模擬戦2
「ノゾ、ム様…勝てませ、んでし…た」
試合を終えて戻ってきたセシリアは、申し訳なさそうに謝ってきた。頭の上の狐耳がペタンと垂れているのを見ても、その落ち込み具合が窺える。撫でてあげると、気持ちよさそうな表情になった。ちなみに、セシリアの髪は既に銀髪ではない。
先ほどの試合だけど、弾かれた流れのままに突きを放ったセシリアと、下段からの斬り上げたアーニの攻撃が同時に相手へヒットした為に引き分けになったのだ。
「セシリアは凄く頑張ったよ。まだ十分に動けない体で引き分けたんだから」
僕の言葉を聞いて、セシリアは「次…は負け、ません」と、小さい声ながらもハッキリと言いきった。
セシリアを撫でながら慰めていると、シューナさんが次の試合に出る人を呼び始めた。
「次はサキ様とメリーア様の対戦とさせていただきます。武器を取りに来て下さい」
「次はあたしか。それじゃあ、セシリアの悔しさを晴らすためにも頑張ろっと!」
サキは腕を回しながら気合いを入れ、シューナさんの元へ行った。
サキの対戦相手は、サキと比べるとかなり身長が高い。そして緑のストレートの髪を腰あたりまで伸ばしている。しかし、それより特徴的なのは横に長く伸び先の尖った耳だ。どうやらサキの対戦相手はエルフらしい。しかも、彼女の選んだ武器は杖ではなく、サキと同じ剣だった。まぁサキの方は木刀が無かったらしく、剣を選んだようだけど。
「…よろしくお願いしますね」
「…こちらこそ」
何故だか一発触発の空気になっているんですが…。と、とりあえず相手のステータスを確認しよう。
【名 前】 メリーア
【年 齢】 76歳
【種 族】 エルフ
【職 業】 魔法剣士
【レベル】 22
【H P】 943/943
【M P】 4038/4038
【筋 力】 762
【防御力】 639
【素早さ】 723
【命 中】 695
【賢 さ】 845
【 運 】 29
【スキル】
剣術LV3 火魔法LV3 風魔法LV1 土魔法LV1 無魔法LV3 魔法剣LV2
エルフというだけあって、扱える属性は3つか。あと、年齢に対して見た目がつり合ってないのは、流石長命の種族エルフだ。見た目は15歳ぐらいにしか見えない。
しかし、サキとメリーアのステータスを見比べても、メリーアの方がレベルが高いのに、実際はサキの方がほとんどの数値が高いって、どういう事なんだろう?
「ちょっと聞きたいんだけど、サキの対戦相手ってさ、サキよりレベル高いのに、総合するとステータスはサキの方が高いんだけど、リンは何故だか分かる?」
僕はリンに聞いてみた。
「多分だけど、サキさんの努力の結果だと思うわ。レベルアップ時のステータス上昇はある程度任意のものを上げられるわよ」
「そんな事が出来るの?」
「まぁそれには普段の訓練が重要なのだけど。例えば、筋力を上げたければ筋トレ、防御力を上げたければ打たれ続けるなどを日常的に繰り返す必要があるわ。それにしてもサキさんは、どれだけ自分の体を酷使して鍛えたのかしら…」
その話を聞く限り、サキは血の滲むような努力をしてきたんだと思う…。いや、そうしなければ生き残れなかったのか?どちらにせよ、それだけの事をしないと、レベル差が4つもある相手のステータスを超える事なんて無理だと思う。種族による能力差も、エルフとエルフのハーフである魔族じゃ、差があるとは思えないし。
「模擬戦を始めます。…始め!」
リンとステータスの事について話をしている間に、試合が始まったみたいだ。
試合開始と同時に2人は駆け出して剣を打ち合い始めた。
「はあああぁぁぁぁぁぁ」
サキは気合の入った掛け声と共に高速で剣を振るう。対してメリーアは、最初こそは打ち合えていたけど、サキが放つ高速の剣に徐々に押されて、今は防御するので精一杯のようだ。
「チッ!」
メリーアは剣の打ち合いでは分が悪いと判断したのか、舌打ちして距離をとろうと後ろに跳んだ。
しかし、サキは素直に距離をとらせない。メリーアが空けた分だけの距離を一気につめようと前に出る。だけど、その行動を読んでいたメリーアは魔法を唱えていた。
「砂よ穿て!『サンドニードル』」
土魔法のレベル1の1つであるサンドニードルを放ち、自分とサキとの間に無数の砂で出来た針が出現させた。
サンドニードルは指定範囲に無数の砂の針を作る魔法だ。主に集団戦で使われる事が多いけど、今この場で使ったのは、点より面で牽制しないとサキの追撃は止まないと判断したんだろう。
「くっ!」
メリーアの思惑通り、サキは追撃を止めていったん仕切りなおす為に、距離をとった。
互いに距離をあけ、相手の出方を待っていた。そして先にメーリアが動いた。
「炎よ敵を焼き払え!『フレイム』」
メリーアは火魔法のレベル2のフレイムを放つ。
フレイムは炎を前方に放ち、広範囲を焼き払う魔法だ。広範囲と言ってもレベル2の魔法なので、射程は最大で7~8mといったところだと思う。術者を中心に扇型に広がっていくので、最大距離では幅5mぐらいの範囲まで広がるが、術者の近くになるにつれて攻撃範囲は狭くなる為、接近されるとまるで攻撃力がなくなる魔法である。
今回、メリーアがフレイムを使ったのはサキに決定打を与えるためではない。広範囲に燃え盛る炎を利用してサキの視界から自身を隠すのが目的らしい。その証拠に、サキが正面からの突破を諦めて回り込もうと動いたと同時に、フレイムの炎を突き破って幾つものファイアボールが飛んできた。ただし、向こうもサキが見えているわけじゃないらしく、ファイアボールはサキが動こうとした方向とは逆にも放たれていた。
「それならっ!」
サキは回り込むのを諦めて、ファイアボールが突き破った事で、勢いが弱まったフレイムの炎に向かって突っ込んでいった。が、メリーアにはそれも想定済みだったのか…
「きゃあぁ!」
炎に突っ込んでいったサキが悲鳴と共に吹き飛ばされて戻ってきた。多分だけど、突風で相手の行動を阻害する風魔法レベル1のエアシールだ。
「…これで終わりです」
「…参りました」
サキが吹き飛ばされ体勢を立て直すわずかな隙でメリーアは間合いをつめ、サキの喉元に剣を当てていた。サキは悔しそうにギブアップを告げた。
「そこまで!この試合、メリーア様の勝ちとします」
サキのギブアップを聞いてシューナさんも試合を止めて勝者を宣言した。
「ゴメンねノゾム君、負けちゃったよ…」
「あれは相性が悪かったとしか言いようがないから、気にしなくていいよ」
「それもあるけど、それ以上に相手の作戦勝ちだよ」
確かにそう言われると、そうとも言える。
メリーアは最初の打ち合いで、サキが近接戦闘しか手段がないと仮定して、距離をとり魔法による牽制で視界を奪い、左右に目に見える攻撃でさらに牽制。そうして道は正面しかないと思わせて、突っ込んで来たところに本命の目に見えない攻撃。そしてチェック。
どうやら、サキは相手の思い通りに動いてしまったようだ。だから相手は、サキの行動よりも早く魔法を放つ事が出来たのだろう。
もし、サキに遠距離の攻撃手段があれば違う結果になったかもしれない。サキ自身もそれを分かっているからか、とても悔しそうにしている。
「そう言えば、何で試合の開始前、あんなに険悪な空気だったの?」
「…それがあたしにもよく分からなくて。なんかこう、見ているとムカムカしてきたんだよ」
気になっていた試合前の事を聞いてみたけど、サキ自身もよく分かっていないらしく、首を傾げていた。
「次の試合を始めますので、リンスレット様とユティラ様は武器を取りに来て下さい」
いよいよ、試合も後半に突入したけど、1敗1分と勝ち星がないので、次を落すと、この模擬戦に負けてしまう。リンはその事を理解しているのか気合十分だった。
「この試合は絶対勝たないとね」
「かなり気合入ってるね、リン」
「それは、やるからには勝ちたいじゃない。それにサキさんもセシリアもあれだけ頑張ったんですもの、観ていた私にも火がついたのよ」
リンはそう言って武器を取りに行った。リンが選んだ武器は杖というよりは棒だった。それも自身の身長ぐらいあるやつ。リンったらちゃんと扱えるのかな?
対して対戦相手は杖だった。杖と言っても、魔法の威力を上げる効果など無いだたの杖である。これはもしかして後衛対決なのかな?と、思った僕は相手のステータスを確認してみる。
【名 前】 ユティラ
【年 齢】 20歳
【種 族】 ヒト
【職 業】 魔法使い
【レベル】 30
【H P】 683/683
【M P】 2389/2389
【筋 力】 399
【防御力】 384
【素早さ】 618
【命 中】 1074
【賢 さ】 1502
【 運 】 37
【スキル】
水魔法LV3 風魔法LV3 MP回復速度上昇LV1 高速詠唱 魔力操作
思った通りの後衛対決だ。それにしてもレベル30か。そうなると、この人がキースのパーティーメンバーか。身長は僕と同じぐらいでピンク色の髪をショートカットにしている。そしてその頭には魔女をイメージさせる黒いトンガリ帽子を被っている。もちろん黒いローブも装備しているので見た目は魔女そのものだ。
「それでは模擬戦を始めます。…始め!」
シューナさんは2人が10mほど離れたのを確認し試合を開始した。
開始の合図と共に2人とも詠唱を始める。
「火よ敵を燃やせ!『ファイアボール』」
「水よ敵を撃ち抜け!『アクアバレット』」
2人が初手に選んだのは詠唱の短いレベル1の魔法だった。リンが火のファイアボールに対して、ユティラは水魔法のアクアバレットだった。
アクアバレットは水の弾を放つ魔法でファイアボールの水版と言っていい。
2人の放った魔法は、互いの距離の中間でぶつかり合った。ぶつかり合った魔法は相殺という結果で終わった。
「…それならこれはどうするかしら?」
「なっ!」
威力が互角と分かると、リンは次の手として数で勝負するようだ。幾つものファイアボールを生み出す為にひたすら詠唱を繰り返す。大量に向かってくるファイアボールに対して、ユティラも負けじと数で応戦する。最初こそ先に魔法を放ち始めたリンが押していたが、打ち合いが続くにつれてユティラが押し返し始める。
「な、なんでリンスレットさんが押され始めたの?使っている魔法は最初と同じアクアバレットでしょ?」
ユティラの巻き返しにサキが驚いていた。よく見るとセシリアも言葉にはしていないが、驚いているようだ。なので、さっき視たステータスの中で原因であるスキルを2人に教える事にした。
「それを可能にしているのは相手に高速詠唱ってスキルがあるからだよ。それのおかげで、最初こそは押されていたけど、時間が経つにつれて詠唱速度で勝る相手が押し返し始めたって訳」
「そういう事か。だけど、あれ?」
サキは僕の説明を聞いて、納得したけど、同時に疑問も出てきたようだ。なので、その疑問を解消してあげる為に僕は説明を続けた。
「サキの疑問は最初の魔法が互いの中間でぶつかった事でしょ?その答えは、相手がリンの呪文を聞いてから使用する魔法を選んだからだよ」
「そっか!相手の使用属性に対して有利になる属性で攻撃しようとしたんだね」
「多分ね。だけど、その思惑は外れた。リンの魔法の威力が強くて」
魔法に属性がある以上その属性にも優劣がある。
火は風に強く水に弱い
水は火に強く土に弱い
土は水に強く風に弱い
風は土に強く火に弱い
光と闇は互いを弱点としている。
以上のことから初手でリンが火で水と互角の威力を出したことはユティラにとっては想定外としか言えないだろう。
「そろそろいいかな?」
リンは詠唱の合間にそんな言葉を漏らした。そして、それはリンの様子見が終わった事を意味していた。
「『ファイアボール』、『ファイアボール』、『ファイアボール』…」
「なっ!!!」
ユティラは絶句した。それもそのはず、最初から詠唱していたのに、ここにきていきなり詠唱もせず、魔法を連続して放ってきたのだから。こうなってくると、高速詠唱を持っていてもその速度に勝てるはずもなく、一気に押され始めた。そしてついに打ち漏らすファイアボールが出てきた。
「まだ、まだよ!」
向かってくるファイアボールは、すでに詠唱では打ち落とせないぐらい近づいていた。だけど彼女はギブアップせず、杖を構える。
「やああぁぁっ!」
叫び声と共に杖を振るい、あろう事かそのままファイアボールを打ち返した。
「はぁはぁ」
「魔力を武器に纏わせて打ち返したのね。今後の参考にさせてもらうわ」
「えっ?」
「はい、終わりよ」
ファイアボールを打ち返して、息を切らしていたユティラの背後にいつの間にか回りこんでいたリンは、武器である棒を背後から首に回していた。
「ま、参りました…」
ユティラは自分の首元を見て、ようやく状況を理解したらしく、ギブアップした。
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