森と少女
翌日
嘆いていても仕方がないので、僕は今後の生活基盤を手に入れる為、行動を開始した。
衣食住を安定させるためにも仕事を探さないと…。
ここイーベル王国の国の王都と言うだけあってかなり大きな町だ。
それだけ大きな街だから、ヒト以外にも色々な種類の獣人にエルフ、少数だけどドワーフと言った色々な種族がみられる。
ちなみに、個体数が少ない上に、森の住人と言われるエルフがこのイーベルで簡単に見つかるのには理由がある。
イーベル王国は北と南に広大な森林が広がっている自然豊かな国だ。
北の森は町を出ればすぐだけど、南の森は歩いて1日程度南下しないとダメらしい。
エルフは南の森に集落があると言われている。
だからエルフは、森から一番近い国に、自分たちの作った物を売りにきたり、森では手に入らない物を買ったりしている。
なので、他の国や町でエルフを見ることはまずないらしい。
イーベル王国に、ドワーフが少ないのにも理由がある。
ドワーフはこの大陸の西の方にある国、ジオラ帝国の北に広がっている山脈に住んでいるらしい。
だから東のイーベルまで出てくるのは冒険者でもない限りは変わり者と言われている。
こうしてドワーフとエルフが大陸の東西で別れているせいなのか、帝国は工業、王国は農業が国の基本産業になっている。
と、今日1日仕事を探しながらこの世界の事を聞いて回って得た成果でした。それ以外の成果? そんなのは王都の地図が少しだけ頭の中に入ったぐらいですよ。仕事がみつかるなんてそんな『運』がいい事なんてありもしないですよ。いや、反動が怖いんでそんな簡単に『運』がいい事なんて起きないでください。今の僕には反動を受けとめるだけの余裕はないんです。そっとしておいて下さい。
あれから1週間が経ってしまいました。
流石に毎日朝から晩まで王都をさ迷っているだけあって、王都の地図は頭の中に完璧に入った。
けど、それだけしか進展はなかった。
唯一の進展は、この世界では黒髪黒目は珍しいらしく、そんなヤツがなんの紹介もなく、仕事を探しているのはおかしいのか、皆一様に警戒していた事が分かったぐらいかな?
だから、僕は今とある建物の前にいる。この街でも城と貴族街にある建物を除いたら1、2を争うぐらいは大きい建物だ。入り口には剣と杖がクロスした看板が架かっている。そう冒険者ギルドだ。
当初、僕は冒険者になるという選択肢を除外していた。それもそのはず。だって、一般人と変わらないステータスしかないんだから、魔物と戦う職業なんてやっていける訳がない。
それにいくら異界人だからと言っても、仕事ぐらい何とかなるだろうと言う怠慢もあった。
けど、1週間が経ってちょっと不味いかもと思い、路線変更する事に。
今は冒険者になって、お遣い系や採取系で日銭を稼いでゆっくり別の仕事を探そうって路線にしました。
そんな訳で僕は冒険者ギルドの建物に入った。中はガラの悪いおっさんたちで賑わっていた。なかには真昼間なのに酒を飲んでる人もいる。周囲を良く見ればおっさんだけではなく、女性や僕ぐらいの若者もちらほらいたりもする。さらに見ると、首輪をしているヒトたちもいる。確か奴隷の証だ。町中ではあまり見なかったけど、さすがに冒険者ギルド内ではぽつぽつと見つけられる。
周りを見るのもほどほどにして僕は受付に行って冒険者登録をする事にした。
一番端の列に並び順番を待って暫くして、ようやく僕の番が来た。
「冒険者登録したいのですが…」
「冒険者登録ですか? では、こちらに記入の方をお願いします」
受付のお姉さんは特に何かするわけでもなく記入用紙を渡してきた。しかし、召喚されて1週間の僕は、この世界の文字が書けないので、お姉さんに質問してみた。
「えっと、文字書けないんですが、どうしたらいいでしょうか?」
「代筆が出来ますので、お名前をお願いします」
よかった。代筆出来るんだ。
「ノゾムです」
僕は苗字を名乗る事を止めていた。仕事を探していた最初の頃に、苗字付きで貴族と間違えられて断られた事が何度かあったからだ。それ以降は余計なトラブルを避けるために名前のみ告げるようになった。
「ノゾムさんですね。では職業と得意武器を教えてください」
「え゛っ?」
僕は職業と聞いてつい、普段出さないような声で驚いてしまった。
「どうかなさいましたか?」
職業がないなんて言ったらどうなるのだろう? とか、でっち上げるか? とか色々考えていると、お姉さんが何を勘違いしたのか笑顔を消して僕を睨みながら質問してきた。
「もしかして、職業が盗賊ですか? それなら今ここで捕まえなければいけませんが…」
そう言ったお姉さんから、凄いプレッシャーを感じて、僕は冷や汗を滝のように流した。流石にこのプレッシャーの中でごまかすのは危険と判断して正直に話す事にした。だって生きた心地しないんだ。このお姉さん、20歳くらいにしか見えないけど、絶対只者じゃないよ。
「ち、違います。職業が無いんですよ。ほらこのステータス見てくださいよ」
僕はステータスをお姉さんに見せて無実を主張した。スキル欄は手で隠してだけど。もちろん不自然にならないよう気をつけて。ステータスを見て納得がいったのかお姉さんは元の笑顔へと戻った。
マジ怖かったです。このお姉さんには絶対逆らいません。
「なんだ、そういう事だったんですね。別に職業が無いのは珍しい事ではないので、無記入でも問題はないですよ。ただ職業がなくてステータスが低い場合、冒険者としては厳しいですが…」
なんだぁ、職業無しは珍しくないのか。けど、そうなるととことん僕って一般人と変わらないんだな。
「それは承知しています。ですから最初はお遣い系や採取系しか受けないつもりなんで大丈夫です」
「なら構いません。では次に、得意武器はどうします? こちらも無記入にしておきますか?」
武器かぁ…、どうしようかなぁ? 多分団長辺りに頼めば安物ぐらいなら用意してくれるとは思うけど…。あまりこの国って言うよりはあの国王に借りは作りたくないんだけどなぁ。だけど自衛の手段が無いのも不味いし…。
ちなみに僕の今の服装は召喚時に着ていた学生服ではなくこちらの世界での一般人が着るような服を貰って着ている。武器も防具も装備していないので、僕はこの冒険者ギルド内でかなり目立っている。
「いや、得意武器は剣でお願いします」
僕はこの後、団長に武器と防具を用意してもらう事にして得意武器を剣にした。
「分かりました。では、最後にこちらに血を1滴垂らして下さい」
そう言ってお姉さんは一枚の板と針を僕に渡してきた。
「これはなんですか?」
「ギルドカードになります。こちらに血を垂らしていただくと、その人の名前と職業とギルドランクとお金を表示します。お金の方は、どの町のギルドでも共通なので、ここで預けたから他の町では引き出せないなどの事はありませんのでご安心ください」
「へぇ~、便利ですね」
僕は素直に感心しながら、ギルドカードに血を垂らした。
「はい、ではギルドカードが出来るまでにランクや依頼についてご説明します。質問などはそのつどお願いします」
「分かりました」
「まず、ランクについてですが、ランクはF~Aとその上にS、SS、SSSの9段階に分かれています。FとEが初心者でDが駆け出し、C~Bが中級で、Aがベテラン、Sが上級との感じで1つの目安にしてください」
「あの、ベテランと上級者って違うんですか?」
普通ならひとくくりにされそうなものだけど…。
「違いますよ。Aランクまでは、長い年月をかければ、ある程度の方々はなれるものなんですが、Sランクは才能も関係してきますので、ほとんどの人はなれないんですよ。まぁなれるのは一握りの天才たちだけですよ」
「才能ですか…」
「そう、才能です。ですので才能があり、その才能をSランクの能力に似合うだけの能力まで高められていれば、あればたとえ10歳であろうとSランクになれるのです」
「……それなら、SSとSSSはどのような振り分けになっているんですか?」
僕は世の中の理不尽さから目をそらす為に先ほど説明に無かった2つのランクについて質問してみた。
「その2つに関しましては一言でいうなら人外でしょうか?」
「人外!?」
なんか物騒な単語が飛び出してきたよ。
「そう、人外です。Sランクはまだ人の理解できる範囲で収まるのですが、残り2つはそうではないんです。SSは国相手に、1人では勝てまぜんが、ある程度戦えます。しかし、SSSはそのSSを歯牙にもかけないんですから。もう人外をしか言い表せないんですよ」
「そ、それは確かに人外ですね…。ちなみにSSとSSSは今現在いるんですか?」
僕は確認の為に聞いてみた。こんな人外な人たちがほいほいいても、迷惑なだけだし、関わりたくないからね。
「確か…SSが5人でSSSが2人だったかと…。ちなみにSSSの1人は冒険者ギルドのギルドマスターです」
よし、ギルドには絶対逆らわないようにしよう。
「次に依頼についてですが、基本的には、入り口近くにあるボードに、ランク別で張り出しているので、そちらから自分のランクか、1つ上のランクの依頼を選んで受付まで持ってきてください。もちろん依頼の終了手続きをしてからじゃないと報酬はお渡しできないので、護衛依頼やお遣い依頼などの依頼主直接会っても、依頼主に請求などはしないで下さい」
「そんな常識的なことを守らない人いるんですか?」
僕はあまりにも常識的なことを言われたのでつい聞いてしまった。
「それがいるんですよ。大体はランクの上がらなくなってきた三流の冒険者がお金に困って勝手にやるんですよ」
いるんだ…。
「あと依頼失敗時の違約金ですが、報酬の3倍の額をギルドに支払っていたたきます。これは無謀な依頼挑戦を減らすためと、ギルドの面子を潰さないための処置ですので、ご了承下さい」
「分かりました」
妥当な処置だと思い素直に頷いた。
「ランクアップについてですが、こちらはランクごとに決められた依頼数をこなしていただき、そして昇級試験を受けそこで合格すれば、晴れてランクアップとなります」
「試験って何をするんですか?」
「試験はそのつど内容が異なり、ハッキリとは答えられないので、試験官次第とだけしか言えません」
まぁ僕にランクアップは関係ないだろうし、いっか。
「最後にギルドカードの説明ですが、先ほども少しお話ししましたが、カードには名前と職業とランクとお金が記載されます。それと依頼を受けているとき限定で、依頼内容の方も記載されるようになっていますので、長期依頼の時などはそちらを見て納期の期限を確かめてください。あとギルドカードの再発行には金貨1枚かかりますので紛失にはお気を付けて下さい」
「金貨1枚とはずいぶんとかかるんですね!」
この世界でのお金は『ギル』と言う単価で1ギル=1枚の銅貨となっている。
ちなみに銅貨、銀貨、金貨、白金貨があり、順に1枚で1、100、10000、1000000の価値となっていて白金貨は普通なら一生に一度みれれば凄い方らしい。それもそのはずで、この世界では1ヶ月に銀貨1枚あれば生活できるらしい。だから、再発行に金貨1枚はかなりかかる事になる。
「ギルドカードは特別な金属を使用していますので、転売防止の為なんです」
「なるほど、納得です」
どの世界の人間も楽して儲ける為の知恵だけは凄いよね。
「以上で説明は終わりです。そしてこちらがノゾムさんのギルドカードになります」
「これがギルドカードですか…」
免許書と変わらない大きさでこれと言って特徴がない。ちゃんと名前とランクが記載されている。お金と職業? もちろん何もないですが?
「じゃあ、今日は帰ります」
「はい、これからの活躍に期待していますよ」
とりあえず今日は城に戻って団長から武器防具を貰って明日から冒険者として活動しよう。
翌日僕は朝早くからギルドの掲示板の前で悩んでいた。
薬草採取と言う定番の依頼か、街の中での荷物運びか悩んでいる…
どちらも報酬額は変わらないのでどちらを選んでも問題はないのだけど…
「やっぱり、王都の外にも出てみたいから今日は採取にしよっと!」
この1週間で王都の中は歩き回ったから外に出てみたいって言う欲求に従って薬草採取の依頼書を持って昨日の受付のお姉さんに渡した。
「ノゾムさん、おはようございます。早速依頼を受けるんですね。こちらの期限は2日後までとなっていますので、2日後の日没までに納品してください」
「分かりました。ちなみにこの辺りだとどこが一番薬草が採れますか?」
僕のズレた質問にも特に気にもせずお姉さんは答えてくれた。
「この辺りだと西の平原でも採れるんですが、やっぱり北の森が1番ですかね?」
「北の森ですね、分かりました。早速行ってみますね」
そう言って僕はギルドを後にして北の森へ向かった。
「ここが北の森かぁ…」
さすが異世界だけあって見た事もない植物ばかりだ。
僕は貰ったばかりの剣や防具の状態を確かめ、森の中へと足を踏み入れた。
森を捜索して2時間ぐらいが経っていた。薬草の方もそろそろ目標に届きそうなので、帰りの事を考えていた。運がいいのか、魔物にも遭遇せずにいる。そのせいもあって途中から道の事を失念して薬草を探していた。
つまり現在の僕は迷子です…。
「何をしているんだ僕は…」
途方もなく森の中を彷徨っていると、ひらけた場所に出た。そこには小屋がぽつんと立っている。
「小屋って事は人がいる?ってことは道が聞ける!」
僕は小屋に駆け寄りドアを叩いて、中にいるであろう人に声をかけた。
「すいませーん。誰かいませんか?道に迷ってしまったので森を出る道を聞きたいのですが~」
誰も出てくる気配がない…。
いないのかな?
「すみませーん!」
僕はもう一度ドアを叩いてみた。やっぱり出てくる気配がない。もう一度叩いて出てこなければ諦めようを思ったその時、後ろから急に声をかけられた。
「そこのきみ、ここでなにしてるの?」
「うわっ!」
中に人がいるだろうと思っていた僕は、急に声をかけられ驚いてしまった。
「すいません、実は道に…」
そう言って振り返った僕はそこに立っていた少女を見てその次の言葉を紡げないで立ち尽くしてしまった。
そこにいた少女は身長は160cmあるかないかぐらいで、ふわっとした緩やかなウェーブの金髪で長さはセミロング、くりっとした目で、瞳の色は左右で色が違う俗に言うオッドアイと言うやつだ。ちなみに右が金で左が赤で僕を見るその表情は敵意しか見当たらなかった。
それでも僕は彼女の美しさに見惚れていた。
そんな僕にイラっとしたのか、さらに敵意を増して彼女は質問してきた。
「そ れ で、ここでなにをしているの?」
彼女の一言で我に返った僕は自分の状況を説明した。
「僕は依頼で薬草を採りに来たんだけど、道に迷ってしまって困ってたんだ。そこにここで小屋を発見したから、帰り道を聞こうと思ったんだよ」
彼女はジッと僕を見つめると、ため息1つついて小屋へ入っていった。そして小屋の扉が閉まる前にぼくに話かけてきた。
「どうやら本当のようだから今回だけ、森の入り口まで送ってあげる」
「あ、ありがとう…?」
自分で言うのもなんだけど、よく信じたもんだと思った。
そして家から出てきた彼女は左目を包帯で隠して出てきた。
その後は会話もなく森の入り口まで案内された。
「ありがとう、お陰で助かったよ」
彼女は何も答えず、森の奥へと歩き出す。そんな彼女に何故か興味が沸いた。
「ねぇ、名前教えてよ、僕はノゾムって言うんだけどさ」
それでも彼女は何も答えない、最早僕などいないように思っているのかな? けど、僕は彼女に近づいて声を続ける。やがて彼女も諦めてぼそっと、自分の名前を言った
「…リンスレット」
「そっか、リンスレットって言うんだね。じゃあリンスレット、今日はありがとうね」
名前を呼んでお礼を言ったらリンスレットは一瞬ピクリと反応してそのまま走って行ってしまった。
僕はそれを見て気を悪くしたかな? と思いながらも、ひとまずギルドに薬草を届ける為、森の入り口に向かった。
次回はノゾムが死に掛けていた事件です。