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ハーフ・ゴースト  作者: 島流十次
本章 3/ライオン
13/23

3 蘇生者、欠陥品、半幽霊

 ゴースターの研究室を訪問したことはまったく時間の無駄と言ってよかった。あんなことになるならば、とっととアペアスポイル本社に向かっておけばよかったと後悔する。


 彼の勧告はどうでもよかったし、彼の言っていることが事実であるとは限らない。加えて、彼の言う「被害者」というのが一体なんなのかはぼくには見当がつかないが、それは単に彼の妄想であるかもしれない。なにはともあれ彼が「イカれた野郎」であるのは今回の件で示しがついたってわけだ。


 閑話休題。


 少々苛立ちながらそのまま徒歩で一駅分。数日ぶりのアペアスポイル本社だ。


 白く長細い粘土のようなそのビルに見下ろされるのは、二回目でもう慣れた。それと、まだ「子供」なのにも関わらず、大人たちに紛れてビルに入っていくことにも。


 初めてここに来たときにぼくを案内してくれたあの女性が受付にいるのを期待したけれど、今日は違う女性が受付で事務作業をしていた。別の女性ならそれはそれでよかったが、彼女の顔をじっくり観察した上で、彼女の案内を受けるのはやめようと、ぼくは冷静に判断する。どうにもぼくより年下に見えてしまうその童顔はぼくの気力を削いでしまった。


 どうせ入社許可カードを所有しているのだし、一度部屋まで行っているのだから、わざわざ案内を受ける必要もない。その童顔の受付の彼女と目が合ったものの、カードをゲートにかざし、受付を通り過ぎた。彼女のことは無視だ。もう一度言うが、ぼくはどうでもいい人間に時間を割く気はない。


 ――とは言え。


「よかったら、エイブ社長の部屋までの道を教えてくれない?」


 人生で初めて迷子になった。


 自信があったものの、部屋までの道のりでぼくが記憶していたのは白いライオンの前までで、今まさに周りに誰もいない状況のせいで、ぼくはついライオンに道をきくという馬鹿げた行動にでていた。


 もちろん、このライオンが教えてくれるわけではない。

 ライオンが展示されている大きなガラスケースに背をあずけ、腕を組む。


 困った。


 まあ、この際、思い切って社長に部屋までの行き方がわからなくなったので教えてくださいと連絡をすればいい話だ。恥を晒すのはもう仕方ないとして、だ。


 すると、ありがたいことに、嫌々ポケットから携帯電話を取り出した直後、聞いたことのある抑揚のない声がした。


「あら、こんなところで、どうしたの?」


 そこでぼくのユーモアセンスがとっさに光る。ぼくはライオンのほうを振り返ってみる。


「馬鹿ね、ライオンじゃないわよ。私はこっちよ、坊ちゃん」


 今度はちゃんと、前を見た。


「やあ」ぼくは笑顔で挨拶をする。顔がほころんだのは、別にわざとではなく、無意識だった。


 前方から前に出会ったときみたくヒールの音を鳴らしこちらへやってくるのは、やはりあの受付の彼女だった。紅いルージュが塗られた口元には笑み。女としての余裕を感じる。以前まとめられていたブロンドの髪は、今日はおろされていた。


「どうしたのって、見ての通りさ」

「暇つぶし?」

「まさか。迷子だよ」

「そう……」

「あなたこそどうしたの? 今日は受付業務じゃなかったんだ?」

「いいえ、丁度休憩中だっただけ。今からまた戻ろうとしてたところだけど」


 勤務中じゃないから、前みたく丁寧な話し方じゃないのか。


「そっか。まだ戻るには時間に余裕がある?」


 ぼくがきくと、彼女は自分の左手首の腕時計を見やって、「ええ、少しならば」


「じゃあ、また部屋まで連れていってくれる? 迷子を放っておけはしないでしょ?」


 ぼくがそう言うと、彼女は溜息をついて「しかたがないわね」と呟いた。


 まるで白い箱をそのまま使っているようなエレベーターに乗り込んだところで、ぼくから先に口を開いた。


「名前はなんていうの?」


 ボタンを押しながら、彼女はぼくの問いかけに多少躊躇したようで、数秒間口は開かなかったが、


「――セシリーよ」

「改めてよろしくセシリー。ぼくの名前は」

「ハロルド・エヴァンズ。もう知ってるわ」

「……あ、そ」ぼくは頬をふくらます。「最初の挨拶ぐらいもっと楽しく朗らかにやり取りしてくれたっていいじゃないか」

「最初っていったって、初対面は数日前に済ませたでしょう」

「だから、改めて、だよ」


 部屋の階まで到達するのに、やたら時間がかかっているような気がした。


 エレベーターの壁に寄りかかっているぼくに対して、ぼくに背を向けセシリーはボタンの前でしっかり起立していた。彼女に少し遠いので、ぼくは寄りかかるのはやめて彼女の隣に立つ。


「ぼくより年上なのはわかってるけど、一体いくつなの? いや、まって、あててみる。このかんじからするときみは大体――」

「今年で二十三」

「休日はどこで何を?」

「映画館で映画を」

「恋人は?」

「いたけど振ったわ。一年前の話だけれど」

「そう……」


 言って、ぼくは彼女の顔を覗きこむ。


「今度、映画観に行かない? 二人で」

「嫌。映画はひとりで鑑賞したい派なの」

「じゃあどこかでお茶でも」

「私の気が向いたら」


 こんなに冷たく、なかなかぼくについてこようとしない女性ははじめてなので、内心でぼくは呆気にとられた。ぼくがちょっと誘ったりすれば、大抵の女性は、喜んですぐについて来るのにも関わらず、彼女はそれと真逆だった。さすがにぼくが大胆に出過ぎているせいで、警戒されているのだろうか。前よりは仲良くなれたと思ったのに。簡単にぼくのものになろうとしない。


 壁に手をついて、彼女に更に近づいた。


「ぼくのことが嫌い?」

「嫌いではないけれど」

「なにが駄目なの?」質問してばっかりだ。


 視線をぼくから反らし、そのまま彼女は口を開く。


「だって、あなた、いくつ?」

「今年で十九」

「ほら、年下でしょう……」

「だめ?」


 わざわざ視線を合わせるために、さっきみたいにまた顔をのぞきこむ。


 すると彼女は、ほんのすこし頬を赤らめたと思いきや、不服そうにムスッとした顔でぼくの鼻をつまんだ。


「その上目遣い。あざといわよ。それで気を許して股を開いた女が今までに何人もいるんでしょう?」


 パッと手を離される。ぼくはつままれた鼻に手をやって、「だいぶダイレクトにきいてくるなあ。まあ、正直に申告すると、二桁は――」

「呆れた」

「でも本気なんだ。きみに対しては。だからそんなにツンケンしないでほしいな」


 ピンポン。

 ぼくが彼女の腰に手をまわそうとしたところで、目的の階に到着したことを告げる音が鳴った。


 扉が開き、セシリーは「開く」ボタンを押しっぱなしにする。


「部屋は、左に曲がってすぐよ。それくらいは覚えているでしょう?」

「ついてきてくれたっていいのに」ぼくは肩をすくめる。しかたがないので、ひとりでエレベーターを降りた。


 扉を閉められる前に、振り返って彼女に声をかける。


「社長との用が済んだら、受付のほうに行くね。それで、きみの仕事が終わったら、一緒にどこかへ行こう。なにか美味しいものをごちそうするから」

「しつこい」

 容赦なく、エレベーターの扉は閉められた。



 部屋にたどりつくと、すぐにエイブ社長はぼくのことを出迎えた。


「ああ、ハル、待ちわびたよ」

「遅れてすみません。少し迷ってしまって」

「ここは広大なオフィスビルだ。まだここに来るのが二回目の君が迷うのも無理はない。さあ、部屋へ」


 銀の義手がぼくの右肩に触れ、すぐそこのソファへの着席を促す。


「本当はすぐにでもあの奥に通したいが、少しばかり、ここで話をしよう」


 彼と向かい合ってソファに座ると、テーブルにショートケーキの乗った皿がすぐにぼくの視線を奪った。社長を一瞥すると、彼は笑う。


「それは甘いものが好きな君のために用意したんだ。遠慮なく食べなさい」


 ぼくはニコリと笑顔を浮かべて、ケーキと同じく用意された金のフォークを手にとる。

 遠慮なく、大きな一口を口に運んだ。


「さて、いきなりだが、説明しよう」社長の顔つきが真剣なものに変わる。「君にはすでに、我々が開発したあの人工の『魂』は見せたね?」

「ええ、この目でしっかりと、見ました」

「人工の魂には、二種類ある」


 エイブ社長は立ち上がり、ポケットから出したタブレットのような物のボタンを押す。すると、ソファからは遠い場所に設置されていたホワイトボードが、静かにこちらに近づいてきた。タブレットのような物は、どうやらホワイトボードのリモコンらしかった。


「このことについては段々と説明が難しくなってくるので、ボードを使うことにしよう。もう少しあとになるがね」


 彼は立ったままそう言った。ぼくも立ち上がろうとすると、彼は「君はそのまま座っていてくれて構わない」と言う。


「さて、そう、魂には二種類あると言ったが、一つは《完全魂(パーフェクト)》と言い、もう一つは《不完全魂(イン・パーフェクト)》と言う。要するに、不完全魂とは失敗作だ。我々の技術にはまだ至らない所があってね。作ろうとする魂が全て完全魂として出来上がるとは限らない。我々が今まさにぶち当たっている壁は、完全魂作成の成功率の低さでもある。


 人工魂を作成している途中で、失敗していることには気づけないんだ。たとえば君がロボットのプラモデルを作っているとしよう。すると、途中で、胴体を逆の向きで取り付けていたことに気づく。そこで同時に失敗したとも気づくね。しかし魂を作成する上ではそういったことができない。失敗だと判断できるのは、その魂を作成し、それを応用(・・)する段階でだ。


 我々のプロジェクトは、単に人工の魂を生成することだけではない。その生成した魂で、死者を蘇生させる、ということなので、完全魂を作り上げることはまだその一歩にしかすぎない」


「真の目的は、死者を蘇生させたその先に……?」


「察しが良い。そういうことだ。死者を蘇生させた後、その蘇生した者をどうしようと考えているのかは、まだ君にも話せないがね」


 メンバーの一員にならない限りは、知ることはできないのだろう。


「望ましい死者蘇生の公式が、まず、これだ」


 社長が軽くリモコンに触れると、ホワイトボードに文字が浮かび上がった。


 《死体+完全魂=蘇生者》


「簡単でわかりやすいだろう。しかし蘇生には本当にこれだけだ。


 そして仮に死者蘇生に失敗してしまうと、それは蘇生者ではなくなってしまう。死体が蘇生者ではないものになってしまった場合、我々はそれを欠陥品(ラック)と呼ぶ」


「ラック――?」


「まあ、そう呼んでいるだけでね。単純に言ってしまうと、ゾンビだ」


 次の式がボードに浮かび上がる。


 《死体+不完全魂=欠陥品(ゾンビ)


「成功例にしろ失敗例にしろ、簡単な式だ。死体に完全魂を取り入れるか不完全魂を取り入れるかというだけで、死体が蘇生者に変わるかゾンビに変わるかが決まる。今の所は失敗例が多いのが現状だ。失敗作ばかりができあがってしまうので、それをどうにか使えないか模索しているところだ――」


 そこで、実は、と社長が切り出す。


「この二つの式以外に、我々が知る限りではもう一つの式があってね」


 更なる式がボードに浮かびあがる。


 《健全な肉体+(?要素)+不完全魂=半幽霊》


「蘇生者、欠陥品(ゾンビ)、ときて、もう一つできあがるもの――それは――半幽霊(ハーフ・ゴースト)だ。


 まあこれは魂に対するものが死体ではなく健全な肉体、つまり生きている人間であった場合で、まったく稀有な例でね。うっかり健全なその肉体に不完全魂を取り込んでしまい――そして半幽霊になってしまった男を、私は、一人、目の当たりにしている。ゾンビにゴースト。まったく冗談はほどほどにしてくれと、さすがにそう思ったかね? しかしこれにジョークの要素なんて微塵もない」


「ゾンビはともかく――」ぼくが口を開く。「ハーフ・ゴースト? どんなものだかまったく想像もできないのですが、一体それは……?」


「ハーフにおいてはまだきみには説明はできない。それはきみが完全にこちらの人間ではないから、というわけではない。説明したくてもできないのだ。ハーフになった男は、自分が得た力、そして変わってしまった自分自身を恐れ、そして研究チームからは脱退してしまった。今では目立たぬようにひっそりと生活しているらしい。そのために、我々は、半幽霊になってからの彼をあまり詳しくは知らないのだ……」


 式と、そして半幽霊についての話はここで終わった。


 社長に促され、隠し扉の向こうの例の奥の部屋に入り込む。

 と、白衣を身にまとった一人の女性と出くわした。社長と大体同じくらいの年齢であろう彼女は、ぼくの姿を見てすぐに反応し、「あら」と声を上げる。


「あなたがハロルドね?」右手に持っていた書類を左手に持ち替えて、空いた右手をぼくに差し出す。「エイブから話はよくきいているわ。私はマリア・アップルヤード。エイブの妻よ」


「エイブ社長の――よろしくおねがいします――ハロルド・エヴァンズです」右手を握り返し、ぼくは初対面の人間に向けるいつもの笑顔を浮かべて言う。


 彼女からは、社長と同様の上品さと若々しさを感じられた。年齢相応の美しさも彼女にはあった。


「とてもチャーミングな笑顔ね。私もね、エイブと一緒で、最初はあなたのことを気難しくて無愛想な男の子を想像していたわ。でも、先日エイブから話をきいたわ。気品が溢れる、大人っぽい様子だけれど、笑顔は無垢でまるで子供のようで、正直な人物だと。それにとてもハンサム。美しい顔……」


「そんなに褒められると、さすがに照れます」


「ハル。改めて私から紹介しよう。彼女はマリア・アップルヤード」


 マリア・アップルヤード氏は、深々と一礼する。


「私の妻で、現役の研究メンバーの一人。そして――唯一の、蘇生成功者だ」


 言われ、ぼくは驚く。


「完全魂の生成には今まで幾度か成功してきているが、死者蘇生においては成功例が一つしかない。それが紛れもない彼女だ」


「そう。私は数年前に、事故で一度死んでいるわ。けれど、研究によって生き返った。今も生前と変わらず生活しているし、普通に歳も重ねている。体もちゃんと機能している。一度死に、生き返ったというだけで、あなたたちと何も変わらない人間だから、なにもこわがる必要はないわ」


 彼女のことを一度しっかりと観察してみたが、たしかに、彼女が人間ではないと思う要素などひとつもなかったし、言われてみなければ彼女が生き返った人間であるということはまったくわからない程だ。


「それじゃ、私は他の部屋に戻るわ。ハル、あなたに会えてよかった」


 まるで息子にむけるような優しい表情を浮かべ、ぼくの手をもう一度握り、それからすぐに彼女は行ってしまった。


「彼女において話すのはまたの機会にしよう」


 社長と更に奥へ進む。

 まず目に入ったのは、はじめてここに来たときにも見た魂だった。相変わらずその光は衰えておらず、神々しく光を放っている。


 別に、その魂のことをまじまじと見つめたわけではなかったし、エイブ社長から注意はされていたしぼくだって意識をのっとられるのは御免なので、興味はあるにせよ、この魂のことはあの童顔の受付嬢と同じくスルーした。


 それなのに。


 全身の力という力が、まるで糸のように手繰り寄せられ、ぼくの意思とは裏腹に、操られているようにぼくの頭が魂のほうを振り返る。


 ぷつん。


 意識が別の所に行くまで、一瞬だった。


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