少年と少女
虐殺劇を終えたリンスレットは僕に択肢を提示してきた。
-死か人間を辞めるか-
けど、振り返った過去にリンスレットがそんな事できる存在だとは思える所は1つも心当たりが無かった。だから、僕は彼女に聞いてみた。
「一体…どうやって…?」
「実は私、ヴァンパイアって種族なの。そのヴァンパイアの固有スキルを使えば、あなたはヴァンパイアになり、その過程で傷も治るわ」
何故だかは分からないけど、彼女は1番知られたくなかったであろう秘密を、僕を生かす為だけに打ち明けてくれた。その意味だけは理解しなければならない。
多分だけど、彼女の中で僕は死なせたくないのだろうと、予想する。
だから、ここで余計な質問をするのは彼女の覚悟に対して失礼な気がする…。
「そっか、じゃあ僕を、ヴァンパイアにしてくれ…ないかな?」
「えらくあっさり決めたけど、本当にいいの? ヴァンパイアはこの世界で忌み嫌われているのよ? この森で私が隠れて住んでいた理由の1つよ?」
「構わないよ、そんなこと…よりも、はぁ、君がこの先も…1人で生きていこうと…している方が、はぁはぁ、僕には死より…耐えられ…そうにないし、何よりも…このままじゃ、はぁはぁ、君を1人にしちゃうから…」
そう、僕は自分に似た、自身ではどうしようもない力に、振り回される彼女を1人にしたくなかった。
たとえ、その結果、人間である事を辞めたとしても…
たとえ、世界の全てが敵になっても。
そんな僕の考えを魔眼の力で読んだのか、彼女は感情の抜け落ちた顔から、いつもの感じに戻り、「バカ」と「ゴメン」と「ありがとう」と呟いてから、倒れていた僕に近づき、上半身だけを起こし、正面から抱きついて耳元で囁くようにこれからの事を説明し始めた。
「これからノゾムに私の血液を分けるわ。ただ血を分けてもヴァンパイア化はしないんだけど、スキルを使って分け与えた血なら相手をヴァンパイアにする事が出来るの。ただヴァンパイア化の時、身体が作り変わるからかなりの激痛に襲われるそうなの。それだけは覚悟してね」
「わかった。時間も…ないし、はぁ、サクッと始めて」
そろそろ、喋るのが辛くなってきたので、早く始めてもらう事にした。
「じゃあ始めるね…」
そう言って彼女は僕の首にキス…いや、噛み付いてきた。
そして、彼女の説明通り何かが僕の中に入ってくるのが分かる…これが彼女の血なんだろうって、意識した時には、彼女は僕の首から口を離していた。
「これで後は痛みに耐えるだけよ。頑張ってね」
そう言って僕を近くの樹に寄りかからせた彼女は、とても顔色が悪かった。
心配して声を掛けようとしたところで、体を作り変える為の激痛が襲ってきた。
そしてあまりの激痛に僕は気を失ってしまった。
「んっ」
意識が戻ると激痛もそれ以前に感じていた切られた痛みもなくなっていた。
「ノゾム、気が付いた?」
目を開けて声の主を見つけると、彼女はホッとしたように微笑んでいた。
気を失う前に見た彼女の顔色の悪さはすでに問題ないようだ。
「うん、もう痛みもないし問題ないみたい」
「そう、とりあえずは良かったわ。じゃあ今後の事なんだけど、ノゾムはどうするの?」
「どうって、今まで通りの生活を」
「出来ないわよ? 偽装スキルのないヴァンパイアはヒトの中では生活できないわ。確実に恐怖の対象にされて排除されるの。理由はステータスを見れば分かるわ」
僕の台詞を遮ってこれまで通りは無理だと言う彼女の言う通りステータスを見てみた。
【名 前】 ノゾム・サエキ
【年 齢】 17歳
【種 族】 ヴァンパイア
【職 業】
【レベル】 1
【H P】 &%$@・*&$/&%$@・*&$
【M P】 #$%@:*;・¥*+/#$%@:*;・¥*+
【筋 力】 &$#%@*+
【防御力】 %%$’+&*
【素早さ】 @*+&%#?
【命 中】 *¥&$#”$
【賢 さ】 *@#!%$?
【 運 】 100~0
【スキル】
異世界言語 気絶耐性LV2 直感LV1 観察
【固有スキル】
ヴァンパイア 吸血 再生
え~と…なんか以前よりバグが増えてるような気がするけど何で?
「どう、ヒトの時と違って、かなりステータスが上がってるでしょ?」
「それが、表記されてないんだけど?」
「はぁ!? そんな事あるはずないじゃない」
そう言えばチート能力が通常のステータス画面では見れないのは話してなかったっけ。
とりあえず、彼女にステータスを見せてみると彼女は驚愕した。
僕は、観察のスキルでなら数値を正しく視れる事を思い出し、驚愕している彼女を放置してスキルを自分に使ってもう一度ステータスを視る事にした。
【名 前】 ノゾム・サエキ
【年 齢】 17歳
【種 族】 ヴァンパイア
【職 業】
【レベル】 1
【H P】 17867598/17867598
【M P】 57912863400/57912863400
【筋 力】 7589431 (-99.9%)
【防御力】 6207259 (-99.9%)
【素早さ】 5988233 (-99.9%)
【命 中】 6542907 (-99.9%)
【賢 さ】 7321784 (-99.9%)
【 運 】 100~0
【スキル】
異世界言語 気絶耐性LV2 直感LV1 観察 (違和感)
【固有スキル】
ヴァンパイア 吸血 再生
なんて言うかまたもやおかしい所があるぞ…
またマイナススキルか…前回のは無くなってるけど今回はどんなスキルだ?
『【違和感】
LVとステータス数値が釣り合わない者が習得する可能性があるスキル。
このスキルを持つ者はHPとMPと運以外のステータスに制限がかかり、数値通りの力を発揮出来ない。
このスキルは習得度が100にならないと無くならない。
このスキルがある限りLVアップによるステータスアップは起こらない。
LVアップによりこのスキルの習得度が100に近づく度に、制限も緩和されていく。 【習得度 1】』
またとんでもないスキルだよ…。
けど、制約を差し引いても恐ろしい数値なんですが…。
確かにこれは他の者から恐怖の対象とされるのも納得。
けどなんでこんなことに? とりあえず聞いてみよう。
「ねぇ、スキル使って、ステータスを確認したけど、なんでこんな事に?」
「それは固有スキル【ヴァンパイア】の能力の1つが原因よ。最大MPに応じてMPと運以外のステータスを強化するのよ。それのせいで忌み嫌われているんだけどね…」
ステータス上昇の原因は分かった。ひとまずその辺りの事は後にするとして、今はこれからの事を考えないと…。
「とりあえずその辺りはあとで教えて。さっきの質問に対する答えだけど、今日のところは王都に戻ろうと思う。一応ギルドカードがあるから、それを見せていれば問題はないはず…。それに今受けてる依頼の報告もしないといけないし、王都を出るにしても城の方に一言言わないといけないしね」
「じゃあ明日以降は?」
「う~ん…とりあえずは旅に出ようと思ってる。1つの場所に留まるのは危険そうだしね」
僕は周りを見渡しながらそう言うと彼女も言いたい事を理解したみたいだ。
今回の盗賊みたいに自分たちの力を狙うものやその力を排除しようとするものが現れるかもしてないという事に…。
「ノゾムってお金持っていたの? 確か日々の生活で、いっぱいいっぱいって話していなかったかしら?」
「あっ!」
そうだ、旅をするにもその準備なんかでお金がかかるんだった…。
どうしたもんか…。
「この盗賊たち、お金もってないかな?」
周りに落ちている肉塊は元盗賊だ。お金を持ち歩いている可能性だってある。
グロいから無視したかったけど、今後の生活費ゲットの可能性の為に頑張って調べてみますか。
「銀貨30枚か、意外に持っていたね。お陰で旅の準備も出来そうだよ」
お金を集め終え、彼女に報告すると、彼女は覚悟を決めた瞳で僕を見ながら口を開いた。
「じゃあ、私もその旅について行く!」
「いいよ」
問題ないので即答でOKしてみた。
「ダメって言ってもついて行…えっ? いいの?」
僕がダメと言うと思ったらしけど、予想外の言葉が返ってきて彼女はビックリしていた。
「だからいいよって言ったんだけど? そもそも、ここでリンスレットと別れて旅に出たら、さっきの言葉が嘘になっちゃうじゃん」
「っ!!」
僕が死にかけていた時に言った言葉を思い出して彼女は真っ赤になっている。
僕としては、力に振り回されて、1人で生きる事になった彼女を、1人にしたくないと思って言ったのに、彼女は勘違いしてるっぽい…。魔眼で心を読んでたはずだから、彼女も知ってるはずなんだけどなぁ…。
「そ、それならいいわ。けど、王都に戻る前にやる事があるわ。ノゾム、依頼の期限は?」
「やる事? それと依頼の期限に何の関係が?」
真っ赤になっていた彼女は落ち着いたらしく話を進めてきた。
「あるわよ。期限ギリギリまで力のコントロールの練習をするのよ」
「力のコントロール?」
「これは説明するより体験してもらった方が早いわ。とりあえず、この樹を殴ってみて?」
そう言って彼女は指定したのは高さ20m近くはありそうな巨木だった。
こんなの殴ったら拳の方がダメになるよと思ったけど、自分の筋力値を思い出した。
あの数値なら大丈夫な気がした以上に手加減しないと不味い気がしたので1割ぐらいの力で殴ってみた。
結果
殴った感触がないかと思うぐらい簡単に樹に拳が突き刺さった。
「ノゾム。…それ何割の力で殴った?」
「えっと、僕的には1割のつもりだけど?」
「やっぱり誤差があるわね。多分、ノゾムは1割のつもりでも、実際は5割ぐらい出ていたんじゃないかしら? これは、ヴァンパイアになりたてのヒトによく見られると言われている症状らしいの。そんな状態でヒトを殴ったら、確実に惨劇になるわよね?」
確かに彼女の言うとおりだ…。
スキルのせいで全力が出せないとは言っても、数値的には筋力だけでも、…えっと、7000越えてるんだよなぁ…
それの5割って言うと、最低でもって3500以上か…
これはホントに依頼の期限ギリギリまで練習しないと不味そうだ…。
「それじゃあ、依頼の期限は2日後だから、あと2日よろしくお願い」
「任せなさい! 私が、しっかりと教えてあげるから」
そう言ったら彼女は満面の笑みを浮かべて僕の手を引っ張って小屋へと急かす。
2日間の練習のお陰もあって、力のコントロールはちゃんと出来るようになりました。
それと固有スキルについても調べてみました。
『【ヴァンパイア】
ヴァンパイア種族の固有スキルで、幾つかの能力を有している
・最大MPに応じてMP、運の数値以外を強化する
・任意の相手の同意があれば己の血液を分け与え、相手をヴァンパイアにする事が出来る
・他者の魔力量を大雑把に測る事が出きる』
『【吸血】
ヴァンパイアでも極少数しか習得できないスキル
吸血した生物のスキルを習得できる
ただし、吸血した相手を倒しても経験値を得られない』
『【再生】
ヴァンパイアでも桁違いの魔力を宿したものしか習得出来ないスキル。
任意のタイミングで魔力を大量に消費して体を再生させる。ただし、心臓は再生できない。さらに首をはねられても再生は出来ない』
なんですか、このチート種族…。
ちなみに、この事をリンスレットに言ったら『そんな化け物は過去に1人もいないわよ!!』と、言われました。
ついでに、ステータスのバグってない数値を教えたら、驚きを通り越して真っ青な顔になったので、他の人には真実は話すまいと誓ったのは内緒です。
そんなこんなの2日間を終えて、これから王都に戻るんですが、王都には僕一人で行くと思いきや、隣にはなぜかリンスレットがいるんだけど?
「リンスレットさん? あなた王都に行っても平気なんですか?」
「何で敬語なのよ? 多分大丈夫じゃないかしら? それに旅に必要な物も買わなきゃいけないしね。もし何かあっても、今のノゾムなら問題なく解決出来るだろうしね」
「とりあえず、何も起こらなければいいなぁ…」
笑顔で答える彼女を見て、多分無理だと思い密かにため息をつく。
けど、行かない事には始まらないので僕は王都に向かって森の出口へと歩き始めた。
この話で第1章が終わりです。