北へ…
間に合った…
「私からも質問があるのですが、よろしいですか?」
呆然としていた僕たちに対して、今度はソリューツから質問された。
「何ですか? えぇっと…」
「私の事は、ソリューでいいです。…まぁ、質問と言うよりは確認なのですが。そこの貴女、あの娘にわざと強制契約を実行させましたね? 私の真名が判るのであれば、強制契約をする意味がない。なのに、それを実行したと言う事は、わざととしか考えられないのです」
「そうなんですか、アイラさん?」
ソリューツ改め、ソリューの言葉を聞いて、それが真実なのか本人に確認する。
「確かに真名で縛れるのに、強制契約をする必要はないわ。けど、意味もなくやった訳じゃないわよ? これも全て、ルージュの経験の為よ」
暗に、お前は実験の道具だ、と言っているアイラさんに少しだけ背筋が凍る。だって、ソリューを見る彼女の目に温度を感じないから。
「…それともう一つ。何故、私はまだ生きているのですか? あの娘の召喚士としての経験の為と言うのであれば、もう私は用済みではないのでしょうか?」
ソリューもアイラさんの自分を見る目に僕と同じ気持ちになったようだ。しかし、この場では、これ以上それについては触れる事なく、次の質問を口にする。
「そんな事しないわよ。あなたにはルージュの事を頼みたいのです。戦闘訓練から護衛まで。それはもう、何から何まで」
さっきの温度を感じない目とは一転し、今度は満面の笑みで語るアイラさん。…もしかしてこの人、これを機にルージュのお目付け役から逃げようとしているんじゃないんだろうか?
「この私に人間のお守りをしろと言うのですか!」
ソリューが屈辱だと言わんばかりの形相でアイラさんを睨みつける。が、当の本人は全くもって気にしていない。
「真名で縛られている以上、そうするしかないんじゃないの?」
「…くっ!」
リンの正論すぎるツッコミに、ソリューは何も反論できず黙るしかなかった。
「ひとまず、屋敷の方に帰るとしようか?」
会話が途切れたので、僕は全員に帰宅を提案する。
「ノゾム様! ちょっと、待って下さい。先ほどからホールの様子が少しおかしいのです!」
しかし、その提案ももう少し先になるみたい。なにやら、ルージュの使い魔であるスライムのホールが戦闘終了後から様子がおかしいらしい。
よく見てみると、確かに変だ。何が変かと言うと、何故かホールの体がせわしなく蠢いている。いったいなんだろう?
「これって進化のするのかしら?」
僕、リン、ルージュの3人が揃って首を傾げていると、アイラさんが僕らの疑問を解消する一言を言ってくれた。
「進化!? 魔物ってこんなに早く進化するものなんですか?」
「普通は無理よ。契約してから、1週間やそこらで魔物が進化するのは、それだけレベルが上がるのが早かったか、濃密な魔力を得たかのどちらかじゃないかしら?」
つまり、進化の条件を満たしたと言うやつか。
「ちなみに、この進化ってすぐ終わるんですか?」
「ん~。この感じだとそろそろかしら? そうそう、スライム種って進化先が他の魔物に比べられないぐらい多いのよ。だから、どのように進化するのか想像できないのよ」
へぇ~。それは楽しみだなぁ。いったいどんなスライムに進化するんだろう?
アイラさんの話を聞いて、ルージュも進化が楽しみになったようで、ワクワクしながらその時を待っている。
「始まった!」
僕らは、もうすぐと言うアイラさんの言葉で、移動せず進化するのを待っていたのだが、ルージュの声で全員ホールへと視線向ける。
ホールはプルプルと小刻みに震えながらも全身から光を放っている。やがて、光が一際強くなり光の中心にいるホールの姿が変化していく。
そして…
「ピィ~」
「「「「「………………………………」」」」」
光が収まり、ホールの姿も変わっているので進化は終わったのだろう。が、誰も言葉を発する事が出来ずにいた。
「ピィ~?」
「「「「「……………………………………」」」」」
可愛い声を出しながら僕たちを見回す推定年齢5歳程度の幼子。それがさっきまでホールがいた場所にいる。
「あ、アイラさ…ん?」
「な、何でも、私に聞かないで!」
何とか声を絞り出した僕は、お得意の神頼りを発動させようとしたが、強制シャットアウトされてしまう。
「アイラさんでも、あの幼子が何なのか判らないんですか?」
状況を見るに、ホールの進化した姿があの幼子である事は間違いないと思う。しかし、人間の姿になるとは…。
「私だってこの世界の全てを知っている訳じゃないわよ! それにしても、いくら進化先が多岐にわたっているスライム種とは言え、ヒト型になる進化先なんてあったかしら? むしろ、それだけのインパクトがあれば覚えていそうなんだけど…」
どうやら、この進化には前例がないようだ。それなら、ひとまず観察を使ってみますか。
【名 前】 ホール
【年 齢】 0歳
【種 族】 スライム?
【職 業】
【レベル】 5
【H P】 412/312
【M P】 1343/1343
【筋 力】 237
【防御力】 267
【素早さ】 159
【命 中】 200
【賢 さ】 401
【 運 】 32
【スキル】
火魔法LV1 水魔法LV1 土魔法LV1 風魔法LV1 氷魔法LV1 雷魔法LV1 闇魔法LV1 光魔法LV1 回復魔法LV1 熱源察知LV1 並列思考LV2
【固有スキル】
吸収 保管
何ですかねスライム? って…。それになんでこんなに魔法覚えているの? 魔力も高いしさ、何からツッコんでいいのやら。とりあえず、このスライム? に観察スキルをっと。
種族 スライム?
・全ての基本属性の魔法を習得した為にスライムがヒトに近いモノに進化した。過去にこの進化に至ったスライムはいない為、種族名は決まっていない。
初めてだから、『?』がついているのね。それにこうなった原因も分かった。
「アイラさん。ホールは、全ての基本属性の魔法を覚えたから、このような進化になったらしいんですが、何か言う事はありませんか?」
「…魔物でも、私の力で魔法を習得させる事が出来るか試した結果です」
犯人は問い詰められたら簡単に白状しました。
いやね、それでも基本属性全部はやりすぎではないでしょうか? 普通は1つか多くても3つぐらいまでじゃないかな? それに、魔力譲渡もしているみたいだしね。
それにしても、進化したホールは人間そっくりだな。顔は中性的だから男女の区別が付かない。体は首から下はつるーんとしているので、裸だけどいやらしい感じは全くしない。とりあえず、このままにしておくのも不味いので、アイテムボックスからローブを取り出してホールに着せる。
「ホールの件は、これ以上ここで話す事じゃないから、屋敷に帰るとしようか」
僕の帰宅案に今度こそ全員が頷いた。が、問題が発生した。
ホールが送還を拒否したのだ。…正確には嫌がったのだが。
送還しようとすると、悲しそうな表情で見上げてくるので、ルージュが罪悪感に苛まれるとの事だ。
仕方ないので、そのまま帰ることにしたんだけど、案の定、屋敷に帰って一悶着あった。
翌日、屋敷の食堂にこの屋敷に住む全員を集めた。そして、昨日のソリューから手にいてた情報を話す事にした。
「…と言う事が、昨日分かった事だけど、どうしようか?」
説明を終えた僕は、皆にこの情報をどうしたらいいのか訊いてみる。
「ノゾム君、どうしようって?」
僕の質問が漠然としているせいかサキが聞き返してきた。
「どうしようってのは、この問題に首を突っ込むか、ギルドに情報を渡して終わりにするか、はたまた別の行動をとるのか。首を突っ込むにしても、どう言った形にするのか。ギルドと足並みを揃えるのか、それとも独自で行動するのか。まぁ、挙げたらきりがないけど、そんな感じだよ」
僕の言葉を聞いて、みんなが難しい表情で考え込む。このままだと、時間がかかりそうなので助け舟を出す事にする。
「それじゃあ、この件に関わるかどうかを多数決で決めたいと思う。まずは、関わった方がいいと思う人、手を挙げて」
手を挙げたのは、アイラさん、イリスさん、ルージュ、ニーチェ、エアル、ヨーリ、サチェスの7人。新人獣人は全員手を挙げたか。
「次に、関わらない方がいいと思う人」
手を挙げたのは、フェル、ネクス、アジリエ、リゼット、ネネ、ナナの6人。
「リンとサキとセシリアは何で手を挙げなかったの?」
「私は、ノゾムがどうして、この件に関わろうとしているのか知ってからにしたいからよ」
リンは僕の中に関わると言う選択肢がある事の理由を知りたいみたいだ。
「あたしも、リンさんと同じかな」
「………………」
セシリアは俯いて黙ったままだ。
「…今回の件だけど、今までの僕の経験からすると、遅かれ早かれ関わる事になると思うんだ。だったら、こっちから関わってやろうかなと思うんだ。だけど、僕のそんな思いに皆を巻き込む訳にはいかないから、こうやって皆の意見を聞きたいんだ」
僕の話を聞き終わったリンとサキは互いを見てため息をつき合った。
「確かに、ノゾムの事だから、巻き込まれるのは確実よね。と言うより、ワイバーンの件もあるんだから、もう巻き込まれているのよね」
「それだったら、自ら中心に行くのも悪くはない…かな? ただ、問題は…」
「……………」
そう、問題は先ほどから黙っているセシリアだ。
「セシリアは今回の件、どうしたい?」
「私は…どうしたい、のか、自分でも分か…りません。自…分と同じ獣人、を助けたいのか、それと、も自分にひどい…事をしてきた、人と同じ獣人…だから関わりた、くないのか」
僕の問いかけに、セシリアは自身の心の内を言葉にしてくれる。
「なら、何で、ニーチェとヨーリを選んだんだい?」
獣人に関わりたくないとも考えているセシリアに2人を選んだ理由を訊いてみた。
「それは…」
自分でも分からないみたいだ。それなら僕から言えることはただ1つ。
「なら、確かめに行こう」
「確かめる…ですか?」
「そう、確かめに。それで、獣人たちがセシリアにひどい事するようなら、今後は関わらなければいい。ただ、行動しないなら、後々後悔するような事にだけはならないでほしい」
「ノゾム様が、そう言う…なら、確かめに…行きま、す」
よし。これで、リン、サキ、セシリアも賛成組だな。
「そう言う訳で、関わらない方がいいに手を挙げた6人は留守番を頼むね」
「ちょっと待って下さい! 僕たちは、ご主人様の身の安全を思い反対したんです。しかし、ご主人様が行くと決めたのであれば、僕たちだってご主人様の身を守るためについて行きます!」
反対組に留守番をお願いしようとしたら、フェルから待ったがかかった。そして残りの5人を見てもどうやらフェルと同じみたいだ。
「…分かった。その代わり、明日までに屋敷を空けても大丈夫な状態にしてくれ。他の皆も遠出も準備を今日中に済ませてほしい」
『はい』
そんな訳で、僕たちは全員で北の異変に関わる事となった。
ありがとうございます。
やっぱり、スライムはチートにしないといけないですよね(謎の使命感)