第7話『砂の雪原』
ユラユラと陽炎が揺らぐ。空から晴天の光が降り注ぎ、地上を焦がしていました。歩いているだけで汗が吹き出し服を湿らせます。そんな灼熱地獄の中を二人の子供が歩いていました。一人は灰褐色のくせっ毛を持つ男の子。腰に不要となっている暗緑色のウィンドブレーカーを巻きつけています。その中に小型の弓と矢が潜んでいます。もう一人は翡翠のような鮮やかな色をした瞳を持つ女の子。フカフカの毛皮でできたウィンドブレーカーを着ているが、前は開けていました。中には白い服を着ています。心配そうな顔をしてました。
「…カイト…大丈夫?」
ルマは心配そうに訊きました。
「だ、大丈夫さ。きっと…。」
カイトはちょっと動揺して答えました。
彼らは今、グレートビクトリア砂漠という広大な砂漠地帯を歩いています。前方には砂の山岳地帯。陽炎が揺らめいて遠くの景色を揺らしています。容赦なく照りつける太陽光が彼らの体力を少しずつ奪っているのです。
〈砂漠では蜃気楼という現象が発生する。例えとしては、地平線に水溜りのようなものが見えるとか。それは光の屈折によって生まれる幻だよ。砂漠に行くことになったら気を付けたほうが良いね。〉
「…カイト、あの人…大丈夫かな?」
しばらくしてからルマが心配そうに訊きました。
「…言ってたじゃん。『俺の技術をなめるなよ』ってさ。もし負けそうになったら逃げて帰ってくるはずだから。」
言い終わると静かになりました。言う事がない訳ではなく、ただ単に暑いのと疲労のせいです。
それから数分が立って、
「あー、名前聞いてなかったよね、あの人。」
カイトは突然そんなことを言い出しました。しかし、ルマの返事はありません。
「…疲れてる?」
返事は返ってきません。カイトは後ろを振り向きます。すると、少し後ろの方でルマが倒れているのが見えました!カイトは即座に走って確認しに行きます。
「ルマ!ねぇ、どうしたんだよ?!」
ルマの返事はありません。カイトはルマを抱えました。ルマは気を失っていました。顔が赤くなっていて熱くなっています。この症状は熱中症です。しかし、極寒地帯にいる彼らにとって、熱中症とは何かを知らなかったのです。単なる熱だと思っています。熱中症は下手すれば死ぬ可能性もある、油断できない症状です。カイトはルマを背中に担ぎ、歩き始めました。
「…ルマ、ちょっと待ってて。今、日陰を探すからさ。」
それから数十分が経過して、カイトは一つの日陰を見つけます。突き出た岩場です。大きな岩が日陰を作っています。そこにルマを連れて寝かせました。ルマは未だに意識が戻りません。ずっとうなされている様子です。
「こんなに暑いんだから仕方ないよね。熱にぐらいなるさ。…水…持ってきてなかった…。こんなに暑いところがあるなんて思いもしなかった…。」
カイトは疲れたのか、ルマの横に寝転がりました。青々と広がる空が頭上に広がっているのが見えました。それを見て、カイトは少しだけ広角が上がりました。自然と意識してないのに笑顔になっていたのです。
「なぁ、ルマ。少し、ここで休んで良いよね?もうクタクタだよ…おやすみ…。」
カイトは岩場の日陰の中、瞳を閉じました。
クシャミの音が響きます。カイトが大きなクシャミをしました。その音が静寂の中を突き抜けます。カイトは気温変化に気付き、起き上がる。眠たい目を擦って辺りを確認しました。ここ、岩場には夜が訪れていました。空に満天の星空が広がり、朝とは違って正反対の顔を見せています。気温は急激に下がって寒くなり、汗を冷まして体温を低くしていました。カイトは急激に下がった温度に身を震わせ、腰に巻きつけていた暗緑色のウィンドブレーカーを羽織ります。そして隣に寝かせていたルマを確認しますが、
「あれ、ルマ?」
隣に寝かせていたはずのルマの姿がそこにはありませんでした。カイトは少し焦り気味になり、『もしかしたら、敵に見つかって捕縛されたのでは?』と考えるものの、冷静に改めて考えてみると、それはありえないという答えに行き着いた。もし敵が原因ならば、同時にカイトも捕縛されていただろう。だからカイトは、ルマは自力で起き上がったのだと考え込みましだ。そしてカイトは立ち上がり、岩場を歩き始めました。
すると、カイトの目に一人の影が入りました。大きな岩の上に座り込んでいる影。暗くて良く分からないが、その影はこちらを見ています。
「ルマ?」
「起きたか…良くもまぁ、あんなところで寝てられるよな、カイト。」
男の声がそう言いました。カイトはホッとした表情になる。その声に聞き覚えがあったからです。
「あ、えっと…生きてたんだね。名前は―――」
「名前はヘルメス、覚えとけ。」
ヘルメスは大きな岩の上からカイトの横に飛び降り着地しました。その男は南極から一緒にやってきたもう一人の旅仲間。目の前に来て理解しました。体に傷が複数できています。ほとんどは切り傷だったが、中には矢の刺さった痕らしきものもありました。上下白色の服は血液が染み付いて変色していました。
「…ヘルメス、その傷って…。」
ヘルメスは自分の衣服を眺め、そして言います。
「これはあれだ、フェイクだ、フェイク。また騙されたな、カイト。相変わらず、騙されやすい男だよな、お前って奴は。」
ヘルメスは馬鹿にしたような笑い方で嘲笑う。カイトは悔しい表情で黙り込んでいます。
「あ、そうだ。お前の彼女さんなら、岩の上に寝かし付けておいた。砂の上より平らな岩の上の方が寝心地が良いだろ?」
ヘルメスはそう言ってとある方向を指差しました。そこには一段高い平らな岩があり、その上にルマが眠っていました。ヘルメスの白色コートが被さって防寒しています。
「ありがと、ヘルメス。だけど、僕とルマは付き合ってなんかないよ。幼なじみなだけさ。」
「それは失敬。でも良いと思うけどな、お前とルマ。」
カイトは顔が真っ赤になりました。
「そそそそそそっそんな事!そんな事ないって!ないないないないないないないない!絶対にないって!」
「はははっ!分かり易い奴め。ルマを大事にしろよ、カイト。」
カイトは頷くが、恥ずかしがっていて背を向けています。
「そこまで恥ずかしがんなくたって良いんだぞ。お前ら、ずっと二人きりでいたんだからよ。二人でイチャついてる中、俺はお前らを探すのに必死だったんだぞ。この広大な大地を暑い中、ずっと探し回っていたんだ。見つけたと思ったら寝てやがったし。」
「怒らないでよ。あの時は本当に死ぬかと思ってたんだ。もう動ける気がしなくてさ。ルマも途中で倒れちゃって…死んじゃったらどうしようかと…。」
「…死なないよ…カ、イト…。私なら…大丈夫だから…。」
ルマの声がした!ルマが起き上がってこちらを見つめている影が見えました。意識を取り戻していたのです。
「ルマ…大丈夫?急に倒れ込んでさ…。心配したんだからね。」
「えへへ…ごめんね、カイト…。」
ルマが少しニヒルな笑顔でカイトを見る。でも暗いからその表情は分かりません。直後、ルマは再び意識を失って倒れ込みました。カイトはすぐさまルマに駆け寄ります。ルマの熱は引いてはいませんでした。まだ顔も真っ赤に染まったまんまです。ルマは無理して起き上がっていたのです。
「ルマ!まだ治ってないじゃん!」
「ほっといてやれ。そいつは十分頑張った。体型と足の速さから見て、ルマはどう考えたって動けるような奴じゃない。ここまで来れたこと自体、奇跡に近い方だ。もう体力に限界が来てるんだよ。こんなこと言うのは悪いが、そいつはもうダメだろう。連れて行くには足でまといだ。」
カイトはヘルメスを睨んで叫びます。
「それを決めるのは僕の役目だ!ヘルメスが勝手に決めないで!」
ヘルメスは少し呆れた顔になり、小さくため息を吐いて呟く。
「お前、分かってんだろ?」
カイトはその言葉に動揺します。
「な、何?何を?」
「誤魔化すな。そいつのことだよ。」
カイトはルマを見つめました。ルマは意識を失って倒れている中、何かに怯えるようにうなされています。それを見て、カイトは悲しげな顔つきになりました。
「…分かってるけど…何としてもルマは助ける。ヘルメス、あなたを捨ててでもルマは助けるつもりだから。」
ヘルメスは少々苦い顔になります。
「冗談だよ、ヘルメス。絶対、三人で北極へ行くんだ。誰も死なせたくない。」
カイトは真顔でそう呟きました。ヘルメスはそれを聞いてちょっとばかし恥ずかしがっていたけど、背中を向けていたのでカイトには見えませんでした。