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ハーフ・ゴースト  作者: 島流十次
2/Mr. Ms. Magnet
7/23

3 推薦

 MMMには、いろんな学生がグランプリ候補として推薦されているようだった。たとえば、国の賞を獲得したほど空手の強い一見して美少年の少女なんかがいたし、超人的な戦争ゲームのうまさを持つ理系の眼鏡の生徒が、視聴覚室を貸切にして大きなスクリーン上でいろんな生徒と対戦していたり(対戦した皆は、必ず、ヘッドショットで殺されていた)いろんなゲームの解説をしている奴なんかもいたし、日本人とアメリカ人のハーフの女の子なんかは、艶やかな着物を着て小さな教室を貸し切ってお茶会をしたりしていた。ここに載せていないだけで、他にも、個性的な生徒がたくさんいた。


「おもしろかったな、茶飲むやつ」


 その日本人とアメリカ人のハーフで、かわいらしい女の子――名前は確か、エリカ――のお茶会とやらに参加して、和菓子とやらをいただき、挙句にエリカとの楽しいひとときをも過ごせたニコラスと僕は、満足で教室を出た。


「エリカはかわいかったし……」


 遠い目をしてそう言ったニコラスがそのあとすぐにゲップをしたので、僕は「汚いぞ」と言っておく。


「僕、和菓子は久々に食べたけど、おいしかった。なんというか、ヘルシーだと思ったけれど」

「ああ、そうだな。それになんというか少量だったし、あれじゃ多分太れないだろうな」


 ニコラスとそんなどうでもいいような会話をしながら次はどこへ行こうかとゆっくりと足を進めていると、廊下がいつもよりも多少こみあっていることもあってか早足でこちら側へ歩いてきた人物と肩と肩がぶつかってしまった。


 僕が「すみません」と言う前に、相手のほうが「ごめんなさい」と謝ってくる。

 べつにむかついてそうしたわけではないけれど、「こちらこそ」と言いながらなんとなく相手の顔を見ると、


「あれ? アルじゃないか」


 パッと咲いたように見せられた笑顔には見覚えがあった。ハロルド・エヴァンズだ。


「やあ、ハロルド……」


 怪訝そうにハロルドを見つめたニコラスが口を開いた。「あれ、おまえ、こないだの死者蘇生学の遅刻魔か?」


 そういえば、ニコラスはあの授業の後半は寝てしまっていたから特にハロルドと関わることなく終わってしまったんだっけ。


「やあ。きみ、アルの隣で寝てたよね。ぼくはハロルド・エヴァンズ」


 よろしく、とハロルドが差し出した手をニコラスも握った。

 ニコラスは僕よりも愛想がいいので、ニコラスもハロルドと同じく感じの良い態度でハロルドに返す。


「おお、よろしくな。俺はニコラス・ハッター。アルの友人だ」


 白いワイシャツに青いカーディガン、といういたって普通の恰好をしているのに、ハロルドは目だっているように見えた。僕と彼の、いったいどこが違うんだろう? やはり、顔立ちと振る舞いだろうか? そう考えながらハロルドのことを見つめる。


「それにしても、どうしたんだ」僕にしてはめずらしく、自分から相手に何かをきく、ということをした。「なんだか急いでいるように見えたけれど」


「ああ、ちょっと……最初はぼくもこのイベントに興味があって足を運んでみたのだけれど、なんだか居心地が悪くなってしまって、どうしようかと思ってね」


 しおらしくそう言ったハロルドに、遠慮のないニコラスからの発言が次に飛んでくる。「なんだ、おまえも友達いねえのか。意外だな」


 ニコラスがそう言うと、ハロルドは僕にはじめて見せるのであろうキョトンとした表情をして、それから少しだけ顎に手をやって考え込む。コンマ数秒後、何を言い出すのかと思うと、「そうかも」と、自分でも驚いているような目と口をしてそう言うセリフだった。


「でも、アルとはこのあいだから友達だし――ニコラスとも、たったさっき、友達になったし」


 にこりと、ハロルドが笑う。ニコラスもべつに気分は悪くないようで、そんなハロルドの肩に腕をまわす。


「そうだよなあ。俺たちもう友達だよなあ」


 ニコラスにそうされたハロルドは気恥ずかしそうに微笑んだけれど、


「ぼく、そういえば入学してから、自分からろくに友達作ろうとしてなから、それでさっきまで、すこし居心地が悪かったのかもしれない――」


 ハロルドのそれは、意外だった。


 僕みたいなのとは違って、彼は比較的友好的であるのを想像していたし、はじめて僕と出会ったあの講義でのときもすごくフレンドリーだったから、彼が自分から誰かと関わろうとしない、というのは予想外で、それに、ハロルドほど容姿、それから知名度(ゴースターも知っていたし、ひょっとしたら彼は有名人でもあるのかもしれない)だったらいろんな生徒から声をかけられていたであろうのに、この様子だと、きっとハロルドは自分から対人における壁を作っていたのかもしれなかった。


 僕が勝手にハロルドに親近感をおぼえていると、ハロルドと目が合った。一瞬、きまずくなって、何を言おうか戸惑ったが、僕から出てきた適当な言葉はこれだった。


「よかったら、いっしょにまわらない?」


 ハロルドのことだからいつものような笑顔を浮かべて賛同してくれることだと思ったけれども、僕にそう言われると彼は少し困ったような顔をする。


「いや、でも、ぼくは、いいんだ」

「なにいってんだよ」そんなハロルドにニコラスが言う。「このアルが、誘ってるんだぞ。テキトーにぶらぶらして、後夜祭もいっしょに楽しもうぜ」


 おそらくニコラスがハロルドをこんなにも必要としているのは、容姿端麗なハロルドを餌にしてついでに自分も後夜祭で女の子をいただきたいからだ。


 そんなことも知らないであろうハロルドは申し訳なさそうに笑ってみせて、「それじゃあ、ついていかせてもらおうかな」と、そう言った。



 いろんな候補者を見に行ったり見てきた途中で、ニコラスの出身の州はどんな所だっただの、どんな女の子がいてうちの大学の女の子とはこう違う、ここが駄目だ、でもここがよかった、だの、人生で一番泣いたのは兄貴に尻の毛をちぎられたことだとか、そういうニコラスのくだらない話を僕らはきいた。


 僕は冷たく「ふーん」と言い放ったり、(もちろん、ニコラスの尻の毛の話ではちょっとだけ笑ってしまったけれど)「そうなんだ」と言ってやるだけだったのに、ハロルドはと言うとそれはもう腹をかかえて大爆笑、はたまた目を輝かせたり、「それで?」と相槌をうってみせたりして、僕を別の世界に置いてニコラスと楽しくおしゃべりができている様子だった。反応が薄い僕に比べてオーバーなリアクションをしてみせるハロルドにニコラスも満足したのか、次々に人生においてどうでもいいようなくだらない愉快な話をしてみせ、それに対してハロルドは興味津々だったり、楽しいようで、実に彼らにとっては生産性のある時間だったであろう。


 要するに、ハロルドは、人付き合いがうまいのだ。


 それなのに、自分からあまり友達を作ろうとしなかったと言ったし、そのはずなのに、あのとき僕には自分から話しかけて、親しく接してきたし――


 そこで、僕の中の「ハロルド・エヴァンズ」という人物の像は、ぼんやりとしてくる。

 はじめて彼と出会ったときから、正直、なんとなく違和感はあった。

 彼は、一体、何者なんだろう――

 いや、当然、僕の思い込みや、ただの妄想なのかもしれない。だけど、僕の見る表面上での「ハロルド・エヴァンズ」の奥底に、違う人物が眠っているような気がしているのだ。


(僕はいったい誰を見てるんだ?)


 誰を見ている? 誰と話している? 誰と歩いている? 今、この瞬間。


 わからない――

 僕はぼんやりし、ニコラスとハロルドが談笑しているそのとき、ちょうど裏庭に到達し、そこで十数名の女の子たちが立っているのが見えた。


 レベッカほどの濃い女の子たちではないけれど、みんな身なりをしっかりしていて、それなりに目立つような、そんな女の子たちだった。彼女たちも他の生徒たち同様、ビラを配っている。


「ぼくなんだか喉がかわいたな。あそこの自販機で何か買ってくるよ」


 ハロルドがそう言い、女の子たちの集団をスルーするように自販機のほうへ早足で歩いた。するとニコラスはすぐ反応して、頷く。


「いや。俺もついてく。アルも買うか?」


 そこで僕はハッとして、すぐにニコラスに答える。「ああ、僕も……何か飲もうかな」


 ぼく、コーラがだいすきで、毎日飲むんだ。お、意外だな、よくそれでスリムでいられるな。などとふたりが話して先に歩むものの、僕はぼうっとしていたせいで数歩遅れてしまう。

 その隙をついて、さきほどの女の子たちの中のひとりが、僕に話しかけてくる。


「すみません! 投票、よろしくお願いします!」


 白い雪のような肌にそばかすがぱっと散りばめられた、身長の低い女の子だった。どこか必死そうだったので、僕は無意識にビラを受け取る。

 ビラに書かれた名前を目が追う。


「どうか、ハロルド・エヴァンズに、輝かしい一票を」


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