帝国との衝突
「大変だ~~~!! 帝国の奴らがここに攻めてくるぞ~~!!」
突然の襲撃に、外は騒然としているみたいだ。
「ノゾム、私たちはどうする?」
「どうするもこうするも、多分…」
外の騒動に対して、僕たちはどうするのかリンから問われる。それに対して答えようとしたら、外から人が近づいてくる気配を捉えた。
「大変です始祖様!! 帝国の奴らが、この集落に向かってきます!!」
「ひっ!」
入ってきたのは、この家の主でもあるガルムさん本人だった。そして、入ってくるなりセシリアに声をかけるものだから、声をかけられた本人は驚いて僕の後ろに隠れてしまった。
「ガルムさん、落ち着いて下さい。そんな大声を出しては、セシリアが恐がってしまいます」
いくら初期の頃よりは、人見知りが直ってきたとは言え、ほぼ初対面の人間に大声で詰め寄られたらそりゃ怖がってしまうのもしょうがないだろう。
「それどころじゃないんだ!! 帝国の兵がそこまで迫っているんだ!! こちらも早く迎撃態勢を整えないと!!」
こちらが落ち着かせようとしても全く効果がない。これは、かなりの人数が迫ってきているとみていいだろう。最低でもここの集落の人数より多いのは確実だろう。
「お ち つ け !!」
「っ!!」
相変わらず人を黙らせるのに役立つスキルだ。あれだけ騒いでいたのに一瞬で黙るんだから。威圧スキル様様だ。
「それで帝国兵の数は?」
ある程度喋れるぐらいの威圧を残したままガルムさんに外の状況を質問する。
「て、帝国の数は…お、よそ3000。今は、集落の30㎞ほ、ど先にいるが、進軍速度が…速い為、現在はもっと近づい、ていると…思う」
「対してこちらの戦力は?」
「いくら…この集落に住む者が、1000人ほ、どいるとは言え、それ…は子供や老人など、の戦えな、い者たちも、含めた数な…んだ。な、なので、戦え…るものと、なると半、分の500…と言ったところだ」
戦力差にして約6倍か…。獣人たちだけの質で勝負するにも、数に差があり過ぎる。それに向こうの平均レベルも分からないから、実際には質で勝負できるかも定かじゃない。
「で? ガルムさんは僕たち…いや、セシリアに何をさせたいんですか?」
「こち、らとしては、始祖…様に手を、貸してもら、えないかと…」
ふむ。『どうにかしてくれ』じゃなく、『手を貸してくれ』か。こちらに頼りきるわけじゃないのであれば、僕が予想する最悪のパターンにはならないからよしとするか。
ちなみに、最悪のパターンとはさっき言いかけた事でもある。それはセシリアに依存して、全てをこちらに投げ、自分たちは何もしないと言う場合だ。まぁこの局面後、どうなるかは分からないけど。
「手を貸すのは問題ないです。そもそも、その為に来たのですから。ただ、3000のうち、どれくらいを僕たちにやらせる気ですか?」
「向こ、うのレベル…にもよるが、は、800~1000はいける…はずだ」
予想よりも多いな。同人数の500って言うかと思ったんだけど。もしかして、僕が思っているよりも獣人たちのレベルは高いのかな?
「そうなると、僕たちは残り2000を相手にすればいいんですね?」
「出来る…のか?」
「ん~、向こうの戦力を確認していないので、ハッキリとは言えないですけど、それぐらいなら多分、問題ないですよ」
いくら帝国が実力主義でも、一般兵が冒険者ランクのSランク級だとは思えない。高く見積もっても、Dランクがいいところだと思う。それぐらいなら、2000人程度そこまで苦戦せず勝利できるはずだ。
「なら、すまないが、頼む!」
「時間がありませんので、早速行動に移りましょう」
「ああ!」
威圧スキルを解かれたガルムさんすぐに出て行ってしまった。
「みんな、勝手に決めてごめん」
僕は行動に移る前に、みんなに頭を下げて謝る。
「しょうがないわよ。それにノゾムが言った通り、私たちはこの為に来たんだもの。まぁ、魔物よりも先に人間と戦うとは思わなかったけどね」
リンがちょっと苦笑いで答える。
「それよりも望君? 私たちも動かないと。だから、謝るのは後にしない?」
「分かりました。それじゃあ、みんな。外の状況を確認しに行こう」
アイラさんに言われ、僕たちは動き始める。
ガルムさんの家から外に出て見晴らしの良い所まで移動して帝国兵の様子を確認する。
ちなみに、この集落は見晴らしのいい丘の上にある為、周囲の状況は手に取るように分かる。
「こちらをぐるりと囲って、逃げ場を無くした状態のままで、こちらを攻め立てるようだね」
サキの言う通り、帝国兵は集落を囲うように展開していて、じりじりとその輪を縮めてきている。
「主様、どうするつもり?」
「ん~」
イリスさんの問いに僕は考え込んでしまう。
さて、包囲している相手をどうやって分散するか。ここの丘って周囲に何も障害物がないんだよなぁ。…まぁ、障害物がないなら作ればいいか。
「ノゾム?」
考えを纏めた僕は内心でほくそ笑んでいると、リンが声をかけてくる。
「…よし。誰か、ガルムさん呼んできてくれないかな?」
しかし、その声は僕に届かなかった。
「それなら僕が行ってきます」
僕のお遣いに名乗りを上げたのはフェルだった。
「フェル1人だけだと相手にされない可能性があるな。…悪いけど、獣人で何人か付き添ってあげて。そうすれば、向こうも無視は出来ないはずだから」
「分かりました。では、人選はこちらでやりますので、失礼します」
フェルは一礼をして新人組の獣人たちを連れて僕たちから離れていった。
「こっちはガルムさんが来るまでの間に、どうやって迎撃するのか僕の考えを話すよ」
リンたちはみんな頷いたので話を進める。
「まず、連中の包囲網をバラけさせる為に集落の周りに等間隔で壁を作る。その壁は麓の帝国兵にむけて伸ばす。そうすれば、壁に阻まれて分散出来ると思う」
「ノゾムの言う方法でいくとして、何等分にするの?」
「10等分かな? 単純計算で1ヶ所300になるから、ガルムさんたちには最低でも2ヶ所担当してもらえばいい」
「ちなみにその壁は誰が作るのかな?」
サキからもっともな質問が出る。
「壁を作るのは僕、リン、それとアイラさんの3人でやるよ。イリスさんにも手伝ってもらいたいけど、その後の戦闘を考えると、魔力を温存しておいた方がいいと思うんだ」
「まぁ私はともかく、イリスはそこまで大きな壁を作ったら戦闘に差支えが出るからしょうがないわね。それじゃあ、10区画に分けてた後の私たちは、どのような編成で対処するつもりなの?」
壁を作る人選にアイラさんも納得した様子だ。
「さっきも言った通り、2区画はガルムさんたちにお願いする。残りの8区画だけど、1つはフェルたち新人組全員で。残り7区画中3区画をリンたちに。そして最後に残った4区画を僕が担当する」
「はぁ!? ノゾム。あなた、自分が何を言ってるのかもう一度よく考えなさい」と、何故か怒り出すリン。
「あたしもリンさんと同じ意見かな?」と、こちらもあからさまに不機嫌に僕を睨んでくるサキ。
「わ、私たちでは、役に立た、ないのです…か?」と、今にも泣きそうになるセシリア。
「主様?」と、それ以上は何も言わずに、笑顔で詰め寄ってくるイリスさん。…目が笑ってないッス。
「望君。いくら何でも、ちょっと…」と、アイラさんは呆れていた。やっぱり、2人で1区画は厳しいかな?
「ノゾム様。1人で4区画は無茶ですよ!!」と、ルージュは必死に訴えてきた。
なるほど。みんなが何で怒ったり、泣きそうになったりしたのか理解した。みんなは、僕の心配をしてくれたいたんだ。けど、みんな忘れてないかな?
「いやいや、1人で4区画は担当しないよ。」
『…え?』
みんなの疑問の声が重なった。
「待ちなさいよ、ノゾム。あなた、1人で4区画担当するって言ったじゃない」
「リン、違うよ。僕は、『僕が4区画担当する』って言ったんだよ。1人でとは言ってないよ?」
『…?』
みんなが僕の言葉の意味を理解できずに、頭の上に?マークを浮かべる。みんな、僕のスキルを忘れているみたいだ。…あれ? よく考えたら、みんなの前でこのスキルを使った記憶が…。
「リンとサキは覚えていないかな? 僕には分裂のスキルがあるじゃない。それを使い、4人になった僕が、1区画ずつ受け持つって事」
「そう言えば、ノゾムにはそのスキルがあったわね!」
「ノゾム君は人間を辞めていた事を忘れていたよ」
2人とも言われて思い出したようだ。しかし、サキの一言は酷くないかな? 自覚はあるけど、そうハッキリ言われると、心にくるものがあるんですが…。
「ともかく。そう言う訳で、僕が残りの4区画を担当するから。あと、出来ればでいいんだけど、階級が高そうな奴は出来るだけ生かして捕まえてくれないかな? それ以外は好きにしていいから」
「あら? 望君は全員生かして捕まえてって言うのかと思っていたんだけど」
アイラさんが、意外だ! みたいな感じで僕に話しかけてきた。
「…まぁ、この世界に来て、かれこれ1年以上が経ってますからね。それに下手に情けをかけたその結果、みんなに被害が及ぶ可能性がありますから、容赦する気はないですよ」
「…そう」
僕の言葉にアイラさんは申し訳なさや悲しさが入り混じった何とも言えない表情になる。
もしかして、アイラさんは責任を感じているんだろうか? だとしたら、お門違いもいいところだんだけど?
「あの、アイラs」
「ご主人様! ガルム様をお連れしました!」
アイラさんに一言言ってやろうと思ったところで、フェルがガルムさんを連れてきてしまったので、ひとまず置いておくことにした。
「すみません、この忙しい時に呼び出してしまって。一応、作戦みたいなのを考えたので、そちらにもお話しておこうかと」
「いや、そう言う事なら構わない。むしろ助かる」
ガルムさんは少し疲れた様子だけど、獣人側をまとめるのが大変だったんだろか?
そんな事を考えながらも、先ほど話し合っていた案をガルムさんに伝える。伝えるのは、10等分にするのでそのうちの2区画をお願いしますって事まで。
「分かった。それなら早速、うちの者たちに伝える。で、作戦開始はどれぐらいだ?」
2つ返事で了承してくれたガルムさんは帰り際、僕に質問してきた。
「時間がありませんので、すぐ始めます。が、なるべく帝国兵を引きつけてから出撃してください」
「何故だ?」
「こちらが早く出撃すると、帝国側がそこに兵を集中出来てしまうからです。なので、帝国兵をある程度集落に近づけてしまえば、壁が邪魔をして兵が一か所に集まる事を阻止できます」
「そう言う事か。では、そのように動くとする」
そう言い残し、ガルムさんは獣人たちの元へと帰って行った。
「よし、それじゃあ、こっちも始めよう」
「ノゾム、壁の厚さや高さは?」
「そうだね…。厚さは3m、高さはここで3m。あとは、その高さを最高点とした壁を丘のふもとまで作れば、ふもと辺りでは高さが15mぐらいになるんじゃないかな?」
「それって、倒れたら洒落にならないわね」
リンが嫌な想像を口にする。うん、倒れたら、敵味方関係なく全滅だろうな。僕は生き残れるけど…。
「そうならない事を祈ろうよ。そこにいる神様に」
「私に祈られても、既に神様じゃないから、ご利益なんてないわよ?」
僕の冗談にちょっと暗くなっていたアイラさんをはじめ、他のみんなもくすくすと笑いだす。
「それじゃあ、僕たちは壁を作りに行くから、その間にフェルたちにこの後どうするか話しといて」
「分かった!」
サキが頷くのを確認し、僕たちは行動に移る。
この島での第一ラウンド、開始だ!!
ありがとうございます。