第3話『独戦』
大男は持っている松明をルマの母親に向ける。あと数十センチで炎が燃え移る距離であった。ルマの母親は暴れて対抗する。それを民衆が何とか取り押さえていた。カイトはそんな危機的状況にいてもたってもいられず、物陰から飛び出した!
「やめろっ!」
その声に、民衆も大男も、その場にいた人間全員が反応してこちらを振り向きました。皆、驚愕の表情を浮かべています。
カイトは指差し、
「許さない!良くもルマの母さんを!」
怒りに任せて叫ぶ。
大男がこちらに言い返します。
「お前、もしや…こいつの知り合いか?母さんを助けるためにやって来たのか…一人で?」
その数秒後、大男が高笑いし、民衆たちも同じように嘲笑しました。カイトはずっと真剣な表情でそれを見つめています。
大男がカイトへ向けて言った。
「お前に何ができるんだ?言ってみろよ。」
カイトの目付きが変わった。カイトは背中に隠し持っていた凄い小型の弓矢を取り出し瞬時に狙いを構え、そして矢を放ちました!民衆たちはそれに反応できなかった。その矢は民衆の一人の胸部に当たり、その人を一撃で仕留めました。カイトは狩猟のために常に小型の弓矢を常備しています。獣相手ではほとんどダメージがないけれど、相手が人ならば効果は絶大。民衆は一瞬だけ戸惑い、その後、誰かが悲鳴を上げました。
その数秒後、数十人もの民衆たちが襲いかかってきました。カイトは後退し、別の細い通路に入りました。そこから迂回するつもりのようです。背後から数人の足音が響いて伝わる。カイトはさらに複雑に入り組んだ洞窟道に入り込みました。そして敵に見つからずに物陰に隠れました。敵はカイトを見失って彷徨っている模様。
「早く、早くしないと…ルマの母さんが殺される。絶対にそんな事、させない!」
カイトは持っている弓に矢を番え、そして慎重に来た道を確認しました。敵が数人、鋭い眼光で徘徊しているのが見えています。カイトはその敵の背中目掛けて矢を放つ。その矢は敵の背中を貫き、一撃で死に至らしめた。苦痛の声一つ立たずに敵は息を引き取りました。通路は暗いので他の味方はしばらくの間、気付くことがありませんでした。その隙を狙い、カイトは2本目の矢を放ちます。またしても敵の中心部を貫き敵を絶命させました。そして3本目の矢を番えます。
しかし、カイトは前方の敵を倒すことに夢中になるあまり、背後からの敵に気付けなかった。背後から何か鈍器らしき物で頭部を叩かれて、カイトは一瞬で気絶してしまいました。
ざわつく音、大勢の話し声。洞窟に反響して何重にも重なり聞こえています。そんな耳障りな音を聞いて、カイトは意識を取り戻しました。強烈な頭痛が走り、耳鳴りが微かに聞こえている。視界がボンヤリとしていて良く分からないけど、大勢の人間が周りを取り囲んでいるように見える。
すると、さっきの大男がやって来て、倒れるカイトの前に座りカイトに話しかけました。
「確かに、なかなかの腕前だったが、そんなもので変化があったとでも思っているのか?」
カイトは何も言いません。極度の疲労で話す気にすらならないのです。それにまだ、意識がハッキリしていませんでした。
「選択肢が二つある。その腕を俺らのために使うか、ここで悶え苦しんで絶命するか。どっちが良い?」
カイトは意識がハッキリと戻った様子。視界も完全に治り、そして気付きます。手足が紐に結ばれて拘束されていて、頭部から出血していた。血がダラダラと流れて地面に溜まっている。致命傷ほどではない。カイトは大男を睨みつけ、
「…ルマの、母さんは?」
かすれた声で訊いた。
「…ああ、あいつか。」
大男はカイトの前から退く。陰から見えたのはルマの母親。カイトと同じように拘束されて倒れていた。悲しげな表情でカイトを見つめていた。
「僕は…どうなったっていいから、あの人は助けて欲しいんだ。」
カイトは冷静な口調でそう呟きました。
「分かった、良いだろう。皆の者、そいつを殺れ!」
大男の指示で一人の男が燃える松明を用意し、ルマの母親に向けた。
「良いって言ったじゃん!何でだよ?!話が違うぞ!」
カイトは拘束されたままで動こうともがきますが、大男がそんなカイトの背中を踏みつけ、
「俺らがお前の交渉を受けて、何の得がある?それより、二人共殺った方がお得だろ?」
そう上から目線で言いました。
松明がルマの母親に近づく。このままではルマの母親は確実に焼死してしまうだろう。カイトは大男の隙を突き、矢先を利用して手首を拘束していた紐を切った。民衆は皆、松明の方に夢中で気づいていない。
〈危機的状況化で大切なもの、それはポジティブな発想と冷静な判断ができるための心理状態の維持。この状況化を打破できる策を思いつかないと…。〉
カイトは焦りつつも自我を落ち着かせてゆく。そして数秒、その一瞬だけで考えついた唯一の方法。
カイトはゆっくりと起き上がる。大男は松明側に夢中で気づきません。その間に、カイトは足首を拘束する紐を切断しました。そして片手に矢を持ち構える。目の前には大男。カイトは意を決して矢を大男の太い足に刺しました!直後、大男が苦痛の叫び声を上げます。皆、その声に驚いて振り返る。松明を持つ男も同様に。カイトはすぐさま立ち上がって全力で逃げ出した。
「あのクソガキ!やってくれたじゃねぇか!」
大男が民衆に指示を出し、民衆たちが再びカイトを追いかける。カイトはその追っ手から逃げ切り呼吸を整えた。
「これで一先ず、松明で燃やされない。ルマ、心配しないで。すぐに救出するから。」
カイトは弓に矢を番えて構え、目を細めて遠距離を眺める。民衆たちが大男の傷に応急処置を施しているのが見えます。そこへ目掛けて矢を連続で3本放ちました。敵に居場所がバレないように、すぐさま移動。そして同じように矢を放って移動。これを何回か繰り返しました。その結果、大男を抜いて皆、死んでしまいました。他にも捜索中の追っ手が複数いるものの、ルマの母親付近には大男以外の人間がいません。そこへ、カイトは走ってゆきます。
「ルマの母親ですよね!助けに来ました!」
ルマの母親は大変驚いた表情だった。子供一人でこれだけの人数を殺ったのだから、当然驚くのも無理はありません。
「カイト!あなたって人はまったく…。」
ルマの母親はホッとした表情と恐怖の表情が入れ混じった顔つきでした。
カイトは手足を拘束する紐を矢先で切断し、ルマの母親を立たせました。
「さ、早く逃げ―――」
「それはさせるものか!お前らは皆、もう終わりだ!帰る場所が存在すると思うなよ!」
大男が捨て台詞のような言葉を発したが、カイトはそれを無視し、ルマの母親と一緒に逃げ出しました。出口までの距離は近い。外の光が洞窟内に差し込んでいて、出口が近づいているのが良く分かります。背後から敵が追って来る気配はありません。二人は全速力で外へと飛び出します!光が視界いっぱいに広がり眩しい。
「脱出成功!敵は追ってきてないみたいだし。」
ルマの母親は緊張が解けたのか、その場に座り込んだ。
「子供なのに、こんな危険なことをして…でも、ありがとね。」
「あ、うん。」
カイトは少し恥ずかしげに背中を向けた。しばらく、その場に留まっていた二人。カイトがそんな中、ふと思い出して口を開いた。
「あ、そうだ。あの大男が言っていたことが本当なら、家の方もマズイことに…。」
カイトは振り向き、座り込んでいたルマの母親を見ました。ルマの母親はカイトを心配そうに見つめています。ルマと同じように、母親も心配性でした。
直後、急に白い視界が鮮やかに染まりました。何が起きたのか、カイトは理解できません。ルマの母親が不思議そうに見つめているのが見えた。それは一瞬の出来事でした。