第10話『スマトラ島にて』
約二ヶ月の月日が経過。
天候はスコール。太陽の光は厚い雲に邪魔されて照らされず、地上は少し暗い。大雨が街中に降り注ぎ、地面はぬかるんでいました。そのため、外出している人々はほとんどいません。
曇天の空模様の中、一人の大人の男が歩いていました。上下を白色の服で統一していて、その上から白コートを羽織っています。雨とは言え、一応は温暖地域なためコートを来ているのは相当暑い。そんな衣服は雨を浴びてずぶ濡れになっていました。背中には巨大な弓矢を引っ掛けていました。
その男は足早に街を縦断してとある場所へとやって来ました。そこには大きな建造物が建てられている場所です。近くには人型をした石像らしきものが建てられていました。男はそれを興味津々に眺めています。
「それがそんなに気になるのかい?」
どこからか声がして男はそこへと目線をやる。大きな建造物の屋根下に一人の男が立っていました。清楚な服装をしています。
「これは一体…?」
白コートの男はその巨大な像に疑問を抱き、訊いた。
「ああ、それは仏像だよ。仏教の教えによって作られた像なんだ。ここ、スリビジャヤ王国は仏教徒さ。」
そう答えが返ってきたが、白コートの彼には理解不能でした。この男は宗教というものを知らない環境で育ったため、まず宗教の必要性が理解できないのです。だから、分かった風に頷いてその場を去っていきました。ずぶ濡れのままで。
「お前!一体どこから―――」
男の声が途切れ、何かが倒れる音が闇の中で響きました。それから何かが素早く移動する音が聞こえました。次々と何かが倒れていく音がしました。
「誰だ?!出てこい!こんな事をしてどうなると思って―――」
また、誰かの声が途切れました。微かに何かが通り過ぎる音が直前に聞こえました。それは表すなら空を裂くような音。数回その音が鳴ると、辺りは静まり返りました。そこに着地した足音が一人分鳴る。
「…堕弱だ…。」
静かな声が静かな空間に響く。どうやら室内にいる様子だが、光がないために何も見えていません。一人の人間がその中に立っていました。
そんな時、急に壁に穴ができて光が差し込みました。外は室内ほどではありませんが相当暗い。もう夜が訪れていました。壁は木製のため簡単に穴が空いてしまった。穴のすぐそばに一人の人間が倒れています。全身を緑色の服装で統一していて腰に一本のククリが引っかかっていました。身長の低いやせ型の少女でした。そこに偶然通りかかった一人の男が駆け寄ってきました。
「お前…大丈夫か?こんなところで何してる?」
「そいつは敵だ。」
そう声が返ってきました。それは穴の空いた壁の中から聞こえました。できた壁の穴から一人のガタイのいい大男がでてきました。上はTシャツ、下は緑のズボンを着ている大男です。
「敵?この子が?」
「ああ、敵だ。先ほど、我らの仲間を総勢10名殺したところだ。まぁ、俺の攻撃には気付けなかったようだがな。そこにできた穴、どうすんだよ、嬢ちゃん。嬢ちゃんのせいで壁に穴ができちゃったじゃないか。」
「…お宅は…軍人といったところか…。どうも信憑性に欠けるな。こんな小さな子が大人の…しかも10人の軍人をたった一本のククリだけで殺す…信用できない。」
大男は睨みつけます。通りかかった男の人は何も動じず冷静を貫いています。
「信用?そんなものが何のためにある?お前さんは何も関係ない赤の他人だ。この件は黙って見過ごしてもらう。」
大男が倒れている少女に近寄って来ました。赤の他人の男は少女の前に立って大男を冷たい目で見つめます。
「お前…邪魔するのか?どうなるか…分かってての行動だろうな?」
赤の他人の男はため息を吐いて、
「こんな小さな女の子を虐めているところを目撃して…それを見過ごすことができるか?」
冷静に呟いきました。
その時、急に少女は目覚め、飛び上がって赤の他人の男の首元に向けて腰のククリを構えました。赤の他人の男は少しだけ驚いていました。
「動くな!ちょっとでも変な気を起こせば、二度と動けない体にしてやる!」
「あー…確かに、これなら大量虐殺できそうだな…。」
冷静口調でそう呟きました。
「嬢ちゃん、そいつは住民だ。俺らとは全くの無関係。殺したければ殺せばいい。」
大男は嘲笑うかのようにそう少女に伝えます。少女は大男を睨みつけていました。
「それは困る…俺にだって目的ってものがある。ここで暇してる暇なんかはない。」
少女は一度、赤の他人の男を見上げると、その男を連れてどこかへと消えていってしまいました。大男は追おうとはしませんでした。
暗い小路地。誰も見ていないのを確認する少女。
「お前、俺なんか連れて何がしたい?」
赤の他人の男は少女にそう問いかました。少女は男を見つめて言います。
「私の力になって。見たところ、この島の人間じゃなさそうだし。それに、強いでしょ?」
「どうしてそう思う?」
「だってさ、背中に引っ掛けているそれは弓でしょ、特大サイズの。そんな大きな弓を扱えるのは相当な実力の持ち主のはず。いつか、凄い命中精度を誇った一人の弓使いの少年にあった。その人よりは下だとしても…相当強いはずよ。」
少女はその男を期待した目で見つめています。男は無表情のまま答えました。
「どうせなら…俺なんかより数段強い弓使いを連れてくるが…。まぁ、俺はそいつの言いなりだからな。手伝う、手伝わないかはそいつ次第だ。」
「会わせて、その弓使いに。」
そして男は一人の子供を連れて来ました。暗緑色のウィンドブレーカーを羽織って、腰に小さな弓を隠している少年。彼女には見覚えがありました。
「あっ!あんたはあの時の!」
少女は驚きを隠せず、興奮気味で指を差します。
「あれ?確か君は…。」
その少年は困った表情になりました。赤の他人の男はそれを見てちょっとばかし驚いています。
「何だ、カイト、知り合いか?まさかの再会って奴か?」
「そんなんじゃないよ、ヘルメス。この人は数ヶ月前に僕を殺そうとした女の子だよ。」
カイトと呼ばれる少年は笑顔でそう答えました。
「嫌な言い方しないでよ。結果的に殺さなかったし。それよりまず、何でこんなところにいるのよ?」
「それはそっちだってそうじゃん。お互い、この島に用があるんじゃないの?」
少女はそこから黙り込みました。
「もしかして…復讐?この前、言ってたよね?軍勢に追いやられて熱帯林にいる避難民だって。」
少女は曇り顔で頷いきます。やはり、この少女は敵軍に復讐しに来たのです。しかもたった一人で。それは無謀な挑戦でした。
「…なるほどな…。じゃあ、やはり軍人10人を殺ったのは本当ってことか。こんなちっこいのが軍人をな…。」
少女は無言でヘルメスと呼ばれる人物を睨みつけました。ヘルメスは目線を明後日の方向へ向けます。
「でも、あの時は無理だって言ってたでしょ。何でこんな無謀なことを?」
「誰も動くことはないと思った。だから一人でやるしかないの。逃げる事なんかしたくないもの。」
カイトは少女の頭を軽く叩く。
「何すんのよ?!」
「一人?そんなんで倒せるとか思ってる?」
「思ってないわよ!でもやるしかないじゃない!」
「ククリ使いは完璧なのにコミュニケーションは不器用だね。…僕らが手伝ってあげるけど…。ヘルメス、反論はないよね。」
「ノーコメント。」
ヘルメスは面倒そうに大きくあくびをしました。