第14話『忍』
太陽は沈み、夜が訪れていた。街中は火の灯りで照らされているため、見るのには不十分ではない。そんな街中を数人の男たちが捜索していました。彼らはとある三人を探しているようです。その三人は藤原道長という男を人質にして逃げた重罪人。見つかれば120%殺されるような人間です。その三人は今、とある橋の下、暗い陰の部分で隠れて潜んでいます。
「そろそろヤバイ頃じゃないか?カイトが起きない。マズイ状態だ。もし、見つかったとして…俺が担いで逃げても追いつかれる。」
ヘルメスは見回りがいないかと辺りを伺います。
「カイト…死なないで。お願いだから。」
ルマが心配そうに、倒れているカイトを見つめていました。
「お前なぁ、心配症にも程があるだろ。こいつがそんなに早く死ぬわけねぇだろ?ましてや、急所には当たってないんだしよ。」
「でも、でも、もし―――」
「ルマ、僕はそんな弱々しい男に見えるの?」
カイトの声。カイトが目を覚ましましたのです。
「カイト?!心配だったよ~!」
ルマはカイトに抱き付きました。カイトは恥ずかしくて顔を真っ赤です。
「バッカ!やめろって、恥ずかしいじゃん!」
それでもルマはやめず、大声で泣き始めました。しかし、それが原因となって―――
「ルマ、そんなに大声出すと敵に―――」
「いたぞ!橋の下だ!」
敵に見つかりました!
「ほーら、言わんこっちゃない…。逃げるぞ、カイト。」
カイトはルマを引き離し、一緒にヘルメスを追って逃げました。その背後を数人の男たちが追ってゆきます。
「ルマのバカ。でも…嬉しいよ、僕は。誰かに大切にしてもらっているなんてさ。」
その時、前方から敵が数人出現しました!鉢合わせしてしまいました!
「カイト、そこの路地へ曲がれ!」
ヘルメスはそう叫んで巨大な弓を構えます。その弓に長い矢を番えて狙いを定めました。
「敵だ!絶対ににが―――」
その声を一本の矢が断ち切ります。ヘルメスが射った矢。すぐさまヘルメスは路地へと曲がりました。敵もそこへと走っていきました。
(敵の数はざっと…20、24人。武器は鉄の鈍器か。…全員を一人ではキツイな。となると、手段は一つってことか。)
ヘルメスは路地を曲がって大広間にやって来ました。その中央で立ち止まり振り返る。敵が眼前へと迫って来るのが見えていました。ヘルメスは弓に矢を番えて構えます。敵が全員、大広間へと入ってきたその瞬間を見定め、ヘルメスは矢を射った!その矢は敵に当たらず、足元の地面に突き刺さります。残念ながら外れです。命中精度が下がっています。
(いいや…この矢は殺傷のためじゃない。これは言うなら―――)
直後、矢の刺さった地点が爆発しました!大量の白煙を辺り一面に撒き散らしています!
(言うなら、この矢は煙幕だ。相手の視界を遮るための。)
「そして今がチャンス!逃っげるんだよぉ~!」
ヘルメスは弓を背中に戻し、全力ダッシュでその場から逃げ去りました。
カイトとルマはヘルメスとは逆方向へと逃げていました。敵が追って来る気配は微塵もありません。
「カイト…ヘルメスは?」
「…だ、大丈夫さ、きっと。きっとね。」
「珍しい客人じゃないか、ようこそ。」
どこからか男の声が響きました。カイトはルマを背にして警戒態勢に入りました。追って来る気配がなかったのに、誰かに見つかっています。
「だ、誰だ?!」
カイトは驚きと恐怖で身を震わせています。ルマも同様でした。
「お客さん、後ろ。」
カイトの背後から声がして、振り返ると一人の人間がそこに立っていました!全身を真っ黒な動きやすい服装にしていて、口元を黒い布で隠しています。これは忍者という者です。カイトたちには何かは分からないだろうけど。二人は驚き、後退しました。
「…その言語…どうやら、外国人。」
カイトは弓矢を構えますが、すでにそこには男の姿がありませんでした。
「あれ?一体、どこに隠れ―――」
「お客さん、後ろ。」
ちょっと目を離した隙に、カイトの背後に黒服の男が回っていました!カイトはまたしても驚き、後退します。
「なぁ、お客さん。この言語は通じるだろ?」
この言葉はカイトに通じています。男はカイトたちと同じ言語で話しているのです!
「まさかあの時の!」
カイトは藤原道長と共にいたあの男と推測して再び弓を構えるが、弦がいつの間にか引きちぎられていました!
「だからさ、俺はあんたらの味方だ。じゃなかったら、背後に回った時に既に殺してる。」
「何目的で僕らを?」
カイトは動揺を隠せず、少し震えた声で訊きます。
黒服の男は言いました。
「俺はこの国の敵だ。あんたらを攻撃してきたのはこの国の人間だ。つまり、俺とあんたらは意思が繋がってるわけではないが同士だ。そこでだ、お前さんたちに、ちょいと良いもんを教えてやろうかなってな。ああ、そうだ。俺は服部三蔵って言う。よろしくな。」
カイトは味方だと理解して警戒を解きました。ルマはちょっとだけ怖がってはいるが、この男、服部三蔵は味方。もし敵だったら殺されていたのでしょう。
「その気を消す力…ただものじゃないよね。まるで暗殺者じゃないか。」
「それはもちろん。俺達は忍者だ。暗殺業のエリートだぞ?この技、お前に教えてやるよ。見た感じ、お前らは追われる身。隠れる動作は一番大事なはずだぜ。どうだ?時間がねぇっていうなら、強制はしねぇよ。」
カイトは悩み込みました。確かに使える技なのですが、すんなりYESとは言えませんでした。
「僕は別に争いごととかが好きなわけじゃない。どっちかで言うなら嫌いだよ。だけど、争いは必ず起こる。隠れることは争いを避けること。だけど…。」
「…今日はある人物に一つだけ技を教えてやった。そいつは上手くそれを利用して敵を拡散していたぜ。使えない技なんてないのさ。俺達忍者は暗殺を得意とするが…同時に諜報も得意とする。お前らが争いを嫌うというなら、防御に転ずる技を覚えりゃ良い話だ。どうだ?忍法を覚える機会なんて二度とないぜ。今日はサービスで無料だからよ。」
服部三蔵はカイトを煽るように言います。カイトはルマを見つめました。ルマは不安げにカイトを見ています。
「…分かったよ、じゃあ―――」
次の朝、まだ誰も外を歩く姿は見えない中、カイトとルマは街の中央でヘルメスと合流しました。
「ヘルメス、やっぱり無事だよね。」
「カイト、ルマ…お前ら死んでなかったんだな。」
「何だよ、それ。まるで僕が使えないみたいな言い方。僕だって怪我しててもルマ一人を守る力ぐらいあるよ。」
「はいはい、分かった。」
ヘルメスは適当に返します。
「…朝方は誰も外には出てこないと思うの。今、この街を出て行った方が良さそうだよ。」
ルマはカイトにそう提案しました。カイトはその案に乗っかり、三人は早めに街を出発しました。朝日はまだ昇っていないものの、空はもう青々としています。そろそろ日の出なのです。そんなひっそりとした街中を三人が走っていきます。昨日の晩のような見回り人は誰一人いません。
彼らは朝日が昇る前にその街を出て行きました。森の中で止まって少しだけ休息を取る三人。
「そう言えば…まだ朝飯食ってなかったな。」
ヘルメスが思い出して呟きました。彼らはずっと緊迫した状況化で過ごしてきました。ご飯のことなんか考える暇があるわけもなく、空腹状態で移動していました。ずっとそんな状況で旅していたのです。だからしっかりと食事を取ってない日も当然ありました。考えてみれば、彼らはそんな生活をもう、一年も繰り返してきました。
「いや、ちょっと悪いかもしれないけど、もう少し先にしない?あの街から早く離れたいんだ。」
そう言うことなので、三人は先へ進もうと歩みだしました。その矢先、白い服を着た男達が道を塞ぎ込みました。彼らは口元を隠し、顔がバレないようにしています。
「…ヘルメス、敵は素早いみたいだ。あの姿…忍者だよ。」
カイトは敵から目を背けずに言いました。
「カイト…お前、忍者なんて何で知ってるんだ?」
「そういうヘルメスこそ―――」
その瞬間に、一人の男が何かをカイトの頭部へ向けて投げ飛ばしました!カイトはそれをいち早く察知すると、顔だけを動かして避けました。投げ飛ばした物体は近くの木の幹に突き刺さって止まる。その幹には黒く光る一本の刃物が。これはクナイと呼ばれる武器の一種です。
「どうやら、本気で殺しにかかってくるつもりらしい。逃げ場もなさそうだ。」
三人の周りを取り囲むように、忍者たちが隠れ潜んでいるのをヘルメスは見切っていました。木の上、木陰、地面などに潜んでいます。敵の数は推定40人以上。この状況下で彼ら三人が生き逃れる確率は無いといっても等しいぐらいです。あくまでも、この状態でのことですが。
「カイト…。」
「心配しないで、大丈夫。」
(とは言えない状況だね。…この状況、どうやって逃げ切ればいいのか…。考えるんだ、カイト…。どんな状況でも必ず策はあるはず…。)
そんなことで悩んでいる中、先に敵が動き出しました。全員が両手に黒色の刃物を持ち構えました。それを先ほどのように投げるつもりです。
「カイト、俺に良い案がある。今から右へと逃げろ…。」
カイトはヘルメスの言う右を確認した。そこは急斜面の崖。木々は生い茂っているが、その斜面は危険だった。でも、そこには木の上にしか忍者がいない。地面は無防備な状態だった。けれど、バレバレの中でそこへ逃げ込んでも確実に秒殺されてしまう。
「ヘルメス、一体何を―――」
「良いから、行け!」
直後、ヘルメスの足元から爆発が起こり、辺りに煙幕が撒き散らされました!その白煙は膨大な量で広範囲を覆い尽くします。幾人かの忍者もこれには動揺しているようです。さすがの忍者でも人間は人間、視覚ゼロでは敵を捉えることはできません。カイトはそれに気付いてルマの手を引き崖へと飛び下りました。ヘルメスは二人についていこうとしません。その場で立ち尽くしていました。
「これは煙幕。お前ら忍者共が使っている忍法とやらだ。便利なもんだな、煙幕とやらは。」
ヘルメスはその場から飛び退きました。その瞬間、先ほどまで立っていた場所に数十本の刃物が突き刺さりました。ヘルメスは、最後に認識した敵の位置を狙って攻撃してくると予想していました。予想通りに数十人が狙ってきたが、それはヘルメスがいともたやすく避けました。
「お前らの服装の色は白…。服部のやつは黒だった。つまり、お前らは敵の…つまり藤原道長の使いだな。」
弓を構えて矢を番えます。見えないはずの前方を狙って矢を放ちました!その矢はなぜか忍者の一人に命中!ヘルメスは煙幕を張る前に忍者の位置を把握していたのです。忍者は煙幕のせいで何もできずに立ち往生している。そう考えたヘルメスは矢を番えて放ったのでしょう。忍者側も負けじと数撃てば当たる戦法で攻撃し始めました。刃物を一斉で煙幕の中へと投降してゆきますが、当然、当たる訳もなくヘルメスは余裕面で立っていました。
「暗殺稼業のエリート、忍者といっても所詮はこんなもんか。これだったら服部三蔵の方が圧倒的に―――」
その瞬間、ヘルメスの持っていた弓の弦が飛翔してきた刃物によって切られてしまいました!それと同時に前方の煙が揺らめき、一人の忍者が刃物を手に襲いかかってきました!ヘルメスは咄嗟に後退し、矢を一本手に持つ。前方の忍者が刃物を振り下ろすのと合わせ、ヘルメスは矢でその攻撃を受け止めました。ヘルメスの矢は特別固い作りだったので簡単には折れません。敵の攻撃を受け止めたヘルメスは、無防備なみぞおちへと蹴りを決め込んで間合いを広げます。敵は蹴られた勢いで視界外へと転がっていきました。敵がいるかどうか、それを確認しながら、ヘルメスは煙幕の中を慎重に足を進めて移動します。今のヘルメスには矢という武器しかありません。弓矢は本体の弓がやられてしまった場合、もう戦力外です。矢は弓があって初めて力を発揮するもの。弓がない矢なんてただの針と何ら変わりないのです。
(さっきの奴はただもんじゃないな。あいつには煙幕が効いてない。これはマズイことになった。もし、先ほどの奴と同じ戦力が数十人もいたならば、勝てる確率は皆無だ。)
その時、煙幕を裂いて一本の刃物が!それを捉えたのは眼前に迫った瞬間でした。
「わわわわわわわわっ!」
ガラガラと土砂が崖下へと落ちていく。急な斜面をカイトとルマが、足でブレーキを取りながら滑るように下っていました。崖上では白い煙が巻き上がって視界を遮っています。二人は崖を転がらないように、必死に体勢を維持しながら崖を滑り降りました。崖下も森が広がっていて変わりないのですが、敵のいる気配はありませんでした。敵の忍者は皆、崖上の煙幕で戸惑っているようです。
「…ヘルメスが来ない…。また一人で戦ってるんだ…。あんな大人数…勝てっこない…。」
珍しくカイトが心配そうにしています。崖上を眺めているが、煙幕によって状況は把握できていない。
「そんなこと…ないよ。きっと…帰ってくるから…。」
珍しくルマはカイトを気遣います。内心は心配しているのだけど、心配そうなカイトを励ましてあげたかったのです。
トスッ!
「ん?…何か落ちて―――」
トスッ!
同じ音が足元から再び鳴り、カイトとルマは足元を同時に見ます。そこには刃物が二つほど、地面に深々と刺さっていました。それは上からの遠距離攻撃です。
「狙われてる!逃げるよ、ルマ!」
「で、でも―――」
トスッ!
今度の攻撃はルマの頬をかすめて地面に刺さしました。少しズレれば命はなかったでしょう。頬に赤く線状の傷ができて血が流れています。
「ルマ!早く!」
それでもルマは動こうとしません。崖上を眺めています。
「でも、でも…まだヘルメスが―――」
「ヘルメスは大丈夫だよ!」
その時、ルマへと刃物が!カイトはそれに気付き、弓を使って刃物を弾き飛ばしました。
「敵は僕らのことに気付いてる。もっと刃物が飛んでくるよ!早く逃げないと!」
「で、でも…キャッ!」
カイトは戸惑ってるルマを無理やり担いで走り出しました。その背後を大量の刃物が狙って外れ、地面に突き刺さってゆく。
「ほらぁ!ヤバイことになったよ!」
カイトの通った軌跡をたどる様に大量の刃物が刺さる。その音が連続的に聞こえています。しかし、敵がどこにいるかは分からないまま。一方的に攻撃され続けています。
「カイト…息が…。」
カイトの息が荒れ始めていました。同い年、同じ身長のルマをカイトが担いで走ることは、自分の体重を倍にしたのと同然。ましてやカイトの年齢では体力はそこまで保たない。極めつけは、森というコンディション最悪の地形。息はすぐに切れてしまいます。その証拠に、徐々にカイトの逃走速度が遅くなってきています。
「だから、早くって…言ったのに!」
息を切らしながらそう叫びました。顔が険しい表情になり、足が悲鳴を上げています。逃走速度はどんどん下がっていき、敵の投げる刃物との距離が近くなってゆく。ここで止まってしまったら一瞬にして二人は蜂の巣状態に。
「わぁぁあああっ!こんなとこで殺られるわけには、いかないんだよぉおっ!」
カイトは意地で無理やり加速します。走り方が乱雑になったが、少しだけ速度が上がりました。担がれているルマが少し痛がっているが今はそれどころではありません。全速力で走るカイト。体中から尋常じゃないくらい汗が吹き出て、衣服を湿らせています。地形のガタガタな森の中、全速力で走ってしまった場合、どんなことが起きてしまうかを南極に住んでいたカイトには理解できていませんでした。地面の枯れ葉溜まりをカイトは踏みつけて通過しました。その枯れ葉に隠れていて気づけなかったカイト。その葉に隠れ、太い木の幹が!カイトはそれに足を引っ掛けて物凄い勢いで前方へと吹き飛びました!顔面から地面に激突、そのまま枯れ葉を撒き散らして滑るように倒れました。担いでいたルマはカイトより先のところの枯れ葉溜まりに顔を突っ込んで倒れていました。
「あたたたた…。」
ドスッ!
何かに刺さる音。一本の刃物が倒れているカイトの尻に突き刺さった!
「ギャァァァァァッ!って、何でケツ狙ってんだよ!殺るなら一撃で仕留めろいっ!」
カイトは平然とした表情で尻に刺さった刃物を引き抜き立ち上がります。
「ふぅ~…今日から痔持ち生活ですか…。許さん!」
カイトは弓を構えて矢を番えました。敵の飛んでくる刃物を無視して、見えない敵を狙い矢を放ちました。
「うん、今日も調子が良い!飛距離は0.1メートル(10センチ)!素晴らしい!」
要するに、狙いが悪くて手前の木に刺さったってこと。
「僕のエンターテインメントに忍者たちも震え上がっているのでしょう。素晴らしい!」
ドスッ。
敵の攻撃とは逆方向からの刃物がカイトの尻を狙う。背後にはルマが立っていました。
「カイト、何してるの?」
「ギィヤァァァァァッ!ケツに刺すなぁっ!」
「早く逃げようよ。その状態のままだと、私がやりかねないから、ね?」
刃物を構えて優しく言うルマ。
「すすすすすっ、しゅみませんでしたぁ!」
カイト、スライディング土下座。そのケツに敵の飛ばした刃物が直撃!
「てめぇら!俺のケツに恨みでもあんのかぁ!」
激昂するカイト。ルマはその首根っこを掴んで引きずっていきました。