第4話『逃走1』
カイトは数十分かけて家のある洞窟の入口へと戻ってきました。しかし、その洞窟内は普段の光景とは全く違った光景が広がっていました。敵の集団が内部に侵入し、無差別に村人たちを襲っています。あの大男が指示したに違いありません。敵の男たちは皆、片手に棍棒のような物を持って無防備な村人を女子供関係なしに襲いかかっていた。カイトはそれを唖然とした表情で見ている。
「ひ、酷い…。僕らが何をしたって言うんだよ…。」
村人たちの中には死人すら出ていた。負傷者も大勢。カイトは自分の父親のことが気がかりであった。無事かどうかを知りたかったけど、この状況では戻ることができない。ただただ黙って見ていることしかできない。そんな自分を罵っていました。
すると、前方から一人の人間がこちらへと走ってくるのが見えました。フカフカの毛皮のウィンドブレーカーを着ている長い髪の毛と翡翠色の瞳を持つ、身長がカイトと同じくらいの人間。それはカイトの幼なじみ、ルマでした。深刻な表情で涙を流しながら必死に走ってくるルマをカイトは手を振ってサインを出しました。
「ルマ!急いで!」
「カ、カイト!みんなが、みんなが…。」
「分かってるよ!でも、今は仕方がないんだ!全員を助けられる力なんてない!まずは生きる事が大切だから!逃げよう!」
カイトはルマと一緒に洞窟を後にしました。背後では次々とツンドラ族の死傷者が出ている。悲鳴が耳に届き、嫌な感覚を覚えます。それでも二人は後ろを振り向かずに全力で逃走しました。
それから数十分が立ち、二人は巨大な氷河の崖にやって来ました。そこからは流氷だらけの大海原が一望できる。位置が高いから暴風が吹き荒れている。二人はそこに座り込んだ。二人共、息が荒く呼吸が早かった。
「ねぇ、カイト。何で、そんなに全身血塗れなの?もしかしてどこか怪我したりとか…。大丈夫なの、死なないよね?」
カイトは呆れる。
「そんなことないよ。これは僕の血…じゃなくて、氷河から流れ出した血だよ。服にべっとりと付いちゃってさ。あ~あ、これじゃあ洗っても取れないな。」
カイトは気丈に振舞います。
(本当は結構重症な方なんだけど…。)
ルマは少しホッとするが、すぐに暗い表情になって、
「…カイト。お母さん、見なかったんだけど…知ってる?」
心配そうに訊く。言葉が詰まるカイト。それには訳があった。
敵の拠点を襲撃したカイト。ルマの母親を無事に救出したのは良いのだが、その後に…。
カイトとルマの母親は無事に敵の拠点を脱出しました。
「脱出成功!敵は追ってきてないみたいだし。」
ルマの母親は緊張が解けたのか、その場に座り込んだ。
「子供なのに、こんな危険なことをして…でも、ありがとね。」
「あ、うん。」
カイトは少し恥ずかしげに背中を向けた。しばらく、その場に留まっていた二人。カイトがそんな中、ふと思い出して口を開いた。
「あ、そうだ。あの大男が言っていたことが本当なら、家の方もマズイことに…。」
カイトは振り向き、座り込んでいたルマの母親を見ました。ルマの母親はカイトを心配そうに見つめています。ルマと同じように、母親も心配性でした。
直後、急に白い視界が鮮やかに染まりました。何が起きたのか、カイトは理解できません。ルマの母親が不思議そうに見つめているのが見えた。
実はこの時、遠くの方に一人の男が付けていたのです。身長は普通に高く、全身を白色の服で纏めている男。手には大きな弓矢を構えて立っていました。この男は狩人です。弓の腕は相当なもの。遠距離から弓矢でルマの母親の背中を貫いたのです。血液が吹き出し、カイトの体を赤く染め上げました。一瞬の出来事だったのでカイトは理解が遅れていました。ルマの母親も、自分が矢に貫かれたのを一瞬、理解できていませんでした。そしてルマの母親は口一つ聞かずに倒れた、という訳です。
「カイト?…カイトー。ねぇ、カイト!聞いてるの?!」
カイトは自我を取り戻す。心配そうに見つめているルマをカイトは暗い表情で見つめ返す。ルマはその顔を見て黙り込んでしまいました。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた。あー…だ、大丈夫だよ!きっと!ルマの母さん、結構頑固でしょ?多分、非常時の地下通路を使って逃げたに違いないよ!そうだ、そうに決まってる!」
カイトは嘘を吐きました。ルマが母親の事を知ってしまったら生きていけないと、カイトはそう思っていました。ルマは暗い表情で俯いたままでした。
「暗くならないでよ。まだ、母さんが死んだなんて決まってない。僕の父さんも同じように逃げ出したはずさ!だから心配しないでよ。きっと大丈夫さ!」
カイトはそう言って無邪気な笑顔を見せます。けれど、内心では心が張り裂けそうでした。カイトは今できる精一杯の笑顔を見せました。ルマはカイトの笑顔を見て、少し顔をほころばせました。
「さぁ、行こう。」
「どこへ?」
「う~ん…とりあえず、遠くへ行こうよ。追っ手が気付いていないうちにさ。」
カイトはルマの手を取り、一緒に歩き出しました。そして数時間歩いた後、昨日見たあの血を流す氷河の場所へとやって来たようです。
「ここって…昨日来たあの…。」
ルマが怯えた表情で血を流す氷河を見つめます。
「…赤いね。」
それだけしか言えないカイト。敵襲から逃げてきた後だから仕方ないことです。血の色と同じ赤を見る事が嫌なのです。
「これから、どうする?お母さんはいないし、行く宛もないし…。」
悲しそうな表情で呟くルマ。カイトはそんなルマの頭を軽く叩きました。
「いてっ…。」
「悲しそうな顔しないでよ。こっちまで暗くなるよ。今はさ、どうにかできる限りを尽くそうよ。襲撃が収まったら戻れば良いんだしさ。その時は再びルマの母さんに会えるはずだから。」
カイトとルマはしばらくの間、血を流す氷河の海を一望できる崖上に座り込んでました。いつも通りで風が強く吹くこの地。静かな分、どことなく悲しい気持ちになる二人。
「…クシュン!」
ルマが小さなくクシャミをして俯きました。その時、ルマの頭上を一本の矢が通過していきましたた!ルマが俯かなければ確実に頭部にヒットしていた矢です。カイトは立ち上がり背後を見る。遠くの方に一人、大きな弓矢を構えて立っている男が。その男に見覚えがあるカイト。その男はルマの母親を弓矢で殺した張本人でした。
「ルマ、早く立って!逃げるよ!」
カイトはルマの手を引っ張って立たせ、走り出した。
「どうしたの?!」
「遠くに敵が一人!あれ、見える?」
カイトは遠くを指差します。そこには弓矢で狙いを定めている男が一人。遠くて姿が良く見えないけれど、カイトは理解できていた。
背後の空間を矢が通過した。男が遠くから狙撃しているのです。二人はその狙いから必死になって逃げ出します。また一本の矢が背後を通過する。その度に空気を割く音が聞こえてきます。
二人が必死になって逃げている最中、
「二人共、こっちへ来い!」
声が響き、二人はその方角を見る。そこには地面の割れ目があり、中から一人の男性が手招きしていました。それはカイトの父親でした!




