報告
「あいつは魔族よ!!」
リンは先ほど声を掛けてきた褐色肌の男性を魔族だと言った。
こっちの世界で魔族の話題は初めてだから、魔族はこの世界でどういう立ち位置なのか確認してみよう。
「あのさ、僕は魔族がどういう扱いなのか分からないから、帰りがてらに教えてよ」
「…分かったわ。それじゃあ帰りましょうか。ここに留まっているとあいつが戻ってくる可能性もあるし」
そうして僕たちはイーべの町を目指し歩き始めた。ただし、一般人とはかけ離れた速度で。
「それで魔族についてだけど…」
町に向かって歩き始めてから1時間ほど経って、僕がリンに魔族の事の説明を求めた。
「魔族についてね。それを説明する前に、ノゾムの世界だと魔族はどんなものなのか教えてくれる?」
「えっと、僕の世界だと魔族自体は存在しないんだ。ただし想像の産物として広まっているのかな?魔族は魔物を使役したりして人間と敵対する種族ってイメージが一般的かな?」
「なるほど、魔族がいない世界ね。こちらの世界もノゾムがさっき言ったイメージで問題ないわ。付け足すなら、魔族はみな褐色肌である事とヴァンパイアには及ばないけど高い身体能力と魔力を持っている事、あとは魔国のある大陸に住んでいて、こちらの大陸には侵略以外の事では来ることがないと言われているぐらいかしら?」
「それって魔族を見かける事自体が一大事って事じゃないの?」
「そうなるわね。ただ、今すぐって訳ではないと思うわ。魔族が侵略してくるなら、王都にあの勇者がいるのはおかしいわ」
確かに吉田が王都にいる事が魔族の侵略が開始されていない証拠だろう。あの愚王なら侵略が始まっているなら、未熟だろうが容赦なく最前線に送り出すだろうしね。それに天使のお告げによれば、魔族が攻めるより先に人間が攻め入りそうだったし。
「それならあの魔族は何の為にこんな所にいたんだろう?」
「そればかりは分からないわ。そう言うのはあの支部長にでも考えさせればいいのよ」
「それもそっか。僕たちはただの冒険者だしね。とりあえず魔族については分かったよ。ありがと」
魔族については基本的な事は分かったし、後はカードスに報告すれば今回の件は終わりかな?と思ったけど、まだこの件で話し合う事が残っていたらしく、リンは僕に聞いてくる形で切り出してきた。
「どういたしまして。それよりどうするの?」
「どうするって何を?」
「報酬よ!いくらなんでも金貨3枚じゃ少なすぎるわよ。ノゾムに私がお金にがめついように思われたくはないけど、それ以上にノゾムが対価に似合わない労働をするのは黙っていられないわ」
リンが言うことももっともだ。いくらなんでも、あれはカードスの予想を上回っているだろう。それこそ、他のAランク冒険者に指名依頼していたらその人らは全滅していたに違いないほどに。
「リンの言うことは理解した。けど、どれぐらいにするの?僕はこういうのの相場なんて知らないよ?」
「私もそういうのは分からないからなぁ…。う~ん、そうだ。いっそのことふっかけてみたら?それでその反応を見て決めるのはどう?」
「それで上手くいくかなぁ?どうにもあのカードスが上手く乗せられるところが思い浮かばないんだよね」
「そこはノゾムの腕の見せ所よ!期待しているわね」
なんか余計なプレッシャーが追加されたんだけど…。まぁ今後の生活にも影響しるし、頑張らないといけないのは確かなんだけど、カードスとやりあうのは嫌だなぁ…。
日が暮れる頃にはイーべの町に帰ってきた僕たちは、ギルドで昇格試験の達成報告をする為にミリムさんの列に並んでいた。ミリムさんは僕たちが持ってきたオークの魔石と素材を見て顔を引きつらせていた。
「の、ノゾムさん。もしかして昨日の今日で試験を終わらせてきたのですか?」
「はい。そうですよ。それと別件の話もありますので、支部長に会わせていただきたいのですが?」
「分かりました。支部長からノゾムさんが報告しに来たらすぐに通せと言われていますので、今からご案内します。その前にギルドカードを預からせてもらいます」
どうやらカードスの中で今回の依頼はかなり重大な案件らしい。
僕たちはカードを預けてミリムさんのあとに続いた。
「いらっしゃい。ずいぶん早いようだけど、何か進展でもあったのかな?」
カードスは僕たちが入室すると、紳士モードで出迎えてくれた。ただし依頼の進展報告だと思ったらしい。なので僕は、カードスに一泡拭かせる事が出来そうだと思って嫌らしい笑みを浮かべてしまった。
そんな僕の笑みを見たカードスが嫌な予感を確認するように素の口調で質問してきた。
「おいおい、まさかもう終わらしてきたんじゃねぇだろうな?まだ昨日の今日だぞ?いくらなんでも早すぎるだろ?」
「そのまさかですよ。証拠もあるんですが、ここじゃない広い場所でかつ人払いをお願いしたいんですが…」
「……分かった。ギルドの地下室がちょうどいいだろう。ついて来い。ミリムお前もだ」
「わ、分かりました」
ミリムさんはどこか諦めたようにため息をついて、僕たちと一緒に地下室までついて来た。
「それでその証拠ってヤツはなんなんだ?」
地下室についた僕たちだけど、カードスは実物を早く見たいのか急かしてきた。
「慌てないで下さい。まずは報告からじゃないと絶対パニックになるんで」
その言葉を聞いて、カードスは舌打ちしたけど話を聞く態勢にはなってくれた。それを確認した僕は
説明をし始めた。
「で、そのオーガが証拠として持って帰って来たって事か」
「そうです。リンお願い」
リンがオーガを収納していたので、出してもらった。実物を見たカードスは苦い顔をしていた。多分話し半分ぐらいで聞いていたんだと思う。
「ちなみにですが、こいつのステータスは筋力防御力が2万5千ぐらいで命中と素早さが7千ほど、賢さは200ぐらいです」
「おい、なんだよそのふざけた数値は…」
「事実ですよ。ですので、ちょっとご相談したいことが出来たんですが…」
「チッ!報酬の値上げか」
さすがカードス!話が早くて助かる。あとはどこまで上げられるか。
「では単刀直入に白金貨3枚でお願いします」
「1枚だ。確かにその数値が本当ならAランクの6人パーティーが2組ぐらい必要だっただろう。それを考えれば、白金貨1枚がいいところだ」
「…この件に魔族が関与していると言ってもダメですか?」
「何だと!!てめぇ、それは本当なのか!?」
流石のカードスの魔族となると顔色が変った。
「どの程度関わっているかは分かりませんが、魔族がそのオーガを探していたのは事実です。僕たちは倒してアイテムボックスにしまった後だったので、誤魔化す事でその場はやり過ごしました」
「………5枚払おう」
「えっ?」
「だから白金貨5枚払うと言ったんだ」
こちらの要求より多くなった事に今度は僕の顔色が変ったらしい。それを見たカードスがその事について説明し始めた。
「もちろん要求との差額分である白金貨2枚分の依頼をしてもらいたい。これは特別に前払いしてやる。それだけ危険にさらされるかもしれねぇからな」
「…依頼内容は?」
「そう身構えるな。依頼自体はとても簡単だ。これから行く町のギルドに魔族が出たと伝えてもらいたいだけだ。お前たちはこの町に長期滞在しないだろ?」
「確かにこの町で依頼をこなしているのは路銀集めが目的でした。なのであと2日ぐらいでこの町を旅立ちます。依頼の方はどのくらい伝えて回ればいいのですか?」
「そうだなぁ…。お前らどこを目指して旅してんだ?」
「僕たちはターニンを目指していますが?」
「…それならターニンに着くまででいい。その代わり、こことターニンの間にある町には全部寄って伝えてくれ」
「それぐらいならいいですよ。こちらも急ぐ旅でもないので」
「それじゃあ、報酬は今渡そう。受付で渡すと大事になるからな。ミリム頼んだ。俺は仕事に戻る」
「分かりました。少々お待ちください」
カードスとミリムさんは地下室を出て行った。ミリムさんは青い顔していたけど。多分今までの話と報酬額の大きさにビックリしているんだと思う。それにしても白金貨5枚か…。予想以上だった。まさか魔族の名を出しただけで白金貨が2枚も増えるとは思わなかった。
「お待たせしました。今回の報酬とCランクのギルドカードになります」
暫く待ってるとミリムさんが戻ってきて、報酬とカードを渡してきた。その時、手が震えていたのは、やっぱり白金貨が原因だったのかな?
報酬を受け取った僕たちはそのままギルドを出て宿に戻ってこれからの事を話し合う事にした。
「とりあえず路銀は十分だし明日はどうする?」
「どうするも何も、ノゾムは装備一式買わないといけないでしょ?」
そう言えばそうだった。オーガ戦で全て壊れちゃったんだった。そうなると明日一日で全部揃えないといけないのか…。まぁ資金は十分だから問題はないか。
「けど、武器に関してはもっといいものが欲しいよね」
「いいものって言うけど、どれくらいのランクが欲しいのよ?」
リンの言うランクとは武器の性能を段階分けしたもので、N、NR、R、SR、UR、SURとなっている。ちなみに僕が最初に城で貰ったのはNでゴブリンソードから奪ったのはNRだった。
「贅沢を言えば、R以上が欲しいよね。R以下だと僕の全力に耐えられないし」
「R以上ってダンジョンにでも潜らないと滅多に手に入らないわよ?」
「それじゃあ、ターニンに着いたらダンジョンでも探して潜る?」
「バカな事言わないで。2人でダンジョンだなんて、いくら私たちでも自殺行為よ?」
「それなら、ダンジョンの前に仲間探しでもする?この先も2人で旅をするのは危険だし」
「………」
仲間探しと言った瞬間からリンが不機嫌になった。やっぱり他人は信用できないのかな?
「…仲間の重要性は分かっているわ。この先、魔族に狙われる危険性もあるわけだし…」
「そんなに他人が嫌なら奴隷はどう?僕たちみたいに秘密にしないといけない事が多い人は裏切れない奴隷を購入するのが一番じゃない?」
この世界は奴隷制度があるのは王都にいた時から知っていた。奴隷に抵抗が無いわけじゃないけど、僕たちは普通の人と仲間になる事が難しい。だから抵抗があろうが無かろうが、戦力の強化をするなら奴隷はうってつけだ。今後の事を考えれば早いうちに戦力強化しておきたい。
「…とりあえず奴隷についてはターニンに着いてから考えましょうか」
この町には奴隷商はないから答えは先延ばしになるのは分かっていたけど、リンの落ち込みようが凄い。
今後の話し合いはリンが落ち込んでしまった為に終了してしまった。
翌日は僕の装備を整えたり、消耗品の買出しをして1日を終えて、次の日にはイーベの町を旅立った。
リンはその間ずっと何かを考えていて黙ったままでほとんど会話をしなかった。
ありがとうございました。
これで第2章は終わりです。