第9話『ジャワ島にて』
約一ヶ月の月日が経過します。
天候は曇り気味。しかし、やはり暑いのには変わりありませんでした。目の前には見た事もないものが存在しています。扉のついたそれはまるで家。要するに建造物。たくさんの建造物が建てられていました。その場所にはたくさんの人間が往来しているのが見えます。何かを物色中のようです。皆、見た事もない変わった服装をしていました。
そこに一人の旅人がやって来ました。茶色のTシャツ、毛皮でできたズボン。暑い中なのにフカフカ毛皮のウィンドブレーカーを羽織っています。長いストレートの茶髪と翡翠のような宝石の鮮やかさを放つ瞳を持つ小さな女の子でした。
そんな女の子は建造物が並んでいる街中を歩いていました。冬の格好をしている彼女は当然注目の的です。人々は厚着の歩いている彼女を変な目で見つめています。女の子は恥ずかしそうに歩いていました。でも仕方ないことでした。彼女は薄着を持っていませんでした。
そんな中を歩いていると、一人の大人が急に話しかけてきました。
「あんた…もしかして旅人か?」
女の子は小さく頷きました。
「…そうかそうか…じゃあ、知らないわけか。ちょっとこっちへ来な。」
男に連れられ、女の子は人混みのいない場所へと移動しました。そして男はその女の子に言いました。
「この島に来たからには、いくつかのルールを守らねばならない。まず、ここではスマトラ島の事は口に出すな。」
女の子は首をかしげて、男に訊きます。
「スマトラ島って?」
「…ああ、スマトラ島は敵国の島だ。ここ、インドネシアでは二つの国が対立しているんだ。スマトラ島のスリビジャヤ王国と、ジャワ島のマタラム王国。だから、この島では敵国、スマトラ島の事は口に出してはいけない。侵入者だと勘違いされる。そしてもう一つ。それは軍人に見つかるな。奴らに見つかれば、旅人のお前も軍に入れられてしまう。そうなったら、お前さんは生きてゆけんだろう。敵国との戦争で殺されるか、暇つぶしに酷い暴行を受けて死ぬか…。ロクなことがない。分かったな。」
女の子は頷く。
「ほら見てみろよ、あそこ。さっそくタブーを犯している奴がいるぜ。」
男が街中を指差します。そこには人が集まっていて、中で言い争いみたいなことが起こっていました。
「あの中心にいる子供が多分、タブーについてを叫んでいる。そろそろ軍隊に殺されるかもな。」
男の言うとおり、軍隊がやって来ました。緑色の服装で統一していて腰にサーベルがぶら下がっていました。いかにも強そうな雰囲気が漂っています。街にはびこる人々がきれいに二つに分断され、そこを軍人たちが歩き、中央にいた少年に近寄ります。一人の軍人が腰のサーベルを引き抜きました。少年が怯えて後退っているのを無視して、サーベルを持った軍人は容赦なくその少年を切り付けました。少年の左肩にサーベルの切り傷ができ、そこから出血して血が流れ出しました。少年は痛みに呻いた。
「ああいうのは見てる方も辛い時だってある。目を背けるしか方法は…ってあれ?あいつは―――」
「やめてよ!痛がってるじゃない!」
旅人の女の子の声が群衆の中から聞こえ、男はそこへと目をやった。すると、少年の前にあの旅人が立ち塞がって守っていました!
「バカ野郎!何してんだ、あいつ?!」
男は群衆のいる場所に紛れ込み、旅人の様子を確かめに行った。
少年は急にでてきた自分と同い年ぐらいの旅人の背中を目を丸くして見つめていた。旅人の女の子は今にも泣きそうな表情だったが、必死に少年を守っていた。そんな様子を冷たく無表情な目付きで見つめている軍人。手に持っていたサーベルを女の子の眼前に構えて言い放った。
「そこの女、今から十秒カウントする。その間にここから立ち去らなかったら、お前のそのきれいな緑の瞳を赤く染め上げるぞ。10―――」
女の子は涙目のままで動かず。体が少し震えているのを少年は見ていた。自分のせいで他の人が傷つく、それを考えると罪悪感が湧き上がってきた。でも、どうしようもなかった。逃げろと伝えたいけど恐怖で口が回らない。カウントが迫っている。
「3、2、1―――そうか、そんなに死にたいわけか。」
その軍人は持っていたサーベルを上に構えました。その顔は広角が上がって笑顔です。対照的に、女の子と少年は恐怖で歪んでいました。
女の子が後ろを振り向くと、そこには血を流して倒れている少年。お互い見つめ合う。
「ごめんね…そして、早く逃げて。今なら間に合うから。」
女の子は軍人に聞こえないように呟きました。少年は驚きを隠せない様子でした。でも少年は動こうとはしませんでした。
軍人が持っていたサーベルを振り落としました!直後、赤い血液が辺りに飛び散り、一瞬にして地面を真っ赤に染めました。周りから悲鳴が巻き起こる。その血は女の子のではなく、軍人の血!サーベルを持つ手に一本の矢が刺さって貫通していました。その軍人は痛みで大声を上げる。他の軍人がそれに気付き、腰のサーベルを抜いた直後、それぞれの体をどこからか飛んできた矢が貫いた!それは急所を正確に射抜いてるため即死だった。女の子と少年の前で軍人が皆、倒れていった。一体何が起きたのか、その場にいた全員が理解できませんでした。突如、どこからか矢が飛んできて軍人を皆殺しにした。それしか分からなかった。だが、とりあえずは助かった二人。そこに先ほどの男が駆け寄る。
「バカ野郎!こんな危ない事を仕出かして…今回は運が良かっただけだ!次は命がないと思え。まったく…助かって良かった。そこの少年、このバカな旅人に礼でもしてやれ。」
少年が傷ついた肩を押さえながら立ち上がり、
「…ありがと…。」
それだけ言いました。
男はすぐに二人を回収し、人混みのない通路に連れて来ました。
「あんな大騒動犯したら、軍に知れ渡ってお前たちを殺しにやって来る。すぐに逃げないといけない。第一、少年、さっき何を言ったんだ?原因はお前のせいだからな。」
少年は小声で言います。
「僕…悔しいんだ。昔に両親を敵軍に殺された。マタラム軍は一体、何してたんだって…。何で敵軍を全滅させないのかって…。」
「なるほどな。つまり、自軍のことを馬鹿にしたと思われていた訳か…。」
少年は女の子の前に立って頭を深々と下げました。
「さっきはごめん。僕、怖くて怖くて…何にもできなくて…君を巻き込んだ挙げ句、新たな犠牲者を作ってしまうところだった。そして、ありがと。君が今、この場にいなかったら、僕は今頃この世にはいなかった。…あんなに勇気のある行動ができるなんて…君は一体何者?見た感じ、僕と同い年ぐらいだよね。」
女の子はちょっぴり恥ずかしげに答えました。
「あ…そう?…私はルマ。普通の子供だよ。」
「…普通…か。その年で旅をしている時点で普通じゃねぇよ。お前、何があった?」
男の的確な質問。ルマは答えます。
「実は…私、ツンドラ族なの。南極で敵襲に襲われて…それで逃げてきたんだけど…。」
ルマは悲しげな表情になりました。母親のことが心配でしょうがないのです。
「おっと…それは失礼なことを質問したな。すまない、謝るよ。」
「良いの…気にしないで。私、そろそろ行かなくっちゃ。」
ルマはゆっくりとした足取りでどこかへと歩き始めました。
「待って。ルマはこれからどこへ行くの?」
少年の興味本位の質問の声がして、ルマは振り返り言いました。
「私、北極を目指しているの。仲間が待ってるから。」
「そう、じゃあね!」
少年は元気に手を振った。ルマもそれに答えるように小さく手を振り返しました。
《ジャワ島。インドネシアの一部。小スンダ列島の横に位置する島。》