師弟
ハニービーの殲滅を終えた僕はちょっと困っていた。助けに出たまではよかったんだけど、その後の事を一切考えていなかった…。
「あ、あの…、助けていただきありがとうございます」
僕がどうしようか悩んでいると、正気に戻った彼がお礼を言ってきた。
「あ~、別にそんなかしこまらなくていいですよ」
いくら年上とはいえ、見た目が同い年にしか見えない人に敬語を使われるのは、どうにもしっくりこない。
「助けてもらったのだから、そう言う訳にもいきませんよ」
しかし、彼は僕の提案をバッサリと切り捨てた。
「あの、助けてもらってなんですが、ちょっとお尋ねしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
そして、こちらが何か言う前に、話の方向を変えてきた。
「…僕に答えられる事だったら、いいですよ」
「僕に魔法を教えてもらえないでしょうか?」
「えっと…。どうしてですか?」
いきなりの出来事に僕は断るでもなく、理由を聞いてしまった。
「それはですね。昨日、あなたが村の人たちの嫌がらせを返り討ちにしたと聞いたのと、実際に魔法を使っているところを見たからです。いやぁ~、何だか分からないあの魔法は凄かったです!!」
理由を話す彼は話を進めていくうちに、徐々に瞳を輝かせていった。
そのせいなのか、今なんて魔法を習いたい理由そっちのけで、さっきのハニービーとの戦闘の感想をキラッキラした顔で話している。
だけど、サンダーショックは雷魔法の中ではレベル1なんだけどなぁ…。
「あ、あの~?」
一向に話が進まないので、声を掛けてみる。
「はっ! すみません。先ほどの戦闘が僕にとっては、あまりにも衝撃的なものだったので…」
「とりあえず、僕に実力があるのと、村の連中でも使えないような魔法を使っていたのが、魔法を教わりたい理由ですか?」
彼に任せて話を進めても、横道に逸れるだけのような気がしたので、僕は聞いた話を要約して彼に確認してみた。
「え、えぇ。その通りです」
すると彼は素直に頷いた。
「…じゃあ、1つ質問してもいいですか?」
「し、質問ですか?」
僕から質問と聞いて、彼の声が少し硬くなった。
「えっとですね、僕が聞きたいのは、魔法を教わって何がしたいんですか?です」
僕のした質問は簡単に嘘をつく事ができる。僕にリンの魔眼みたいな心を読めるようなスキルは無いから、嘘をついたとしても見抜く事はできない。しかし、代わりとまではいかないけど、僕には直感のスキルがある。だから、多少は真偽を見抜く事ができる。…と、思う。
さて、彼の答えはどっちかな?
それから暫く考え込んでいたけど、考えがまとまったのか、彼は自分の出した答えを言葉にし始めた。
「…僕は僕を認めさせたいです。今の僕はエルフなのか疑うぐらい、魔法が上手く扱えないんです。ですので、恥ずかしい話ですが、僕はそれが理由で村で苛められています。だから、そいつらに僕を認めさせて、苛められないようになりたいんです!」
嘘の感じはしない…と、思う。
「それで?」
「…それでとは?」
「聞いた限りじゃ、それは魔法を上達しなくても出来ない事じゃないはずです。それでも、魔法を教わりたいと言うのはなぜですか?」
彼が言った理由をひとまず信じる事にして、僕は彼が言った理由について少し掘り下げて質問しかえした。
「…………」
彼は何も言わない。だから僕は、あり得る未来をつきつける
「さらに言うと、僕に教わったからって魔法が上達するとは限らないんですよ? 僕は人に教えた事なんて無いんですから。それでも心を折らずにいられますか?」
「そ、それは…」
「もしかして、誰かに師事すれば簡単に魔法が上達するとでも考えていましたか? だとすれば、かなり考えが甘いですよ」
「……………」
「それじゃあ、僕はこれで…」
僕はあえて冷たい言葉で彼の心を折りに掛かった。
魔法を教わりたい理由を知りたかったのも本当だけど、実は僕が本当に知りたかったのは折れない心を持っているかどうかだった。
「あっ! ちょっ…」
「何ですか?」
「あ、うぅ…」
立ち去ろうとする僕に彼は声を掛けてきたので、僕は立ち止まり振り向き、彼に威圧のスキルを使いながら睨みつけてみる。そうすると何も喋れなくなってしまい、彼は口をパクパクさせるだけしかできなくなってしまった。
しかし、それでも彼は僕から視線だけは逸らさないように必死に僕の目を見続けていた。
「………明日、この時間のこの場所で、もう一度だけ同じ質問をします。今度こそ僕を納得させないと、僕に師事する話は無しになりますので」
それだけ言って、僕は威圧を解除して村に戻る。
「それにしても、あれだけ急いで助けに入るぐらいに気にかけていたんだから、彼の頼みは二つ返事で了承すると思っていたわ」
村の宿に戻ってきて、明日の為に寝ようかなと思った時に、イリスさんが昼間の件で疑問に思っていたであろう事を聞いてきた。
「僕は慈善事業をしているわけではないですから。それに彼の魔法が上達する保障がないのも事実ですからね。その辺りをちゃんと考えてもらわないと、成長しないのは僕のせいだ! と、言われたくないですからね。それに…」
威圧の中で僕に向けていた目はあの目。あれは負け犬の目ではなかった。僕がこっちに来る前には失ってしまったモノだ。あの目を見て、僕がなぜ彼を気にしていたのか判ったような気がする。多分、彼を僕と同じようにはさせたくなかったんだと思う。
僕もあいつに苛められるようになる前までは、彼と同じような目をして、苛めに負けないようにしていたから。だけど、あいつの力には自分じゃ勝てないと諦めた時から、僕は負け犬の目になったんだと思う。それからすぐに僕の周りからは友達がいなくなった。
だからこそ、彼には僕と同じ道には進んでほしくなかった。それが彼が気になった理由だと思う。
「どうしたのよ? 何かあったの?」
急に黙った僕を不思議に思ったのか、イリスさんが声を掛けてきた。
「いいえ、何でもありません。僕はもう寝ますね」
「あっそ。それじゃあ、私も寝るわ」
翌日、僕は昨日の宣言通りの時間に昨日の広場に到着した。
「それでは、早速ですが答えを聞かせてもらってもいいですか?」
僕が到着すると、そこにはすでに彼がいた。なので、余計な前置きは無しにして、本題に入る事にした。
「ごめんなさい!!」
「…はい?」
本題に入るはずがいきなり謝られて、僕は素で聞き返してしまった。
「昨日は魔法を教えてほしいとお願いしましたが、あれは無かった事にしてもらえないでしょうか?」
「それじゃあ、僕は用済みって事ですか?」
まさか、昨日の今日で用済み宣告されるとは思っていなかったので、ちょっと怒りを声に乗せて彼に聞いてみる。
「そうじゃありません。結論から言わせてもらえば、僕を強くしてもらいたいんです。魔法が上達すれば一番ですけど、もし上達しなかったときの事を考えると、それ以外の方法で村の連中から認めてもらうには冒険者で名を上げるのが一番かと思いまして…。」
「つまり、魔法じゃなく戦闘技術を師事したいと?」
「いいえ、違います。僕は身体だけじゃなく、心も一緒に強くしてもらいたいんです」
「心も?」
「はい! 僕は昨日、自分がどれだけ物事を軽く考えていたのか、気付かされました。だから、今回の事をきっかけに一緒に鍛えてもらえたらと思いまして…」
う~ん。まさか一晩でこんな答えを出してくるとは思わなかった。これはこれで予想外なんだけど…。普通は一晩でここまで考え方を変えられないと思うんだけどなぁ。…まぁそれだけ真剣ってことなのかな?
「…分かりました。僕はあなたの願いに答えることにします」
僕は暫く考えて、彼を鍛える事にした。まぁ暫くは森から出られなかったから、ちょうどよかったと思う。
「ほ、本当ですか!? い、いやったぁぁぁぁぁぁぁ!!」
彼はOKがもらえたのがよほど嬉しかったのか、声を上げて喜んでいた。
「喜んでいるところ悪いんだけど、名前教えてもらってもいいですか?」
「わっ! す、すいません。僕はフォーカスと言います」
僕は知っていたけど、彼ことフォーカスの名前を聞いた。まぁ、観察で勝手に見たとは言えないからね。
「あ、あの…」
「ん? あ、あぁ~。僕の名前ですか?僕はn…。フォーカスさんの好きなように呼んで下さい」
危うく本名を言うところだった! イリスさんには本名を教えていないの忘れてた…。
「それじゃあ、師匠と呼ばせてもらいます。あっ! それと、僕に敬語なんて使わなくていいですよ。僕は師匠の弟子なんですから」
「分かった。それじゃあフォーカス?」
「何でしょうか?」
フォーカスは僕が名前を言わない事に何も疑問には思わなかったようだ。後ろで舌打ちが聞こえたような気がするけど、多分空耳だと思う。…そうだと思うことにする。
僕はフォーカスに早速修行を開始する為にメニューを言い渡す。
「これからフォーカスには、森の案内をしてもらう。」
「それはいいですよ」
「ただし、ひたすら走りっぱなしで」
「…はい?」
「分かりやすく言うと、今日。今から。修行開始。内容。この森の中をひたすら走る。以上」
僕が笑顔で修行メニューを伝えると、フォーカスの表情が固まった。
ありがとうございました。