サキ
前回からHPとMPの表記を少し変えました。
自分の傷の付いた手の甲を愛おしそうに撫でているリンに僕はたまらず、声を掛けて近づく。
「ちょっとリン何してるの!? 自分から奴隷になるなんてさ!解約するから早く手を出して!」
僕が解約をしようと持ちかけるとリンは自分の手を抱いて拒絶してきた。
「嫌よ! せっかく手に入れた目に見えるノゾムとの繋がりなのよ! どうして解約しないといけないよ!」
リンは子供のように頭を横に振ってイヤイヤと駄々っ子になっていた。
そんなリンをとりあえず落ち着かせて、どうして奴隷になろうとしたのか訳を訊き出すことにした。
「それで、どうしてこんな事しようと思ったわけ?」
「だって、ノゾムはこれから奴隷を作るんでしょ? 私はノゾムとの『確かな繋がり』が無いのに、奴隷となる人は私の欲しい『確かな繋がり』を手に入れられる。私はそれが耐えられなかったの! だからノゾムが奴隷の話をした時からどうすればいいか考えていたの。
そして思いついたのは、ノゾムの吸血スキルを利用した今回の事よ。だからギルドで盗賊討伐の依頼がないか行く町々で探したわ。あの町で依頼をみつけてここに来て、予定通り奴隷商人がいたからあとはスキルの使用方法が割り込めるものであるかどうか確認するだけだった。無事割り込めるものだったから行動に移しただけよ」
「…確認するけど、奴隷になって酷い扱いを受けるとは思わなかったの?」
「奴隷の主人には奴隷の衣食住を確保する義務があるのよ。それに奴隷を殺したりすると犯罪になるわ。奴隷であっても最低限の命の保障はされているのよ。まぁ抜け穴が無いとは言えないけど。だけど、そんな事抜きにしてもノゾムは奴隷にそんな事しないでちゃんと人として接してくれると信じているわ。だから私はノゾムの奴隷になる事に躊躇いなんて無かったわ。だってデメリットが無いんですもの」
リンは不安だったのか…。僕が奴隷を得たらリンを捨てるかもしれないと、心のどこかでは思ってしまっていたのかもしれない。それがどんなにありえない事だと知っていても。だから僕の奴隷になって『確かな繋がり』を手に入れようとしたのか…。
それにしてもそこまで僕を信じられるなら奴隷にならなくてもいいような気もするんだけどね。
「それはそれ。これはこれよノゾム」
どうやら顔に出ていたようだ。
「分かったよ。確かに僕は奴隷だからって接し方を変える様な事はしない。だけど世間は違うよ? 奴隷差別だってあると思うけど本当にいいの?」
「今更よ。私たちはヴァンパイア種よ。最初から世間にどころか世界レベルで敵視されているのよ? 今更、差別される要素が1つや2つ増えたところで何も変らないわよ。そんなことよりも、私にとってはノゾムとの繋がりの方が大事なの」
リンの意思は変らないようだ。これは解約は諦めるしかないか…。
「リンがいいなら、解約は諦めるよ。それで話は変るけど、確か奴隷って首輪が必要だったはずだけど、どうするの?」
「ノゾムったら忘れたの? 私には偽装のスキルがあるのよ? ステータスは誤魔化すから奴隷だってバレないわよ。手の甲にある魔法陣の痣は包帯で隠すから問題ないわ。今更包帯を巻く箇所が増えたって誰も怪しまないわ」
「そうだったね。……それじゃあ仮に他の奴隷が出来た時、リンみたいに考えてる子だった場合はその子から勝ち誇られても大丈夫なんだね?」
偽装の事は忘れていた。けど、ちょっと心配になって意地悪な質問をしてみた。
「ノゾム! 奴隷は奴隷だと周囲に認識させないといけないから、首輪の着用が義務付けられていいるわ。私のはターニンに着いてからでいいから買って。理由は戦闘で壊れたと言えば大丈夫なはずよ!」
うん、耐えられないんだね…。
「りょーかい。じゃあこの件は終わりだとして、とりあえずあの子の奴隷契約しちゃうね」
「そうね。奴隷にしちゃえば主人には危害を加えられないし、自殺も出来なくなるから安心して魔族の情報を手に入れられるわ。けど、ノゾムは安全でも私は気を付けないと」
「どうして?」
「それは簡単よ。相手は魔族なのよ。魔族は高い身体能力を持っているわ。いくら私がヴァンパイア種だからと言っても勝てる保証は無いわ」
「リンが負ける? ありえないよ。ステータスはリンの半分以下だよ? 魔力だけはずば抜けていたけど、2000ぐらいだったし」
「…レベルは?」
「確か15だったかな?」
おっと。リンが絶句している。よほど魔族のステータスの低さに驚いているのかな? そう言えば、下級の魔族ならこの世界の人々でも倒せるんだっけ? …って事はこの子は下級の魔族なのかな?
「もしかしたらこの子下級魔族かもよ? だからリンよりステータスが低いのかも?」
「そ、そうね。確かにその可能性を忘れていたわ。本当に下級なのか確認もしないといけないから、早くその子を奴隷にしちゃいましょう」
リンも言ってることだし、さっさと終わらせますか。と言うより、君のせいで、まだ終わってないんですよ?
僕のジト目にリンは視線を逸らすので、諦めて、彼女に奴隷契約を施す。
「『ここに奴隷の契約を結ぶ』」
呪文を唱えて女の子の手の甲の傷に血を数的垂らして契約を完了させた。
契約をした以上この子は僕に危害を加えられないから、回復させても大丈夫なはずだ。
早速僕はポーションを取り出して、彼女に飲ませるために彼女を起こす。
「ねぇ、キミ大丈夫?」
「う、うぅ…」
僕が揺すりながら声を掛けると、反応が返ってきた。
「ここ、は…?」
「とりあえず、これ飲める? 説明はキミが回復してからでいい?」
そう言って彼女にポ-ションを飲ませる。彼女は意識がまだはっきりしていないのか、どこかぼんやりとしたまま、渡されたポーションをゆっくりと飲み干していく。
彼女がポーションを飲んでから5分ほどしてようやく意識がハッキリとしたのか、急に起き上がって僕たちから距離を取って敵意を剥き出しに睨んできた。
「…あなたたちは盗賊? あたしを売り払う気?」
どうやら僕たちを盗賊と勘違いしているらしい。このままだと彼女は僕たちに攻撃してきそうだ。そうなる前に彼女の為にも奴隷の事は話しておいた方がいいだろう。
「僕たちは盗賊ではないよ。ただの冒険者だ」
「それを信じろと?」
「無理に信じなくていい。ただ聞いて欲しいんだ」
「………」
彼女の敵意が若干和らいだようだ。そこでようやく彼女の事をちゃんと見る余裕が出来た。
彼女はリンより小さく身長150cmぐらいで、ちょっと癖のある黒髪をサイドテールにしている。長さは腰ぐらいまである。目は若干ツリ目だけどキツイ顔って印象は全く無い。
そんな風に彼女を見ていたら彼女の敵意が再度増してきたので、話を進める事に。
「最初に謝るけど、勝手にキミのステータスを見させてもらった」
「っ!!」
ステータスを見たと言っただけで僕たちに飛び掛って来そうなったので慌てて彼女を止める為に話を無理やり進める。
「ちょっと待って! その上で申し訳ないけど、キミに奴隷契約を結ばせてもらった。だから僕に危害は加える事は出来ない」
「あんた、一体何なの! あたしに何を要求するつもり!」
奴隷契約と聞いて攻撃態勢を解いて、自分の手の甲を見た彼女は僕の話が本当だと知り怒りの言葉を僕にぶつけてきた。
「僕たちがキミに求めるのは情報だよ」
「じょう…ほ、う?」
「そう、僕たちはこれから魔族に追われる事になるかもしれない。もしかしたらもう追われている可能性もあるんだ。だから魔族であるキミに、今持っている魔族の情報を教えて欲しいんだ」
「魔族に追われるって、あなたたち一体何をしたの?」
「オーガ改造種って知ってる? あれを倒した。そして魔族がそれを探している事をギルドに報告して、今は行く町々で魔族を見たって報告してるところ」
「あれを倒した!? それにあたしじゃない魔族を見た? それじゃあ、最近あたしたちが探していた男女の2人組って!」
「多分僕たちかな? それにしてもやっぱり魔族は僕たちを探していたんだね。それ…っ!」
「ノゾムどうしたの? もしかして盗賊?」
彼女から話を聞こうとしたその時僕の気配察知に反応があった。リンは僕が何かを察知したと分かったので盗賊が帰ってきたと判断したらしい。
「ゴメン、話は後回しだ。ここを根城にしている盗賊が帰ってきた」
「盗賊?」
「そう盗賊。多分キミをボロボロにして、ここに連れて来たヤツらだ」
「あたし盗賊と戦ってないわ?」
「なら、なんであんなにボロボロでここにいたの?」
「そ、それは…」
「ノゾム!」
「ゴメン、それより先に盗賊を倒さないと」
リンに注意されて彼女の事を聞くより先にやる事があるのを思い出した。さてさっさと終わらせようと思ったら彼女が話しかけてきた。
「ねぇ、あなた? その盗賊、あたしにやらせてくれない? あなたが来なければ、あたしはそいつらに食い物にされるところだったんでしょ? それに勝手に奴隷にさせられた怒りもぶつけたいしね」
それを言われると譲るしかないか…。
「OK、盗賊はキミに譲るよ。その代わり殺さないで無力化して欲しい」
「なんでそんな面倒くさい事しないといけないの?」
「それがここに来た目的の1つでもあるからとしか、今は言えないかな?」
「…じゃあ、念のために命令で縛っておいて。もしかしたらやり過ぎるかもしれないから」
「いや、それはしないでおくよ。あくまでもお願いだから。それに、いくら目的があったとは言え、意識がない時に契約を勝手にした僕が言えたギリじゃないけど、そもそも奴隷扱いする気はないんだよ。ただ情報が欲しかっただけなんだ。とは言っても僕たちの事がバレるのも嫌だから、契約は解消しないけど」
「…あなた面白い人って言われるでしょ? 普通、奴隷にお願いなんてしないで命令するものだよ? あと、いくらあたしがあなたの奴隷だからって、さっきから何でも素直に喋り過ぎだと思うんだけど?」
アイラさんやリンに続いて3人目だよ、僕を面白いって言う人は…。
「とりあえず、僕の事はいいからさっきのお願いね」
「…ねぇ、名前教えて」
「へっ?」
「あなたはあたしの名前知っているかもしれないけど、あたしはあなたの事何も知らないの。せめてお願いされた人の名前ぐらいは知っておきたいじゃん」
彼女はちょっと顔を赤くして目線を外しながら名前を聞いてきた。
「そう言えばそうだったね。僕の名前はノゾム。ノゾム・サエキって言うんだ。ノゾムって呼んで」
「あたしはサキ。好きに呼んで構わないよ。とりあえず、ノゾムのお願いは頑張ってる。だけど、あたしを食い物にしようとしたヤツらだから、やりすぎるかも。その時はゴメン」
「なんだかお取り込み中のようですが、私を忘れてない? 私はリンスレットと言います。リンでもリンスレットでも好きに呼んでくださいサキさん?」
「よ、よろしく、リンスレットさん」
リンやつ、このままだと自己紹介から外されると思って自分から会話に入ってきた。なにやら黒いオーラを纏っているようだけど…。サキもそれを感じたのか、リンに気圧されている。
「とりあえず、簡単な自己紹介も終わったし、サキの戦闘でも見ようか。とりあえず、武器は剣でいい?」
「刀じゃないのが残念だけど、問題はないと思う」
「じゃあ、ヤバそうになったら助けに入るから」
「その心配はないと思うけど、分かった」
よし、それじゃあ魔族の戦闘を見せてもらおう。魔族の魔法楽しみだなぁ。
この時、僕はサキのステータスをすっかり忘れていたのだった。
ありがとうございました。