#3『乙女の嗜み?』
昨日からヴァルフレア伯爵は陛下に謁見するため帝都へ旅立たれました。その際、前日鍵を渡すのを忘れていたので渡すと「あぁ鍵か!はっはっは、すっかり忘れていたよ!これが無かったら帝都からとんぼ返りしていたかもな」と笑いながら言って帝都へと向かっていきました。2週間ほどで戻ってくると言っていましたが、何もなければいいのですけど……
さて、話は今朝のことです。ダグラスさんが伯爵邸を訪ねてきました。今日は新兵の訓練日だそうです。対応に当たったベルさんがダグラスさんと話しをした後に私の方へ歩いてきました。どうやら私がこの屋敷で不便に感じていることはないか?みたいな感じのようです。気を使ってくれているのでしょう。特に不便なところは無いのですが、一昨日から本ばかり読んでいたので何か別のことをしたいと思っていたところだったので、ベルさんに「最近本ばかり読んでいるので、何か他のことをしたいです!」と少し元気よく喋るとベルさんはあまりお勧めは出来ませんがと言ってダグラスさんの方を見ました。ベルさんと視線が合ったダグラスさんが私に声を掛け、一緒に裏庭へ移動することになりました。外へ出るのは二日ぶりで風がとても気持ちいいです。
裏庭に着くとそこには十人くらいの男の人たちが綺麗に整列していました。ダグラスさんは木製のベンチを指さし、座って見学しているといいと言いました。私はスポーツ観戦するような気持ちで少し様子を見てみることにしました。
新兵の多くは10代から30代くらいの人で、とてもやる気にみち溢れていました。どうやら帝都の学院を卒業した人や元傭兵ようですね。帝都にある学院を卒業した生徒は生まれ故郷で領兵をしたり、帝都で騎士団に入隊したりすると本にも書いてありました。そんなことを思っていると新兵に人たちは木剣を取り出し二人一組になって打ち合いを始めました。楽しそうです。私も少し運動がしたかったのでダグラスさんにお願いしてみることにしました。
「お怪我をなされては困りますので」
案の定拒否されてしまいました。もう少し食い下がってみてだめなら諦めましょう。
「素振りするだけです。お願いします」
ダグラスさんはやはり渋っていましたが、食い下がり続けた結果「やれやれ」と言い、一本の木剣を差し出してきました。やりました、念願の木剣を手に入れました!
木剣を手に入れた私は昨夜読んだ剣術指南書に書かれていた内容を思い出しながら剣を振りました。やっぱり身体を動かすのは良い事です。
身体が温まってきた頃、私の後方で打ち合っていた新兵の木剣が相手に弾かれ私の方へ飛んできました。テンションが少しおかしくなっていた私は、飛んできた木剣に居合切りの要領で自分の木剣を打ち込んでしまいました。
ボトボトという音と共に飛んできた木剣は綺麗に切り落とされてしまいました。切り口が真っすぐで、まるで真剣で切ったかのような感じです。あぁ、何だか皆さんの視線が痛いです……
すぐにダグラスさんが駆けつけ怪我の有無を確認してくれましたが、目線が真っ二つになった木剣を捉えています。無言が怖いです。
「ルーフェミア様、今の見たことのない技についてお尋ねしたいのですが」
そして口を開いたダグラスさんが居合切りについて尋ねてきました。そもそも帝国には居合切りという技は存在しないので、なんと説明したらいいのでしょうか?とりあえず自作の新技にしておきましょう。
「今のは居合切りと言って、私が編み出した必殺技です」
「居合切り……それにしてもルーフェミア様が編み出したのですか。いやはや、これはもしかするとルーフェミア様にはフローネ公と同じか、それ以上の武の才能がありそうですな。」
と言い、ダグラスさんは驚きつつも関心しているようでした。そもそも帝国の剣技などは100年前からほぼ進歩しておらず、新たな剣技等が新たにできるのは数十年先かと言われるほどでした。それを生前テレビで居合の達人が的を切っているのをちょっと見た程度の私が、その真似事をして帝国剣術に風穴を開けてしまったのかも知れません。余計なことをしました。
その後、私と剣を交えたいという新兵の皆様が多数押し寄せたのですが、ダグラスさんが一喝して黙らせていました。怒ると怖いですね。それでも食い下がる人が居たのでその人と対決することになったのですが「怪我をさせたら……わかってるな?」と新兵の人にダグラスさんが圧を掛けてました。顔が引き釣ってますね。
それにしても木剣があんな風に簡単に切れてしまったので、人とするときは気を付けなくてはいけませんね。怪我だけでは済みそうにないので。
「ルーフェミア様、準備はよろしいですか?」
「はい、いつでもいいですよ」
そして、ダグラスさんの合図で試合が始まったのですが
「はあああああああ!」
「そこだああああ!」
「くらええええぇ!!」
新兵の方が頑張って私に攻撃をしてきますが、剣筋を読み回避していきます。もし私がハエなら確実に生き残るでしょうね。って、ハエってなんだか華麗じゃないですね……
「はぁ…はぁ…」
相手の方が息を切らせています。他の新兵の方たちも信じられないような目で試合を見ています。なんでしょう、すごく居心地が悪いです。注目されるのはあまり好きではないので、そろそろ終わらせて部屋に籠りたいです。
相手の方を見ると少し距離を取ってこちらの出方をうかがっているようなふしがあります。
「さて、ちょっと疲れてきましたのでそろそろ終わりにしましょうか?」
私が流し目でそういうと相手はビクッと身体を強張らせ、急いで木剣を構えていました。
先に動いたのは相手の方でした。木剣を両手に握りしめ走ってきます。私も相手の方に向かって歩いて行きます。そして、目の前まで走ってきた新兵が剣を振り下ろしました。
「――!」
新兵は目を疑いました。伯爵のお客人でありダグラスさんが関心を寄せていた私が、剣を振り下ろす直前に持っていた木剣を空へ放り投げ、目前に迫った木剣を両手で挟み込むように受け止め…奪い取りました。
「え?」
新兵の人は何が何だかわからないといった感じでしたが、空から落ちてきたもう一本の木剣をキャッチし、ニコッと微笑んであげると、彼は崩れるようにして地面に手をつきました。周りがどよめいている感じがします。ダグラスさんは頭を押さえています。これはもしかすると余計なことをしてしまったのかも知れません。剣を交えずひたすら回避に専念し、最終的には疲れに見えた彼の武器を奪って決着。
「…………」
ヴァルフレア領の新兵セリンのプライドはズタボロでした。学院では魔力が少なく魔法関係の成績は良くはなかった。しかし、剣技は常に上位をキープするほどの腕前で上級生には勝てないもの、同年代では敵はいないほどの実力者であった。それがまさか10歳ほどの少女に攻撃のすべてをいとも簡単にあしらわれ、おまけに武器を使わずに素手で攻撃を受け止め持っていた武器を奪われてしまったのだ。
――屈辱だ
周りから見たら今の自分は一体どんな風に映っているのだろう……
午前の訓練が終わり、私はダグラスさんと居合切りや白刃取りについて話していました。実はダグラスさんはこの辺りでも有数の武人で、今までに数々の偉業を成し遂げてきた人だとベルさんに聞きました。ダグラスさんは「過去の栄誉など些細なものです」と言っていましたけど……
休憩が終わった後他の新兵の人たちは午前中と同じく打ち合いをしその後試合形式での対戦をするそうです。そこで何故か私はダグラスさんと戦うことになりました。戦わなくてはいけなくなった理由はダグラスさんが「久しぶりに血が騒ぎます」とのことです。理由になってないです。真面目な人だと思っていたのですが……
午後になり、一通りの訓練が終了した後、私はダグラスさんと向かい合っていました。
他の新兵の皆さんもそんな私たちを見守っています。皆目が真剣そのものです。怖い。試合開始の合図は先ほど倒してしまったセリンが行います。
「試合、開始!!!」
セリンの合図とともにダグラスさんから物凄い闘気を感じます。本に書いてありましたが、闘気はその人の強さと比例しているそうです。私も闘気を出してみようと思いやってみましたが……出ていないみたいですね。あれ?新兵の方が何人か気を失ってしまったようです。流石ダグラスさん闘気で気絶させるなんてすごいです。でもなんでそんなに顔に汗を浮かべているのでしょうか?
「まさか、これ程とは……流石でございますルーフェミア様」
「え?あ、はぁ」
ダグラスさんが何かよくわからないことを言っていたので、適当に返しましたが……
「参ります」
そうひと声かけ私に向かって剣を薙ぎ払ってきました。私はそれを間一髪で回避し攻撃に移りました。
ダグラスさんの攻撃はどれも重く時にトリッキーな方法で攻撃をしてきていました。一つ一つの動作に迷いがなく攻撃も正確、そして早い。何人かの新兵の人は「すごい」だの「流石はダグラス様だ」などと言っていますが、当のダグラス本人は焦っていました。
「(すべての攻撃を読んでいるような動き、やはりこの方には天武の才能がある。しかし、私もここにいる新兵共の指導者としての立場がある、ここは……負けてはおれん!!!)」
「ルーフェミア様、次の一撃で決着をつけたいのですがよろしいですかな?」
「そうですね、そろそろ頃合いでしょう」
私とダグラスさんの剣が交差しました。
結果だけ言えば私は負けてしまいました。木剣がダグラスさんの攻撃に耐えられず折れてしまったからです。ダグラスさんは「どうにか新兵共に対しての面目を保つことが出来ました」と言っていました。これ、もし勝っていたら不味かったんじゃないかと内心ひやひやしていました。
また明日から本を読んだり、訓練の見学をしたりしましょう。そういえばベルさんが立派な淑女になる為のお勉強をしましょうと言っていたので、それをするのもいいですね。剣の才能もあるみたいですし、いずれ『姫騎士ルーフェミア』とか呼ばれちゃうかもしれませんね。あ、でも目立ちそうなのでやっぱりいいです。