はサラの両目を糸で隠し、両手両足も拘束する。
「んーーーー!」
「よっしゃ、女はこれでオーケーだ。あとは男ども、てめぇらも……」
と、その時だった。
サラの杖が妖しく光りだした。
蜘蛛魔人の身体の周囲に竜巻が生まれる。
「おおっ!? 無言詠唱か。杖に仕込んでやがったなこいつ」
木々を切り付けながら迫る竜巻。だが、蜘蛛魔人はそれを軽々と避ける。
「ばぁーか、目塞がれてんのに、正確な狙いなんてできるわけねーだろうが。……念のため、杖も折っておくか。かぁー、田舎村と思いきや骨のあるやつが多くて困るぜ、ったくよッッ!」
バキッ!
と、サラの杖が折られる。
「ついでに本体もッ!」
ドゴォ!
と、サラの身体がくの字に曲がる。
サラは鈍い声をあげて昏倒した。
「このやろぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉおおお――――ッッ!」
「お?」
と、蜘蛛魔人は馬鹿みたいな声をあげた。
いや、奴は馬鹿だ。
大馬鹿野郎だ。
何故ならサラを攻撃したんだからな。
「なんだー? 雑魚ガキ。彼女を倒されてお怒りってか?」
「……」
俺は睨んだ。蜘蛛の化物を睨んだ。
この野郎。
絶対に許さねえ。
後悔していた。
自分の力だけでどうにかなるんじゃないかって。
どこかで驕っていた自分がいた。
変身しないでもサラを守れるなんて思っていた馬鹿な自分がいた。
ダメだ。
俺だけじゃ、ダメだ。
俺だけの力じゃ、サラを助けることはできない。
「だから」
俺はベルトの力を使おう。この銀色の輝きを信じよう。俺はヒーローになる。
それがどういったものかは分からないけど、勇者や戦士のように、自分の国や世界を守る存在のように、
俺は俺の大事なサラを守るために戦おう。
「――――変身ッ」
瞬間、世界が変わる。
切り替わる。
俺という人間が全く新しいものに生まれ変わっていく。
眩い光が生まれる。
光は俺に巻き付いた糸を次々と焼き払っていく。
消えていく。
「な、なんだこいつは……」
声が聞こえた気がした。
しかしそんなものはどうでもいい。
お前の末期がどんな言葉になろうと、こちらには関係ない。
俺は、俺という存在は、上位に互換され、新たな位相へと到達し、バースデイを迎えるかのように、
新たなヒーローがここに誕生した。
名前:ルーク=ウィンフィールド
レベル:72
職業:疾風のヒーロー
体力:1700
魔力:522
攻撃力:700
防御力:590
素早さ:944
魔法抵抗力:483
主技能1:疾風の戦士(風魔法が使われた場合に全能力に補正がかかる)
主技能2:歴戦の騎乗兵(あらゆる乗り物を操作可能となる)
主技能3:風力操作(空中での動きに補正がかかる)
秘技:ヒーローキック
「貴様はもう終わりだ」
俺の周囲に風が渦巻き、糸人間が全て両断される。
「この風が吹き終わるまでに、貴様という存在をこの世から消そう」
魔人を倒すための一歩を踏み出した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。倒しましょう。