第15話『ラッキーデイズ』
空は雲一つない快晴。太陽光が照りつけているが気温は低い。とある平地を三人の人間が歩いています。一人は丈の長い暗緑色のウィンドブレーカーを羽織っている少年。髪の毛は珍しい灰褐色をしていました。年頃は10歳ぐらいに見えます。その体つきには似合わない大きなウィンドブレーカーを羽織っているので、余った丈は腰に巻きつけています。もう一人は宝石のような翡翠色の瞳を持つ女の子。彼女も少年と同じように、毛皮のフカフカしたウィンドブレーカーを羽織っていました。年頃はその少年と同じぐらいです。そして最後の一人は全身を白で纏めた衣服を着ている大人。背中に大きい弓矢を担いでいます。
そんな三人は雑草だらけの平地を歩き続けていました。目的は北の遥か彼方にある極地。
「ヘルメス…やっぱりさ、その顔を見ると思い出しちゃうよ…。」
少年はヘルメスと呼ばれる大人の顔を見上げて呟きました。
「ああ…。俺からすれば、こんなもんよりお前らのぶっ壊れ様に衝撃を受けたね。」
少年と少女は顔を見合わせ、赤面して俯きました。
それは今から約一ヶ月前の出来事。
少年と少女の二人は森の中を歩いていました。ちょうど、同じくらいの時間帯でした。
「敵は僕が全て射抜く。なんせ、僕の弓は七天の一つに並ぶほど素晴らしいものだからね。」
「そろそろ黙らないとカイトの体を射抜くよ?」
少女が不気味な笑みを浮かべてカイトと呼ばれる少年に言います。少年は苦い顔になり、それから黙って弓を構えて放ちました。矢はどこかへと飛んでいき、数秒後に遠くから断末魔のような声が響きました。
「ジャストミィ~ト!素晴らしい!なんと素晴らしい技術なのだ、僕の弓技は!何度見ても惚れてしまう。美しい軌道だ。」
ドスッ!
「惚れる?じゃあ、私が掘ってあげようか?汚らしいあんたの下道を。」
直後、カイトのケツから血が吹き出した!少女が彼の尻に刃物を突き刺したのです。
「ギヤァァァァァッ!ケツはやめろぉっ!」
その直後、カイトの眼光が鋭くなり、振り返った。その顔の横を一本の刃物が飛んできて通過しました!その軌道は少女の方へ!カイトは止めようと動き出すが、その時には遅い。その刃物は少女の頭部を貫いた!
「となれば、ハッピーだろうけど…そうはいかないのが物語ってもんでしょ?」
当たっているはずの刃物は少女の手に!当たる直前、この少女はその刃物を掴み取ったのです!
「ルマ?!いつの間に…この僕のパクリ技を―――」
ドスッ!
ルマという名の少女は手に持っていた刃物をケツに突き刺しました!カイトは断末魔の叫びと共に地面に倒れます。
「パクリ?何で、あんたに特権があるのよ?」
「いたたた…ケツはやめろ!ケツは!痔になったらどうすんだよ?!」
「あら?痔になるの?それは良かったですねぇ、本当にめでたい事ではないですか~。」
ルマは人を見下す目付きで、馬鹿にするような口調でカイトに言いました。
「んだとぉ―――」
「言っときますけど、敵の攻撃なんて…ただの砂埃と何ら変わりませんが?」
そう言ったルマは、前方から飛んできた数十本の刃物を落ちていた木の枝で全て弾きました!木の枝で飛翔する刃物の横腹を叩いて全て落としたのです!
「ね?」
硬直するカイト。恐怖の目つきでルマを見ていました。一方のルマは不気味な笑みを浮かべていました。
「随分と手こずってるみてぇだな、お客さんよぉ。」
どこからか男の声がしたと思うと、直後、上から一人の男が落下してきて着地しました!その男は全身を黒い服で統一していて、口を黒い布で隠しています。カイトとルマは一度あったことのある人物、服部三蔵。敵の忍者とは違う別の忍者です。
「何か変わったな、二人共。口調が違うというか、何というかな。この前は緊張してたんだな。」
「よぉ、三蔵!今日も決まってるけど、僕ほどじゃないな。内面がダメダメだ。僕の美学を伝授してや―――」
ドスッ!
「あんたは黙ってて。」
「ギャァァァァァ!」
カイトは絶叫してどこかへと走っていきました。尻に刃物が刺さったまま。
「さ、邪魔者が消えたところで、続きを始めましょう?」
ルマは悪顔でそう言いました。服部三蔵は訝しげな顔でルマを見つめます。
「…ま、いっか。何か敵が騒がしいと思って来てみれば―――」
キィンッ!
服部の背後で響音が響き、地面に二本の刃物が落ちました。敵の投げた刃物を服部が振り向かずに弾き落としました。
「こんなんだよ。とにかく、困ってんだろ?」
「確かにね。あの馬鹿がウザったくて困ってるかな?」
「いやいや、馬鹿というのはルマの方ではないのかな?」
いつの間にか背後にカイトが立っていました。
「僕と君の頭脳を比べたら、それはもう天と地の―――」
「はい、黙る。」
ルマはカイトの顔を思い切り殴りつけました!カイトは勢いで倒れ、枯れ葉溜まりに体を突っ込みました。その光景を服部三蔵は不思議そうに見ていました。
「やっぱり、変わったな。一体、何があった?カイト、今の気消し…しっかりと使えてるみたいだが、何か違う。気配で分かる。」
カイト、ルマは変な表情で服部を見ています。服部も二人を訝しげな表情で見ていました。その間、微妙な静寂が続きました。
「…まぁ、それはそうと…あのヘルメスとやらは今、非情に危険な状態だ。お前ら、仲間なんだろ?」
服部はヘルメスのことを知っていた。実は、ヘルメスに煙幕の技を覚えさせたのは服部三蔵なのです。
カイトが自慢げに言い放ちます。
「一人で忍者集団と戦ってるようですねぇ~。本当なら僕の力でイチコロなんですが、それでは面白くない。せっかくだからヘルメスくんに花を持たせてあげようとね。なんて素晴らしい人物なんだ、この僕は!」
ルマはカイトの股間部を後ろ蹴りで蹴りつけて倒しました。
「素晴らしいよ、サンドバッグとしては最適だね。」
「ゴホンッ!…あー…それで、あんたらはどこへ行くつもりなので?仲間を置いて逃げるわけですか?」
服部は少々馬鹿にするような口調で問いかけます。ルマは睨みつけるような目付きで服部を無言で見つめました。
「スマンな。どう見てもそのようにしか見えないからよぉ。お前らの実力不足ってもんか。」
「あんた…何様のつもり?この私たち…いや私を雑魚キャラ扱いしないでよ。」
ルマは冷静に、そして凍えるような睨み目で言いました。
「ほぉ~、殺る気満々って感じだな。だがな、嬢ちゃん。あんたは―――」
瞬間、服部の首元に一本の刃物が突きつけられた!ルマが突きつけた刃。服部はそれを見切って自分も刃物でガードしていました。
「…嬢ちゃん?…その言い方、もう一度したら…次は命がないと思いなさい。」
怒りに満ちた顔でそう呟きました。服部は高笑いします。
「確かに、良い動きではあったけど―――」
その時、前方に立っていた服部の体が布切れになりました!それは服部本体ではなくて偽物でした!いつの間にか偽物と入れ替わっていたのです。
「お客さん、うーしーろっ。」
ルマの背後、そこに黒服の男が立っていました。これにはルマは大仰天。あまりにも衝撃過ぎて背後を振り向けなかったルマ。その場で硬直してしまいました。
「な?今のは忍術の一つだ。身代わりの術。嬢ちゃんは少し、敵の実力を把握して物事の行動を決めると良い。まぁ、俺からすれば、あんたも相当な腕を持ってるぜ。俺ほどじゃないけどな。」
ルマは振り向かずに口を開きました。
「じゃあ、一つだけお願いがある。」
「何?」
「…ヘルメスを助けて欲しい。私の力じゃ、まだ足りない。私より上の服部なら、ヘルメスを助け出せると思ったのよ。」
「それなら、この僕の力に―――」
ドスッ!
ルマが振り向かない状態で刃物を投げつけました!それは弧の軌道を描き、服部の頬スレスレを通って後ろにいたカイトの体に刺さって止まりました!カイトはそのまま仰向けに倒れ込みました。
「脇役は黙って。」
さすがに今の攻撃には驚いた服部。感情は外に出していなかったものの、目は見開いていました。ルマの攻撃は、カイトの位置を把握した上で、更に服部の位置と直線上になっていないと不可能な攻撃。それをやってのけたルマ。服部はルマの才能に気付き始めていました。
「…嬢ちゃん、あんたの願い、聞き届けた。急に変人になっちまったが、確実にあの時の旅人だな。俺はあんたらの仲間だ。別に何の恩もねぇが、承った。」
そう言うと服部は瞬時にしてその場から消え去りました。
未だに白い煙幕の立ち昇る崖上。白服忍者たちは煙幕に苦戦を強いられていました。その煙幕の中へと一人の人間が飛び降りました。少しだけ煙幕が揺れ動き、そして緩やかになります。黒服の忍者、服部三蔵がその中へと入り込んだのです。彼はその煙幕内で一人の人間を見つけました。それはヘルメスです。右目が大量に出血した状態で倒れ込んでいました。敵の刃物が目にヒットしたようです。これではもう、右目は使えないでしょう。服部はヘルメスの右目を白い布で巻いて保護すると、両手に合計八本のクナイを持ち構えました。
「お客さん、戦闘はほどほどにな。この場は俺に任せろ。」
その瞬間に煙幕の効果が切れて、周囲の視界がうっすらと開け始めました。服部は両手のクナイを瞬間的に全方位へと投げ飛ばしました!それは直線を描いて、全部敵の芯を捉えて突き刺さりました!敵の忍者は意表を突く攻撃に判断できず、無言で倒れていきました。その様子を確認することもなく、服部は再び両手に八本のクナイを持ち、瞬時に木の上へと飛び乗ります。そこから猿のように木々を飛び移っては近場の敵をクナイで打ち沈めていきました。その間、たったの30秒。どの忍者も服部の素早い身のこなしに反応できてなく、誰もが服部の存在に気付いていませんでした。気がつけば仲間は半壊。服部は余裕の笑顔を浮かべています。
「忍者といっても所詮は下忍共。…兵力の無駄遣いはバカのすることだぞ、藤原氏。」
「そうかしら?」
直後、服部は何かに気づいて後ろへと飛び退いて地面に着地します。その前方を数本のクナイが過ぎていきました。その軌道は服部の頭部、胸部を正確に貫く一撃でした。避けなければ確実に死んでいた攻撃です。数十メートル先の木々の中、一人の白服のくノ一がこちらを見下していました。
「ふ~ん…やっぱり一筋縄ってもんじゃ縛りきれねぇ巨体だったか。」
「誰の体が巨体だ!」
「オメェじゃねぇよ、バーカ。…あんたの攻撃、並みの忍者じゃねぇな。上忍レベルはいっている。何者だ?」
「藤原道長様に使える裏忍の一人。」
キィンッ!
服部が前方をクナイで薙ぎましだ。空中で金属音がして地面に一本のクナイが落ちました。木の上にいる上忍の攻撃です。
「お挨拶がわりか…。随分とご丁寧にぶっ込んでくるねぇ。俺の挨拶はとっくに済んだ。」
服部は敵に背を向けてゆっくりと帰り始めました。この状況、いつ殺されてもおかしくない状況です。
「貴様!逃げる気か!そうはさせない!」
その上忍の女は腰の刃物を構えて投げ飛ばそうと構えました。
「諦めろ。決着はとっくについてる。」
その直後、上忍の女の背から大量の血液が飛び散りました!その女は手に持っていた刃物を落とし、そして倒れて木々から落ち、地面に激突しました。即死です。
「ご親切にどーも。だが、俺の挨拶は出会い際じゃなくて別れ際専属なんでな。」
そんなシーンを見てしまった仲間たちは怯え気味になってしまい、服部に攻撃を仕掛けなくなってしまいました。そんな状況を狙い、服部は倒れるヘルメスの体を持ち上げて歩き始めます。
「お客さん、あんたの取り分、俺が奪っちまって悪かったな。だけど、これはあんたの仲間の願いだ。命があるのはあいつらのおかげだろう。感謝しとけ、仲間にな。」




