6話:不穏な空気になってきましたね。
カズヤ先生は敵の特徴を見極めながら次々と指示を飛ばしていき、俺たちを動かしてモンスターを倒していった。
「よっしゃ、次だ、サラとルーク。お前らの出番だ」
そしてついに俺らの番が来た。
「ルークてめぇが前線で敵をひきつけろ、サラは距離をとって狙いをつけろ。下手にルークに当てんじゃねぇぞ」
俺たちが相手にするのは、ブチシメジと呼ばれるキノコ型のモンスターであった。
それも集団戦。
頭身サイズのキノコの群れが俺たち相手に襲いかかっていた。
「こいつらの特性は再生能力に優れているってことだ。殴っても斬ってもダメージを負ってねぇ部位があったら復活しちまう」
だから、こいつらのシンプルな撃退方法はただ一つ――。
「魔法による一斉破壊だ、おっしゃルークしっかりサラを護ってやりな!」
「了解、っす!」
俺はブチシメジの根っこに向けて、強烈な足払いを加える。
「――"地龍低脚"ッ!」
「MUUUUUUUUUッッ!?」
地面をえぐる勢いでブチシメジをひっくり返す。
よし、倒せてはいないが、これでしばらくは動かない。
こっから変身スキルを――、
「ありがと、お兄ちゃん」
可愛らしい声が聞こえて、次の瞬間巨大な熱量が背後から感じ取れた。
「いくよっ――――"FlameDragon"」
「のわっ!」
俺は咄嗟に頭を低くしてしゃがむ。
火炎を纏った龍が何匹もブチシメジに襲いかかった。
「"FlameDragon"、"FlameDragon"、"FlameDragon"、"FlameDragon"、"FlameDragon"」
よく見るとサラは最初の一度しか詠唱していない。
残りは自動的に杖が詠唱の台詞を繰り返していた。
「つ、つっよ……」
しかも恐るべきは、森林内で炎魔法使用しているというのに、一切木々に炎が燃え移っていない点だ。
ブチシメジは炎魔法に弱い。
だが、同時に密林内で炎魔法の使用は難しい。
普通であれは氷魔法などで代用するところだが――。
「"FlameDragon"、"FlameDragon"、"FlameDragon"、"FlameDragon"、"FlameDragon"、"FlameDragon"、"FlameDragon"、"FlameDragon"、"FlameDragon"、"FlameDragon"、"FlameDragon"――――ッ!」
サラは驚異的な魔法コントロールで火焔竜を制御していた。詠唱を自動化しているお陰だろうか。操作に集中して完璧に無駄なく命中させている。
そして、炎の龍はブチシメジが息絶えるまで、蹂躙し続けたのであった。
「……ふぅ、おしまいっ」
ブチシメジはこんがりと焼きあがり、美味しそうな匂いを周囲に漂わせた。
「よーしよくやったぞ、サラ。これがうめぇんだよな。よし、これは持って帰るぞ。食える部分を回収だ!」
ルンルン気分でブチシメジを回収するカズヤ先生に「やっぱこれが目的じゃないか……」とグリッドのため息が聞こえてくる。
と、同時に、
「これは決まりですね」
「ああ……」
と頷き合っているヴァルゴ先生とスクルド先生の声が聞こえた。
決まり。
それはサラの王都行きがほぼ確定したということだろう。
「…………」
何というか、そりゃそうだろう、と思うが、同時に、あまりにも圧倒的すぎる妹に、
俺はかける言葉がうまく見つからなかった。
「…………スキル使わなかったの?」
「え……?」
ブチシメジを回収してる最中に、タマちゃんがそんなことを聞いてきた。
「使おうとは思ったけど、タイミングがなかったな。サラがすぐに決めちゃったし」
「でも変な足払いする暇はあったんでしょ?」
地龍低脚な。
うーんでも確かにそうだ。
地龍低脚を使う暇があったのなら、早いこと変身すれば良かったな。
「なんだろうな。カズヤ先生に言われた台詞にのせられちゃったのかな……?」
――――"おっしゃルークしっかりサラを護ってやりな!"
ブチシメジを倒すのが目的じゃない。
サラを護るのがお前の仕事だと言われた気がして、変身する気になれなかったのだ。
「それに俺が格好良く倒しちゃったら、サラが活躍できなくなっちゃうだろ?」
「よく言うよ、サラちゃんだったら攻撃される前にブチシメジを焼き尽くしてたよ」
そうかもしれない。
でも、やっぱり俺はサラが倒されそうな時、いつでも守ってやりたいんだ。
「次はスキルを使うよ。このペースで進めばもう一回くらい戦闘の順番がまわってくるだろ」
「うん、がんばって」
だが、残念ながらその順番が回ってくることはなかった。
グリムの森での進軍は思わぬ形で終わりを迎えようとしていた。
☆
「おーいカズヤ先生大変だー!」
ダンジョンを進軍中、後方からドタバタと走るオジサン三人衆が現れた。
彼らは、ハチさん、ハカセさん、モーチャスさんの三人組で、よくダンジョンでパーティを組んで遊んでおり、俺も何度もダンジョン内で出会ったこともある。
「どうしたんだよハチさん、急に血相変えて」
「どうしたもこうしたもないよ、魔人だよ! 魔人が出たって役所から報告があったんだよ!」
「――――魔人だとッ!」
と、誰よりも早く反応したのはヴァルゴ先生であった。
鬼のような形相でオジサンの一人に近づく。
「魔人はどこにいる? 情報は届いているのか」
「ヒッ!? そ、それがマズいことに――ランラン花畑のとこに現れたって」
「何だってッ!?」
今度はカズヤ先生が叫んでオジサンに詰め寄った。
迫真の表情を浮かべた男二人に囲まれて、オジサンはおどおどした様子でそれでも説明してくれる。
「そ、そうなんだよ。どうやらどっかから逃げ延びてきた魔人がずっと隠れて暮らしてたみたいで、今日のスライム狩りで偶然生徒が見つけちまったんだ。今は村の山奥に逃げてるってよ」
「生徒は無事なのか!?」
「あ、ああ……殺されちゃいないが、針にやられたみたいで麻痺状態に何人かなってるってよ。魔人だからな。通常の麻痺直しが効かねえって困ってるよ」
糞がっ、とカズヤ先生は毒づく。
と同時に話を聞いていたスクルドさんが口を挟む。
「私が症状のある方を見てみましょう。ヴァルグ、貴方は魔人を追って」
「もちろんだ。魔人はぶっ潰す」
戦士というよりも破壊者の目をして力強く言うヴァルグさん。
魔人。
俺も話にしか聞いたことがないが、人型の魔物の怪物だと聞く。
かつて魔王と呼ばれる存在がこの世界を統御していた時代。
自らの肉体を改造として、魔物として彼の軍門に下った人間たちがいたという。
それが――魔王。
生き残りは多くない。だが、確実に世界に存在する。
でも、なんでそれが今、このルーラの村に。
「すまないな……ハチといったか? 悪いが途中まで案内をお願いできないか」
「あ、ああ……それはいいがアンタは?」
「その人は王都の軍人さんだよ。名前はヴァルグ=ヴィンゴーン大尉。今は勇者候補の人材育成に注力してるそうだけど」
大尉……軍人さんでもあったのか。
あまりにも突然の状況に驚きを隠せない俺たちに、カズヤ先生は大きな声で言う。
「よーっし、お前ら、悪いが緊急事態にて今日はここで解散だ! 学校に戻って他の先生の指示を仰ぐように! ハカセさん、モーチャスさん、生徒をよろしくお願いします」
そう言ってヴァルグさんと共に走り出すカズヤ先生。
二人を見送りながら俺たちは残されたオジサン二人に連れられて、学校に帰ってくることになった。
☆
教室内は悲壮感であふれていた。
「おい、聞いたか、コリンとナチがやられたそうだぞ!」
「ああ聞いたよ。命に別状はないが強力な麻痺状態にあると」
学校に帰ってきた俺らは教室で自習となった。
他の先生方も殆どが村の人達と一緒に魔人退治に出ていった。
俺たちはここで居残り。
途方もない無力感だけが教室内を覆い尽くしていた。
「どうしてわざわざこの村に……」
「不思議な話じゃないさ。うちは食糧が豊富だしダンジョンの点在している。魔人が隠れ潜むにはぴったりだ」
「だからって……!」
俺たちにできるのは噂をしあって時間を潰すことだけ。
「おい、まだ魔人は倒されていないのか?」
「無理だよ。カズヤ先生が腕が立つといったって魔人は強い。レベル40オーバーは間違い無し。村人総出で勝てるかどうか」
ならば俺たち子供はどうなんだ。力にすらなれない。
「あのヴァルゴって人が希望だな」
「そうなのか?」
「あの人軍人さんだろ。噂だと、魔人を何体も倒したことある元冒険者だとか、あの人がこの村に来てたのが唯一の救いだよ」
「でも、まだ被害が出ないとは限らない……」
待つしか無いのか。
そう誰しもがため息を吐いた時、教室の扉が開かれた。
「レイちゃん……」
レイちゃんだった。
「……」
カズヤ先生が魔人探しに出ているからだろう。
初等部の生徒は皆帰ったと聞くが、彼女だけは教室に帰ってきたのだ。
「……」
いつもの快活な様子は微塵もなく、とぼとぼと教室内を歩くレイちゃん。
自席に戻るのかと思いきや、俺の前に来た。
ズボンの裾を引っ張った。
「レイちゃん」
「る、ルークお兄ちゃん……」
それだけいって、俺の裾にぐっと顔をよせてきた。
……。
何もできない俺だったが、ゆっくりと肩に手を当てて落ち着かせるようにさすった。
「…………私のせいなのん」
俺は一瞬目を見開いたが、驚いた反応は見せずに「うん」と頷いた。
「私がいっぱいスライムとろうって、そしたら都会でアイスクリン食べれるって奥までいったのん。そしてそしたら……」
後は言葉にできなかった。
いや、する必要なんてなかった。彼女が告白して後悔する理由なんて一ミリもなかった。
ただ俺の中には言いようのない気持ちが沸き上がっていた。
変身ベルト
今使わずに、何のための力だ?
俺は何のために強くなった。
どうにもならないことが起きた時、どうしようもないことが起きた時。
どうにかするためにこれまで頑張って鍛えてきたんじゃないのか。
奇跡のような強さを望んで強さを手に入れたんじゃないのか?
俺は立ち上がろうとしていた。
カズヤ先生は怒るかもしれない。
きっとものすごく怒るかもしれない。
でも。
それでも。
ここで無力さを噛みしめるために俺は強くなったんじゃない。
「お兄ちゃん」
立ち上がろうとしていた俺に妹が静止する。
「ゴメン、サラ俺は……」
そう静止を振り切ろうとした時、サラは首を横に振った。
「違うの」
サラは炎を瞳に浮かべていた。
「私と一緒に戦ってほしいの」
俺たち兄妹は愚かにも教室を飛び出していった。
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