0話 始まり
楽しんで頂ければ幸いです。
長々前書き書くのも面倒なので早速どうぞ。
「くそ!回復まだか!?あと2発ぐらいしか持たねぇぞ!」
そう自分の体が隠れて余りあるほどの大盾を持った男が叫ぶ。
「待って!まだクールタイムが!あと20秒待って!」
と杖を携えた白ローブ姿の治癒魔法使いの女が答える。
「ちっ!こんな事ならポーションを飲むのを控えてりゃ良かったぜ!ポーション中毒ってのはホント厄介だな!「グリャァァァアアアアア!」っ!!ってぇなあ!あと1発だ!」
大きな熊の姿をした魔物-アングリー・ベア-が盾を削り取るように腕を振り回す。
「『ファイヤー・ボール』」
魔法書に手を翳した黒ローブの魔法使いの女が自分に注意を引きつけるように火魔法の燃える弾を打ち出す。
「グギャァァアアアア!!」
『ファイヤー・ボール』がアングリー・ベアに命中し僅かにHPを減らすが注意を引ききれず、アングリー・
ベアは腕を振り上げ盾を持った男に向かって振り下ろした。
「ぐぅぅっ!もう持たねぇ!こうなりゃ突っ込むしかねぇか!」
アングリー・ベアの一撃をなんとか凌いだ男は自分のHPが一割を切り、もう壁役として役割を果たせそうに
ないと思い、サブウェポンの剣をショートカットコマンドから装備を替えようとした。
「グギャァァアアアア!」
アングリー・ベアは振り下ろした腕を防がれたのを感じてすぐさま次の行動に移った。
それは盾を持った男に向かって蹴りを放つ事だった。
それを見た盾を持った男は耐えきれないとも思いつつもサブウェポンへの変更をとりやめ、咄嗟に大盾を構えた。
ここまで僅か15秒程度。
治癒魔法使いの治癒魔法はあと5秒クールタイムがあり、もう間に合わない。
いくら魔法を使うためのトリガーである発動語を叫ぼうとも無情に警告音を発生させるだけで魔法は発動しない。
魔法使いは次の魔法を使おうとするが、詠唱時間が必要でこちらも間に合いそうにない。
迫り来る蹴りはもう1秒足らずで男に直撃し、男のHPが0になり死に戻るだろう。
それを見ていた治癒魔法使いが男の名前を叫ぼうとした。
その時、
「『ハイ・ヒール』」
どこからともなく聞こえた発動語。
そして発動した魔法は男の残り一割を切ったHPを一気に8割程度まで押し上げる。
その瞬間、アングリー・ベアの蹴りが大盾に直撃した。
周りの草花がぶつかった衝撃で揺れるほどの威力であった。
そして
男は生き残った。
HPは4割程度まで減っているが、死に戻ったりはしていない。
死に戻りを覚悟していた男は自分が生き残ったことが信じられずにいた。
が、それも一瞬。
蹴りを放ったことによって片足立ちのままの不安定な体勢をしているアングリー・ベアに向かって大盾を突き出し、
「『シールド・バッシュ』」
スキルを発動させた。
盾で使える攻撃スキルで、相手に突き出す形で盾でぶつかりダメージを与え、相手の体勢を崩す技である。
片足立ちのアングリー・ベアは自身の自重を支えることが出来ず転倒する。
「今だ!叩き込んでやれ!」
と詠唱を続けていた魔法使いに向かってアングリー・ベアから距離を取りながら叫ぶ。
「て、我が敵を燃やし尽くせ!『ファイヤー・ストーム』」
そして発動した『ファイヤー・ストーム』は転倒したアングリー・ベアを一切の慈悲もなく蹂躙し、遂にHPが0になり討伐完了のウィンドウが開いた。
「終わった...のか?」
「うん。終わった。」
「レアモンスター討伐できたの?」
と口からこぼれるように盾を持った男、魔法使いの女、治癒魔法使いの女が言った。
成し遂げた事が信じられないような様子の3人であったが、段々実感が湧いてきたのか顔を見合わせ、
「「「やったぁぁああああーー!!!」」」
「やったぞ!レアモンスター三人で討伐出来たぞ!!」
「やった!出来た!嬉し....ゴホン。やった。」
「やったね!まさか討伐できるとはね!出来たんだよ私達!!」
しばらくの間討伐出来た喜びを分かち合っていた。
そして、拠点となるキルトの街に向かって帰っている途中、
「いやぁ〜。討伐できたな!ハッハッハっ!」
「ほんと。正直途中で泣きそうになった。」
「ホントよね。ずっと腕を使った攻撃ばっかりだったのにまさか蹴りがあるとは思わなかったね。シュウ絶対死んだと思ったね。」
盾を持った男-シュウ-と治癒魔法使いの女-ミーナ-と魔法使いの女-クロハ-はさっきの戦闘を思い出していた。
「私も思った。けど、詠唱続けてた私がMVP?...正直シュウは諦めて熊を倒すことだけを考えて始めた詠唱だったけど。」
とドヤ顔をしたクロハである。最後は小声であるのだが。
「聞こえてるぞクロハ。まぁ、正直死んだなこれ。と思ってたけどな。にしてもよく間に合ったよな?ミーナの回復。」
「ほんと。間に合うとは思ってなかった。お手柄。ミーナ。」
とミーナを褒める2人に、
「え?私回復間に合わなかったよ?シュウが何かしたんじゃないの?ポーションかなにか使って。」
「「え?」」
首をかしげるミーナに聞き返す2人。
「いやいや。だって言ったじゃない。クールタイムあと20秒だって。シュウが蹴られそうになった時あと5秒くらい残ってたよ?ポーション使ったんじゃないの?」
「え?ミーナお前魔法使ってないの?じゃあなんで俺のHP回復したんだよ。それにポーションは中毒気味だって戦闘に入る前に言ったよな?クロハ?」
「確かに言ってた。ミーナ。ほんとに使ってない?」
「ホントに使ってないよ!」
「「「....」」」
「え?どういう事だ?」
「どういう事?これ。」
「どうなってるの?」
意見の食い違いにますます困惑する3人。
「なんだこれ!討伐できたのは嬉しいけどなんだか怖ぇよ!」
「どうなってるの!?え?え?え?何がどうなってるのよ!」
「落ち着いて。戦闘ログを見ればわかる。」
「確かに!戦闘ログ、戦闘ログっと。」
「そ、そ、そ、そうね!戦闘ログってアイテム欄だったかしら!?」
「落ち着いてミーナ。戦闘ログはオプションから。」
「どっちも落ち着け。戦闘ログはチャットからだ。」
と言って困惑する2人に対し、さっさと戦闘ログを開いたシュウはウィンドウを可視化させて三人の前に映した。
「えーっと、たしか『シールド・バッシュ』の前辺りだよな〜っと、これか。」
そこに表示されているのは、
[プレイヤー:シュウに対して『ハイ・ヒール』が使われました]
の一行。
「なんだ。結局使えてただけじゃねーの?」
「あれ?どういう事?たしかに私が見た時にはあと5秒ほどクールタイムがあったはずなのに...。」
「見間違えじゃねーの?」
「ほんとに見間違えだったのかな〜?」
「......!!ちょっと待ってこれおかしい。シュウ、もっとログ遡って!シュウにミーネが治癒魔法を発動した所まで!」
「どうしたんだよいきなり。」
「いいからやって!」
「わ、分かったから。ちょっと待てよっと、これか。」
とそこに表示されているのは、
[プレイヤー:シュウに対して『ヒール』をプレイヤー:ミーナが使いました。]
の一行。
「あれ?さっきと何か違うような気がするけど...何が違うの?」
「確かに違うな。......うん?さっきのは誰に対して何をしたかって事は書いてあったけど、これは誰に対して何を誰がしたかって書いてあるよな?何の違いだ?これ。」
ミーナとシュウは気付いたことを口にした。
「私、これ見たことある。」
とクロハが言った。
「これはPKされた時の表示と同じ。つまり...、」
「「つまり?」」
「パーティーメンバー以外のプレイヤーから何かをされたってこと。このシステムのせいというかお陰というかPK優遇措置みたいなものになっている。自分をキルしたPK職の名前が分からないからPKし返そうにもし返しにくい。このシステムさえなければ私をキルした奴を探し出して拷も「落ち着け。」...ごめん。取り乱した。」
「いいよ。まぁ、つまりは今回は誰かが俺を回復してくれたってことか?」
「そういうこと。」
「へぇ〜。そんな人もいるのね。その人のお陰で今回は助かったね。でも何でそんなことしてくれたんだろ?このゲームだとパーティーに入っていないと経験値もドロップアイテムも手に入らないよね?」
「うん。どうして辻ヒールしてくれたかは分からないけどありがたい。」
「そうだな。まあ、その辻ヒーラーさんのお陰で討伐出来たってことだな。感謝だな。」
「そうね。またどこかであったらお礼言おうよ。まあ、どこの誰だかはわからないままだけどね。」
「ああ、何かの縁で会えたらしっかり言おうか。」
「うん。お礼はしたい。」
3人はいつか回復してくれた辻ヒーラーさんにお礼を言うことをこのゲームをする楽しみの一つとしてプレイしていくことを決めた。
「よし!それじゃあ、とりあえず街に帰ってドロップアイテムの確認だな!」
「ふふふ。楽しみ。」
「そういえば熊から何作れたんだっけ?」
「確か熊からは...」
話をしながら3人は街へと帰る。
草花が風で揺れる広い広い草原を横切って。
どこまでも蒼い広い広い空の下を。
リアルよりもリアルなVRMMOの世界を。
このVRMMO-ワイド・スカイ・オンライン-の世界は今日も広がっている。
こぼれ話
「ミーナ。クロハ。ちょっとコレ見ろ。」
「何?」
「何よ。」
と近付いてきた2人に可視化した戦闘ログを見せる。
そこには、
[プレイヤー:クロハに対して『エンハンス・マジック』が使われました。]
の一行。
「「......」」
「......。辻ヒーラーさん『エンハンス』まで使ってくれてたみたいだ。」
となんだか疲れた様子で話すシュウ。
「......。なんだか凄い人ね。辻ヒーラーさん。」
「......。白状する。『エンハンス・マジック』が無かったら、熊の残りHP削る事は出来なかった。」
......。
..........。
「「「辻ヒーラーさんすげぇ...。」」」
まだ見ぬ辻ヒーラーさんの株が更に知らぬところでひとつ上がった。