原因は…僕
「望君! 早くルージュを追いかけるわよ!」
「そ、そうだ! えっと…。あっちか!」
僕は戦闘が終わって、急に豹変したルージュを見て、呆気にとられてしまっていた。
我に返ったアイラさんのおかげで正気に戻り、ルージュを索敵スキルで探す。そして、彼女を見つけたのでアイラさんとともに急いで追いかける。しかし、呆けていた時間が意外と長かったみたいで、かなり離れてしまっている。
追いかけている途中で、ルージュがどこに向かっているのかが気になり、索敵の範囲を広げてみると、彼女の進行方向の先に幾つもの魔物の反応が固まっている場所を見つけた。多分ここに向かっているんだと思う。
しかし、不思議なのは、ルージュには索敵系のスキルを1つも習得していなかったはず。なのに、今現実としてあるのは、その魔物がたくさんいる場所に向かってルージュが最短ルートで突き進んでいる事だった。
「それにしても、何でいきなり豹変したんだろうね?」
「私の予想だと、9割がたは望君に責任があると思うわ」
ルージュを追いかけている道中で、彼女がああなった原因をアイラさんを話し合って突き止めようとしたけど、アイラさんに原因は僕だと確信のある口調で即答されてしまった。
「やっぱり、そう思いますか?」
「ええ」
がっくりと肩を落とす僕。自分でもそうじゃないかなぁとは思っていたけど、ここまで断言されると流石に罪悪感が沸いてくる。
「…追い込みすぎましたかね」
「そうね。まぁ、何か理由があるとは思っていたから、口出しはしなかった私も悪いけどね」
確かに、外に1ヶ月も出さないであそこまで精神的に追い込んだのには理由があったけど、あの豹変っぷりを見た後だと、流石にやり過ぎたと反省している。
「理由は確かにありますけど、だからと言って、ルージュがあんな風になった事が許される免罪符にはならないですよ」
「…その理由についてはあとで話してもらうとして、今は彼女の確保が先ね」
「はい…」
アイラさんとの会話はそれっきりであとはひたすら走り続けた。本当なら、僕が1人で全力を出せばすぐにルージュに追い付けたはずだけど、この時の僕はその考えに至る余裕が無かった。
「これは…」
「あそこにあの娘が!」
森の開けた場所で、ようやくルージュに追い付いた僕たちが目にしたのは、大量のゴブリンに1人で対峙しているルージュだった。
「あはっ、あははははははははっはははは」
「ギィー!」
「ゲギャギャギャ!」
ルージュは正面から突っ込んでくるゴブリンに対して、彼女も駆け出し、最小限の体捌きで回避しながらすれ違いざまに足を斬り付けて行動不能にする。そうやって突破したに合わせて、第2陣のゴブリンたちが突っ込んできていた。
「闇に魅入られ、夢幻を彷徨え『スピリット・ミラージュ』」
闇魔法スピリット・ミラージュは、対象に幻覚を見せる魔法だ。
闇魔法は、他の属性よりも精神に作用する魔法が豊富な属性だ。そんな闇魔法を、この状況は短剣だけだと対処できないと判断して、ルージュは使った。
って、ルージュって闇魔法を習得していたっけ!?
「アイラさん」
「…質問の内容は想像ついてるわ。答えは、『あの娘に闇魔法は覚えさせていない』よ」
僕の言いたい事をすぐに察してくれたアイラさんは、先回りして答えを教えてくれた。そして、その答えは、ある意味で僕の望んだものでもあった。
ルージュに一番近づいていたゴブリン数匹が、スピリット・ミラージュの効果により、その場で反転し、後続のゴブリンに襲いかかる。どうやら、幻覚で敵味方が逆に見えるようになったみたいだ。
「流石に短剣じゃ、この数を相手にするのは大変だから~、アレ使っちゃお。ここなら広いし、ご主人様もダメとは言わないと思うしね~」
コブリンが同士討ちを始めた事で余裕が出来たルージュは、こちらを見ながらわざと聞こえるように喋っている。それよりもこちらに気付いている事に少し驚いた。
確かにここは結構広い。ゴブリンの集落のようで、50匹近い数がここにいる。ここならルージュもあの武器を使える。
僕は、こちらを見ている彼女に向かって大きく頷いた。本来なら止めるべきなんだろうけど、今の彼女がどこまでやれるのか確かめたくなったので手を貸すのは彼女が戦えなくなってからにする事にした。
「それじゃあ逝っくよ~! じゃじゃじゃ~ん!」
僕の許可が出たのでさらにテンションが上がった感じでルージュは魔法道具から大鎌を取り出した。
これが彼女本来の武器。出逢った頃はスキルも無かったのに、戦闘訓練を始めてからは何故かこの武器を好んで使い、気付けばスキルまで習得していた。
大鎌の柄は長さ彼女より10cmほど短く、半三日月の形をした刃は柄の1/2ほどの長さだ。
大鎌の柄の一番端を持ち、ハンマー投げの要領で回転し始めるルージュ。
「そ~っれ!」
彼女は十分に回転した勢いのままにゴブリンたちへと移動し始める。そして、可愛いかけ声とは裏腹に、ゴブリンたちをどんどん斬り捨てていく。
一度勢いに乗ってしまうと、ゴブリンごときでは大鎌の回転を止める事は出来ず、ゴブリンたちは成すすべもなくその数を減らしていく。
「あははははははは~! この感触、最っ高に気持ちいい~! もっと! もっと私に斬らせて~」
回転を止めることなくゴブリンを屠っていく彼女から、なにやら物騒な言葉が聞こえてくるが、この際無視する。
「ひとまず戦闘に問題は無さそうね。…この豹変っぷりは問題だけど」
「そうですね。…これ、元に戻るかな?」
ルージュの戦闘を見ていた僕とアイラさんは、もう問題ないだろうと判断して、ある程度張りつめていたものを解いていた。
「それにしても、闇魔法に索敵系のスキル。観察スキルで確認すれば、他にもスキルを覚えていそうね。もしかして、これがさっき言ってた望君の理由なの?」
「…精神的に追い込めば、それだけ早く強くなるんじゃないか。それを確かめたかったのが理由です。それがスキルの習得として現れるのか、ステータスの数値で現れるのかは分からなかったですが」
所謂、火事場の馬鹿力がこの世界ではどのように現れるのかをルージュで試したのだ。それ以外にも、彼女は王国から狙われる可能性があるので、早急に強くなってほしいと言う理由もあったので、今回の実験へと至ったのだ。…この豹変っぷりを見てやり過ぎたと反省はしているけど、結果だけを見れば複数のスキルを習得したようだし、成功と言ってもいいと思う。
「ふぇ~。目が回りました~。けど、楽しかったぁ~」
ゴブリンとの戦闘を終えたルージュが千鳥足で僕たちの所へと戻ってきた。
「…『アクアバレット』『クリーン』」
「わぷっ!? ちょっとご主人様、いきなりヒドいです!」
「全身に返り血浴びてたんだから文句言わない」
ゴブリンの返り血だらけだったので、問答無用で手加減したアクアバレットを浴びせて、血を洗い流し、クリーンで全身の汚れを落とす。アクアバレットを使ったのは、クリーンでは服の汚れまでは落ちないからだ。
当の本人はそんな事どうでもいいと言わんばかりに、頬を膨らませてブーブーと文句を言っているけどね。
しかし、ルージュが僕にこんな砕けた接し方をするなんてなぁ…。これって、ずっとこのままなのかな?
清純系から小悪魔系にクラスチェンジした彼女を改めてまじまじ見る。動言が軽い感じになっているのは、元からしっかりしなくてはいけなかった分の反動じゃないだろうか? なんて考えるのは責任から逃れたいだけの僕の都合のいい妄想だろうか?
「っと、それよりも、さっさとゴブリンの後処理をして移動しようか。血なまぐさくてかなわない」
「あっ! ご主人様ぁ! それなら、あの子に後処理をお願いするので、もう少しだけ我慢しもらえませんか~?」
「あの子って? …もしかして、さっき契約したスライム?」
「ですです~! そんな訳で~。おいで! ホール」
ルージュの豹変についてはなるようになれでいいやと思い、それよりもゴブリンの死体処理をしないといけない事を提案したら、ルージュに待ったをかけられた。
ルージュはさっき契約したスライム(この感じだと名前はホールと名付けたようだ)を呼び出し、初命令を与える。
『ピュイーーー』
「ホール、ここに転がっているゴブリンをぜぇ~んぶ食べちゃって」
召喚されたスライムは主人の命を受け、ゴブリンたちを補食していく。
スライムがゴブリンの補食を進めていると、時折ゴブリンの悲鳴らしきものが聞こえてくるので、周囲をよく観察すると、意外にも1/3ぐらいは生きていた。
どうやら、ルージュは最初からスライムの育成の為にある程度は残しておいたみたいだ。
「ゴブリンの処理が終わるまで暇だから、待ってる間にルージュのステータスを確認してもいいかい?」
「いいですよ~。私も自分で確認するから、一緒に見ましょ~」
そう言って、ルージュは自分のステータスを僕たちにも見えるように出してくれた。
【名 前】 ルージュ・イーベル
【年 齢】 14歳
【種 族】 ヒト
【職 業】 召喚士
【レベル】 6
【H P】 297/302
【M P】 2134/5347
【筋 力】 287
【防御力】 143
【素早さ】 238
【命 中】 188
【賢 さ】 268
【 運 】 48
【スキル】
大鎌術LV3 短剣術LV2 体術LV2 水魔法LV1 光魔法LV1 闇魔法LV2 召喚術LV2 回避LV2 直感LV2 気配察知LV2 先読みLV2 並列思考LV1
【固有スキル】
異世界召喚
見せてもらったステータスで実験の成果はスキルの方に現れる事が判明した。今回は闇魔法、気配察知、そして並列思考の3つを習得したようだ。
「スキルがいっぱい増えてますねぇ~。ご主人様褒めて下さい」
ルージュはスキルが増えている事をその場でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、全身で喜びを表現し、褒めて褒めてと言ってくる。
…ヤバイ。こんなに無邪気に喜ばれると、罪悪感から彼女の顔を直視できない…。
とりあえず、軽く頭を撫でながら自分の罪悪感を誤魔化す為に彼女のステータスを見ていたら、気になる事を見つけた。
「そう言えば、ルージュって何で、こんなに魔力だけずば抜けて高いの?」
「それはですねぇ~」
「私の『魔力の支配者』で魔力を譲渡したのよ」
「あぁ! 私が言いたかったのに~! アイラ様のいけずぅ」
「魔力の譲渡って、回復程度だと思てましたよ。まさか、最大値を増やせるとは…」
魔力の支配者の意外な能力に驚いていると、アイラさんが補足してくれた。
「この譲渡能力だけど、魔力の回復としての譲渡と、最大値を増やす為の譲渡の2つがあるの。前者は、特に説明することは無いけど、後者は色々と問題があるのよ」
「安易に相手の最大値を増やさない為ですか?」
「そう言う面もあるのかしら? ただ、そう言った問題の中でも一番の問題は変換率の悪さかしら。例えば、私が魔力を10渡したからといって、相手の魔力も10増える訳じゃないのよ。大体、3か…よくて4しか増えないわ。ただ、私がもう少しスキルの使用に慣れれば、変換率は上がると思うわ」
「それなら、是非とも変換率100%を目指してください。…って、今思ったんですけど、何でルージュに魔力を譲渡したんですか?」
一通り説明が終わったところで、何故、譲渡したのかと言う疑問が湧いてきた。本当なら、最初に訊くべき事なのに…。
「望君、それ本気で聞いてる?」
「? え、えぇ。少なくても冗談の類ではないですが…」
「はぁ~。…あのね、望君。私がルージュに魔力を譲渡したのはn」
「ご主人様が原因なんだよ~!」
僕の質問に対して呆れ全開のアイラさんはため息を一つついてから譲渡の理由を話そうとして、その台詞をルージュに取られた。彼女はさっきの仕返しが出来たのが嬉しいらしく、ちょっとドヤ顔でアイラさんの事を見ている。
そんな事より気になるのは…
「…なんで僕が原因なのさ?」
僕がルージュへと魔力の譲渡をする原因を作ったかだ。
「あのね、ご主人様。ご主人様は、この1ヶ月の間、私にどんな何の訓練を強要していたか覚えてる?」
ルージュの言葉の端に棘を感じるのは気のせいだと思いたい…。
「常時、光魔法で姿を変えていられるように魔力操作のスキルを習得させる為の訓練だけど?」
「そう! だけど、ご主人様? その姿を変え続けるのに必要なものってなんだと思う?」
「っ! そう言う事か。確かにそれは、僕が原因だね」
ルージュにあそこまで言われて、ようやく話が繋がった。
ルージュに魔法で姿を変えるよう指示したのは僕だ。だけど、レベルの低いルージュに、常時、魔法を維持するだけの魔力はない。では、どうすればいいのか。で、今回の魔力の譲渡へと繋がる訳だ。
うん、これは僕のせいとしか言いようがない。スキルを習得させる事にしか考えがいってなくて、すっかり、維持費の事を忘れていたよ。
「もう済んだことだし、気にしないで下さい~。ホールのお片付けが終わったみたいですよ? この後はどうしますか、ご主人様ぁ?」
ゴブリンの処理を終えて、僕たちの元に戻ってきたホールを抱きかかえるルージュが、首を傾げながら僕にどうするか訊いてくる。
「ん~。とりあえず今日は帰ろうか? そろそろ帰らないと、夕食に間に合わなくなるしね」
「は~い!」
僕は元気よく返事をするルージュを見て、リンたちにどう説明したもんかと、帰り道の最中頭を悩ませるのだった。
ありがとうございます
裏話を一つ。
この物語の初期プロットには、ルージュとは名前だけの登場人物でした。
しかし、この5章で再登場が決まりました。その時はまだ、普通の女の子で行く予定でした。
現在、色々とおかしな事になってしまった彼女…。どうしてこうなった!
書いていて楽しいキャラではあるんですがね。
今後、ルージュがどのようになっていくかは僕でも分かりません! なので、皆さまもどのようになるか、予想してみてください。