海を渡る前の些末事
久々のノゾムのターン!
さて、みんなはそれぞれ行動を開始したみたいだな。
みんながそれぞれ町の各所へと散っていくのを見届けた僕は、1人だけ町の外へと歩いて行った。
なぜ、1人だけで町の外に行くのかと言うのも、僕の索敵系スキルに結構な魔物の群? が引っかかったからだ。しかもそいつら、北に向かって移動しているので、目的地は僕らと同じく北の島なんだろう。
ちなみに、現在の僕の索敵範囲は、おおよそ15㎞。うちの索敵担当のセシリアが反応しなかったのを見る限り、今は僕の方がスキルレベルは高いようだ。
「それにしても、いったいどれだけの魔物を集める気なんだ? あと、その魔物の出所も気になる。これだけ手あたり次第集めていたら、魔物の激減とか騒がれてもおかしくないはずなんだけどなぁ」
今現在、魔物がいなくなったなんて言う情報は聞いた覚えがない。
色々と考えながらも、魔物の群れらしき塊を目指して足を動かす。そして、軽く走る事、約3分。魔物の群れを肉眼で捉えられるところまで接近していた。
「ん~……。600前後ってところかな? しかし、こうして見ると異様な光景だな」
なぜ異様な光景なのかと言うと、魔物の数以上に魔物の種類が数十種類近くいる事だ。ゴブリン、オーク、ウルフに昆虫系や植物系の魔物全てが一心不乱に北に向かって移動しているのは異様以外に言葉が見つからない。
とりあえず、何をするにもあれの行く手を阻んで歩みを一度止める必要があるな。
「『ストーンウォール』」
僕は魔物の群れの行く先を阻むための岩の壁を出現させる。
…周囲に人がいなくてよかった。いきなり高さ15m、横10㎞を超える土の壁が出現したのを見たらかなりの騒ぎになっていたはずだからね。この規模で魔法を発動できたのは、僕の尋常じゃない魔力による力技です。これだけで魔力を10万ぐらいは使ってるからね。
良い子の皆は真似をしないで下さいね?
ちなみに最近気づいた事だけど、魔法は籠める魔力の量により、同じ魔法でもより魔力を注ぎ込んだ方が威力が高くなるのだけど、実はある一定量以上からは注ぎ込む魔力量が爆発的に増加するみたいだ。例えるなら、ある所までは、足し算だった魔力量が、いきなり掛け算に変わるみたいな感じだ。
閑話休題
魔物の群れが突然出現した壁によってその歩みを止める。それを確認した僕は、自身で作った壁の上に移動し、魔物の群れを見下ろす。すると、魔物の群れの一番奥からヒトが現れた。
「この壁を作ったのはお前か!」
黒髪、褐色肌の少しガラの悪い男が僕に問いかけてきた。情報が欲しいので、僕は男と会話する事にした。
「そうだ。お前がこの魔物の群れを率いているのか? もしかして、テイマーか?」
まず違うだろうけど、カマをかけてみた。観察でステータスを覗いてもいいんだけどバレた場合、即戦闘になってしまうから、ひとまずは止めておこう。
「俺が? 違う違う。俺はただの引率だ。テイマーなんて貧弱なやつらと一緒にするな」
案の定、何も考えていないのかこちらの質問に対して素直に返してくれる。
「テイマーでもないのにどうして魔物に襲われないんだ? やっぱり魔族だからか?」
これは世間一般における魔族のイメージだ。どうやら、魔族=人類の敵。そして、魔物も同様に人類の敵
なので、現代での一般人は、『魔族は魔物を使って人類を滅ぼそうとしている』と思っている。本来は、ヒトが始めた差別なのに…。
「んな訳あるか! 魔物を操るなんて、テイマーか召喚師、あとはあの御方ぐらいしか出来ねぇだろうよ」
ふむ。どうやらこの魔物たちは、あの御方とか言う奴が操っているようだ。そして、魔族を使っているところから見て、あの御方ってのはもしかして魔人か?
「おい! そろそろこの壁どけろよ! 俺は、この魔物どもを北の島まで連れて行かないといけないんだよ! 大人しく壁を取っ払って、ここから立ち去れば、見逃してやる!」
「これでも冒険者なんでね。これだけの魔物の群、見逃せないな」
「どうやら死にたいようだな?」
僕が退かないと言うと、男から殺気が膨れ上がった。その殺気に感化され、周囲の魔物たちも殺気立つ。
男は、アイテムボックスからポールアックスを取り出すと、大きく振りかぶり、勢い良く目の前の土の壁めがけて振り下ろした。
「おりゃああああああああああ!!」
勢い良く振り下ろされたポールアックスは土の壁を紙の如く簡単に切り裂いた。しかも、振り切ったポールアックスが地面にぶつかると、そこを中心に地面が爆ぜた。崩れると思っていた僕は、足元が爆ぜた事による爆風に巻き込まれてしまう。
「おら、お前ら! あれをさっさとぶっ殺して、移動再開するぞ!!」
僕が爆風に巻き込まれるのを確認した男は、周囲にいる魔物に僕を襲うように指示を出す。魔物たちもその指示を聞き、各々に声をあげながら、僕に向かって殺到し始める。
ひとまず空歩を使って体勢を立て直しながら地面に降り立つ。
「一番手はやっぱりウルフ系の魔物か」
念の為に体に問題がないか確かめながら魔物の方に目を向けると、もう目の前までウルフ系の魔物が迫っていた。
僕は特に慌てずに、アイテムボックスから片手剣を取り出し、足を狙って横薙ぎに一閃。僕に飛び掛かり噛みつこうとしていたウルフたちは、両足を斬り落とされた為、着地も出来ずにそのまま地面に転がり落ちる。
「昆虫系と見た目がえぐいのは殲滅で問題ないか。それ以外はスキルの糧になってもらおうか」
僕はまだまだこちらに向かってくる魔物たちを見て舌なめずりをする。すると、気のせいかもしれないけど、一瞬魔物たちの動きが鈍ったように見えた。
…? 威圧のスキルは使ってないから気のせいだろう。
「てめぇら!! たった一人のヒト族仕留めるのに、どれだけ時間かかってやがるんだ!」
剣一本で魔物の群れを相手にし始めてから、20分ぐらい経ったかな? 決めた種族以外殺さないように深手を与えるのが意外と難しくて殲滅するのに思いのほか時間がかかっている。
それを僕が最初に作った土の壁の上から眺めていた魔族の男は、ついに我慢の限界が来たのか魔物たちに怒鳴り散らし始めた。
それもそのはずで、魔物の群れは既に最初にいた数の半分ぐらいまで減ってるのだから。
「ガアA」
「五月蠅い!」
雄叫びのスキルを使おうとしたであろうオーガを袈裟斬りで沈める。そろそろ、Dランク以下の魔物が減ってきな。ボチボチ、オーガやサイクロプスなどの普通の冒険者からしたら脅威でしかない魔物ばかりになってきたな。
「取り囲んで嬲り殺せ! 相手は1人だぞ! 数の多さを利用しやがれ!!」
いや~、翼を持つ魔物がいなくて良かった。前方だけじゃなく、背後や上空までに気を遣わなきゃいけなかったからね。
男の指示により、魔物たちがただ突っ込んでくるだけだったのから僕を包囲する動きに移っていく。そのタイミングで、僕は魔物の群れに突撃を開始する。
何故このタイミングかと言うと、魔物の群れの後方が僕を包囲する為に移動したからだ。この移動により、魔物の群れの厚みが減った為、一気に突き破り、移動を開始した魔物たちの背後を逆にとってやろうと思ったからだ。
僕の正面にいたトロール数体を一瞬で斬り捨て、崩れ落ちた瞬間に出来た隙間に剣を突き出した状態で構え、自身を槍だと思いながら突貫する。
時間にして数秒後には魔物の壁をぶち抜き、反対側へと到達する。もちろん、怪我など一切なし。しかし、魔物の群れをぶち抜いた代償は外傷ではなく、精神的不快感で支払う事となっていた。なぜなら…
「ぺっぺ! うわぁ…。全身魔物の血やら体液でべったりなんですけど…」
そう、進路上にいた魔物を突き破ってきた為に、頭のてっぺんからつま先の先まで魔物の血などが付着してしまったのだ。血の臭いには慣れているつもりだったけど、今回のように血まみれになるのは、初めての経験の為、慣れている筈の血の臭いなのに、生臭くてしょうがない。が、今は左右に分かれている魔物たちの背後を強襲する方が先決だ。
幸い、一気に駆け抜けた事により上から見ている男も僕が魔物の群れを突破したのを信じられないといった感じで呆けていて、魔物への指示を出す気配がない。今なら、片方を苦も無く落とせるだろう。
結果から言うと、攻撃を受ける事無く魔物を無力化する事に成功した。あの後、左右に別れた片翼を背後から強襲。片付く頃にようやく残りが僕へと押し寄せてきたけど、その時点で100を切っていた魔物を無力化するのに時間はかからなかった。
そして、僕は今、魔族の男の首に剣を当てている。この男はあれから、僕が全ての魔物を無力化、あるいは討伐する間、正気に戻る事はなかった。そして現在に至る。
「さて、邪魔者もいなくなったし、あんたには色々と答えてもらおうか?」
多少威圧のスキルを使いながら、反論を許さない空気を作る。こちらは、無駄な問答をしている暇はないんです。早くしないと、いくら魔物とは言え死んじゃうからね。ついでに、最初に視なかったステータスを視させてもらうとしよう。
…特にこれって言うのがないな。職業が狂戦士なのは何となくだけど、その通りのような気がする。
「600はいた魔物が全滅って…。お前、バケモノか?」
まぁ、間違いじゃないな。見た目はヒトでも、実際はヴァンパイアだし。
「余計な事は考えないで、聞かれた事に答えろ。この剣先がどこにあるのか忘れるな」
「…何が知りたい」
軽く剣先を喉に押し込むと、男は素直になった。
「まずは、お前の上司についてだ。僕の予想が正しければ、そいつが今回の件の首謀者のはずなんだけど?」
「っ!!」
僕の言葉を聞いて、男は息をのむ。どうやら、僕の予想通りのようだね。それでも、この男が知っているのは、名前ぐらいなもんだろうけど。
「知ってることを話しな。じゃないと…」
「な、名前はラスト。あと知っている事と言えば、女性って事と魔物を操る能力があるぐらいしか知らねぇよ」
「肝心な事が抜けているだろ? そいつは魔人なんだろ?」
「何故それを!?」
僕が魔人と口にすると、男は驚愕する。驚いたところで情報ソースについて話してやる筋合いはないので、無視する。
「次の質問だ。魔族は、魔人の奴隷と聞いたけど、本当なのか?」
「…嘘じゃねぇが、本当でもねぇよ。魔族のほぼ全てが自分の意思で従っているんだ。そして、従わない奴らは奴隷と同じ扱いになるんだ」
僕が質問に答える気が無いと分かったようで、男はしぶしぶ僕の質問に答えた。そして、僕はこの答えもだいたい予想できていた。
「なら、次の質問だ。お前は、このままだと獣人の住む北の島が大変な事になるけど、それについてどう思っているんだ?」
「なんとも思わねぇよ。俺ら魔族には、それが許されるだけの過去がある! だから俺たちは、魔族に生まれた者として、世界に何をしても許されるんだよ!」
「あっそ。…じゃあ、死んでも文句は言えないな」
「…え?」
男の回答を聞いた僕は一度目を瞑り、男に聞こえるか聞こえないか微妙な大きなの声で呟くと、躊躇いもなく、男の首を刎ねた。男は一瞬の出来事に何が起きたのか判らないと言う表情だった。
「自分ではどうしようもない物を理由に不当な扱いを強いる奴に怒りを覚えるけど、自分ではどうしようもない物を理由に自分の行動を正当化する奴も同じぐらい嫌いなんだよ僕は…」
ここで言うステータスとは、僕たちがよく見ているステータスだけではなく、種族や地位、見た目なんかも含まれる。僕自身、自分ではどうしようもない物に振り回されてきた為に、そんな考え方をするようになってしまった。
今、男を殺したのも、そんなヤツの開き直りが僕の癇に障ったからついカッとなって殺ってしまっただけだ。
僕は、男の死体をそのままに、無力化した魔物のスキルを回収する作業を開始する。そして、魔物を全てアイテムボックス収納し、この場を後にする。
ちなみに、全身の魔物の血などは、スキルを回収する前に、自分の魔法で洗い流した。
ありがとうございました。
最後のノゾム君は今までのノゾム君からは想像も出来ないぐらい残忍のようにも見えますが、それだけ彼の逆鱗に触れたと言う事で納得してもらえると嬉しいです。