小さな希望と大きな絶望
”知らない”それは何事にもかえがたい無能である。
ゼム!起きて…起きてよ‼︎
聞き慣れた声が朦朧とするゼム・ユーステスの意識に入ってきた。
周りを見渡すが目が霞み状況が掴めない、何か温かいものが自分の顔にポツポツと当たる感覚だけが鮮明にわかった。
ゼムの体は通常の人と違い非常に脆い作りをしている、アローン中尉との戦闘で体への負担はゼムにとって致命的なものだった。
ゼムが倒れこんだあとキリは状況を理解できないままとりあえずキリを一旦近くの倉庫のような場所へ運び込んでいた。
幸いゼムは通常の男性よりかなり体重が軽い、そのおかげで女性のキリでもゼムの体を運ぶことが容易であった。
「ゼム!起きてってば!聞きたいことが山ほどあるんだから…」
キリは何かを決断したかのようにゼムの頭を撫でていた小さな手を固い拳に変え、次の瞬間…
「ぶほっ‼︎」
その拳は理不尽にゼムの頬を攻撃した。
「起きた!!よかった…本当に…」
「いや、お前…な…」
ゼムは無事意識を取り戻したがもう少しで二度と帰ってこれない領域までいきかけたという。
意識を取り戻したゼムはキリにさっきの戦闘でおこった自分の異変、そして自分をその異変について思い当たる節がないことを伝えた。
「不思議ね…私もゼムが剣を扱ってるところなんて訓練の時木刀で素振りしてるときしかみたことないのに…
中尉クラスを軽々と倒せるとは到底おもはないわ…」
「まぁでもやってしまったことはしょうがねぇ…この国にはもういられないな どんな弁解をしようと極刑はさけらんねぇだろうな…」
「ゼム…ゼムは悪くないよ!私が証言者になってゼムの無実を証明すればっ!」
「だめだ!今回の件は国絡みだ…どんな証言や証拠を持ってこようと全部無駄だ、隠蔽されるのがオチさ」
ゼムは回復していない体をゆっくり起こし、立ち上がると血潮を浴びた剣を取り倉庫のドアをゆっくりあけ周りを見渡した。
「キリ…お前は隊にもどっておれが中尉を殺したことを報告しに行け!幸いまだ中尉が死んだことにだれも気ずいていないらしい…いまならお前は疑われずに済む!」
「いやよ!そんなことしたらゼムが…まだ見つかってないならゼムが犯人だってばれないよ!一兵士が誰も中尉を殺せるとは思わないよ!」
「だめだ!剣を装備している兵士はこの国でおれだけだ!バレるのも時間の問題だ…」
ゼムとキリが言い合っている間にアローン中尉の遺体をほかの兵士が発見してしまった。
まずいっ!
見つかった!ほかの隊とはかなり離れていると踏んでいたが…予想以上に意識を失っていた時間が長かったらしい…これでほかの中尉クラスが出てきたらおわりだ!
「キリ!死体が見つかった!時間がない、お前だけでも早く隊に戻れ!」
「いやだ!私は…私はやっとゼムと一緒に兵士になれたのに…意味がないよ、ゼムがいないと」
「キリ…わかった とりあえずここを離れるぞ!」
「ありがとっ!ゼ…ム…」
ゼムは再度倉庫の周りを見渡し、安全を確認した。
「よしっ!いくぞキリ!」
振り向くと同時にキリがゼムの胸に倒れこんだ。
キリ…?
大量の血がじわじわとキリの体からあふれ出してくるにがわかった…
キリの左胸には大きな銃弾が貫通していた。
「なんで…銃声もなにも…」
すると倉庫の入口から大きなスナイパーライフルを担いだ女がカツカツとヒールの音を響かせやってきた。
「私の弾丸は音がしない、無理もない。」
「お前か…キリを撃ったのは…」
その瞬間!ゼムは剣先を女に向け斬りかかろうとしたが相手の華麗な体捌きがゼムの剣を凌ぎ投げ飛ばされてしまった。
くっ!!
「やめときなさい。死期を早めるだけよ!アローンを殺して天狗になっているのなら考えを改めたほうがいいわよ?まぁ今更遅いけど、もうあなたにこれからはないのだから」
「なんで…なんでキリなんだ おれを撃てばよかっただろ!!」
「ちょうど王宮から狙いやすかったのがそこの女の子だったから、ただそれだけよ」
「は?王宮からだと?ここから20Kmはあるぞ…」
「いいでしょう。君に教えておいてあげるわ!あなたを殺す前にね わたしはユーノ帝国大尉ビオ・テレサノーラ 覚えておきなさい」