模擬…えっ!?
フリーシアさんは訓練場の入り口を背にして立っていた僕たちへ普通に挨拶してきた。そして、相手が僕だと分かり、笑顔を引きつらせた。
「マスター? 彼が模擬戦の相手と言うのは本当ですか? 出来れば嘘だと言っていたたきたいのですが…」
フリーシアさんは、引きつった笑顔のまま、セイドリックさんに確認を取り始めた。
「来て早々にどうしたんだ? 嘘でも何でもないぞ。彼が対戦相手のノゾム君だ」
「あははは~。…マスター。彼の不戦勝でいいので、模擬戦は終了でいいですか?」
「「はあ?」」
フリーシアさんのいきなりの棄権宣言に僕とセイドリックさんの困惑混じりの声がハモる。
「お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
あっ、セイドリックさんのこめかみがぴくぴくしてる。笑顔は保っているけど、あれはかなりお怒りだぞ。その証拠に、セイドリックさんからとんでもない威圧感が放たれている。
ここに来たことで、ようやくセシリアから腕を解放されたのに、この威圧感のせいでセシリアは、また僕の腕に抱きついてきたよ。狐耳もへたってるし
、しっぽも内巻きになってる…。ちなみに、リンは多少表情が固いが、それほど威圧に当てられてはいないようだ。
「………………分かりました。模擬戦やりますよ、やればいいんですよね」
暫く睨み合っていた2人だったけど、セイドリックさんが視線だけ反らしたのをフリーシアさんの視線が追いかけたと思ったら、急にフリーシアさんが折れた。いったい、今のやり取りにどんな意味があったのだろうか?
2人のやり取りをジッと見ていた僕をフリーシアさんは少し困った顔で見つめてきた。
「あの、何か?」
「あの~、ノゾムさん? そう言う訳で、模擬戦を始めたいのですが…」
フリーシアさんの視線に耐えきれなくなった僕は本人にどうしたのか問うと、フリーシアさんはさらに困った表情になりながら、僕の左腕を指さした。そこには…
「あっ!」
セイドリックさんの威圧に当てられて怯えていたセシリアがいた。
「セシリア。模擬戦が始まるから、腕は離してもらってもいいかな?」
「す、すみま…せん!」
「リン。悪いんだけど、セシリアの事よろしく」
「分かったわ」
リンは僕の腕からセシリアを預かると、周囲にいる観客と化した冒険者たちの所へと歩いていく。
さて、どうやって戦うk
「ノゾム」
「ん? どうしたの」
「頑張ってね」
頭を戦闘思考に切り替えようとしたところで、リンから声をかけられたので振り返ると、極上の笑みを浮かべながらエールを送られた。
「…お、おぅ」
不意打ちで美少女の極上の笑みを食らった僕は、普段使わないような言葉遣いで返事をするので精一杯だった。
「あの~? 早く始めたいのですが、いつまで待てばいいのですか?」
「は、はい! すみません。もう大丈夫です」
フリーシアさんの呆れた感じのツッコミで、今度こそ目の前の相手に集中する事に全神経を傾けようとして…
「2人とも準備はいいな? それでは、始m」
「って、ちょっと待って下さい! 肝心な事を質問し忘れていました」
大事な事を聞いていないのを思い出し、セイドリックさんの言葉を遮った。
「いったい、何を聞いていなかったと言うのだね?」
「えっと、ルールってどうなっているんですかね…」
そう、この模擬戦の勝敗条件とか禁止事項とかを聞いていないし、説明されてもいないのだ。
「あっ!」
セイドリックさんも僕に指摘されて、ようやく気が付いたようだ。
「ふむ…。勝敗は、降参または、戦闘継続不能とこちらが判断した時としよう。このギルドを壊さなければ、何をしても構わん。SSクラスなら殺す気でやって丁度いいだろう? どうせ、死なんだろうしな。で、何か質問はあるかな?」
勝敗条件は普通だけど、禁止事項がほぼ皆無って…。それにSSクラスは殺しても死なないみたいな言い方はどうなんですかね?
「はぁ…。特にないです」
「…私も大丈夫です」
僕がため息混じりで応えると、向かい合っていたフリーシアさんも何かを諦めた表情で応えた。
多分、僕と同じこと考えているんだろうなぁ…。
「では、改めて。始め!」
セイドリックさんの合図で模擬戦は始まった。僕はアイテムボックスから武器を取り出すフリをしながら、スキルで剣を創る。そして、対戦相手であるフリーシアさんがどんな風に仕掛けてくるのか、様子を見る為に始めは彼女をよく観察する事にした。
フリーシアさんは、僕と同じぐらいの身長で髪は水色、髪型はリンみたいなふわゆるなウェーブを肩口にかかるぐらいで切り揃えている。目は髪と同じ水色、若干垂れ目気味で右目にある泣きボクロが少し妖艶な雰囲気を作り出している。スタイルは出る所は出て、引っ込む所はしっかり引っ込んでいる。
見た感じ武器は持っていないが、どうするのだろうか?
「さて、お互い出方を窺っていては、試合がしばらく動かなくて、観客から文句が出るでしょう。なので、手っ取り早く、私から仕掛ける事にしますが、よろしいですか?」
「えっ? あ、はい。どう…ぞ?」
不意をつかれたフリーシアさんからの提案に、首を傾げながらも首を縦に振ってしまった。
「では、失礼します」
フリーシアさんは一礼をすると、左腕を前にかかげる。そして、左手首に装備された腕輪が光り始めた。
光が収まると、フリーシアさんの周囲には先ほどまでなかった、多種多様な大剣が数え切れないほど地面に刺さっていた。
「もしかして、その腕輪って、魔法道具ですか?」
「そうです。これは、無魔法のアイテムボックスを付与してもらったものです」
魔法道具とは、魔物から取れる魔石に魔法を付与した物の総称だ。例えば、魔石に火魔法を付与して剣を造れば火属性の剣が出来る。ただし、魔石に魔法を付与出来る、付与術師が割と珍しい為、魔法道具はかなり高価な物となっている。
「それでは、全力で行かせて頂きます。ですが、ノゾムさんは手加減して下さいね?」
「へ?」
彼女の最後の一言の意味を理解できずにいる僕を余所に、彼女は周囲にある大剣を一つ片手で掴むと、そのまま肩で担ぐように構えた。
「よ…いしょっと!」
そして、かけ声とともに、構えた大剣を僕に向かって投げた。
「う、っわぁ!」
互いの距離が10mほどしか離れていない上に、フリーシアさんのステータスで全力投球された大剣は、一瞬で僕の元に到達した。
僕は情けない声を出しながらも、間一髪で回避に成功した。が、安心したのも束の間だった。
「まだまだ行きますよ!」
フリーシアさんの宣言通り、僕に息をつかせる暇を与えないように、大剣の投擲は続く。
「ま、じか! まさ、かの物量…戦法とは。しかも、投擲ス…キルのせいか、狙、いは正、確。さらに、ステータスの、高さ…のせいで、一投、毎の威力が…ハンパじゃない!」
これ、絶対アサシンの戦い方じゃないよね!? ってか、さっきからフリーシアさんの周りにある大剣が減ってないように見えるんたけど!?
僕は次々に飛んでくる大剣を辛うじて避けたり、いなしたりしてはいるものの、反撃に転じる事が出来ずにいた。だって、フリーシアさんのこれは、ドラゴンのブレスと同格の範囲攻撃なんだから。なので、一度攻撃が始まったら途切れるまで耐えるしかない。
「くっ、はぁ! …あれ? ハァハァ」
永遠かと思えるほど永い、フリーシアさんの攻撃を耐えていると、いきなり攻撃が止んだ。
「どこに?」
攻撃が止んだを不審に思い、フリーシアさんへ視線を向けると、先ほどまでいたはずの彼女はそこから姿を消していた。
「~っ!?」
フリーシアさんを探すため辺りを見回していたら、急に悪寒に襲われたので、直感に従い振り向くと、そこにはさっきまでとんでも攻撃を行っていたフリーシアさんがいた。
彼女は渾身の袈裟斬りを放とうとしているのか、両手で武器を持ち、両手が肩の後ろにいくまで大きく振りかぶっていた。いや、すでに振り始めていた。
「間に合えー!」
僕は、フリーシアさんのステータスに大剣の重量を加味したとんでもない衝撃に備えて、剣を頭上に水平に構え、腰を落として思いっきり踏ん張った。
「やはり、気付きましたか。が、そんなに踏ん張っていいんですか?」
キーーーン
「え?」
フリーシアさんがそれすら想定内だと言わんはかりの笑みを浮かべる。
直後、僕を襲った衝撃は一切無かった。変わりに金属同士の激突による澄み渡った音が聞こえただけだった。
いや、正確には衝撃はあった。が、僕の予想していた衝撃に比べたらそれは全く感じないほど軽かった。
何故? と思った僕だったけど、フリーシアさんの持つ武器を見て納得した。
「小…刀?」
「別にスキルが無いから使っては駄目みたいな事はありませんよ? それよりいいんですか? この距離では、ノゾムさんの武器より、私の武器の間合いですよ?」
「っ! マズい!」
「逃がしません!」
フリーシアさんの指摘で自分と彼女の距離が1m無いことに気付かされる。
慌てて距離をとろうとするも、大剣の衝撃に備えていたせいで、次の動作に移るのに、普段より一瞬遅れる。
フリーシアさんはその隙を逃さず、僕の足を払い体勢を崩すと、そのまま僕を押し倒し、馬乗りになって僕の首筋に小刀を添える。
「……降参します」
こうして、僕はフリーシアさんに一度も攻撃を仕掛けることなく封殺されたのだった。
なぜこうなった?
最初はノゾム君勝利ルートだったんですよ! それが、いつの間にか敗北してました…。(言い訳)
けど、今後の展開を考えると、まぁ有りかな…と。
それと、あらすじ少し変えました。あとタグの主人公最強も多少変更しました。
ありがとうございました。