追いかけた先で
エルフのゴロツキたちにストレス解消の道具にされていた青年を追って森を進むと、5分も経たないうちにその後ろ姿を発見した。
いくら彼が気になるとは言え、僕はいきなり声を掛けるような事はしないで、しばらく様子を見ることにした。
僕が彼の事を見つけてから5分ほど歩いたあたりで、少し拓けた場所に出た。
「ちくしょう! あいつら、いたぶるように狙いやがって…」
エルフの青年は木に寄りかかり、ズルズルと座り込んでしまった。
そのまま10分ほど黙って座りこんでいたけど、ノロノロと立ち上がった。何をするのかな?と思って見ていると、いきなり詠唱を始めた。
「水よ、その姿を変えて全てを隠せ『ディープミスト』」
あれは、以前リンも使ったことのある魔法だ。その効果は霧を発生させて相手の視界を奪う魔法だったはず。しかし、青年が使ったディープミストは霧はおろか、何の変化もなかった。これは失敗かな?魔力が消費された気配もなかったし…。
「くそっ! 次だ、次!」
そう言いながら彼は次々に魔法を唱えていく。その全てが水魔法のレベル2の魔法で、それ以外の属性、またはレベルの魔法は一切唱えなかった。
そして、かれこれ2時間ほど続いていた詠唱が聞こえなくなったので、様子を見てみると、彼はここに来た時と同じように、木にもたれて座り込んでいた。
「ねぇ、彼ってエルフなのにレベル2程度の魔法も使えないのかしら?」
イリスさんが小声で僕に聞いてくる。
実際イリスさんの疑問はもっともで、魔法に秀でた種族のエルフである彼は、この2時間ほどの間に唱えた魔法をどれ1つ発動させる事ができなかったのだから。
僕はイリスさんの質問に答える前に彼を観察してみることにした。
【名 前】 フォーカス
【年 齢】 74歳
【種 族】 エルフ
【職 業】
【レベル】 3
【H P】 86/243
【M P】 432/432
【筋 力】 66
【防御力】 82
【素早さ】 75
【命 中】 94
【賢 さ】 123
【 運 】 18
【スキル】
水魔法LV1 回避LV1
「彼のステータスを視てみたけど、どうやら使えないようですね。それどころか、レベルも低いし、使える属性も1つしかないですね」
ステータスを確認した僕はイリスさんの質問に答え、さらにステータスの詳細もイリスさんに教えた。
ちなみに、先ほどのゴロツキ連中のステータスはレベルが7程度で、スキルは魔法3属性使えて、得意な属性はレベル3で他の2属性はレベル1か2だった。
そんなんでよく僕に絡んできたと思うけど、数と魔法でどうにかできると思っていたのだろう。実際に普通の冒険者だったら、連中の狙い通りになったと思う。
話がそれたけど、つまりは彼は魔法の才能が無いのだと思う。そうじゃなかったら、連中に目をつけられることもなかったはすだ。
「それは珍しいわね。エルフでそこまで魔法が使えないなんて…」
「そうなんですか?」
「エルフは魔法に秀でた種族だからね。個人差があるけど、彼の歳なら3属性でレベル3ぐらいが普通よ。ちなみに無属性は数には入れないでね」
イリスさんの話を聞いても、やっぱり彼は魔法の才能が他のエルフと比べて、劣っているようだ。
「それで? あなたはこの後どうするの?」
どうする…かぁ。僕はいったいどうしたいんだろう? このまま見ている? いや、それはないか。そんな事なら最初から追いかけはしないと思う。
だから、僕はどうしたいと思っているのか、自分で自分に問い掛けてみる。
どれくらい考えていただろうか…。10分? 20分? それとももっと?
思考の海の海に沈んだ僕を現実に引き戻したのは、件の彼の悲鳴だった。
「う、うわああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「っ!! ど、どうしたの!?」
「彼が放った魔法がハニービーの巣を直撃したらしくて、ハニービーが彼を敵と認識したようなの」
彼の悲鳴と感知反応の多さで現実に戻ってきた僕は、イリスさんに何があったのか聞いてみる。
どうやら彼は、発動するレベル1の魔法を放ったらしく、その魔法が運悪くハニービーと言う魔物の巣に当たったようで、ハニービーに襲われ始めたようだ。
ハニービーとは蜂の魔物で体調は40㎝ほどだけど、めったに人間を襲わない魔物である。
そんなハニービーは元の世界の蜂と一緒で、巣に蜂蜜を貯め込んでいる。これが美味しいらしい。その蜂蜜を狙って巣を襲うと、ハニービーは襲撃者を排除する為に攻撃してくる。
「助けるの?」
「流石に見捨てるなんて選択肢はないよ!」
イリスさんにそう言って、僕は駆け出す。そして、彼に襲い掛かろうとしていたハニービー3匹を斬り捨てる。
「風よ外敵よりその身を守る障壁となれ『エアシールド』」
僕はハニービーを斬り捨てて、すぐ彼に防御魔法を使用した。
エアシールドは対象の周囲に風のバリアを張る魔法だ。なぜ防御魔法を使用したかと言うと、ハニービーは外敵から巣を守る時、全戦力で殲滅しにくる習性がある。巣ごとに違いはあるけど、だいたい100匹ほどはいる。
流石に、その数を相手に防御魔法無しで守りきれる自信はない。だから彼の安全の為にエアシールドを使用したのだ。
「あ、あんたは…? っ!!」
いきなりの乱入者に彼は驚いていたけど、その乱入者が昨日ゴロツキたちを瞬殺したヒトだと判ると、その驚きはもう数段上がった。
「死にたくなかったらジッとしていて下さい」
僕は彼の方へ振り向き、忠告だけする。彼は驚きが先行しているらしく、何も答えなかったけど、僕は返事を待たずに、敵の方へ視線を戻す。
「さて、どうやって倒そうかな…」
僕は次のハニービーの群れが来る前に効率よく倒す手段を考える。
周囲に影響を出さずに倒せるのがベストだから、魔法はあまり使用できないなぁ…。かと言って、このまま剣で倒すのはちょっと面倒だなぁ。う~ん…。あっ! そうだ。
糸生成スキルで罠を張って、一網打尽にすれば楽じゃないかなと思った僕は、早速罠を張ることにした。気分はクモにでもなった気分。スキル自体のレベルも上がっているので、ただの糸以外にも生成出来るようになっている。なので、僕は粘着性のある糸で広場の周囲に糸を張る。ちなみに、イリスさんは彼に回復魔法を掛けてもらっている。万が一にも今の彼が攻撃を受けたら、一撃で死んでしまう可能性があるからだ。
僕が罠を仕掛け終わると同時に感知していた反応に動きがあった。どうやら、先行隊が帰ってこないので、本隊のお出ましのようだ。あとは上手くいくがどうかだけど…。
ほどなくして、大量の羽音が聞こえ始める。
「う、うわぁぁぁ!」
彼はこの羽音のせいで、恐慌状態になったようだ。彼が逃げ出さないのは、腰を抜かしているからみたいだ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ…」
先ほども同じ台詞を同じ人物から聞いたけど、そこに含まれる感情はまるで違う。
前のは恐怖からで、今回のは呆れからきている。なぜなら…。
彼の周囲には僕の粘着糸によって捕獲されたハニービーの群れが転がっているからだ。
結果だけ言うなら、僕の作戦は上手くいった。いや、上手くいき過ぎた? 周囲だけではなく上からの襲撃にも備えて頭上にも糸を仕掛けていたおかげで1匹も突破できず戦闘は終了した。ちなみに、罠は第1防衛線から第4防衛線と4段構えにしていたけど、第4防衛線に到達したハニービーは1匹もいなかった。
「さて、とりあえずこいつらを処理しないと…」
捕獲されたハニービーと一箇所にまとめた僕は、呆けている彼を放置して、ある魔法を使用する。
「雷よ。駆け抜けろ『サンダーショック』」
『ピギィィィィ!!』
僕が魔法を使うと、ハニービーたちは悲鳴をあげながら1匹残らず絶命した。
「今の光と音は…何?」
「私も知らない光魔法?」
僕がハニービーをアイテムボックスにしまっていると、2人はそれぞれ今見た魔法に驚いていた。イリスさんは光魔法と勘違いしている。説明するのも面倒なので放置のするけど…。
ちなみに雷魔法の詠唱は僕が創ったものだ。そもそも魔法の詠唱とは、使用する魔法のイメージをしやすくする為にある。なので、雷や氷の属性は僕以外使える人がいないから、詠唱も自分で創る必要があった。実際は詠唱しなくても使えるとは思うけど、いざって時にイメージ不足による発動失敗をしたくないので、わざわざ詠唱を創った。
ハニービーをしまい終わった頃になって、感知に残っていた反応がこちらに向かってきた。
「2人とも、もう少しそのままで。今から女王がこっちに来るから」
僕の言葉を聞いてもイリスさんはこれっぽっちも気に掛けてもいないようだ。だけど、もう1人の方はそうでもないらしい。表情を見る限り、再び恐怖に支配されそうになっていた。
しかし、その恐怖も長くは続かなかった。
「ギュアァッァァァッァ!!」
「終わりっと」
広場に現れたハニービークイーンは僕の一閃によって簡単に絶命してしまった。
「剣に魔法に糸…。彼って、一体何者なんですか?」
「さぁ? 私にもそれは判らないわ」
僕がクイーンの死体をしまっていると後ろからそんな会話が聞こえてきた。
ありがとうございました。
糸の使い方は切断系しようかとも思いましたが、今回はあのような使い方にしました。
ぶっちゃけ、必殺○事人みたいでよかったんですが、それはセシリアの領分かなと思い止めました。