1話:変身ベルトを手にしたら伝説が壮絶に始まりました。
俺たちの住むルーラの村は王都から馬車で三日ほどかけた場所にある田舎村だ。
主な特産品はお米とお酒。
小さなダンジョンが点在してるため、冒険者向けの宿屋なんかもある。
父さんは学校に勤めており、母さんは家で小さな本屋さんをやってる。
もともと母さんがこの村の出身で、お爺ちゃんはこの辺りの大きな地主さんだった。
なのでお金には困らず、また農地の管理や宿屋の経営は長男次男の二人に任されており、末っ子の長女だった母さんは王都に出て自由に勉強する機会を得た。
そして都会の学校で出会った父さんと見事にゴールイン。
今は長年の夢だった本屋さんをやりながら、二人して仲良く暮らしている。
特に伝説に残るような偉業を果たしたわけでもないし、別段普通のどこにでもいる夫婦な二人だったけど、当たり前の幸せを当たり前に享受して楽しく暮らしてる二人を、俺と妹の二人は何だかんだ尊敬してたりする。
ああいうのって何かいいよね、って感じだ。
なので妹のサラも将来は自分も王都にいってそれなりの高名をあげて大活躍を遂げた暁には、格好いい彼氏を見つけて実家に帰りたい。実家に帰って子宝に恵まれてスローライフを送りながら本屋さんの跡を継ぎたいなんて言っている。
完璧な人生設計だし、実際に彼女はしてしまいそうだ。
一方の俺も、もちろん王都に出て拳闘士として闘技場で活躍、将来はルーラの村に凱旋するなり、王都で闘技場の番人として伝説に名を残すなり、それなりの夢はあるが、俺の場合は実現可能性は非常に低そうであった。
というか無理そう。
まず王都に行くことができずこの田舎でくすぶって終わりそうだ。
「だがこの変身ベルトがあるのなら……」
そんな風に思いもするが、まあ流石に得体の知れないアイテム一つで人生逆転は無理だろう。
俺は15歳、サラは13歳。
まだ若い年齢、と言っていいのかよく分からないけど、妹には無限の可能性が広がっており、俺には徐々に分かってきている限界の壁が見えていた。
☆
ペロゴンガチャで変なアイテムを見つけて次の日。
朝のトレーニングを終えた俺は、妹のサラを起こすべく二階の彼女の部屋をノックしていた。
「サラーーーーーーっ! 朝だぞーーーーッッ! 起きろーーーーーッッッ!」
起きない。
天才サラの弱点の一つとして彼女は、朝が弱い、というのがある。
夜遅くまで魔術書を読んで勉強しているからだろう。
逆に俺は朝っぱらからトレーニングをしてたりするので、真逆の生活とも言える。
「今日は勇学の人が来る日だぞーーーーーっっ! 起きろーーーーーーッッッ!」
全然起きない。
死んでんじゃないのか?
そんな風に思えるが、彼女はマジで熟睡してるのだ。
「どーっすかな……」
普段であればここで諦めて先に学校に行くのだが、
今日は王都から"ラスティーン勇者学園"という学校の先生が来る日なのだ。
――ラスティーン勇者学園とは?
その名の通り、勇者と呼ばれる人間を育成するための教育機関である。
魔王と呼ばれる存在が滅亡してから約100年。
魔王の脅威はすでに歴史上の教科書の出来事でしかなくなっている俺たちであったが、それでも魔王の生み出した魔物や魔人という存在はあちこちにいる。
そうした魔物や魔人を倒して人々の平和を守る存在、それが勇者であった。
通称"勇学"と呼ばれるその専門教育機関は田舎の俺でも知ってるくらい有名な名前であり、多くの人が一度は学びたいと願う場所であった。
だが、それ故に勇学の門戸は狭く、厳しい。
難関の試験を突破するか、推薦をもらうしか方法はないと言われている。
だが、今日、この田舎村にその勇学の視察の先生が来るというのであった!
妹の実力が王都にまで知れ渡ったのか、あるいは親父が何かしらのツテを働かせたのか、これは大いなるチャンスであった。
視察の先生に認められれば、勇者として活躍できるかもしれない。
王都に行って自由な生活が送れるかもしれない!
俺は難しいかもしれないが、妹にとってはまたとない機会であった。
「しゃーない……」
俺は迷ったが、彼女の部屋に入ることにした。
最近のサラは俺が部屋に入ることを嫌がっており、入ろうとすると感知するトラップを仕掛けていたりする。
そーっと扉をあけて辺りをうかがうと、中は本の海であった。
あちこちに魔術書が山積みにされており、さらにページをめくられた跡がある。
また遅くまで勉強してたのか……。
俺は呆れながら部屋の隅っこでクローム色の寝具の上で、大判の魔術書を抱きまくらにして眠っている少女を発見した。
サラ=ウィンフィールド
金髪の麦穂みたいに綺麗な髪が顔にかかり、すぅすぅと息をたてて寝ている。
肌は透明で真っ白で汚れを知らないようであった。
淡いピンク色のパジャマを着ていて、最近成長してきたのか胸のあたりが苦しそうで、腹部からおへそを覗かせている。
「サラ起きな、ほら風邪引くぜ」
「……ぅん、んん」
グズった子供みたいに身をよじらせて寝ぼけ眼で拒絶するサラ。
マジでしゃーねーな。
せめて、腹を冷やさないようにパジャマに触れようとすると、
「……νεμο……ανεβανουν」
と、聞き覚えのない言語が彼女の口元から自動的に漏れてきた。
「なんだ?」
と疑問に思っていると、
彼女の周囲にぐるぐると竜巻が生まれはじめた。
「なんで!?」
小型の竜巻は一直線に俺に向かってくる。
「なんでなんでなんで!?!?」
避けようとするのもつかの間、俺は飲み込まれる。
小さいが威力は十分、動きを封じられた俺は、飲まれ、そのままサラから遠ざかる。
「やっぱトラップあるじゃねぇか!?」
サラに触れたら発動するタイプの魔法罠か!?
竜巻は俺を飲み込んだまま部屋の外まで出されるのかと思いきや、違った。
竜巻は――窓に向かった。
「おいおいおいおい、ここ2階だから! 落ちるから!?」
必死に藻掻くが流石サラの魔法。俺みたいな凡人には解けようもなく為す術なく窓から放り出される。
「やばいやばいやばい、サラヘルプヘルプ!」
「……んー、あと10分……」
無理だってあと数秒もしないで落ちるから!
「くそっ、一か八かッ」
俺は受身の態勢をとる。
大丈夫、俺だって拳闘士の端くれ、2階から落下程度ノーダメージでこなしてみせるぜ!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ……ッッッ! ォォォォ……ォォ……ォォ?」
と気合は入れたものの、俺の身体は1秒、2秒、10秒経っても落ちることはなかった。
地面まで約5cm。
触れるか触れないかの位置で俺は静止していた。
「――――"FloatTime"」
と可愛らしい声が聞こえたかと思うと、俺はふわりと浮かんだ。
そのまま時間が巻き戻されるかのように俺はサラの部屋に戻された。
「ふわぁ……おはよ、お兄ちゃん」
「まさかサラお前、時間を巻き戻せる魔法を使えるように」
ただの浮遊魔法だよと言って、彼女は眠たげにあくびする。
「何だてっきり俺は時間を操る魔法まで身に付けたのかと」
「ないよぉ……そんなのはかつての魔王くらい。今の私に魔法でできるのは物理現象の再現までだもん」
サラ曰く、魔法とはあくまでも他技術で代替可能な範囲に限るらしい。
例えば炎を出したり、空を飛ばせたり、そんなことはできるが、
時間を巻き戻したり、人間を作ったりはできないらしい。
魔王がいた時代はそうしたことも実現可能な「禁術」と呼ばれるものもあったそうだが、今では過去の遺物だ。
「それより、サラ、今日は『勇学』の人が来る日だろ。遅刻しないように急ごうぜ」
「っ! そっか、ありがとお兄ちゃん、たまには役立つ!」
「おうよ!」
たまにはという言葉は気になったが、妹に感謝されるのは悪い気がしない。
サラは「着替えるから」といって追い出されたが、全く気にはならない。
「さて、それじゃ例のアイテムの準備をしようか」
俺はサラが着替えて朝ごはんを食べてる途中に、こっそり家を抜け出す。
玄関に移動して、昨日ペロゴンガチャで手にしたアイテムを手にする。
変身ベルト
こいつを見せて自慢してやることにしよう。
さっそく装備して、ステータスを確認する。
名前:ルーク=ウィンフィールド
レベル:12
体力:130
魔力:12
攻撃力:68
防御力:52
素早さ:48
魔法抵抗力:21
主技能1:疾風の構え(一定時間、攻撃力と素早さに補正がかかる)
主技能2:内功の構え(軽度の体力回復が可能)
主技能3:変身(変身と叫ぶことで職業がヒーローに変化。ポーズで種類が変わる)
秘技:絶対の貫く拳
「おおー確かにスキルが追加されている」
変身と叫ぶことでスキルを発動できるのか。なるほど。
ポーズで種類で変わるというのは気になるな。
「まーまずは試してみるか」
ちなみに俺のステータスは初級ダンジョンに挑む学生としては平均的な数値だ。
もし本気でダンジョンで食べていくんだとしたら、レベル20~30は欲しい。
王都で働く軍人さんなんかだとレベル30くらい。
一流の剣士や闘技場で活躍する拳闘士だとレベル40から50くらいだろうか。
それ以上は達人とか、伝説の勇者様とかになってくるだろう。
なお、サラのレベルは現在16くらいのはずだ。
まだ13歳なのに俺よりレベルが高い……。
「えーっと変身ポーズか、どうすんのがいいのかな」
玄関の窓から見るにサラはすでに朝ごはんを食べ終えて、ドタバタと髪を梳かすため洗面所に向かったようだ。
急がねばならないな。
「例えばそうだな、こう大きく円を描くように動かして……」
俺はぐるりと右腕をまわして、力強く叫ぶ。
「変身――――――ッッ!」
瞬間、世界が変わった。
俺の身体がいきなり光り出し、大きな渦になって俺の全身を取り囲んだ。
「お、おお、おぉ……――!?」
次いで俺の身体が溶けていく感覚があった。
自分が自分でなくなるような。
光と一体になって、腕が、足が、身体が、顔が、視線までもが失われて俺が大きな力に飲み込まれていく感覚があった。
そして再構成がはじまった。
聴覚機能すらないのに、カチリ、とスイッチが入った音が聞こえた。
俺の失われたものが新しい形を得て復活していくようだった。
初期化され、定義が一新され、属性が付与され、肉体そのものがこれまでと全然違っていくようであった。
新しい人間が誕生する。
壊れて飲まれると思った光が俺を生まれ変わらせた。
宇宙が幾度も循環するように俺という存在が大きなうねりの中で変化した。
一つの限界を超えた気がした。
ある種の縛られた地平から解き放たれて、自身の軛が無くなった気がした。
俺は俺ではなくなり、新しい俺と出会った。
変身
その言葉が俺を反芻させる。
「……」
「…………終わった、のか?」
俺は呆然として自らのステータスを見た。
名前:ルーク=ウィンフィールド
レベル:72
職業:孤高のヒーロー
体力:1800
魔力:322
攻撃力:740
防御力:690
素早さ:844
魔法抵抗力:483
主技能1:孤高の戦士(一人で戦う際に全能力に補正がかかる)
主技能2:歴戦の騎乗兵(あらゆる乗り物を操作可能となる)
主技能3:異形の両眼(広い視野と暗視能力が付与される)
秘技:ヒーローキック
最強の戦士が誕生していた。
引き続き読んでいただきありがとうございます。
変身シーンってムズいですね。
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