模擬戦の意味…
何で、本来なら落ち着いた所で知るべき事をこんな試合の中で知る羽目になっているんだろう? 主に過去の転移もしくは転生した人の情報。
色々と考えたい事が出来たのに、それもこんな状況じゃ出来るはずもない。ってか、ホントどうしよう?
「ふむふむ、これにも合わせられるか。ほれ、もう少s」
「いい加減に…して下さい!」
いい加減付き合うのが面倒になってきたので、セイドリックさんの台詞を遮って、ドロップキックで放つ。
「まだそんなに余力があったか。しかし、儂にダメージを与えるほどではないな」
「いだだだだだだだだだだ!!」
しかし、手を引き離すどころかダメージすら与えられなかった。しかも、お返しとばかりに先ほどのドロップキックで込めた分だけの力を握力に追加された。
「ぐっ! うううううう…。『ショック』! でりゃ!」
「む!」
僕はセイドリックさんから脱出する為に、最初に使ったショックで再び体の自由を奪い、ヤクザキックを喰らわせて、漸く彼を引き剥がすことに成功した。だけど、そこで油断せずにバックステップで一気に距離とる。
「ハァハァ…」
「ずいぶんと遠くまで逃げたもんだな」
「僕からしたら、この距離でも不安ですけどね」
セイドリックさんの言う通り、僕はだいたい15mぐらい距離をとっている。
「まぁ、力比べはあれぐらいでいいだろう。次は防御力と素早さを測るとするかな」
そう言ってセイドリックさんは走り出す。最初に接近してきたように古武術の歩法を使うのではなく、純粋な速さで距離を詰めてきた。
「そう簡単に近づけさせませんよ。『サンドニードル』!」
距離を詰めてくるセイドリックさんに対して、僕は魔法による牽制で容易に近づけないようにする。
「甘いな。不本意ながらも、永久機関と呼ばれている儂に、こんな子供騙しが通用するとでも?」
「マジかよ!?」
僕のサンドニードルに対して、セイドリックさんのとった行動は回避でも防御でもなく、そのまま直進だった。しかし、サンドニードルは直撃こそするものの、ダメージはかすり傷程度しか与えられず、そのかすり傷も瞬く間に回復してしまった。それを見て僕は驚きの声を出してしまった。
魔法を放った後のほんのわずかな硬直と魔法を気にせず突っ込んできた2つの要因により、僕はセイドリックさんの接近を許してしまう。
「ほれ、しっかり防御しないと痛いぞ?」
「ちっ!」
僕の懐に入ったセイドリックさんは、なんの変哲もないただの右ストレートを放つ。僕は、ダメージを減らす為にヒットする瞬間に後ろへと跳んで、何とかやり過ごす。
「今のスピードでも、衝撃を減らすために後ろに跳ぶ余裕があるのか。なら、次はもっと速くするぞ」
さて、ホントに付き合いきれなくなってきたぞ。そうなると、さっさとやられればいいだけの話なんだけど、それはそれで抵抗がある。どうせ負けるなら、一回ぐらい顔色を変えさせたいよね。…あれを使うか。
僕がこの後の行動を決めたの同時にセイドリックさんが先ほどよりも速く走り出す。
ってか、セイドリックさんのステータスだと、ここまで速くないはず? 一体どうすればこんなに速くなるんだ?
僕はセイドリックさんのスピードに疑問を覚える。僕自身、まだ余裕があるとは言え、それでも感覚的には8万~10万ぐらいの速度だと感じる。だけど、先ほど視たステータスだとあの人は6万を少し越えたぐらいだ。普通に考えればあり得ない。
そうか、判った! 身体強化のスキルか! にしても、強化されすぎじゃないですかね?
「ほれほれ。防戦一方だが、大丈夫か?」
セイドリックさんのステータス以上の数値の謎について考えている間も、当の本人からの攻撃は絶え間なく続いている。まぁ、反撃しようにも、相手の体術スキルが高すぎて反撃する隙なんて無いんだけど…。しかし、このままじゃ埒が明かない。しょうがない。どうせあれを使うんだ。なら、ついでにあれも使うか。
セイドリックさんの攻めに受けるしか出来ない僕は、彼が僕の顔面を狙った左フックを右手を楯にして防御しようとする。その際、威力に負けないようにする為、左手を右腕で支えるのを忘れない。
「それじゃ腹ががら空きだぞ?」
釣れた!
僕はワザとボディーをがら空きにして、セイドリックさんの攻撃を誘った。彼は、なんの疑いもなく右のボディーを放ってきた。
ここしかチャンスはない! 龍の鱗と逆鱗発動!
パンチが腹に届く寸前に、僕は先ほど使うと決めた2つのスキルを発動させた。
龍の鱗で耐物理を、龍の逆鱗で全能力の上昇を得て、する事はただ1つ。カウンターだ。なので、セイドリックさんからの左フックに対して防御に回していた右手を思いっきり握りしめ、彼の顔面に叩き込む。龍の逆鱗のおかげで、全能力が上がっている為、カウンターを叩き込むのもすごく簡単だった。
「ぐふっ!」
「ぶへっ!」
互いに攻撃を喰らい、僕はその場に前のめりで倒れ、セイドリックさんは数mほど吹き飛んだ。流石にカウンターで攻撃すれば吹き飛ぶのか。なお、僕が倒れたのは演技だったりする。実際はダメージは皆無だけど、これを機に試合の幕引きにしようと思ったので、ワザと倒れたのだ。
ちなみに、龍の逆鱗は解除済み。セイドリックさんにしっかりとした一撃を入れた事で、解除に成功した。
「うーむ…。いいのを貰ってしまったの。さて…」
セイドリックさんは多少よろけながらも、立ち上がる。鼻血も出ているのでダメージは与えられたみたいだ。
そして、試合の続きをしそうだったので、僕は慌てて降参の言葉を口にする。
「す、すみません…。これ以上は、無理…なので、降参しま…す」
「そこまで! 勝者ギルドマスター」
「……………」
アーシャさんは僕の降参を聞き、試合の終了を宣言する。セイドリックさんは、地に伏してる僕を疑いの眼差しで見つめていた。
う~ん。どうやら、セイドリックさんは僕が戦えないって嘘はバレてるみたいだな。
バレていると分かっていても、演技を止めるわけにはいかないので、ノロノロと起き上がっていると、リンたちが僕の元まで駆け足でやってきた。
「ノゾム大丈夫?」
「ん。あちこち痛いけど、何とか大丈夫だよ」
「……嘘をつけ」
開口一番に僕の心配をしてくれるリンや、僕の体をペタペタと触って異常が無いか調べているセシリアを他所に、そばにいるセイドリックさんがボソッとツッコミを入れてきた。
「何か言いました?」
「何も言っとらんわ。それよりもすまんが、儂の執務室まで来てくれ」
セイドリックさんは、言うだけ言って僕の返事も聞かずにこの場を去ってしまった。ちなみに、彼の殴られた後は既に完治していた。…治るの早すぎでしょ。
少しの間、訓練場で休憩をした後、僕たちはセイドリックさんの執務室まで足を運んだ。その間、リンとセシリアは試合でのダメージを心配してくれていたけど、周囲に人がいる状況で詳しく説明する訳にもいかず、ずっと『大丈夫だから』としか言えなかった。
「わざわざ来てもらったのに、仕事をしながらですまんな」
執務室に入ると、セイドリックさんはすでに仕事をしていた。いや、させられていると言った方がいいのかな? 隣にいるアーシャさんが目を光らせているし…。
「いえ、構いませんよ。それで、呼んだ理由は?」
「うむ。呼んだ理由は分かっておるとは思うが、先ほどの模擬戦をした理由の説明だ」
「そう言えば、後で説明してくれるんでしたね」
忘れてた…。途中からセイドリックさんに一矢報いるのに集中ていたからなぁ。
「そうだ。あの場では、他の冒険者たちがいたから話せなくてな」
「と、言いますと、模擬戦の理由はその冒険者たちにあるんですね?」
まぁ、何となく答えは分かるけど。
「その通り。模擬戦をした理由だが、新しくSSランクに昇格した冒険者に、ちょっかいを出そうとするバカに対する牽制だ」
うん。予想通りの理由だった。あれだけ、周囲の目の色や僕自身を見てれば、そんなもんだろうとは思っていたけどね。
「けど、それって本来は冒険者同士のいさこざは勝手にどうぞ、ですよね? それなのに何故です?」
しかし、疑問は残るのでセイドリックさんに答えてもらおう。
「当然の質問だな。幾つか理由があるが、一番の理由はSSランクのヤツを暴れさせない為だ。SSランクのヤツらが戦うと、周囲に甚大な被害がほぼ確実にでる。それを未然に防ぐため、模擬戦をし、喧嘩を売るバカを無くそうと言う訳じゃ」
「それじゃあ、セイドリックさんが僕と模擬戦をしたのって…」
「ノゾム君がフリーシアに手も足も出せないまま負けたからだ。あれでは、他のヤツらに対しての牽制には弱かったからの」
だから、セイドリックさんは模擬戦にしてはまどろっこしい戦い方だったのか。僕の実力を少しでも周囲に知らしめるために。
「そう言う訳でな、面倒をかけたの。そして、遅くなったが、ようこそ自由都市へ。自由都市の代表として、これからもよろしくな」
そう言ってセイドリックさんは仕事の手を止め席を立ち、僕たちに握手を求めてきた。僕たちはそれに応じたのち、執務室を後にした。
ありがとうございます。