第2話『敵襲』
朝の冷たい微風と太陽の光で目が覚めたルマ。手足が氷のように冷たかった。口から白い息が漏れて消える。
ルマは這いずりながら穴の外へと出ました。吹雪によって積もった雪が、朝日の光に照らされて純白の光を放ちます。辺り一面、白世界でした。
「カイト!どこにいるの?!いるなら返事して!」
ルマはカイトに叫びかけます。しかし、何も返ってきません。ルマは必死に叫び続けますが、変わらず返事はなし。ルマの声だけが無情にも響いて消えるだけ。ルマはその場に座り込み、声を出さずに泣き出してしまいました。
その直後、ルマの背中を誰かが掴んだ!ルマはビクッと体を震わせ、驚いて前方に飛び込んだ。
「ルマ、僕だよ。何で泣いてるの?」
そこに立っていたのはカイトでした。カイトはしっかりともう一つの穴を掘り、そこで風をしのいだようです。
ルマは嬉しさのあまり、カイトに抱きつき、そして大声で泣きじゃくった。カイトはそんなルマの背中を優しく摩ってあげました。
「…何か悲しい事があったんだね。大丈夫だよ、僕がいる。だけど、今は泣いてて良いから。」
そして5分間、ルマはずっと泣き続けました。その間、カイトはずっと寄り添ってあげていた。カイトはルマが泣き止んだのを見て、落ち着いた口調で話し始めます。
「ルマ、無事で良かったよ。」
「それはこっちのセリフでしょ!無茶しないでよ、心配したんだから。」
ルマは少し不機嫌気味に言いました。
「あははは、ルマだって両手を真っ赤に腫らすまで掘ってたじゃん。お互い様でしょ。そうそう、このつま先にある針、これで穴を掘ったんだ。効率が良かったんだ。だから何とか助かったみたい。」
カイトは手袋を両手とも取り、ルマに投げ渡しました。
「手袋、破れたんでしょ?それ、あげる。」
「え?…で、でも…。」
「良いから良いから。僕は元々、寒さに強い人間。前世は裸族だったって逸話を持ってるくらいだしさ!」
カイトは手袋をはめたルマの手を取り、来た道を引き返すことにしました。
南極の中心地、そこが二人の住処であり、幾人かの同じ民族の人間が住んでいる。南極の氷河の壁に穴を空け、その中で暮らしています。見た感じはまさに洞窟。この洞窟が冷たい風、吹雪などから身を守ってくれるようです。
カイトは自分の家族の元へと戻ります。ルマは少しだけ外にいたいと言い出し、洞窟の入口付近で座り込んでいます。
家の中では父が休息中のようです。
「ただいま、父さん。」
「おお、カイトか。随分と早い帰宅じゃないか。今日はどこへ行ってきたんだ?」
「ルマと散歩。」
「カイト、お前もそういう年頃だよな。彼女さんを大事にしなさい。」
「バッ、バカ!そんなんじゃないし!」
カイトは顔を真っ赤に染めた。
急に父は真剣な面持ちになり、カイトの耳元で囁きました。
「実はな…今さっき、ルマの母親が他の民族に連れ去られたんだ。」
「はい?…エェェェェェ!」
カイトは大仰天。父はカイトの口を手で抑え込みました。
「バカ野郎、声がでけぇよ。落ち着いて聞くんだ、カイト。これはお前が帰ってくる数分前だ。突如、数人の男が現れ、ルマの母を連れ去った。俺達はみんな、そいつらに対抗したが…呆気なくやられた。死者も出た。非常にマズイことだ。」
カイトは湧き上がる怒りを我慢し、何とか聞いていた。歯軋りの音が少しだけ聞こえます。
「だが、お前たちが帰り際、奴らに遭遇しなかったようで安心したよ。」
カイトは急に立ち上がった。その顔は怒りに燃え上がっています。
「父さん!ルマの母を見殺しにするつもりだね!」
父は少しだけ言葉を詰まらせ、そして何とか口を開き、
「違う、それは絶対に。同じ人間同士だろ?見殺しになんかできるか?」
「それなら答えは、今すぐ追うしかない!」
カイトは身を翻し、家を飛び出ていきました。父はその背中に向かって叫ぶが、カイトは反応せず、猛ダッシュで駆け抜けていきます。
「誰も死なせない!絶対に!」
カイトは歯を食いしばったまま、全速力で洞窟を抜けていった。息が荒くなり、口から白い吐息が流れ出します。
洞窟の入口で座り込んでいたルマが、カイトが走ってくるのを見て、気になり叫んだ。
「カイト!」
カイトは右足を地面に引っ掛け、滑るように急ストップした。ルマを見て、カイトは驚いた。
「ルマ!」
「どうしたの?そんなに大急ぎで…。何かあった?」
カイトは首を横に振り、否定する。
「べ、別に何もないよ。ただ、ちょっとばかし用事ができてさ。大丈夫だよ、心配しないで、ルマ。」
ルマは不安げな表情でカイトを見つめる。カイトは何とかできる限りの笑顔を振りまいた。そしてカイトは全速力で駆けていきました。その背中をルマは心配そうに見つめていた。
カイトは数十分かかって西側にある敵の拠点にやって来ました。カイトの村と同じように、巨大な洞窟からなる村です。中からは強烈なすきま風が吹き抜けています。カイトはその中を確認し、敵がいないのを見図ると洞窟内へと足を踏み入れました。
「…ルマの母さん、どこだろう?殺されてないと良いんだけど…。」
そのまましばらく歩いてゆくと、急に視界が開けた場所にやって来ました。大広間のような場所です。カイトは物陰からのぞき見ます。真ん中の方で何やらたくさんの民衆が集まっている。みんな、一箇所を見つめていた。そこにはルマの母親が!紐で拘束され、真ん中に倒れ込んでいました。意識はあるみたいだが、大勢の見知らぬ民族集団に取り囲まれて、相当怯えている様子だ。カイトは心配そうに見つめる。今すぐにも助けに行きたい気分ではあるものの、この様子では助けようがない。
しばらくすると、一人の大男がやって来た。クマの毛皮を身につけている。カイトはその人物を見て、身震いをする。誰でも、あんな巨体に会ったら恐怖を感じることだろう。その人物の手には松明が。炎がメラメラと燃えている。洞窟内をより明るく照らす。
大男がやって来ると民衆は皆、道を開けていった。きれいに人の群れが二等分に割れ、そこを大男がゆっくりと歩いてゆく。カイトはつばを飲み込み、それを見ていた。大男は松明を掲げ、そして洞窟の高い天井目掛けて叫ぶ。
「皆の者!今日の取れ高は見ての通りだ!喜べ!肉が久々に食えるぞ!そして、貴殿よ。今日は感謝する。俺達は、生命の息吹を吹かし続けられる体を持続できる、貴殿の死をもって。」
ルマの母親はゾッとした表情になり、心が凍りついた。顔は青ざめ、全身から冷や汗が吹き出る。
大男は持っている松明をルマの母親に向けました。あと数十センチで炎が燃え移る距離であった。ルマの母親は暴れて対抗するが、それを民衆が何とか取り押さえていた。カイトはそんな危機的状況にいてもたってもいられず、物陰から飛び出した!
「やめろっ!」




