南の森での攻防
森の外にいた、王国の兵士1000人を、なんなく戦闘不能にし、エルフの村に向かった3馬鹿を追って森に入った僕だったけど、今は、慣れない事をしているので、中々走るペースが上がらない。
「こんな事になるなら、嫌がらずに、練習しておくべきだったなぁ…」
誰かが聞いているわけでもないのに、1人で愚痴ってしまう。
それにしても、視界が3つもあるのは本当に慣れないなぁ。この並列思考が無かったら、情報の多さに、速攻で脳がオーバーヒートしていたと思う。
森の中を暫く走っていると、道が3方向に分かれている場所に出た。
兵士のリアクションを見たかぎりだと、僕の予想通り、あいつらは、ゲーム感覚でエルフの捕獲数を競うつもりなんだよな。そうなると、絶対にここで3人バラバラになったはずだ。
「ほんと、どんなスキルでも役に立つものだな」
そう呟いた僕は、3方向にそれぞれ分かれ、森の奥へと走り始めた。
ちなみに、僕が今使っているスキルは、いつぞやのダンジョンで手に入れた『分裂』だ。手に入れてから1度も使った事がなかったけど、今は、手に入れておいて良かったと思う。おかげで、バラバラに行動しているあいつらをいっぺんに倒す事が出来る。とりあえず、分裂体のステータスはオール7000程度にしてある。媒体の為に手首を二度切り落としたけど、そちらは『再生』のスキルで直してある。
閑話休題
-分かれ道を左に進んだノゾム(分裂体)-
分かれ道で他の自分と別れた僕は森の奥へと走りながら、現在の自分の状態について確認していた。
う~ん…。並列思考1つしか使ってないから、魔法の同時発動は無理…。ステータスはHPとMPは本体に比べたら、ほとんど無いようなもの。筋力などは1/8程度と制限が多いなぁ…。特にMPは考えて使わないとすぐ枯渇しそうだ。
実は再生や雷魔法、氷魔法は消費MPが他とはレベルが違う。普段なら考えなしに使っていても、問題ないんだけどね。
と、考えてたら、感知スキルに反応が出た。
感知に引っかかったのは、2人だ。こちらの移動速度と比較すると、どうやら、歩いてるっぽいな。それにしても、2人ってどういう事だ? もしかして、あいつら、2人と1人に分かれたのか?
とりあえず、相手に気付かれないように、慎重に距離を詰めていった。
そして、ようやく目視出来る距離まで、接近する事に成功し、その姿を確認した。
「あれは…伊藤と商人?」
観察で確認したところ、奴隷契約のスキルを所持しているので、商人は奴隷商人のようだ。この分でいくと、残りの2人にも、同じように奴隷商人が付き添っているとみていいだろう。
ちなみに、伊藤のステータスはこんな感じだった。
【名 前】 リョウスケ・イトウ
【年 齢】 18歳
【種 族】 ヒト
【職 業】 魔術師
【レベル】 20
【H P】 3298/3298
【M P】 8372/8372
【筋 力】 1848
【防御力】 1693
【素早さ】 3890
【命 中】 4457
【賢 さ】 7423
【 運 】 27
【スキル】
異世界言語 火魔法LV5 水魔法LV4 土魔法LV6 光魔法LV3 無魔法LV5 魔法強化LV5 MP回復速度LV3 無詠唱 魔力操作 並列思考LV3
あいつらの、この世界に、召喚されたばかりのステータスなんて、覚えていないけど、この数値は絶対、異世界人補正みたいなのが適用されているに決まっている。そうじゃないと、LV60に近かったカードス以上のステータスに説明がつかない。
それにしても、少し予想外だな。まさか、1つだけとはいえ、ステータスで負けるとは思わなかった。それでも、引くわけにはいかない。あいつらが、この世界の住人に迷惑をかけようとしているんだ。同じ世界から来た僕としては、見て見ぬふりは出来ないんだよね。
さて、いきなり、不意打ちで制圧するよりも、会話して情報を引き出すことにしよう。あいつらの中じゃ、伊藤が一番口が軽いからな。今の王国内部の情報が手には入ればいいんだけど…。
伊藤に気付かれないように、追い抜き、あたかもここから先には進ませません、と言わんばかりに道のど真ん中に立つ僕に、伊藤が声をかけてきた。
「お前、そんなとこにつっ立ってんなよ! 邪魔だから道の端っこにでも、退いてろ!」
「ここから先に、行かせないようにしているのに、端に退いたら意味ないじゃん。……なぁ、伊藤?」
僕は、わざと伊藤の名前を口にして、目の前に立っている人間はお前の事を知っているんだぞってのを、遠回しに伝えてみた。
伊藤は、自身の名字を真っ先に言われたことに驚いたが、僕の顔を見て、納得がいったみだいだ。
「まさか、生きていたとはなぁ。名前を呼ばれるまで、気付かなかったわ。…で? さっきのはどういう意味だ? 佐伯よぉ?」
「そのままの意味だけど?」
「おいおい。俺は、この先にある村に用があるんだよ。それを何で、お前に邪魔されなきゃいけねぇんだよ?」
「だから、その用を邪魔するのが、僕の目的だって言ってるんだけど?」
「ふざけんじゃねぇよ! エルフの奴隷をタダで手に入れられるチャンスなんだぞ? 早くしねぇと、正木に全部とられちまうんだよ!」
「全部吉田にって、原は来ていないのか?」
伊藤が原の事を気にしていないので、聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「あ? 信夫も来てるに決まってるじゃねぇか。ただ、あいつは奴隷に興味はねぇらしいから、今回の勝った奴に自分で捕まえた奴隷を全部くれるらしい」
原が奴隷に興味が無いことに驚いたけど、僕は伊藤が言った一言が気になった。
「…勝者? お前たち、何か賭けているのか?」
「んだよ。賭けじゃなくて、遊び。その遊びにやる気を出すための賞品だよ。王国の命令でエルフ狩りをするんだが、ただ実行するんじゃ、つまんねぇから、俺ら3人で、遊ぶことにしたんだよ。
遊ぶ内容は、誰が一番多くエルフを奴隷に出来るか。ルールはお互いの邪魔はしない事、ただ1つだけ。
信夫は参加は拒否したが、エルフ狩りは参加するから、信夫が奴隷にしたエルフはこの遊びで勝った奴の物にしようってなったんだよ」
…こいつにとって、今回の件は、ただの遊びでしかないのか。
「ってか、んなことは、どうでもいいから、さっさと退けよ。…いや、退くの待ってるのもめんどくせぇから、さっさと死んでくれ」
伊藤は、これ以上、時間を使うのが嫌だったらしく、いきなり魔法を放ち、僕を排除しにきた。
詠唱もなく、いきなり放たれた魔法は水魔法のアクアバレットだと思う。
「っ!!」
パーン!
僕のお腹辺りで水の弾ける音と息が詰まるほどの衝撃が襲ってきたので、僕は吹き飛ばされてしまった。
「雑魚が、でしゃばるからこうなるんだよ。身の程を知れ。って、もう遅いか」
伊藤は、僕を仕留めた気でいるが、残念なことに、僕はまだ生きている。
それにしても困ったなぁ…。本当なら、さっきの伊藤の攻撃は、避けるつもりだったのに、避けれなかった。攻撃は見えていたんだけど、体の反応が本体とは違いすぎて、回避が間に合わなくなってしまった。
ステータス制限に、慣れない体での戦闘。不安要素は考えたらきりがないから、考えるのはやめよう。
僕は、考えるのを止めて、さっさと起き上がることにした。そうしないと、伊藤が先に行ってしまうからね。
「げほっ、げほっ。勝手に殺さないでくれない?」
僕を殺した気でいた伊藤は、起き上がった僕を見て、驚愕した。
「な、なんで、お前みたいな雑魚が、今の一撃を喰らって、生きていられるんだよ!」
「いつまで、人の事を自分より下だと思っているんだよ」
「~っ!! ふ、ふざけんじゃねぇ!」
僕が軽く挑発すると、伊藤はむきになって、魔法を連続で放ってきた。
「…土よ、敵をっ、穿て! 『サンドニードル』」
僕は向かってくる魔法を、必死に避けながらも呪文を唱え、魔法を放つ。
「おっと、危ない。まさか、佐伯が魔法を使えるようになっているなんてな。だけど、詠唱を短縮も出来ないなんて、たかが知れるな」
迫りくる数々の魔法を避けながら放った、僕の魔法をいとも簡単に、伊藤は避ける。
だけど、こちらからしたら、その回避は想定内だ。
伊藤が、魔法を回避したことで、一瞬、伊藤の魔法が途切れた。僕は、その隙をついて、伊藤との距離を詰めるために全力で前に出る。
伊藤は僕が予想外のスピードで接近されることに焦ったのか、魔法を放つも、僕に当たるようには飛んでこない。
いくら魔法攻撃力が今の僕より高くても、距離を無くしてしまえば、魔法使いは無力になる。近接戦闘スキルがあるなら、その限りではないけど、あいつには、それが無いのは確認済み。
そんな事を考えながら、伊藤に触れられる距離まで迫ったので、僕は、勝ったと思った。
その瞬間、急に地面から槍が突き出てくるのが見え、慌てて飛び退いてしまった。
しかし、飛び退いた場所を見るけど、槍なんてどこにもなかった。
しまった! 気が弛んで、あっちの状況につられて避けちゃった!
「ちっ! 佐伯のくせに、驚かせるんじゃねぇよ!」
飛び退いた為に出来てしまった隙を、伊藤が見逃すはずもなく、ここぞとばかりに、魔法を放ってきた。
伊藤が乱れ撃ちした水、土、光のレベル1の魔法のほとんどが、僕に命中した為、詰めた距離以上に押し戻されてしまった。
「はぁはぁ、これで止めだ!」
魔法の撃ち続けたせいで、息があがっていた伊藤が、僕の息の根を止める為に、火力の高い魔法を放ったようだ。
僕は、さっきのダメージもあって、伊藤の一撃をを避ける事も出来ずに、喰らってしまった。
ドカーーーーン!!
辺りに爆音が響き、周囲の樹々が燃えているのが視界に入った。
ありがとうございました。