1 はじまりはじまり
学校ではいじめられ、両親は敵で、虐待設定ありです。ご注意くださいませ。
「お嬢ちゃん、ちょっといいかい?」
「…………何ですか」
今日は、のっけからついていない。
……いや、私の人生でついていたことなんてほとんどなかったけれども、そこはそれだ。
私に話しかけたのは、何かその……このくそ暑い中、黒いローブをまとったおじいさんだった。
ぶっちゃけ怪しい。死ぬほど怪しい。
だが、私の口はほとんど勝手に応対していた。おい、無視してもよかったぞ、そこは。
「はは、そう嫌そうな顔しないでおくれよ。最近、とんと暇でのう」
「…………じゃあ、学校あるんで」
行きたくないけど、ここで怪しげなご老人と話をしているよりはましだろう。
そう言って、私が踵を返した瞬間……。
「……お嬢ちゃん、いじめられっ子だろう?」
「……!」
図星。
思わず足を止めてしまった……未熟だなあ、もう。
「そうだねえ……よし、お嬢ちゃん、今日、もしも何もなかったら、儂のことは忘れておくれ」
「……はあ」
結局、私はおじいさんに向き直って、何やらいろいろ言いだしそうな予感を抱えつつもそれを聞いていた。
蝉の声があたりに乱反射する中、おじいさんは汗一つ流さずにそこにいる。
……変なの……っていうか、汗でないのって逆に大丈夫だろうか。
「だけど……もし、何かあったら……次の日、保健室においで」
「学校の?」
「うむ。そうなるようになっておる」
「……そうならないように祈ってるよ」
何か、微妙に噛み合っていないような気がするものの、それはそれでよし。
私は別に深く関わるつもりはない。
……いや、本当に。
少なくとも、この時はそのつもりだった。
「祈りを信じていないのにかい?」
「……ダメもとでもやってみれば価値があるよ」
多分ね。
祈る相手なんていないけれども、自分に誓いを立てることはできるんだ。
そして、奇妙な老人をやり過ごしてようやく学校についた。
下駄箱を開ける瞬間、ごくりと唾をのみこむ。
うう、らしくもなく緊張してるな、これ……。
軋んだ音を立てて、下駄箱は開く。
そして、そこにあったのは……。
そうであってほしくなかった、ずたずたになった上靴だった。
「……はあ……」
ずたずたの上靴を下駄箱に戻しながら、私は溜息をつく。
あー、今日も何かあったなー……やっぱり何も起こらずに一日を過ごせるなんてことは幻想か。
ていうか、夢で触った物質をそのまま現実世界に持って帰ることくらい無理なことだ。
こんなことは今に限ったことじゃないけれど。
今日は下靴で教室入ろ。
え? 校則違反?
知るか。いじめっ子に言え。
そして、その日……私は下靴で普通……というか、陰口を言われながらも過ごし、帰路につく。
それを見て、くすくす笑ったいけ好かない女がいたが、スルー。
近所で私の両親に私以上にかわいがられている性悪だが、性悪は性悪同士お似合いだ。
え? 性悪同士なのはなんでかって?
そりゃそうよ。はい、そうです。
私は……私の両親にも、いじめられています。いびられてます。こんちくしょう。
「何故、あの子の言うとおりにしないんだ」
私が帰宅するなり、おかえりの一言もなくそう仁王立ちするのは親父様。
わー、えらそうー。大した稼ぎもないくせにー。
まあ、学生の身分でこういうのは言えた立場じゃないんだけどね。
でもそのお金で私を育ててないよ、これホント。
私を育ててるのは近所のおばちゃんおっちゃんだ。
風邪引いて熱出した時も、犬小屋に押し込められていた私を看病してくれたんだから。
「何故って……! あの子のしてることっていじめだろ。何で……」
「口答えする気か、私に! 親に!」
うぜぇ。声でけえ。死ね。
「それでどんなに母さんに迷惑をかけたと思っているんだ。この親不孝者!」
孝行するほどよくしてもらった覚えねえよ、ボケェ!
衣食住の保証すらない、住むところは犬小屋、服も食べ物も近所のおばちゃんおっちゃんに恵んでもらったもの!
それでどうやって孝行しろってんだ!
「あの子の両親に泣かれながら言われたんだよ。お前を何とかしてくれ、お前にいじめられてるってね」
「なっ……!」
うわ、どこまで手を回すか!
さすがにムカついた私は反論するが……それが、絶望への階段をより下ることとなった。
「違う! 私をいじめたんだ、あの子は! 私の靴をずたずたにして……!」
「何言ってるんだ? お前の靴はもともとぼろぼろだろう?」
「…………」
駄目だこりゃ。
何言っても聞かないだろうね、この親父様は。
自分の娘はあのバカ女とか言いそうだわ、これ。
「気狂いだな、お前は。怒ることでしか己を現すことのできない、哀れな下等生物だ」
「お前……!」
あ、駄目だ。またブチ切れモードになってるよ……私が。
あー、もう……スルースキルが欲しいです。
何で私はこう……怒りまくってしまうんだよー……。
つーか、下等生物言いやがったよこの人!
蛙の子は蛙、つまり……? とか言ったら「突然変異だったわ。サーセン」とかいうのかね。まさか。
「父に向ってお前とは何だ!」
「本当に……こんな子、何で産んだのかしたら……」
玄関のさらに向こうから現れたのは、お母様。
うわー、やつれていて目も当てられない外見に……ていうかさ、せめてブサイクなんだから性格くらい良くしなよ。あのバカ女はまだ顔はマシだからさ。
私? いや、ここまで言われて引き下がれるのは美徳じゃなくてただのバカだと思うのですよ、はい。
「母さんは悪くないよ、休んでおいで」
茶番乙。さっさと終わらないかなー。
「この気狂い。さっさと家を出て行きなさい」
「え?」
マジ? 出て行っちゃっていいの?
もちろん今の「え?」は嬉しさからくるものだが……説明するのも面倒だわ。
「さっさと出て行くんだよ! お前のツラは二度と見たくないわ! この気狂い!」
二度も言いますか、この野郎。てか、キレた。
気狂い二連打はちょっとぷつんと来た。
……え、ぷつん? かちんじゃなくて?
「っ……そりゃこっちのセリフだ馬鹿ども!」
「…………!」
あーれー。気づけば思いっきり近所迷惑な声で怒鳴っているんですが、私。
「いつか……いつか必ず復讐しに帰ってきてやる……! 楽に死ねると思うなよ!」
私の声はびりびりと響く。
ビビった顔をする両親の顔が滑稽で笑えた。
あー、やば。面白いもの見て、笑い死にしそうだわ。