決着
「ただいま。勝ったわよ」
試合で相手を圧倒してきたリンが戻ってきた。
「おかえり。それにしてもかなり慎重に戦ってきたね」
僕はリンの試合運びを振り返りながら、リンに尋ねた。
「…ステータスの高さだけが強さの全てじゃないのは知っているから、少し様子を見て、相手の力量を測っていたの」
リンは遠い目をしながらそう答えた。
…もしかして、ヴァンパイア種がリン以外全て放伐された事が関係しているのかな?
実はサキと出会う前の2人で旅をしていた時、リンに聞いた事があった。「他の同族はどこにいるの?」と…。返ってきた答えは「私が魔眼のせいで、村を追い出された後、国の討伐軍によって滅ぼされたわ」だった。
僕がヴァンパイアになる前に1人で暮らしている理由は聞かないなんて言ってたのに、聞いた質問がまさかその答えに繋がるとは思ってなかった僕は、その時はリンに謝り続けた。リンは「気にしてないからいいわよ」と、言ってくれた。だから、それ以上詳しいことは聞いていない。
「まぁ、いきなり全開で戦っても、負けなかったとは思うけどね」
リンは僕が心配そうに見ているのに気がつき、少し明るい声でそう付け加えた。
「それでは、最後の試合を始めますので、ノゾム様とキース様はこちらに来て下さい」
いよいよ、最後の試合か。これまでの勝敗は一勝一敗一分と、次の試合で全て決まるとは分かりやすい。
「よし、それじゃあ行ってくるね」
「ノゾム、油断しないでね」
「ノゾム君なら負けないとは思うけど、頑張ってね」
「ノゾ、ム様…負けな、いで、下さ…い」
3人の応援で送り出された僕はシューナさんへ向かった。シューナさんの所に着くと、先に来ていたキースが興奮した様子で話しかけてきた。
「やぁ、ノゾム! まさかこんな面白い展開になるなんてね。僕はさっきの試合で決まると思ったんだけどね。彼女は本当にCランクかい? うちのユティラはCランクでも上位の方なんだけど、それに勝つなんてビックリだよ。そんなに強いのに、今まで名前聞いた事なかったのし」
「リンは本当にCランクだよ。疑うなら、後でカード見せてもらいなよ。それに、この辺りでの活動はつい最近始めたばかりなんだよ。だから、名前を知らないのも無理はないよ」
キースはリンが強いのに名前を聞いた事がない事に疑問をもったので、嘘を交えて答えた。
「う~ん…。まぁ、いっか!それじゃあ、雑談もこれぐらいにして、試合始めようか?」
リンの件を自分の中で完結させたらしく、試合開始を急かしてきた。そのキースが選んだ武器は、リンと同じかもう少し長い棒だった。
棒? そうなると、キースの戦闘スタイルは中距離? そう言えば、キースのステータス視てなかったな。試合前に視ておくか。
【名 前】 キース・フライア
【年 齢】 19歳
【種 族】 ヒト
【職 業】 槍術師
【レベル】 51
【H P】 4891/4891
【M P】 3359/3359
【筋 力】 3021
【防御力】 2819
【素早さ】 3189
【命 中】 2619
【賢 さ】 2538
【 運 】 50
【スキル】
槍術LV6 付与術LV6 空歩LV4 範囲拡大LV5 土魔法LV4 無魔法LV6 魔力操作
【ユニークスキル】
熱操作
槍術師? 元クラスメイトの原の槍士とはまた違うみたいだ。スキルを視るにアイツと違って、魔法スキルがあるのが、槍術師と槍士の違いかな?
あと気になるのはユニークスキルの熱操作か。そこらへんは戦いながら、確かめるしかないか…。
キースのステータスを確認した僕はシューナさんから剣を受け取って、キースから7~8m離れ、向かい合い剣を構えた。キースも槍を構える。
「それでは最後の試合を始めます。…始め!」
シューナさんの合図と共に駆け出したのはキースだった。僕はキースの出方を見る為に、初手は防御に徹するつもりだったので、その場を動かなかった。
「それじゃあ、まずはこいつからだ!」
キースは棒を上段に構え、突進からそのままの勢いで、僕の足元目指して突きを放ってきた。
僕は突進からの攻撃なら上半身の方にくると思っていたので、少し慌てながら、それでも確実に地面に刺さる地点を予測して、その地点より後方までバックステップして回避した。
しかし、キースの攻撃はそれでは止まらなかった。キースは地面に棒が刺さるのも構わず、突きを止めずに僕へ突進してきた。そして棒が地面に突き刺さる。僕はアホか? と、思ったのもつかの間、キースは突き刺した棒を基点に、棒高跳びの如く空高くジャンプした。キースが最高到達点に届いた時には僕の真上にいた。そしてキースはその位置で一回転し、回転した反動で、真下にいる僕目掛けて棒で突いてきた。
僕はその突きを安全に回避して、キースが落下してきたところに一撃与える為にタイミングを計り、剣を振るった。が、その一撃はキースが空中でいきなり方向転換したせいで、空を切る事になった。
「がっ!」
僕の攻撃が空を切った次の瞬間に、僕は右のわき腹に激痛を感じるのと同時に、思いっきり吹き飛んだ。
「くそっ! あれが空歩のスキルか!」
痛むわき腹を押さえながら起き上がった僕は、落下してきたキースが、いきなり方向転換した原因のスキルを思い出した。
そう、キースは落下中に空を蹴る事で、いきなり真横に跳んだ。そのせいで僕の一撃はキースに回避された。真横に跳んだキースは、半回転してもう一度僕に向かって跳び、無防備になったわき腹を棒で薙ぎ払った。
「今のを受けてすぐに起き上がるって、ちょっとショックなんだけど…。綺麗に入ったと思ったのに」
「何言ってるのさ。すっごい痛いに決まってるじゃんよ!」
「なら、もう少しダメージあるように見せてよ」
「嫌だね。次はこっちから行くよ」
初手は終わったので次は僕から仕掛ける為、キースに向かって斬りかかりに行く。
キースは空歩を使って空中戦を仕掛けようとするも、僕が飛び上がる前に接近し、跳ばせないようにする。そうして、地上での打ち合いにもっていく事に成功はしたのだけど、跳ばせないようにするのが精一杯だ。多分、僕が剣術LV3に対してキースの槍術がLV6なのが原因だろう。キースは僕の剣を、軽くあしらうように受け流している。
「…ノゾムってもしかして身体能力のみでCランクになったの?」
「どういう意味だ?」
キースが打ち合いの中で僕に質問してくる。
「なんか、身体能力は僕並にあるんだけど、スキルはそれに似合うだけのレベルじゃない気がするんだよね?」
「………」
やっぱり分かるか…。流石Aランクってだけはあるな。
僕はその問いに答えず、次の攻撃に移るために大きくバックステップをし、キースの間合いの外に出る。そしてその場で剣を水平に振った。
「ぐはっ!」
キースは、僕が何もない所で剣を振ったのを、疑問に満ちた表情で見ていたが、次の瞬間、くの字で吹き飛んだ。
「ぐ、もしかしてかまいたちか?」
キースは棒で体を支えながら起き上がった。油断していたようで、予想以上のダメージだったようだ。
「知ってるようだね。正解だよ。まだスキルレベルは低いから、斬り裂く事は出来ないけど、風の塊みたいなのを飛ばす事は出来るだ」
「最初の僕が落下してきた時に使わなかったのは?」
「初手は様子見と決めてたからだよ」
「…しょうがない、このままだと長引きそうだから、とっておきを使わせてもらうよ。それに、そうじゃなきゃノゾムに勝てそうにない気がする」
キースが切り札を使うと宣言したので、僕は使わせる隙を与えない為に再びキースに接近した。
接近してもキースは構えないので僕は構わず、袈裟斬りを放った。
が、確実に捉えたのに手応えがまるでなかった。その代わりに斬ったはずのキースは幻のように消えた。
「えっ?」
手応えのなさと消えたキースのせいで僕は一瞬固まってしまった。そして僕の隣から聞こえてきた声で我に返った。
「カースド! ディフェンス」
その言葉が聞こえてきた瞬間僕の体は力が抜けたように感じた。『付与術?』と思うのと、同時に足を払われ倒れる。状況を理解するよりも体が動いてその場から転がって移動する。そのあとを追うように棒が降り注ぐ。何とか降り注ぐ棒を回避しながら起き上がる事に成功したと、思ったら…
「エンチャント! スピード」
「っ!!」
キースの声と共に背中に強い衝撃を受け吹き飛ばされた。
僕は吹き飛ばされてもすぐ起き上がり、キースに向かっていく。そしてキースと打ち合いながら先ほどのキースの幻について考える。
くそっ! さっきのキースの幻みたいなのは何なんだ? あれがキースのとっておきなのか? だけど、キースのスキルに幻を作るようなものは無かった。あったのは魔法に武器スキルに付与術に範囲拡大、空歩、魔力操作、あとは熱操…さ? そうか! 熱操作だ。あれで周囲の温度を操作して蜃気楼を作ったんだ!
僕はスピードが上がっているキースの攻撃をギリギリで回避し、いったん距離をとる。
蜃気楼の目的は僕の隙を作って、付与術による能力ダウンを僕に仕掛ける事。そして一気に試合を決める気なんだろうな。それを打ち破るには…これしかないかな?
「はあぁぁぁぁぁ!」
僕は試合を決める為に先ほどと同じように構えないキースへと走り出す。そして同じように袈裟斬りを放つ。
「ノゾム、これで終わりだ。カードス! スピード」
キースは蜃気楼で僕の隙をつき付与術で僕の能力を下げにくる。そして、トドメの一撃を僕に放った。
しかし、その一撃が僕に届く事はなかった。
僕はキースの付与術を掛けられてすぐに身体強化のスキルを発動させ、全力でキースの一撃を回避し、その勢いでキースにカウンターを入れた。
多分、キースには何が起きたか理解できていないだろう。実はこの試合が始まってから、今までキースに合わせて戦っていたのだから。その為に初手は様子見をしてキースの動きを見たのだ。
「い、いったい…何が起きた?」
やっぱり、分かってないか。まぁ、あとで言いがかりつけられても困るから教えるか。
「キースの最後の一撃を僕が避けてカウンターで殴っただけだよ。信じる信じないはキース次第だよ」
「……分かった信じるよ。と、言っても殴られたであろう腹が痛くて意識が飛びそうだよ。だから信じるしかないな。参った、降参だ」
「そういう訳でシューナさん。終わりましたよ」
「あっ、は、はい! この試合、ノゾム様の勝ちです。そして2勝1敗1分で模擬戦の勝者もノゾム様です」
シューナさんは最後の攻防で放心していたらしく、僕が声を掛けてようやく我に返り、試合を終わらせてくれた。
「ノゾム、キミはいったい何者なんだ? …いや、何者でも関係ないか。いいかいノゾム、僕はいつかキミを超してみせる」
模擬戦が終わってシューナさんがギルドに帰っていくと、キースが僕の所に来ていきなり変な宣言をしてきた。
「い、いきなり何なんだよ?」
「だって、同世代で僕より強いやつがいるんだよ? そいつより強くなりたいと思うのは普通だろ? まぁ、それとは別に、キミといるのは面白そうな気がするしから、これからもよろしくしたいけどね」
キースってもしかして戦闘マニア? なんか面倒なのに捕まったな…
「まぁ、今日は帰るからまた今度ね」
キースは言いたい事を言うだけ言って帰ってしまった。ちなみにアーニとメリーアはキースのパーティーじゃないのけど、キースと一緒に帰っていった。
「ノゾム、お疲れ様」
「ノゾム君、結構攻撃もらっていたけど、大丈夫?」
「ノゾ…ム様、ポーショ、ンです」
3人がそれぞれ話しかけてくる。
「とりあえず、傷は再生で治したから問題ないよ」
「それじゃあ、早く家を買いに行きましょう」
「もう少し休まない?」
僕がスキルで治したと言ったら、リンはさっさと行動しようと急かしてきた。
「ノゾム君、家具も買い揃えないといけないから、休んでる時間は無いよ」
「そうか…。家買って終わりじゃないもんね」
1人暮らしなんてした事無かったから、すっかり頭の中から抜けてたよ。
「私が、ノゾ…ム様の、分ま、で頑…張るので、ノ、ゾム様…は、休んで、いて下…さい」
「セシリアの方が休んでないとダメだよ」
僕の代わりに働こうとするセシリアに待ったをかけ、僕は渋々、動き出す。
今日は家の事で1日潰れるけど、そうしたら暫くはゆっくり出来るといいなと、思いながらギルドに向かって3人と一緒に歩き始めた。
ありがとうございます。
この話で第3章は終わりです。




