9 何の用事って……え、修行?
現れた魔法使いに、自然と私達は臨戦状態に入る。
いつ追手が来てもおかしくない状況だったしね。
しかし……私は、魔法使いの姿に既視感を抱く。
この姿、どこかで……そう思った瞬間、彼は口を開いた。
「お嬢ちゃん、久しぶりだねえ」
「!!」
黒いローブ。
それだけならば、この世界にあるものだろう。
しかし、その声、そしてその顔……。
私は、見覚えがあった。
あの時……通学路で出会った怪しいおじいさんだった。
そういえば、何か色々言ってたけれども、あれ、まさかこっちの世界に来ることを意味していたのか?
それだったら、やっぱりおじいさんは……この老人は敵?
「京香ちゃん、知り合い?」
「……まあ、見知らぬ人ではないかな」
とはいえ、これをどう説明したものか。
「お嬢……が、裏切るわけないっすね。お嬢に何の用っすか」
言いよどむ私を、雲雀がフォローしてくれた。
そういう信頼はありがたい。
……でも私、雲雀にそんなによくしてないんだけど……いい奴だね。
「ほほ、できれば、そなた達に手合せを願いたくてな」
「穏やかな話じゃないね。話し合いじゃ駄目?」
「無関係な奴にお嬢を渡すわけにはいかないっす」
睦月も雲雀も臨戦態勢を崩さずに訊く。
「無関係でもないさ。何せ……お嬢ちゃん達を呼んだのは儂もかかわりがあるからさ」
「!!」
やっぱり関係ないってわけじゃなかったんだ……。
だけど、何のために? 私なんか呼んで何の意味があった?
……確かに能力は高いかもしれない。でも、それは相手も同じはず……。
「賭けは儂の勝ちじゃったねえ、お嬢ちゃん」
「何が賭けなんだか。ただの無理難題じゃない? それに、保健室に行っただけ」
あれは賭けと呼べるほどのものではない。
それは老人もわかっているようで、にこやかな笑みを崩さない。
「あんたは私の敵なわけ?」
「いや……ちょっとばかし、修行をつけてやろうと思っての」
「はい? 追ってきたわけじゃないの?」
「とんでもないのう。儂はあくまでもお嬢ちゃんの味方だよ」
味方? この状況で信じろと?
それはいくらなんでも無理がある……。
「……世界の敵対者なんだけど?」
「あれはすまなかった」
一転して、老人の纏う空気が明らかに暗くなった。
ここまでわかりやすいと逆に不信感を抱く。
……まあ、うがちすぎだとは思うけれど、警戒しすぎて損することはないだろう。
「……どういうこと?」
「本来であれば、儂は違う場所へ……ちゃんとした勇者として召喚させる予定じゃった。じゃが、予定が狂ってしもうたんじゃ」
「それは、嘘でしょ」
老人のその言葉に待ったをかけたのは睦月だった。
……睦月……怒ってる?
「ほほ、お嬢ちゃんのボーイフレンドかね?」
「京香ちゃん、信じちゃ駄目だ……この人の鑑定ができない」
「な……」
鑑定は、私達は全員使える。
すれ違ったものにも片っ端から鑑定をかけたけれども、鑑定できないケースなどなかった。
「鑑定はその熟練度もかなり影響する。つまり、洗練すれば鑑定を妨害することもできる。今のお主達に儂をはかるのは不可能じゃ」
「…………」
これは劣勢か……?
戦ってみないとわからないとはいえ、ここは一応後手を選ぼう。
後の先、ということもあるしね。
「だからこその、修行じゃ。そのためには何をしたらしいと思う?」
修行、ねえ……。
途端に胡散臭くなったけれども、老人は老人なりに思うことがあるのだろう。
「レベルを上げる?」
「スキルの熟練度を上げる……?」
「対人スキルを磨くのも手なんすかね……人脈とか」
私達はそれぞれ言うものの、老人は実に愉快そうに笑うだけだった。
「ほほ、それらも確かに必要じゃ。じゃが……お主らは、あまりにも不安定」
「!!」
不安定、という言葉に、私は思わずどきっとした。
確かに、私は自分自身をコントロールできていない。
もっと……私に力があれば。睦月も雲雀も守れる力があれば。
「天才というものは折れやすい……このままいけば、お主らは間違いなく壁に当たる」
「乗り越えてみせる。京香ちゃんも雲雀も……もちろん、僕もだ」
「……お主ら三人ならば、それもできなくはないじゃろう。しかし……個々の能力を伸ばすことも重要じゃ」
「え?」
睦月は警戒していたようだが、怪訝そうに老人に聞き返した。
「お主らは、あまりにも息が合いすぎて、三人いなければ力を発揮できんのじゃ」
「!!」
私達は気まずそうに顔を見合わせた。
確かに、老人の言うことも一理ある。
テレポートで逃げ出せたのも、どうやら睦月と雲雀の連携だったようだし……どうすればいいものか。
「儂からの……大魔法使いと呼ばれた、マウガンからの宿題じゃ」
「宿題……ですか?」
というか、ここでようやく相手の名前が判明した。
……喋らないよりはマシだけれど、もうちょっとはやく名乗れなかったのだろうか。
と、どこか別のところの頭で突っ込みを入れた。
「一人でとあることを成し遂げること!」
「とあることって何? もったいぶるのは賢いやり方じゃないと思うけど」
「お嬢……」
雲雀が心配そうに私を見つめてくる。
ごめん、何か怒ってるみたいだけど、あんたに怒ってるんじゃないからね。そんな顔しないでね。
「それでは、達者での」
おじいさんがこちらを構え、何やらつぶやく。
!? ……これってまさか雲雀が使っていたやつと同じ……!?
瞬間――私達は軽い浮遊感と共に、光に包まれたのだった。