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ルージュの部屋から足早に逃げている最中、セシリアを発見した。
北の島での一件以降、しっかりと話していない事に気が付いた僕は、彼女を誘い再び甲板へと足を運んだ。
「いい風だね」
「そう、ですね」
甲板に出ると、気持ちのいい風が頬を撫でる。セシリアも気持ちよさそうに目を細めて、風の感触を楽しんでいる。
「結局さ、島の獣人たちとはどうなったの?」
魔人の誘惑支配から解放された獣人たちとセシリアは島を出る直前に話し合っていた。僕らは、立ち入るべきではないと判断してその場から距離を取った為、どんな話をしていたのか知らない。
「みなさん、謝ってくれま、した。『いくら意志を操られていたとは言え、始祖様と言う別の人物像を押しつけてしまって』と」
「へぇ~」
意外だった。彼らがセシリアに謝った事にではなく、始祖を過去の人間と割り切った事に。
いや、もしかしたら元からだったのかもしれない。それを歪めたのが色欲スキルによる誘惑支配なんだろう。
「それで、謝った彼らに対して、セシリアはどうしたの?」
「…私は、彼らを許しま…した。あの人たちは、しっか、り私の事を、見てく…れました。それに、彼らは島、に、残りました…から」
実はセシリアが言うように、この船に島の獣人たちは誰一人として乗っていないのだ。
セシリアの話によると、彼らは始祖に胸を張って生きていく為に、自分たちの力だけで島に残った魔物の処理をしていくそうだ。
どうやら、セシリアの叫びがかなり堪えたようだ。一応、回復した魔力で暴食の闇を使用し、大半の魔物は屠っておいたので、島に魔物がひしめき合っている状況ではない。
ちなみに、色欲スキルによる誘惑支配に囚われていた間の記憶はしっかりと残っていたみたい。その罪悪感も彼らを島に留めた一つの要因なのかもしれない。
「セシリアはさ、北の島へ行って良かったと思えた?」
出発前、自分の気持ちが分からないと言っていた彼女に、僕は出発前から訊こうと思っていた言葉を投げかける。
「…私は、良かった、と思いま、す。自分の…スキルの事、も分かりました。なにより、同族でも…父親《あの人》みた、いな人ばかりじゃない…と知る事が出来ま、した」
セシリアは晴れ晴れとした笑顔で答えてくれた。
うん。色々と大変だったけど、セシリアのこの笑顔を見ることが出来た事で、苦労した甲斐があったと思う。
「それじゃあさ、この戦争をさっさと停戦させ、帝国から獣人たちを解放して、もう一度北の島に行ってみようか?」
「…はい!」
そんな未来の約束をし、僕はセシリアと別れる。
船内を歩いていたら、これから向かおうとしていた人物と偶然出くわした。
「ノゾム…」
「…リン」
そう、僕はリンの元へと向かっていたのだ。
彼女はいつもの明るい雰囲気がなりを潜め、今は何かを思考しているみたいだ。
その何かは十中八九、妹や同族の事だろう。
「………」
「………」
「ちょっと、話をしたいんだけど、今大丈夫?」
「…えぇ、いいわよ」
お互い無言のまま、見つめ合う形のまま立ち尽くしてしまったので、僕は意を決して話を振る。それに彼女は短い言葉で頷く。
そうして、移動した先はリンの部屋だった。本当なら、僕の部屋に行こうとしたんだけど、出会った場所からだとリンの部屋の方が近いからとリンが言った為、こちらになった。
内装はどの部屋も同じな為、ルージュの部屋にお邪魔した時と同様、ベッドはリン、椅子は僕でそれぞれ腰を下ろす。
「…話って、カリンの事よね?」
座るやいなや、早速、リンは僕の話が妹の事だと訊いてきた。
「そうだね。ただ、それだけじゃないよ? リンの事も心配だったんだよ」
「私?」
リンは驚きながら自分を指さす。よほど自分が心配されていた事が意外だったんだろう。
「リンったら、ずっと迷子の子供のような顔してるんだよ。気付いてる?」
「嘘っ!?」
「だからさ、リンが何を悩んでいるのか話して欲しいなって、思ってるんだけど?」
ここ数年、まともに人付き合いをしていなかったせいで、こんな時何て言っていいか判らないので、思っている事を言葉にしてストレートにぶつけてみた。
「……私が魔眼のせいで、村を追い出されたのは話したわよね?」
僕の言葉が伝わったのか、彼女はその胸の内を話し始めてくれた。
「そのあと、村は帝国に見つかって、数の暴力によりヴァンパイア族は滅ぼされた。リンはその後、王国の北に広がるあの森で暮らし始める。だったよね?」
「実はその話、正しいけど正確じゃないの」
「どうゆう事?」
「私は、ヴァンパイア族が帝国軍と戦っている場面を見ていないの。私が見たのは、村に迫る帝国軍。それと全てが終わった後の焼け落ちた村、誰だかも判断できないほど原形を留めていない死体の山。そこから幼い私は、死体の山が村のみんなだと判断したの」
「質問、いいかな?」
リンの説明に疑問を持ったので、リンに質問をすると彼女は頷く事で質問を許してくれた。
「そもそも、村を追い出されたリンは、どうして帝国軍が村に接近しているのを知ったの?」
「…村を追い出された後、暫くはその村から少し離れた場所に隠れ住んでいたの。そのおかげね。
それに当時、いくら多少の魔法が使えたとは言え、10にも満たない子供が、旅を出来るはずもないわ」
言われてみれば、その通りだ。10にも満たない子供じゃ体力的な問題で旅は厳しいだろう。
「けど、今思えばそれも甘えだったのよね。何故なら、その後、私は北の森まで旅をしているんだから」
「………」
リンたちヴァンパイア族がどこに住んでいたのか僕は知らない。帝国が出てくる辺り、帝国領土に住んでいたのは確かだろう。
「話が反れたわね。とにかく、そんな私の元に食料を運んできてくれていたのが、双子の妹のカリンだったわ。
あの子は、村の住人はもちろん、両親にも内緒で自分の食事を削っていたみたい」
ここで、妹が話に出てくるとは。それに、優しい子? なのかな?
「そんな生活も1ヶ月もしない内に終わったわ。ある日、隠れ住んでいた場所の外が五月蠅くなったの。大量の生物の気配を感じた私は、こっそりと確かめに行ったわ。
そこで見たのが、おびただしい数の帝国軍だったのよ。しかも進行方向が、村の方角だった。
私は、怖くて住処に戻り、ひとり震えてその日を過ごした。
翌日、周囲を警戒しながらも村まで辿り着くと、そこにあったのは、焼け落ちた村と死体の山だったわ。幼かった私は、それを帝国軍がやったと思い、恐怖でその場から逃げた。
あとは、帝国領土内にいては、いつか軍に見つかるかもしれないと言う恐怖から逃げる為に、東へ東へと旅に出る事となったわ。
それからはノゾムと出会うまでは、北の森に隠れ住むこととなった」
なるほど、それでヴァンパイア族は自分以外死んだと思ったのか。もし、当時のリンがちゃんと調べられていれば、ヴァンパイア族が死んでいないと気付けたかも…いや、それは酷ってモノか。
「それじゃあ、同族が、妹が生きていた事は嬉しい?」
「…ノゾム。お願いがあるのだけど、いいかしら?」
リンは僕の質問には答えず、何かを決断した表情でお願いしてきた。
「お願いの内容によるかな?」
一応、予防線は引いておく。そして、僕の質問に答えない事には触れない。多分、お願いと無関係ではないと思うから。
「私、帝国に行こうと思うの。そして自分の気持ちや、カリンや同族の現在など色々と確かめたい。ノゾムとは別行動になっちゃうけど、私はそれでも行きたい」
リンはやっぱり、僕が王国に行くと判っていたんだ。判っていた上で、自分は帝国に行くと行っている。
「いいよ、行ってきな」
「ノゾム…」
「元々、帝国には何人か行ってもらおうかなと、考えていたんだ。リンが行ってくれるなら、戦力的な心配事が減ってくれるから、僕としては助かるよ」
「ノゾム、ありがとう」
「いやいや、こちらこそだよ」
このあと、リンと大陸に戻ってからのお互いの行動について話し合い、僕は部屋を後にした。
ありがとうございます。