4 勇者候補?なるわけないです
異世界側が割とひどいです。
とはいえ、ここで問答していても変わらない。
意を決して私が口を開こうとした瞬間……それに先を越す形で、雲雀は扉をがらがらと開けた。
「えっと、とにかく外に出てみるっすよー」
雲雀が外に出ようとするのを慌てて私と睦月が追う。
……こういう時の雲雀って割とちゃきちゃき動くんだよね……まあ、元からかもしれないけれどさ。
んー、でも何か積極的すぎるっていうか、雲雀にしては焦ってるというか……単に気がはやってるだけかな。
「お待ちしておりました、勇者様方」
ここからはあまり見えなかったけれど、向こうにいたのは金髪美人のねーちゃんと立派なひげ、悪趣味な王冠をかぶった王様らしき人間、あとは数人の兵士や、これまた数人の神官。
「…………」
思わずUターンする雲雀。
だが、当然のように後ろにいた私と睦月にぶち当たる。
「どうしたの、雲雀」
「いや、何か……俺の夢が具現化されたみたいっす……ここは危険っす!」
「何馬鹿なこと言ってんの。さっさと行くよ」
はいはい、気持ちはわかるけれど、こういうチュートリアル的なことをすまさなかったら話が進まないからね。
ちゃっちゃとやっちゃうよ。
「ああっ、俺の黒歴史がぁ~」
何か悲痛な声をあげている雲雀はほったらかしにして、とりあえず、何か……お姫様と王様みたいな感じの人に向き直った。
金髪ねーちゃんがお姫様だろう。まあ、女王とかの可能性もあるっていえばあるが。
「お待ちしておりました、勇者様。あなた達は私達、ラグセム神殿国に召喚されたのです」
「はあ」
口を開いたのは王様の方。
何というか……アレな行動の雲雀を見ても、眉ひとつ動かすことはなかった。
(……? でも、何だろう、こいつら……)
でも……何だろう、この嫌な感じ……そっか、目だ。すごく見下されてる気がする。まあ、あの家の奴とか学校ほどじゃないけどさ。
こいつらの目……こっちを値踏みするようでいて、それでいて見下している。
それが何とも言えず不快だった。
「この世界は、勇者と魔王……双方が異世界から選ばれた存在なのです」
「へえ……」
双方がかっ!?
それって何か……代理戦争とかみたいなんだけど……ここで訊くのはちょっとまずいかもね。こいつらの正体もろくにわかってないし。
「また、勇者は王家直属、神殿直属、フリーの勇者が存在します」
勇者って何だっけ。フリーって。それもう冒険者じゃないのか。
「魔王は魔王配下が呼び出すので何人いるか定かではありませんが、一人から数十人と言われています」
魔王って何ぞや。
王なのに数十人いるのか……魔王にありがたみなんてもともとないけれど、一人見たらなんとやらかな。
違う? まあ、似たようなものじゃないかな。人に害なす存在ってことで。
……まあ、かなり無理矢理なこじつけだけど、ここは気にしないことにしよう。
「このたびは、魔王討伐に参加していただけますでしょうか?」
「それ……拒否権とかあるの?」
それは一応聞いておこうかな。
拒否権、という言葉に王様の瞳がやや険悪なものとなる。
「……勇者と魔王にはそれぞれ所属があります。どこを守る勇者か、あるいはどこかを攻撃する、またはどこを拠点とする魔王かということです」
なるほど。
「もう一度、ステータスをお開きください。勇者様」
…………?
【日端京香】人間 LV.1
HP:1054
MP:1411
攻撃力:3096
防御力:34
魔法攻撃力:3809
魔法防御力:298
素早さ:5005
アビリティ
<アンギールの加護><サラマンドラの加護>
スキル
<アンガースマッシュ><フレイムショット><アンガーフレイム>
称号
<神殿国家ラグセム勇者候補>
「あ……」
言われるがままにステータスを開いたが、称号が変わってる。
未定の異世界人だったのが、何か勇者候補とかになってる。
これってもしかして……。
「お気づきいただけたように、我々が召喚したから、あなた方はここの勇者候補となりました」
ふむふむ。
大仰に手を広げる王様だが、これ、はっきり言って怪しい。
「お受けいただけますかな、勇者様」
嫌な感じがする。たとえるならあれだ。いじめを行うために呼び出す寸前って感じの。
そして、私が断ろうとした瞬間……割って入ったのは、睦月だった。
「お断りします」
「何ですと?」
だが、それをきっぱりと断ったのは睦月だった。
睦月……あんたも気づいたんだね。こいつらの胡散臭さに。
王様の眉がピクリと動く。
「こうして何人の勇者候補を嵌めたんですか?」
「どういう意味かしら?」
嵌めた? 勇者候補を?
睦月……何か証拠があるのか……って、聞くまでもないね。
私がどっちを信じるかなんて決まっている。
学校と家に居場所はなくて、近所の人に守られて、時々裏切られて生きてきた私と、そんな私に手を差し伸べてくれた睦月。
特別学級にいながらも、気配りを人一倍する雲雀。
お姫様の顔もみるみるうちに何というか……鬼の形相になる。
「何人の勇者候補を経験値として葬ったのかと聞いているのです」
「な、何を無礼な! そんなことなどしていない!」
嘘だ。こいつは嘘をついている。
こいつは、本当は怒ってなどいない。狼狽はしているかもしれないけれども、怒っていない。
人の感情の流れが……「怒り」の流れが見える。
そして……怒っているのは睦月だ。
睦月は怒っている。これ以上なく。
そういえば、睦月って騙し討ちとか嫌ってたっけ……?
「京香ちゃん! 僕を信じるならここを打開して!」
言うまでもない。だけど、どうやって……スキルは叫べばいいのかな?
「勇者様……あなたならわかっていただけますな。真の勇者様……京香様……」
そう言う王様だが、私が信じるのがどちらかなど、決まりきっている。
「京香ちゃん……これが証拠だよ!」
ばばっと、ウインドウが開く。
そこに映し出されるのは、何やら過去の様子……かな?
私と同じ制服、違う制服、私服……その姿の少年少女達が王様達と向き合っている。
「え、ちょ……私の見せ場というものは?」
《この映像が終わった時……その時にお願い》
睦月は小声で……否、念話かな? テレパシーってこんな感じなのか……こんな風に、頭の中に直接響く声で私に指示を飛ばす。
……普段ぼーっとしている睦月だけれど、こういうところはしっかりしている。
『じゃあ、これで俺達が勇者なんだな!』
『はい……では、死んでください』
『糧になってもらいます』
『え……?』
『経験値として、ありがたく頂戴します』
『私達の経験値になれたのだから、彼らも幸せでしょう』
映像の内容とはいうと、私から見ても嫌悪感を抱くものだった。
表向きは歓迎しておきながら、彼らは勇者となった人間に「糧になってもらいます」と言い、襲い掛かったのだ。
そして、それに何の罪悪感も抱いていない。
それどころか、「自分達の経験値になれたのだから彼らも幸せでしょう」とまで言う始末。
本当に、人間の敵は人間って感じ。
「こんな……そんなものはでたらめです!」
「姫様! こやつらを始末しましょう!」
お姫様らしき人が金切り声で叫ぶものの、その瞳に浮かぶのは怒気や敵意を通り越して殺意だ。
怖いわー。
「京香ちゃんっ!」
だが、その怒りが命取りだ。
怒りは判断を鈍らせる。莫大なパワーと引き換えに、だけどね。
「OK! フレイムショット!」
炎の弾が炸裂し、白々しい悲鳴が聞こえる。
……知ったことじゃない。あんた達がしてきたことはもっと非道じゃないか。
それも演技かな、多分……何か白々しいし。役者としても三流だね。
「こんな光景を見て何も思ないなんて、どうかしてるっすよ!」
声をあげたのは雲雀だ。
そりゃあ、確かにいきなり異世界に来たと思えば、命の危機だからねー……。
雲雀がそう思うのも無理はないかな。
「ええ、動揺してるわ! 勇者様が攻撃してくるなんて……なんて酷い!」
「酷いのは君達っす! 俺は……君達を許さない!」
雲雀の周囲が揺らめき、過去なのか、現在なのか、未来なのか……その映像が錯綜する。
私の動揺を知ってか知らずか、これまたまともに動揺する神官達。
怒りすら霧散している。これは、まさか……。
私は雲雀をじっと見つめる。すると……ふぉん、と音が響き……彼のステータスをあらわにしたのだった。
これ、他人にも使えるんだ。思わぬ発見。
【大前雲雀】人間 LV.1
HP:1254
MP:611
攻撃力:325
防御力:700
魔法攻撃力:611
魔法防御力:588
素早さ:1205
アビリティ
<イマジアの加護><フーライの加護>
スキル
<イマジンフロート><アポート><サイコエッジ>
称号
<世界の敵対者>
世界の敵対者。
きっとそれが、この世界と私の関係崩壊のきっかけ。
私達は、勇者なんかじゃない。
その証拠に雲雀だけでなく、私の称号や睦月の称号も……世界の敵対者となっていたのだから。