獣人の始祖
「誰が、誰の、生まれ変わりなんですか?」
いきなり飛び出してきた話を処理しきれず、聞き返してしまう僕。
「だ か ら ! この九尾解放のスキルを所持する狐人の少女様が、俺たち獣人の祖、妖狐のタマモ様の転生体だと言うのだ!!」
どうやらセシリアの固有スキル九尾解放は、獣人の先祖、それも最初の人と呼ばれる始祖が所持していたスキルだったらしい。だからそのスキルを所持しているセシリアは、始祖の生まれ変わりと判断されたようだ。
そして、当の本人はと言うと…
「の、ノゾム…様ぁ~」
獣人たちの異様な迫力に怯えて、僕の後ろに隠れてしまった。
「おい! 始祖様をこちらに渡せ!」
「それよりも、始祖様を奴隷だなんて許せん!」
「コイツらを殺して始祖様をお助けしよう!!」
ステータスを見ていた男性が大声で、セシリアのスキルをバラしてしまった為に、他の獣人たちにもセシリアが彼らの言う始祖だと知られた。
そのせいで僕は、彼らから物凄い勢いで詰め寄られていた。
中には、物騒な事を言っている奴もいるが、それは返り討ちにあうのが目に見えているから、止めた方がいいと思うよ? ほら、後ろでリンたちが殺気を出し始めてきたから。君たち、つい先ほどもうちの身内が放った殺気で震えていたでしょ?
本来ならこの話題の中心にいるはずのセシリアを差し置いて、周囲は徐々に険悪な空気になっていく。
はぁ~、本当ならこの手段は使いたくなかったんだけどなぁ。そんな事言ってる場合でもないか。
「お互い、少し落ち着いてく だ さ い !」
『ッ!?』
ひとまず、この険悪な空気をどうにかする為に、この場にいる全員(セシリアを除く)に威圧スキルをかなり全力に近い形で叩きつける。
すると、険悪だった雰囲気は一瞬にして消え去った。ついでに半分近くの人が威圧に耐えきれず、気を失ってしまったけど、必要な犠牲と割り切ろう。
ちなみに、身内では新人組は全員気絶してしまった。獣人たちも20人中が5人しか生き残らなかった。
「えっと、ガルムさん。まず、うちのセシリアが何故、奴隷になっているのかを説明しますね」
「わ、分かった」
セシリアとの出会った話を獣人たちに聞かせる。
ちなみに、ガルムとは僕と話をしていた獣人の名前だ。いい加減、名前を知らないのは呼ぶときに面倒なので聞き出した。
「そ、そんな事が…」
話を聞き終えたガルムさんたちは、とてもショックを受けていた。
「今でこそ、身体的には傷などは消えていますが、他の部分では、いまだに癒えない傷を負っている状態です」
たどたどしい話し方や人見知りなどの精神的ダメージは、まだまだ完治しそうにない。それでも、出会った頃に比べたら遙かにマシにはなっている。
初めは、夜寝ている時、急に泣き出したりとかの発作的なものが酷かったからなぁ。
「外で生活している同胞たちは、始祖様の事をおとぎ話だと思い、存在すら信じていないとは聴いていたが、まさか気色悪いからと言って、奴隷にするとは…」
そこはセシリアの親である、あの男の性根が腐っていたからだろう。そもそも、自身の毛の色と違うのが気味悪いと言っていたような気がするけど、今思うと、それ自体嘘だったような気がする。
「一応、言っておきますが、気絶していないうちの仲間たちは、自分の意志で僕の奴隷をしているんですよ。解約しようとすると、何故か抵抗されるんです」
「そんな馬鹿なことがあってたまるか!! 奴隷で居続けたい奴がいるわけないだろう!」
ところがどっこい、目の前にいるんですよね~。別に奴隷関係が無くなったからって、僕たちの関係は変わらないと思うんだけどね?
「それじゃあ、僕の言葉を信じる為の方法と一緒に確かめてみたらどうです?」
その方法も、ステータスで名前を確認した時点でおおよその予想は出来たけど。
「…なら、言葉通りに試させてもらうぞ?」
「はい。で、僕はどうすればいいですか?」
ガルムさんは一瞬だけ考えたけど、僕の提案を受け入れてくれた。
「お前は、彼女たちにこう、命令すればいい。『俺の質問に嘘偽りなく答えろ』とな」
やっぱり、主人の命令を利用した方法か。これが一番楽だし確実だからね。
「分かりました。みんな、ガルムさんの質問に嘘偽りなく答えてくれ。これは『命令』だ」
ガルムさんの提示してきた方法になんの問題もないと判断した僕はすぐにみんなに命令する。
「最初の質問だ。お前たちは自分の意志でこいつの奴隷でいるらしいが本当か?」
「当たり前じゃない。むしろ、他のヤツだったら奴隷になんてならないわ」とリン。
「あたしもノゾム君の奴隷だから続けている訳だし。それに、こんなあたしでも普通に接してくれるノゾム君との関係をなくしたくない」とサキ。
「ノゾ、ム様以外のご主人様を…考えら、れませんし、考えたくない、です」とセシリア。
「主様以外で、普通に接してくれる人間はまずいないからね。だからこそ、離れる気はないわ」とイリスさん。
「望君の奴隷でいないと殺されるし、彼の側にいる方が目的も達しやすそうだからね。そう言う意味で彼の奴隷でいることは、自分の意志よ」とアイラさん。
「ノゾム様の奴隷でいるは、私の贖罪でもあります。それに、国に私のいきる場所は、既に存在しませんので。ならば、この命をノゾム様の為に使いたいのです」とルージュ。
みんながそれぞれ、僕の奴隷でいる理由を口にする。って言うか、これ僕は聞かない方がいいんじゃ…。
「ば、バカな…。始祖様や他の者たちも奴隷としての扱いに満足しているというのか…」
「あんた、馬鹿じゃないの? 私たちを見て、ノゾムが世間一般で言うところの奴隷扱いをしているように見えるの?」
ガルムさんの呟きを聞き逃さなかったリンが、ちょっとだけ不機嫌に答える。
確かにリンの言う通り、僕は奴隷扱いらしい事はしてないな。みんなを1人の人間として接している。勿論、普通見れば判る。だって、全員綺麗な服を着ているし、肌も汚れていない。だから、ぱっと見では奴隷だとは分からない。首輪を見て初めて奴隷と気付くくらいだ。なのに、ガルムさんたちはすぐ気が付いた。つまり、最初から首を見て、他の部分など見ていないという事だ。まったく、いったいどれだけの偏見で物を見ているのか。
「………」
リンに言われてガルムさんは初めて、リンたち奴隷組の全身に目を向けたように見えた。そして、言葉を失っていた。
「ガルムさん?」
「…っは! すまない。では、今後もこいつの奴隷を続けていくのか?」
『もちろん!』
ガルムさんの質問に全員が揃って頷く。
いや、どうしようもない理由があるサキ、イリスさん以外は奴隷を辞めてもらっても構わないんですよ? 奴隷関係が無くても僕たちの関係が変わる事なんてないんだし。
「…そうか。では、始祖様だけでm」
「嫌です!!」
ビックリした! ガルムさんの言葉を先読みしたであろうセシリアが大声ではっきりと拒否をして、僕の後ろに隠れてしまう。しかも思いっきり力強く服を握りしめている。
「……」
ガルムさん再び言葉を失う。いや、絶句している…のか? とりあえず、リンたちの全身を見た時以上の衝撃を受けているのは間違いない。
「あの…」
「あ、あぁ。度々すまない」
再度固まったガルムさんに声をかけるとすぐ復帰してくれた。
「…僕の言葉を信じてくれましたか?」
「…信じた。お前も苦労しているんだな」
してます。主に第三者の視線的な物で。
「それで、ひとつ聞きたいのですが、始祖とは獣人のみなさんにとってなんですか?」
「始祖様とは、我ら獣人たちの生みの親と言われている。そもそも獣人とは、元はただのケモノだったのだ。もちろん始祖様も最初はケモノだったと言われている。だが、始祖様は他のケモノとは違いスキル持ちだったらしい。そのスキルが九尾解放と妖術のスキルと言われている。他にもあったのかもしれないが、伝わっているのはこの2つだけだ。
そのうちの1つ、九尾解放のスキル。このスキルには、9つの尾を解放した時に人化する、人化の能力を有していたのだ。始祖様はその能力で、世界初の獣人となったらしい。獣人となった事で、ヒトと同じ知能を得た始祖様は世界を巡り、ヒトと言うものを知った。
そして、世界を見て回った始祖様は、もう一つのスキル、妖術のスキルで他のケモノも自身と同じ擬人化させていった。多分、寂しかったのだろうな。この世界に自身と同じ存在がいない事が」
「ちょっと待ってください! 妖術のスキルで出した幻は、時間と共に消えるのでは?」
「俺も言い伝えでしか知らないから何とも言えない。が、言い伝えではそうなっているのだから、消えないのが事実ではないか?」
以前、妖術スキルを観察のスキルで確認したが、そんな能力はなかったはずだ。…もしかして、九尾解放のスキルに何か隠されているのか? って、それを言ったら、あれに人化の能力があるとは出なかったはずだ。
僕は神様なら何か知っているのかと思い彼女を見ると、当の本人も驚きの表情をしていた。
「続けるぞ? そして、多くのケモノを獣人にした始祖様はこの地に移り住み、自身が世界を巡って得た知識を獣人たちに分け与え、この地で栄えていったのだ」
ガルムさんの話によって獣人の成り立ちを知ったけど、これはこの島の外に住む獣人が始祖の存在を信じないのも頷ける話だった。
「なるほど。始祖とは獣人たちにとって、まさに神様と言って過言ではないようですね。それであなたたちは、始祖様を僕の奴隷から解放させて、なにがしたかったんですか?」
「特に何もしないぞ? 始祖様がそこにいるだけでいい。俺たちは始祖様がいるだけで良かったんだ」
それは諦めてもらおう。僕自身、セシリアと別れる気はない。セシリアだって、僕の大切な仲間なのだから。
セシリアさん、だから安心してください。
…なので、服をそんなに強く握る上に引っ張らないでください。服が切れちゃうから!!
ありがとうございます。