第11話『スマトラ島にて全景滅裂』
夜が訪れ、街は廃墟のように静まり返り、往来する人もいなくなりました。雨は今も降り続いています。地面が水を吸い込んでぬかるんだ地形になっていました。
「予備軍総員出動!敵の数は推測で二人。敵国のスパイだと思われる。殲滅せよ!」
一人の指揮者によって総勢25名の軍人が出動しました。皆、腰にサーベルをつけています。全身は緑色の服で揃えていました。彼らはとある大きな建造物の中へと駆けていきます。中は真っ暗で肉眼では人一人すら認識しづらい状態。そんな中では、軍人たちが単なる物体となってしまっていました。そこに駆けつけてきた予備軍。出入り口から入る光で中の様子が僅かに確認できました。
「これは酷い…一体、誰が?」
出入り口に立ち尽くしていた数人が直後、何かに胸部を貫かれて倒れました!服に血液が滲んでいます。次に数人のグループが中へと突進していきましたが、中は真っ暗なために一人が地面に落ちていた何かに足を躓いて転けました。
「バカ野郎!何してる?!」
「す、すまん。何だ、これ?」
転けた人が足元に落ちているものを持ち上げた男。それは細長くて少し重く、雨か何かに濡れているのか冷たかった。それは人の腕!転けた人は驚いてそれを投げ捨てました。すぐさま立ち上がって合流する。
「何を見た?随分と驚いているな。」
「殺されていた、仲間が…。絶対に敵を殲滅してや―――」
そうしようと心に決めた軍人一人は直後に殺られてしまいました。胸に何かが貫通して一撃です。その仲間が怒り狂い、サーベルを引き抜いて無謀なことに、闇へと突撃していきました。
「バカ!そんな闇雲に突撃していっても―――」
グループのリーダーの声が、突撃していった軍人の断末魔にかき消されました。
「皆、拡散する!散れぇ!」
リーダーの命令によってグループは拡散しました。真っ暗な部屋の中は想定よりかなり広く、ホールのような造りになっています。そこから壁を伝って彼らは部屋の奥へとバラバラに別れて歩きます。
「…ネリア、敵は約何人?」
どこかで誰かが囁きました。その声は軍人たちに聞こえていません。
「ざっと見て…10…19人。」
もう一人、誰かがそう答えます。
「19人…少し多いね…。何とかなるかな。」
「きっとね。…さ、行こう。」
直後、部屋の中央で足音が一回響きました。壁の周りを歩いている軍人たちがその音に反応して足を止めます。皆、部屋の中央を警戒しています。が、真っ暗な部屋の中では彼らは無防備。誰かが走っている音が聞こえ、直後、一人の軍人が崩れ落ちました。
「気をつけろ!敵の襲撃だ!武器を構え―――」
空を裂く音が聞こえ、直後に声が途絶えました。
「クソォ!どこにいる?!」
軍人が一人、暗闇からの奇襲への恐怖に耐えられず、サーベルを適当に振り回して中央へと突撃しに行きました。風切り音と共に、その足音は中央に来る前に途絶え、何かが倒れる音に変わりました。
「お前ら!むやみに動くな!よく目を凝らして見つめろ!敵はすぐそこだ!」
リーダーは無理難題を押し付けます。他の軍人はその通りに目を凝らします。空を裂く音が聞こえたと思うと、直後その目は二度と使えないものとなりました。その人物は二度と動くことがありませんでした。
「作戦を変更する!中央に集合せよ!」
リーダーは中央へと駆けていく。しかし、彼以外には誰も来ません。辺りは妙な静けさが立ち込めます。
「おい!何をしてる?!早くしろ!」
「誰に言ってるの?」
仲間とは別の誰かの声がどこからか聞こえ、リーダーはサーベルを構えて警戒します。
「誰だ?!お前が敵か?!」
「そうかもね。一つ、訊きたいことがある。私がその答えに満足すれば、あんたは生かしてあげる。」
その声から察して女。でも、どこにいるかは全く分からない。
「何だ、言ってみろ。」
「…あんた、リーダーでしょ。私たちのこと…敵国のことをどう思っているわけ?」
リーダーは少し動揺して答えます。
「そんなの、ただの敵としか見ちゃいない。残忍で非情な奴らだ。俺はお前らのことを絶対に生きて返すつもりなんかない。二人で乗り込んだのは間違いだったな。お前らは生きて出て行く事はできない。後悔しろ!」
「…二人?あんた、私たちが二人だと思って?」
「は?」
その直後のこと、急に出入り口から炎が上がった!そして炎の赤い光が室内を照らし出します。そこの広い空間には仲間たちの死体がいくつも放置されている。切り傷、刺し傷、矢傷。中には部位が切断されているものも。真っ赤に染まっていました。リーダーの目の前には二人…ではなく三人の人間が。子供二人に大人一人。
「お前らぁ!」
リーダーはサーベルを構え直す。三人は平然と立ち尽くしています。
緑色の服の少女が無表情の感情のこもっていない声で言いました。
「二人?つまり、一人だけ気付けなかったわけね。…カイト、一番隠れるのが上手いみたいよ。」
「いやいや、だって僕は天井の柱に乗っていただけだったし。…だったら、ヘルメスの方が上手いんじゃない?体が大きいのに、誰にも見つからなかったじゃん。気配だけだよ、見つかったの。」
カイトと呼ばれる人物は気楽そうに言いました。
「俺か?俺は元々、暗殺稼業をしていたみたいなもんだからな。」
ヘルメスはちょっと自慢げに言いました。
「お前ら、一体何がしたいんだ?!こんな事をして、何になる?!」
少女はサーベルを構えているリーダーの目の前に近寄る。リーダーはうろたえて少しだけ後退りました。
「あんた…私たちが誰かを知ってる?」
「だ、誰だ?それをさっきから聞いているんだろうが。」
「私は過去に、あんたら対立する二国に追いやられた避難民の末裔。これだけ言えば、もう分かるでしょ?何でここを襲撃しに来たのかも。」
リーダーは急に雄叫びを上げてサーベルを高く構えて振り落とそうとしました!カイトは即座に弓に矢を番えリーダー向けて放ちました!少女が直後にククリを振り落としました。リーダーはそれに驚き動きが止まります。しかし、リーダーは死んではいませんでした。ククリが切り落としたのはリーダーの男ではなく、カイトの飛ばした矢でした。少女の足元に切断された矢が落ちています。それを見たリーダーは変な顔つきになりました。
「カイト…私の邪魔しないで。ここは私と彼の話し合いよ。」
カイトは普通の顔だったが、内心は相当驚いていました。そのまま無言で弓矢をしまいました。
「お前…なぜ、攻撃を止めた。俺を殺せば、予備軍第一は全滅。お前たちの勝利だ。なのに、なぜ殺さない?」
少女は持っているククリを男に向けます。鋭い刃が炎の光を鈍く反射しています。
「あの炎がこの館を燃やし尽くすのが先か、私たちがあんたらを殲滅するのが先か。ここであんたを殺さなかったところで、あんたは結局焼死するのよ。」
リーダーは構えたサーベルを腰に戻す。それは戦意喪失の証拠でした。うなだれてその場に座り込みました。
「俺の負けだ…。圧倒的な差でな。ははは…まさか、こんな子供らに殺られるとはな。まいったよ。さぁ、俺を殺せ。そうすれば、お前らは無事に出れるだろう。」
少女は黙り込んだまま、冷たい瞳で男を見下します。
「ネリア…急がないと…。どうするの?」
カイトは少女にそう訊きました。
「…あんたを殺さないと…どうなるわけ?」
「当然、俺が仲間を大量に引き連れて再び現れる。」
ネリアはため息を一回だけ吐き、構えているククリを腰に戻し、そして男を無視して奥の部屋へと歩き出しました。男は無言のまま座り込んでいるだけでした。