第6話『旅立ち』
海辺に二人の人影。一人は灰褐色のくせっ毛を持つ、蒼色の瞳を持った子供。少し大きめの暗緑色のウィンドブレーカーで体を覆っている。名前はカイト。血液でベトベトになった服はとっくに着替えていた。もう一人は茶髪ストレートの翡翠のような瞳の子供。フカフカの茶色い毛皮ウィンドブレーカーで防寒している。名前はルマ。心配そうな表情をしている。
「カイト、本当に大丈夫なの?」
いつも通りの心配そうな表情でカイトに問いかけるルマ。
「大丈夫、大丈夫。僕がついてるからさ。」
カイトは笑顔で答えました。
二人は北側の海辺に立っています。海は凪いでいて静かです。太陽が登り始める頃でした。空が蒼色に染まり始め、朝焼けになりそうです。雲一つない晴天の中、背後には白い雪原が広がっています。その遠くにカイトたちが住んでいた洞窟があるのですが、この位置からでは確認できません。
「準備は終えた。お前らがどうなろが俺の知ったこっちゃないが、まさかこんな考えをする奴が現れるとはな。人間も色々ってわけか。」
身長の高い、全身を白の服装で統一し、白いウィンドブレーカーを羽織っている男は関心しながら言いました。服には血液がついて赤色に染まっています。
「他人事のように言ってるけどさ、あなたも一緒だよ。」
「え?」
男が意表を突かれたような顔で振り向きました。
「だって、好きにして良いんでしょ?だから、あなたも一緒に来て、僕らの旅仲間として。」
カイトは笑顔でそう言いました。男は訝しげにカイトを見つめます。
「俺はお前の父親を殺した男だ。況して敵同士。仲間になんてなれるかよ。」
「好きにして良いって言ったのはそっちなんだから、責任ぐらいちゃんと取ってよ。さ、行くよ。」
カイトは男の手を引っ張って進みます。男は動揺しながらもついていく事にしました。海辺には一隻のボートが設置されていました。少し大きめのボートです。中には旅荷物が積載してあります。これは昨夜、カイトが男に頼んで用意させたもの。そのボートに三人は乗り込みました。
「所でさ、一つ訊きたいことがあったんだ。」
カイトが男に言います。
「昨日、僕の射った矢が胸部に突き刺さったでしょ?何で死ななかったの?何で平気なの?」
素朴な質問でした。それを聞いた男が高笑いしました。
「あれか!あれはただのフェイク、偽物だ。あの血は血なんかじゃない。氷河から流れ出した血の水だ。矢も人体には突き刺さってない。それもフェイク。騙されただろ?」
「何だよ!ビックリしたじゃん!何で演技なんか?」
「ああ…負けを認めたから、一発ドッキリ的な?」
ルマが微かに笑っていました。安心したのでしょう。昨日の出来事が嘘であったのが分かったから。
男はボートのオールを漕ぎ始めた。ボートはゆっくりと動き始め、陸を離れます。
南極大陸を離れてから数十日が経過した頃、前方に一つの大陸が見え始めました。ボートを交代しながら漕いでいた彼らはもうクタクタでした。持ってきていた食料も底をつきそうでしたので、大陸が見えたことはとても嬉しいことでした。しかし、一つだけ問題点がありました。気温が想像をはるかに超えていることです。普段から南極のような寒帯に住んでいる彼らにとって、北側の気温は体に相当応えていました。全身から汗が吹き出てびしょびしょです。
そんな暑い大陸にボートは上陸しました。砂の雪原が見えます。要するに砂漠が広がっています。
〈これは現代のオーストラリアにあるグレートビクトリア砂漠という砂漠だよ。彼らは砂というものを見たことがないし、聞いたことすらない。とても珍しいんだろうね。〉
ルマは不思議な目付きでカイトに訊いた。
「カイト、これって何?このサラサラしてて暑いもの。」
カイトは見たこともない物質に黙り込む。何も答えられないのです。
「こんな世界が広がっていたとは…あの氷河も随分と小さいもんだな。」
白い服の男は感心した表情で呟きました。
「これじゃあ、食料を見つけられそうにないね。」
カイトはそう呟いて砂漠を眺めていました。すると遠くに人影が数人、砂漠付近を歩いているのが見えました。
「二人共、あそこ、人がいるよ!とにかく情報を聞き出してこようよ!」
3人はその集団に近づく。
「すいませーん!ちょっと良いですか?」
カイトはそう叫んで手を振る。あちらはこっちに気づき、近づいてきた。そして彼らがどんなかを理解しました。こんなに暑い中、全身をくすんだ白い服で統一しています。頭には分厚い帽子。肌の露出が少ない作りとなっています。総勢3名。皆、同じような格好をしていて、全員男でした。
「珍しい、こんな所に旅人か。見つかったのが私たちで良かったな。運の良い奴らだ。」
カイトはリーダーらしき人物に言います。
「すいませんが、北極に行く方法を知っていますか?」
それを聞いた3人が皆、それぞれの顔を見合わせ、そして大爆笑しました。
「坊ちゃん、何考えてんだよ?ここは乾燥地帯だぞ?北極なんてもんに行くのに何日かかると思っているんだ。」
一人の男に、このように馬鹿にされました。カイトはメゲずに訊く。
「それでは、あなたがたは誰か教えてくれませんか?」
リーダーらしき人物が言う。
「私たちはアボリジニだ。私たちは攻撃を仕掛けはしないが、気をつけろ。ここらの人間というものはやたら構わず殺しにかかってくる。いつ何時、その命が消えることになるかは誰も予想がつかない。せいぜい、生き延びることに頑張ることだな。」
それを言い終わると、3名の白い服の男たちは歩き去っていきました。
〈アボリジニはオーストラリアの先住民族。詳細はノーデータで。〉
「…カイト…。」
「…心配しないで、ルマ。僕らは元々、そんな生活をしていたんだからさ。大丈夫だよ。」
「そうとも限らないかもな。知ってるか?俺達、ツンドラ族の過去ってやつをよ。」
カイトとルマは首を横に振った。
「昔、俺達ツンドラ族は北側の民族だった。だが、そこには天敵が存在していた。別の民族だ。ツンドラ族は元々、戦に特化した部族ではなかった。ただの狩猟民族だ。当然、襲撃を食らったら壊滅的。だから、ツンドラ族は逃げることにした。遠い遠い南の未開の地にな。だが、そこでも同じ結果に陥った。だから、彼らは天敵も存在できないような南極という地に移住することにした。そして今に至る。」
カイトとルマは目を丸くして男を見上げています。
「今まで考えもしなかったのか?おかしいと思わなかったのか?何で南極だけで住んでいる俺達が北極やらのことを知っている?」
「「そう言えば…。」」
「だからな、こうしている今もどこからか攻撃されるって事も無きにしも非ずって事だよ。」
「それは考え過ぎじゃ―――」
シュインッ!
カイトの眼前を何かが通り過ぎた!カイトは驚いて後退します。
「何、今の?!何か目の前を通り過ぎて行ったんだけど!」
「お出ましって雰囲気だな。」
男が東の方向を指差す。そこには先ほどの男達と同じような格好をした人間が十数名立っているのが見えました。距離にしておよそ50メートル。皆、弓を構えてこちらを狙っています。
「逃げるよ、ルマ!」
カイトはルマを連れて走り出した。しかし、男は逃げずに向こう側を睨んでいます。
「ねぇ!早く逃げるよ!こっちに来て!」
カイトはそう叫ぶが、男は振り向かずに巨大な弓をボートから取り出して構えました。
「俺は奴らを引き止める。お前らの足では逃げきれねぇだろ。俺が時間を稼いでやる。だから、早く逃げろ。」
「無理だよ!相手は数十人も…負けるさ!」
男は矢を放つ。矢は弧を描いて遠くにいる一人の胸部に突き刺さりました!
「俺の技術をなめるなよ、カイト!」
カイトは一度大きく頷くと、男に背を向け、北方向へと走り出しました。
「それで良い。そして、アボリジニとやら…。復讐しに来たぜ!」
男は大きな弓を東へと向け、長い矢を番えて狙いを定め、そして弦の反発力で矢を放ちました。矢は空を切り、一秒弱で向こう側の一人に命中、一撃でした。
相手も黙ってはいません。矢を番えて放ちます。一度に数十本の矢が空から降り注ぎ、男を狙います。男は満面の笑みで弧を描いて落ちてくる矢の群れを見上げていました。